5話 儲かって儲かって
定期航路の為に頑張るカミーユさんをしり目に、僕達は商業ギルドのマスターから許可をもらい久しぶりに南東の島を訪問した。だが、そこには想像していた懐かしい光景はなく、小さな海上の村と言えるほどに発展していた。少しグイドさんに話を聞いたが、チリツモって凄い。
「それにしても、こんなにテントを建てて需要があるんですか?」
大小合わせて三十程のテント。常に冒険者が居るわけでもないんだし、そんなに必要ないと思われる。
「ああ、まだまだ足りないくらいだぜ」
「そうなんですか?」
グイドさん達四人と、あバルナバさんは冒険者だっけ。一パーティー六人と考えてグイドさん達三人を足して最大でも二十七人程度。
お風呂筏を考えても、十分な数に思える。もしかして、全員個室を計画しているのか?
「おう、パーティー毎に素材置き場も必要だし、妙にここを気に入って長期滞在する奴も居てな、割とテントの数が足りてねえ」
長期滞在か。僕の時も長期滞在とまではいかなくても、数日のんびりしている人は居たな。
お風呂に入りながらお酒を飲んで、まったりとだらける。ここに来られる冒険者は冒険者ギルドか商業ギルドに人格を保証された一定以上の実力者だけだから、陸だと結構人間関係が大変みたいだった。
そこに滅多に人が来なくて、テント生活ではあるが地味に環境が整っていてのんびりできる場所があれば、長めに滞在したくなるのも理解できる。
しかも稼げる場所がすぐそこにあるから、金欠になる恐れはほとんどない。それにしても素材置き場か。
「もしかして素材の輸送も始めたんですか?」
ここに素材を溜めておいて、溜まったら近くまで大きめの船を呼んで、難所だけグイドさん達の魔導船で往復すれば割と大量に素材が運べる。
「ああ、俺達もそれを考えて提案したんだがな、却下された」
「なんでですか?」
「なんでも魔物はともかく貴重な薬草は保護が必要なんだと。だからさっきワタルが言った方法で一度に筏の材料を運ぼうとしたんだがそれも却下された」
ああ、環境保護を考えた制限か。貴重な薬草が採取できなくなったら、この島の魅力が半減しちゃうもんな。
だから南東の島の発展もある程度制限している感じか。
「ワタルが居るなら大量に筏の材料を運んでもらいたいところだが、たぶんそれも却下されるな」
「聞いた感じではそうなりそうですね」
急激な発展は制限して、ゆっくりとした発展は認める。そのゆっくりとした発展もある程度進んだら現状維持に切り替えるように言われそうだ。
まあ、保護区と考えたらそれもしょうがないか。昔は大型船を難所の外に待機させようとした、なんて話を聞いたが、今の指導者は細く長くが選択できる優秀な人みたいだ。
「あ、それで、ギルマスは大丈夫と言っていましたが、僕達が泊まれるテントはありますか?」
「ん? ああ、大型テント一張りと小型二張りくらいなら大丈夫だぞ」
ふむ、大型と小型一張りは女性陣、小型一張りを僕が使えばちょうどいいか。イネスやフェリシアと離れるのは寂しいが、リムとペントとたっぷり遊ぶのも悪くないだろう。
昔は基本ここで一人でのテント生活だったんだし、ちょっと懐かしいかも。
「では、その三つを貸してください。いくらになりますか?」
「おう、ワタルにはテント筏を譲ってもらったし、ワタルのアイデアで儲けさせてもらっているんだ。金は要らねえよ」
「うーん」
お金は結構どころかかなりあるから、奢ってもらうのはどうかと思う。お金がないなら喜んで飛びつく提案なんだけどね。
「ワタルから金をとったら俺達のメンツも立たねえから、素直におごられとけ」
悩んでいるとグイドさんからメンツを理由に押し切られた。一瞬ヤが付く職業の方達みたいだなと思ったが、ここは素直におごられておいた方が良さそうだ。
「すみません。お言葉に甘えさせていただきます」
「おう、じゃあ案内するからついて来てくれ」
グイドさんが魔導船を走らせ、僕もその後に続く。
「このテントを利用してくれ。小型は左右に一つずつあるやつだ。引っ張れば大型の筏に接続もできるから、適当にやってくれ」
なるほど、別々に浮いている筏を、合体させて大きく使うこともできるのか。ちょっと面白いな。
「ありがとうございます」
「おう、じゃあ俺はこれで、あ、風呂はアレだ、あっち側にあるテントがそうだ。専門のスタッフが居るから、予約を取っておけば被ってないかぎりその時間に風呂に入れるぞ。送り迎えは必要ないよな? 一応、手こぎの船もあるぞ」
「ありがとうございます。送迎は大丈夫です」
お風呂専門のスタッフまで居るのか。グイドさん達、想像以上に手広くやっているようだ。
まあ、ここに来る冒険者は裕福だし、設備を充実させて料金を上げるのは経営側と冒険者側、どちらにとっても望むところなのかもしれないな。
「あ、ワタル。ちょっとこっちに」
「どうしました?」
僕だけに用事のようなので、女性陣には先にテントに荷物を置いてもらう。
「まあ、ちょっと乗れよ。内密の話だ」
グイドさんが妖しい微笑みを浮かべている。警戒するべきかもしれないが、この状況でグイドさんが僕に何かするとは思えないし、レベル的には僕の方が圧倒的に上だから大丈夫だろう。
そう考えて船に乗ると、少し離れると言って魔導船を動かすグイドさん。
「別にここまでする必要はないと思うが、獣人は耳も良いからな」
どうやらうちの女性陣に内密な話があるらしい。
「あそこにいくつかテント筏が浮いているのが分かるか?」
グイドさんに言われたところを見ると、たしかにいくつかテント筏が浮いている。離れていたから気がつかなかったな。なんでわざわざあんなに離れた場所にテント筏を浮かべているんだ?
「あっちのテント一張り一張りに綺麗なお姉ちゃんが待機している。あとは、分かるな?」
…………このおっさん、こんなところで風俗店を開業したのか?
それは確かに女性陣の前では言い辛いだろう。でも、グイドさんの言葉が俺の頭の上のリムや首元に巻き付いているペントにもしっかり聞こえているのですが?
リムから『……ねえちゃん?……』なんて念話が届いてどう説明するか困っています。
「儲かるんですか?」
「儲かって儲かって仕方がねえ」
人のことは言えないが、男の色欲は凄まじいよね。
「お姉ちゃん達にも評判が良いんだぞ? のんびりできて風呂に入れて儲けも大きいってな。まあ、キレイどころに囲まれているワタルには必要ないかもしれんが、念のために教えておいた」
ああなるほど。ここも山頂料金が適応されているのか。
鍛えまくって体力抜群な冒険者。戦いの後は高ぶるとも聞くしお金も沢山持っているから多少高くても我慢できないよね。
男の弱点をこれでもかと突いている気がする。
もし、僕がこの島で働いている時にこの施設があったら……年単位でルト号の購入が遅れた可能性が高い。絶対入り浸っていた。
まあ、今の僕にはイネスとフェリシアが居るし、マリーナさん達の目も気になるから無理だけどね。
「ありがとうございます。まあ、今の状況で利用できる度胸はありませんが」
「まあ、ジラソーレと一緒の時に風俗に行く度胸は俺にもねえな」
「それよりも、こんなところで風俗店なんて大丈夫なんですか?」
捕まらない?
「ああ、商業ギルドや冒険者ギルドも噛んでいるから問題はないぞ。冒険者は金がない方が働くからな」
……ようするに、この島で大金を稼ぐ冒険者からお金を巻き上げようってことですね。商業ギルドも冒険者ギルドも闇が深い。
「ん? じゃあここで大儲けしているグイドさん達は大丈夫なんですか?」
グイドさん達だけ特別扱いをしてくれるほど、優しい組織には思えないよね。
「大丈夫ではあるが、大丈夫ではないな」
「どっちなんです?」
「ある種の特権で儲けているぶん、しっかり南方都市に金を落とせって言われている。俺も商業ギルドのアドバイスで結構でかい家を買った。家に居る時間が少ねえから損した気分にはなるが、家族は喜んでいるから一応納得はしている」
本来お金の使い道をどうこう言われる筋合いはないのだが、妬みの回避としても資産として形が残る家を買うのは悪くない選択だろう。
まあ、それ以外にもこの地で死ぬまで働けという商業ギルドからのメッセージも感じなくはないが……南東の島に入れる船が減ると困るもんね。
気を利かせてくれたグイドさんにお礼を言って別れ、大型テントに入る。
「なんか懐かしい」
「ええ、ワタルがテント筏を造ってくれたので、この島での活動が随分楽になったんですよね。あの時は感動しました」
「私もここでワタルからスライムの可愛らしさを学んだ」
中に入るとカーラさん、クラレッタさん、マリーナさんが昔を懐かしむように話している。
内容が僕に好意的なのでかなり嬉しい。
「あ、ご主人様お帰り。用件はなんだったの?」
そしてイネス。僕を出迎えてくれたのは嬉しいけど、難しいことを聞かないでほしい。
えーっと、どうしよう。内緒にすると僕が疑われるし、そのまま言うとグイドさんの気遣いを台無しにしてしまう。
「……グイドさんからは忠告だったよ。僕が居ない間に女性にはあまり気分が良くないであろう場所ができたから、そちらに近づかないように注意しろって言ってた」
これでグイドさんと僕の印象も守られる……はず。たぶん。
「こんなところまで出張しているの?」
イネスが施設が何かを理解して驚いている。そうなんです、出張しちゃっているんです。
テントの中に沈黙が訪れる。うん、気まずいよね。とりあえずなかったことにして別の話題に変更しよう。
僕に女性と風俗店の話をする趣味はない。男にとってはある意味、救済の場なんだけど、それは女性にとって関係ない話だもんね。
「そ、それにしても、立派なテントですね。以前僕が買ったテントよりも明らかに上等な物です」
苦しい話題の変えかただけど、目についたのがテントだったのだから仕方がない。
でも、本当に立派なテントだな。グイドさん達、言葉通り相当儲けているようだ。
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