22話 最後の仕上げ
魔導砲奪取作戦! イメージではスマートでスタイリッシュに盗むつもりだったのだが、想像と現実は違うものでかなり力業の強盗になってしまった。そのせいでトントラード伯爵側に安全バー無し、モンスター満載の命がけのアトラクションを提供する結果になり、ちょっとだけ申し訳なく思った。
「ようやく戻ってこられたけど、結構明るく……んあ? えーっと、マリーナ、なんか海戦が始まろうとしているように見えるんですが気のせいですかね?」
トントラード伯爵達を放流し、別の場所でクレーン船からルト号に乗り換えてカリャリの港まで戻ってきたのだが、なんか予想外の光景が目に飛び込んできた。
トントラード伯爵側の船、これは問題ない。
伯爵が攫われたのだから動きづらいし、戻ってくる可能性を考えて現場に留まるのも分からなくはない。僕的には撤退に一票なのだけど、ガチガチの貴族社会で上司がトントラード伯爵だ。
自分達だけ逃げたら後が酷いことになるのは想像に難くない。なら追いかけろよって話だけど、魔導船すらあっさり振り切られたのにガレー船と帆船では無理ゲーだ。
たぶんトントラード伯爵側の船内は大混乱だろう。少なくとも事件から一時間も経過していないわずかな時間で判断を下すのは難しい。
だから船団が残っているのは予想していたのだが、目の前でその船団を囲むようにカリャリの港の軍船が動き出している。これは想像していなかった。
「気のせいじゃない。あの騒ぎは軍も気が付いているし、魔導砲を失ったのも確認している。もうあの船団は危険な敵ではなく軍にとっての獲物でしかない」
あー、そうなるのか。
最初は貴族ゆえに手が出せず、手が出せるレベルの罪を犯した時には魔導砲の存在に手をこまねき、魔導砲を失った現在はカモでしかないという流れだな。
非常に分かりやすい没落のしかただ。軍の人達が、誰が手柄を得るかでもめていそうなくらい分かりやすい。
「とりあえず、騒ぎが収まるまで近づかない方が良いですよね?」
「うん、変に近づくと巻き込まれる。戻るのは終わってからの方が無難」
だよね。魔導砲を盗んだのも認識されているんだし、なんか話が聞きたいとかいろいろ言われそうな気がする。
「そういうことならご主人様、戦いを見ながら朝食にしましょう」
イネスが物凄く不謹慎なことを言う。でも、たしかにお腹が空いた。昨日は夜通し動いていたのにご飯を食べていなかったな。
戦いうんぬんは置いておいて、朝食にするか。
デッキのテーブルにリクエストを聞いて料理を並べる。デッキに並べている時点で不謹慎とか考えながらも観戦する気満々だよね。
徹夜明けの胃に優しいオニオンスープを飲み、ホッと一息入れる。美味しい朝食を食べ、食事に夢中なリムとペントを見ながら癒される。
魔導砲の奪取はスリル満点だったけど、やっぱり僕はこういう穏やかな時間の方が好きだな。
まったりとした穏やかな時間が盛大に破壊される。どうやら軍船が降伏を呼びかけているようだ。
異世界でもテンプレートなのか、お前達は包囲されているうんぬんと、刑事ドラマ等で聞いたことがあるような呼びかけをしている。
「トントラード伯爵側に動きがある」
マリーナさんが興味深げに船団の方を見ている。たしかに騒ぎになっているようだが、僕の目では細部がよく分からない。レベルはそれなりに近いところまで来ているはずだから、スキルの差かな?
見えない物はしょうがないので双眼鏡を取り出し船団を覗く。
なるほど、たしかに騒ぎが起こっているようだ。
「これは内部分裂っぽいですね。抗戦派と降伏派の争い?」
一致団結が必要な場面に思えるが、こういうピンチの時ほど意見の相違が大事になるんだよね。
「そう。権力者側は捕まったら酷い目に遭うから戦うか逃げたい。身分の低い者は素直に降伏したほうが印象がいいからできれば降伏したい。下手に争うと犯罪奴隷にされる可能性が高まる」
なるほど、揉めるしかない組み合わせだな。伯爵の勝ちが信じられるのであれば従っていられたが、負けが見え始めたら自己保身に走るのも当然だ。僕だってそうする。
そういえばガレー船って地球でも奴隷がオールを漕いでいたイメージだけど、こっちでもそうなのかな?
確認の為にガレー船を覗くが、魔導船や帆船よりも騒ぎが小さいように見える。……あ、そうだ、こちらの奴隷は契約に縛られるから、不利だとしても逆らえないのか。
ガレー船の奴隷なら、イネスやフェリシアと違って契約条件が厳しそうだもんな。
こうなると海戦は行われない感じか?
あ、なんか偉そうな奴が兵士にボコられている。あの帆船は降伏派が優勢だな。
む、魔導船は偉い人間が多く乗っているのか、ガッチリ部下を統率というか脅している感じだ。ガレー船は戦力が拮抗している、いや、若干上が優勢っぽいな。奴隷の管理とかがあるからかも。
帆船は降伏、魔導船は抗戦で、ガレー船は上次第って感じっぽい。
コンソメスープからパン、そしてスクランブルエッグにベーコンと、朝の洋風定番を決めていると、予想通りに状況が動いた。
帆船は全部、ガレー船は半分が白旗を上げ残りは戦闘態勢に移行する。
おおう、マジか。魔導船のお偉いさんが降伏した船にキレたのか、帆船に魔術をぶっぱして船体に穴が開いた。
仲間割れにしても帆船に攻撃する余裕があるなら軍船に備えるべきだろう。
「降伏など許さん。白旗を上げた腰抜け共よ、軍船に突撃せよ。でなければ沈める」
コワッ。キレたのかと思っていたが、それ以上に悪辣なことを考えていた。これってアレだよね、督戦ってやつだよね?
兵隊の後ろから逃げたら殺す的な……あ、他の帆船に向かって更に攻撃を始めた。
なるほど、帆船は急に動けないから、帆船に対する脅しというよりかガレー船に対する脅しなのか。その証拠にガレー船にも攻撃は向かっているが直撃はしていない。
沈みそうな帆船から次々と人が海に飛び込む。もしかしたら飛び込んだ人達を相手に救助させる狙いもあるのかもしれない。エゲツナイ。
白旗を掲げたガレー船が動き出した。……一直線に軍船に向かっている。
軍船に向かうふりをして逃げ出す可能性もあるが、船団のど真ん中に突撃しているからヤケクソな雰囲気が伝わってくる。
それに釣られたのか、他のガレー船も動き出す。最初のガレー船がファーストペンギンの役割を果たしたようだ。向かう先が地獄っぽいのが悲しいけど。
いや、二隻のガレー船は進路が微妙に違うな。途中で少し方向を変えることができれば逃げることが可能かもしれない。
「あ、ご主人様見て、あいつら最悪よ」
イネスの指し示す方向を見ると、督戦していた魔導船が動き出していた。一直線に外海、つまり僕達の居る方向に。
マジか。後ろから煽りまくって突撃させて、自分達はコッソリ脱出するつもりか。
生き延びるために何でもするのは生物として間違っていないのかもしれないが、凄まじく見苦しいな。
僕だってもう少し世間体を気にする。
「ご主人様、あんな奴等ぶっ飛ばすわよ!」
「逃がしても何もできないとは思うけど、不愉快」
うわー。イネスもマリーナさんも攻撃する気満々だ。巻き込まれないように遠くから事態の収束を待つのではなかったのか?
僕としてはギリギリスタイリッシュとも言えなくはないこともない盗みを成功させたから、最後に敵船を沈めるのは違う気がするのだが、あの魔導船を見逃すのもちょっと違う気もする。
悩ましい。
……よし、撃沈しよう。どちらにするべきか判断が付かないのなら、僕はイネスとマリーナさんの機嫌を優先する。
だって、あの魔導船からの好感度よりも、二人からの好感度の方が圧倒的に価値があるから。
その結果、何か面倒な事が起こったとしても、キャッスル号に逃げ込めばなんとかなるだろう。たぶん。
「分かりました。近くに来たら攻撃してください。その後、キャッスル号に向かいます」
最後の仕上げってやつだな。予定とはかなり違うが、綺麗に逃げる盗賊ではなく悪を殲滅する義賊的な何かということで納得しよう。
『「「了解」」』
ん? なんかリムの返事も混ざっていたような……気のせいじゃなかったらしい。
先程までご機嫌にご飯を食べていたリムが、いつの間にか船縁に移動している。その横でふうちゃんもプルプルしているから、二人も攻撃に参加する気なのだろう。
大きくなった時の外見が一番凶暴に見えるペントは、僕の首に巻き付いて大人しくしているんだけどね。なんかちょっと間違っている気がする。
のんきなことを考えながら僕はフライングデッキに上り、操船の準備をする。
敵魔導船とかなり離されて追いかけてくる軍船、うわー、敵魔導船、あきらかにルト号を目標にして近づいてきている。
たぶん、戦場で呆けているバカな船を沈めて、後ろの軍船に救助の手間を掛けさせてやる、なんて考えているのだろう。
清々しいほどの下種っぷりだが、今回に限ってはその選択は間違っている。
「攻撃開始!」
敵魔導船から攻撃が飛んでくるのに合わせて、こちらも珍しいマリーナさんの号令で、一斉に攻撃が開始される。
イネスは目もくらむような輝きを発する火球、リムは聖なるビーム的な何か、ふうちゃんは強烈な風。
そしてマリーナさんは……なんかよく分からないがマリーナさんが何かを投げ、それが魔導船に届いたところで大爆発を起こしていた。
爆弾……たぶん僕の知っている地球の爆弾とは違う、この世界特有の爆弾。
それはまあ構わない。ファンタジーな世界だしマリーナさんは斥候職。物騒ではあるが罠とかで使いそうな気もするし爆弾を持っていても不思議ではない。
驚いたのはそこそこ長い付き合いになった僕が初めて見る攻撃が使われたこと。
マリーナさんの表情がとてもスカッとしているように見えるし、相当魔導船のやり方が気にくわなかったのだろう。
そしてそんな仲間達の攻撃を受けた魔導船は、とても酷いことになっている。
ただ、船上を直接攻撃するような形ではなく、魔導船そのものに攻撃を加えたので人にはそれほど被害はなかったようだ。そのおかげか慌てて海に飛び込む沢山の人影が見える。
自分達が攻撃した帆船と同じ結末をたどっているのは、因果応報ってことなのだろう。
魔導船を壊したのはちょっともったいなかった気もするが、僕達が接収したら軍から文句を言われそうだからこれで良かったのだろう。魔導砲を盗んでいるから今更の話なんだけどね。
さて、軍船と接触すると面倒だし、そろそろキャッスル号に戻ることにしよう。
読んでくださってありがとうございます。




