10話 ガラが悪い
南東の森でリムの故郷らしき場所を訪ね、ついでにお弁当を食べた。その間にマリーナさん達が商業ギルドのギルドマスターに依頼された獲物を仕留め、和船で見せびらかしながら南方都市に帰還することになる。
南方都市の港に入ると、港全体がザワザワするのが分かる。
和船の先頭でスーパースター並みの存在感を放つ巨大な黄金色の鹿のせいだろう。
前回の亜種のサーベルタイガーの時は、目立つことを考えていなかったので急いで納品したが、今回は目立つのも依頼の内なのでゆっくりと船を走らせる。
一番の注目は当然黄金色の鹿、続いて美人ぞろいの女性陣、最後に後方で操船している僕なんだけど、視線の質が悪くて帰りたくなる。
前の二つは驚きと憧れが多分に含まれているのだけど、僕に集まる視線は欲望で濁っている。
前も目立った後に和船を売れという商人が押しかけてきて、最終的に訴えられるところまでいったもんな。
今の僕ならどうにでもなるから気は楽だが、それでも気持ちのいい視線ではない。
ゆっくりと船を進め、係留所に船を止める。
「その黄金鹿、売ってくれ!」
「いや、売るならこっちに頼む。有り金を積むぞ!」
「うちは大商会です。ご期待に添える金額を保証します!」
ゆっくり走ってきたから係留した時点で商人が集まっており商談を申し込まれる。まるでバーゲンと言う名の戦場のようだ。
そして意外なのが遠巻きに見ているガラの悪い連中が絡んでこないこと。
難癖をつけに来てもおかしくないと……ああ、こんなバケモノレベルの獲物を狩ってきたであろう冒険者が同乗しているんだから、そこらのチンピラどころか本職でも手を出すのを躊躇うか。
今のマリーナさん達はSランクすら超えかねない冒険者だからな。
「そこの旦那、この船は旦那の持ち船かい? うちなら高く買い取るよ」
「買い取り商談ならこっちに頼む。もし船を売りたくないなら専属で契約でも構わないぞ!」
おっと、僕の方まで飛び火してきた。このままだと面倒な事になりそうだから早く来てほしい。
「すまんが道を開けてくれ。あれは儂が頼んだ物じゃ」
困ったタイミングで待ち人が来たようだ。狙って現れたと疑いたくなるタイミングだな。
商業ギルド職員が道を開けさせ、その間をギルドマスターが満面の笑みで歩いてくる。お手本にしたいくらいのドヤ顔だ。
集まっていた商人達がこんどはギルドマスターに群がる。あ、少し離れた場所にカミーユさんが居る。巻き込まれるのを避けたようだ。
商業ギルドの職員が荷車を引いてきて、黄金色の鹿に手を触れようとしたので慌てて乗船許可を出す。
運ぶように指示を受けていたのだろうが、触る前に一声かけてほしかった。
巨大な黄金の鹿が荷車に移される。
「ワタル、行くぞ!」
ギルドマスターが大声で僕を呼ぶ。どうやら僕も同行しなければいけないようだ。あと、こんなに大勢の前で名前を呼ばないでほしい。
これだけ目立っているから今更だけど、それでも心臓に悪い。
「ご主人様、私とフェリシアはここに残るわ」
イネスが残ると言いながら周囲を目配せする。
なるほど、和船の護衛か。
商人やガラの悪いのも居るし、迂闊に船を離れると面倒な事になりそうだ。
結界があるし簡単に盗むことはできないが、触れば乗船拒否が仕事をして和船に特別な機能が付いていることがモロバレになる。
それはそれで面倒だ。
でも残るイネスとフェリシアが心配……ではないな。和船に乗っていれば身の危険はないに等しいし、二人ともマリーナさん達と同レベルに強いのだから、結界がなくてもそこらへんの連中に負けることはない。
ぶっちゃけ余裕だろう。
「うん、悪いけど留守番をお願いね。ちょっかいをかけてくる相手が居たら、遠慮しなくてもいいからね」
念のために大きめの声で周囲を牽制しておく。
もし何かがあって問題になったら、豪華客船を人質にして南方伯様、いや、この国の王様に文句を言ってやる。たぶん大抵の問題で勝訴を勝ち取れるはずだ。
「了解、無遠慮に近づくやつは痛い目を見せてあげるわ」
イネスは役者向きだな。とても楽しそうに大見得を切っている。フェリシアは少し恥ずかしそうだ。なんかごめんね?
和船をイネスとフェリシアに任せギルドマスターの後に続く。左右にマリーナさんとクラレッタさん、後ろにカーラさん、安心感がハンパじゃない。
ちょっとした大名行列で商業ギルドに向かい、ギルドマスターの部屋に案内される。
「ワタル! よくやった、最高じゃ!」
部屋に入るなりギルドマスターが子供のように声を張り上げ、僕を褒める。テンションが上がりまくっているのか、本当に子供みたいだ。
老人なのにエネルギッシュ、これくらい元気じゃないと偉くなれないのかもしれない。
「ワタルさん、お疲れさまでした」
ギルドマスターの後にカミーユさんに労われる。こちらの方が嬉しい。
「うむ。ジラソーレも良くやった。報酬は弾むぞ!」
「あの、カミーユさん、なんかギルドマスターのテンション、おかしくありません?」
上機嫌なギルドマスターが怖くなり、小声でカミーユさんに尋ねる。
「ええ、ワタルさんのいない間にこちらでも動いていたのですが、根回しの時にちょっと色々ありまして……」
詳しく聞いてみたところ、南方伯様に話を通す前に南方都市の各ギルドや豪商に根回しをおこなったのだそうだ。
その根回し自体は上手くいったのだが、その中の豪商の一つの商会長と喧嘩したらしい。
その商会長はギルドマスターとマウロさんと似たような関係で、まあライバル兼喧嘩友達ということらしい。あの黄金色の鹿で喧嘩友達にマウントが取れるらしくご機嫌とのこと。
仕事はしっかりしてくれると信じてはいるが、くだらなすぎて心配になる。
「あの、南方伯様との交渉は大丈夫なんですか?」
「心配になるのは分かりますが、ギルドマスターはこの国の貿易の中心である南方都市での商業ギルドのトップに上り詰めた方です。実力は確かなので安心してください」
まあカミーユさんがそういうなら安心するけど……やっぱりちょっと不安だ。
「あ、そうだ、カミーユさん、鍛冶屋を紹介してくれませんか?」
ギルドマスターはマリーナさん達と報酬の話をしているし、僕はその間に本来の目的を果たそう。
「鍛冶屋ですか? ワタルさんが武器とは珍しいですね」
この世界は鍛冶屋=武器なのか。
「いえ、武器ではなく新しい調理器具が欲しいんです」
「新しい調理器具ですか……それだとちょっと難しいですね」
「え? なんでですか? 包丁とか作っている鍛冶屋で十分なんですけど?」
名工とかは必要ないよ? まあ、名工の作ったホットサンドメーカーとか、ちょっと興味はあるけど。
「日用品を作る鍛冶屋は忙しいんです。新規の依頼を受けてもらえるかどうか」
うん? ちょっと思っていたのと違う反応。日常品を作る鍛冶屋なんだから暇な人も居そうなんだけど?
「鍛冶屋は日用品を作る者達を一段低く見ます。それゆえに日用品を作る鍛冶屋が少なく、少ないゆえに仕事が集中してとても忙しいのです」
僕が首を捻っている様子を見てカミーユさんが説明してくれるが、更に意味が分からん。
「忙しいのなら儲かるので、他の鍛冶屋も日用品に手を出すのでは?」
スゲー武器を作っている俺スゲーとか思うのは分からないでもない。包丁は大切だけど、凄い武器にはロマンがあるもんね。
僕だって鍛冶屋だったら、聖剣とか魔剣とかに憧れるだろう。
「武器は高いので腕があれば忙しくない上に儲かるのです。武器を作る鍛冶屋は基本的にそこを目指し、日用品を作る鍛冶師を落伍者とみなすこともあります。私どもとしても、もっと日用品に力を入れてくれると助かるのですが……下手に日用品を鍛冶屋に頼むと怒り狂うんですよね」
なんという悪循環。でも、忙しくて儲かるのと、忙しくなくて儲かるのであれば、僕も忙しくない方を望む。
「それほど腕を持っていない、小金が必要な鍛冶屋さんに頼めませんか?」
鍛冶屋のすべてが腕がいい訳じゃないだろう。日用品を作る鍛冶屋になる前の、お金がない鍛冶屋が狙い目な気がする。
「そういう人ほど怒るんです。たぶん現実を突きつけられているように感じるのでしょう」
……鍛冶屋ってとても面倒なんだね。どうしろっていうんだよ。
「鍛冶屋を探しておるのか? それなら儂が紹介してやろう。ガラは悪いが腕はなかなかじゃ」
困っているとギルドマスターが話に入ってきた。
「腕がなかなかというなら、日用品をお願いしたら怒りますよね?」
ガラが悪いならなおさらだ。マリーナさん達が負けるとは思わないが、キレられるのは嫌だ。
「儂の紹介状があれば心配いらん。あ奴には貸しがたっぷりあるからの」
ギルドマスターが悪い顔をしている。なるほど、首根っこを押さえている感じなんですね。
ガラが悪いのは遠慮したいが、他に探すのも難しそうだし紹介状をお願いするか。
「あん? なよっちいのが来たと思ったらギルマスの紹介かよ。チッ、で、どんな武器が欲しいんだ?」
凄くガラが悪かった。
ギルドマスターから聞いてはいたが、ここまでとは。ギルドマスターの紹介状、読まずに放り投げられたんですけど?
なんというか鍛えまくったヤンキーって感じだな。苦手なタイプだ。紹介状、ちゃんと読んでくれないかなー。そこに日用品を頼むって書いてあるんだ。
この雰囲気で僕から日用品を頼むのは非常に気まずい。でも言うしかないよな。注文までマリーナさん達に頼るのは流石に情けない。
「えーっと、武器じゃなくて日用品を作ってほしいのですが」
「あぁ、テメェ舐めてんのか?」
舐めてないからメンチを切らないでほしい。それ、ヤンキー漫画でしか見たことないから。
「とりあえずギルドマスターの紹介状を読んでくれませんか? そこに事情は書いてあるはずです」
「チッ、クソが」
渋々と紹介状を開き読み始めるヤンキー。今更だけど、ちゃんと字が読めるんだね。
ガラの悪い鍛冶師は、はぁ? とかクソが! とかいいながらも紹介状を読み終わり、こちらに顔を向けた。
「ど、どのようなご注文でしょうか?」
顔を怒りで赤らめ、こめかみに血管を浮き上がらせながらも、笑顔に見えないこともない表情で丁寧に注文を取るガラの悪い鍛冶師。
恐怖しかない。
このブチ切れ寸前の鍛冶師も、その鍛冶師の首根っこを押さえているギルドマスターも怖い。
こんなんでちゃんとホットサンドメーカーが作れるのだろうか?
作品違いになりますが、本日4/24日、コミックス版『精霊達の楽園と理想の異世界生活』の9巻が発売されました。
お楽しみいただけましたら幸いです。
よろしくお願いいたします。
読んでくださってありがとうございます。




