6話 カーラさんのお願い
久しぶりに訪れた南東の島は発展し、三十程のテント筏が浮かぶ場所になっていた。僕がこの島を去ってからも発展を続け、今やお風呂以外にも風俗関連のテント筏まで開店し、お金を持っている冒険者からお金を巻き上げるシステムも完成していた。ファンタジーな世界も世知辛く、少し悲しくなってしまう。
「そういえばここの食事はどうなっているんでしょう?」
大型テントに荷物を置き、まったりしているとクラレッタさんから質問された。
こういう質問はカーラさんから出ると思っていたので少し驚いたが、たしかにそうだ。グイドさんも食事に関しては何も言っていなかったな。
……普通に食事は自前で用意するのかとも思ったが、僕がこの島に居た時にも食事に関しては徐々に質が良くなっていた。
少しでも冒険者達からお金をむしり取ろうとしている現状で、食事に手を抜くとは考えられない。
これはアレだな、デリケートな内容を含む風俗店について説明したから終わった気になって、基本的な説明をするのを忘れたな。
「ちょっと聞いてきますね。ああ、ついでにお風呂の予約もしてきますよ。何時ごろが良いですか?」
まあ食事に関してはゴムボートに溢れるほど積んであるから困らないのだけど、楽しめるなら現地での食事を一度くらいは試しておきたい。
思い出の場所でもあることだし。
「まだこの島の状況を把握できていないから、明るいうちにお風呂に入っておきたい」
のんきなことを考えていたが、マリーナさんは発展したこの島を見て少し警戒しているようだ。
人が集まるところには影が差すものだが、この島は出入りが許可制だし大丈夫っぽいけどね。
でも、どんな時でも警戒はしておくべきなのだろう。特に女性陣は美人ぞろいだから、安全な場所でも男が存在する限り油断はできない。
「分かりました。ではちょっと行ってきます」
他の女性陣も同意見のようだったので、日が暮れる前にお風呂ということで予約しに行くことにする。
「ん? カーラ、どうしました?」
「ワタルと一緒に行く」
なぜかついてきたカーラさんに声をかけると、嬉しい言葉が返ってきた。
まあ僕の護衛だとか、僕と一緒に居たいとかいう理由ではなく、食事についてカーラさん自身が確認したいからなのは分かっているけどね。
カーラさんを乗せてまずはお風呂筏に向かう。
「おや、新顔さんだね。予約かい?」
お風呂筏に到着するとちょっとお年を召した女性が出迎えてくれた。おばさんなのかお婆さんなのか、どっちだろう? とりあえずお姉さんということにしておくか。
「ええ、初めてなので色々と教えてもらえますか?」
「分かったよ」
お姉さんに色々と教えてもらったところ、お風呂システムもかなり変わっていた。
なんとお姉さんは魔術師で元冒険者、年齢で冒険者を引退したが魔術はまだまだ使えるのでお風呂番として稼ぎにきているのだそうだ。
この世界はレベルが上がるほど老化が遅くなるんだよね。自分で凄腕だったと言っていたから、もしかしたら相当高齢なのかもしれない。
まあ、それは置いておいて、お風呂システムだが。大型テントの大浴場、銀貨三枚、小型の個室風呂が銀貨一枚、温め直しは大型が銀貨一枚、小型が大銅貨五枚とのことだ。
人数は関係なく一度の作業でその値段なので複数で入れば大浴場は少しは安く使えるが、それでもボッタくりが凄まじい。
まあここに来る冒険者は荒稼ぎしているから、大浴場を個人で貸し切ったり綺麗なお姉ちゃんと一緒に入ったりしているらしいけどね。
僕も一応荒稼ぎしているので、大浴場と個人風呂を貸し切りにした。
ついでに食事のことも聞いた。
獲物の持ち込みでの調理も可能だし、簡単な食料を購入することもできるらしい。高いけど。
それに食事は南方都市から運ばれた物が中心でそれほど凝ったものでもないらしく、食事というよりもお酒がメインな飲み屋なのだそうだ。
カーラさんがとてもションボリしている。
聞いた感じだと、この地の名産が食べられる訳でもないようだし、自前のインスタントの方が確実に美味しいだろう。
お酒に関しても南方都市で買える物のようだし、目新しさがないなら自前のお酒の方が美味しいよね。
さて、ある程度情報も集まったし、みんなのところに戻るか。
「ワタル」
和船に乗って大型テントに戻っていると、カーラさんが真剣な目で話しかけてきた。
こういう場合、なにか重要な相談かもとか、ちょっとズレてもしかして告白? なんて勘違いをするのが一つのテンプレではあるのだが、僕もそれなりの時間カーラさんと過ごしているので違うことは分かる。
十中八九食事についてだ。
「どうかしましたか?」
分かっていながらも万が一を考えて返事をする。
「ここに居る間、ワタルのごはんが食べたい」
ですよね。
「僕のごはんということは豪華客船やフェリーの料理ではなく、僕が作る料理ということですか?」
「うん」
おそらくカーラさんは筏テントの村なんて珍しい場所に来たから、珍しくて美味しい料理が食べられることを期待していた。
でも、その期待は脆くも崩れ去り、代わりの何かを求めた。代償行動と言うやつだな。
懐かしいテント筏で懐かしい僕の料理。
ふむ、フェリーと豪華客船を手に入れてから、和洋中なんでもござれで自分で料理をすることが少なかったが、偶には料理も楽しいかもしれない。
前回島に居た時と比べると食材も調味料も調理器具も雲泥の差だし、男のキャンプ飯を披露するのもありな気がする。
フェリーの雑誌でキャンプ特集とキャンプごはん特集があった。あれのできそうな料理を再現するのも楽しそうだ。
「分かりました。美味しいご飯を作りますね」
「うん! ありがとうワタル」
ミミをピコピコさせながら喜ぶカーラさんは可愛いな。頑張ろう。
「マリーナ、クラレッタ、手伝って!」
テントに戻るなりカーラさんが二人に声をかけ、装備を身に付け始める。
「カーラ、急にどうしたの?」
「ワタルがごはん作ってくれるから、食材を取りに行くの!」
クラレッタさんの問いに元気に答えるカーラさん。
それはまあ良いのだけど、僕もそれは初耳なので、クラレッタさんとマリーナさんのどういうことなの? という説明を求める視線には答えられません。
そのままカーラさんの勢いに押されて準備が始まり、和船で三人を陸地に送っていくことになった。
「あの、お風呂の時間もありますので、あまり遅くならないようにお願いします」
「大丈夫、周囲の探索だけで引き返させるからそれほど時間は掛からないわ」
マリーナさんの冷静な反応が心強い。
「お願いします。あ、できたらで良いのですが、杉の木があったら輪切りのプレート状にして何枚か持って帰ってきてもらえますか? 厚みは二センチから三センチあれば十分です」
キャンプ雑誌を読んでいて気になっていたのがウッドプランクグリル、まあ、木の板ごと素材を蒸し焼きにする料理なんだけど、雑誌で見た時から気になっていた。
良い機会なので試してみたい。
「ん、探してみる。じゃあちょっと行ってくる」
三人を見送り大型テントに戻る。
「ご主人様、カーラに物凄く期待されているみたいだけど、何を作るの?」
「……何を作ろう? ちょっと調べてみるからイネスとフェリシアは自由にしていいよ。あ、偶にマリーナさん達が戻ってないかの確認だけはお願い」
イネスの問に僕はハッキリ答えられず、書物に答えを求めることにする。
何しろ突然のことだったから、ウッドプランクグリルを思い出せただけ奇跡だよね。
イネスとフェリシアに見張りと、ついでにリムとペントの遊び相手をお願いして大型テントに籠る。
読み終わった雑誌を積んであるゴムボートを召喚し、キャンプ関連の雑誌を発掘する。
ペラペラとページをめくり目に飛び込んできたのはカレー。
うーん、カレーか。キャンプ料理の定番と言えばカレーだけど、カレーはフェリーと豪華客船でも充実している人気メニュー。
キャンプで食べるカレーは一味違うとはいえ、珍しい料理を求めている雰囲気があるカーラさんを満足させられるかは疑問に思える。
お、ウッドプランクグリルのページだ。あとで使うかもしれないから付箋を貼っておこう。
ふむ、意外とホットサンドメーカーを利用したレシピが充実している。とても美味しそうだ。
豪華客船に電気タイプのホットサンドメーカーはあるんだけど、キャンプでは利用できないよな。
でも、ホットサンドメーカーならこの世界でも普通に作れそうだし、南方都市に戻ったらカミーユさんに相談しよう。
ついでにダッチオーブンを作ってもらおう。これもキャンプの定番みたいで、かなりレシピが多いもんね。
……そもそもマリーナさん達がどんな食材を持って帰ってくるかで出来る料理が変わるんだよね。
この島での定番だった唐揚げと、鶏ガラのスープ、鶏の骨がないから顆粒出汁になってしまうが、その二つは作るとして、他をどうするか……。
ふむ、ウッドプランクグリルは火が必要だし、バーベキューで良いか。
そうなるとバーベキューセットの用意と、あ、ホイル焼きも楽しそうだな。ウッドプランクグリルでもアルミホイルを使うし、ホイル焼きなら事前に準備しておけば後は焼くだけだ。
マリーナさん達の獲物が多ければホイル焼きを減らして次に回せばいい。
今日は時間がないしこんなところかな。
しばらく南東の島に通うことになりそうだし、その間に色々と用意して僕もキャンプを楽しむことにしよう。
そうなればさっそく準備だな。
フェリシアには料理を手伝ってもらうとして、イネスには大型テント前のスペースにバーベキューの準備をしてもらおう。
ホイル焼きの具材はどうしようかな?
定番のサーモンやキノコ、いや、サーモンに限定せずに魚や肉、貝や野菜と片っ端から作るか。
そういえばリンゴなんかも丸ごとホイル焼きにできるよね。それも確かキャンプ雑誌で見たはずだ。
砂糖とバターは確実にあるし、シナモンも豪華客船の厨房の香辛料コーナーからもらったのを覚えている。
美味しく楽しいキャンプデザートで女性陣の心を鷲掴みだね。
読んでくださってありがとうございます。




