10話 これがもんじゃだ!
お詫びとして提供した飛ぶヨットが想像以上に好評で、それに自信を付けた僕はこのまま畳み掛けることを決意し続けて屋形船を召喚した。今日のお昼はもんじゃ焼きだ。日本のB級グルメの底力を見せつけてやる。
まず召喚したサポラビにオーソドックスなもんじゃ焼きを注文する。
運ばれてくる間に鉄板に火を入れ油を引く。これで下準備は完了。
サポラビが料理を運んできたので、いよいよ本番だと二本のコテを持ち気合を入れる。
「では、説明しながら焼いていきますね。簡単ですから見て覚えてください」
僕の言葉に女性陣の注目が集まるが、その中でもカーラさんとクラレッタさんが前のめりに注目してくれている。
クラレッタさんは新しい調理法、カーラさんは僕が自信を持っているもんじゃ焼きに興味津々なのだろう。この二つは似ているようで微妙に違うよね。
「まず具材から取り出し、コテで刻みながら鉄板で軽く炒めます」
どんぶり山盛りになって運ばれてきた具材を二つのコテで取り出し、言葉通りコテで刻みながら炒める。
見よ、この華麗なるコテさばきを!
自分的にはリズムに乗って100点満点だ。
「ワ、ワタル、そんなに乱暴にしてもいいんですか? 食べ物で遊んではいけませんよ」
クラレッタさんから真顔でツッコミが入った。
僕のコテさばきは華麗ではなく遊びと認識されたようだ。酷くセツナイ。
「いえ、遊んでいる訳ではなくてこういう料理なんです」
「そうなんですか? ……分かりました」
クラレッタさんが疑問符を浮かべたままの表情で頷いた。とりあえず引いてはくれたけど納得はいっていないようだな。
クラレッタさんって食べ物関係はジャッジが厳しいのかもしれない。ちょっと怖いけど、まあ、食べたら納得してくれるだろう。
「えーっと……それで、こうやって円になるように具材を並べます」
……いかん、どうやら僕が遊んでいるようにしか見えないようで、女性陣の目が心なしか冷たくなっているように見える。
心が折れそうです。
もうみんなをスタッフに任命して、僕が間違っていないことを証明しようかな?
……いや、ここで諦めたら駄目だ。実は今、チャンスなんだ。
驚きには高低差が必要で、今、想定外だがビックリするくらいに期待値が下がっている。
だが僕は知っている。もんじゃ焼きは美味しくて楽しい。
このせつない時間を乗り切れば、あら不思議。なにこの美味しい料理、ワタル、素敵となる訳だ。
だから大丈夫。僕はまだ頑張れる。
「そ、それで、この円の中に出汁を流しいれます」
ジュワーっと音をたててソースの香りが船内に広がる。おっ、この匂いに女性陣の表情が少し緩んだ。
「そして、出汁が温まってとろみが出てきたら、また素早く具材を切りながら掻き混ぜつつ広げていきます」
あ、また女性陣の表情がスンってなったん。具材を切ってグチャグチャに掻き混ぜるところが駄目なのかな?
みんなハンバーグとか餃子とか食べたことがあるはずなのに不思議なものだ。
まあいい、これで青のりを振れば完成だ。あとは食べてから僕を褒めたたえてくれればいい。
「はい、これで完成です。あとは、横にある小さなコテで具材を押さえつけるように引っ付けて食べます。こんな感じです」
ミニコテを手に取り、ジュっと具材を押し付けながら引っ張る。
そしてそのまま口に。
「あつっ! あ、あふ、はふ……うん、美味しいです……」
早く今の気まずい状態から抜け出したくて冷ます前に口に入れてしまった。口の中が燃えるように熱い。
だが美味い。
しっかりとしたソースの味と小さなエビや干しイカの旨味、しんなりとしたキャベツの甘味と歯ごたえが混ざり合い、口の中を幸せに変えてくれる。
そう、これがもんじゃ焼き。
どちらかというとジャンクな味わいではあるが、だからこそ中毒性があり、ポテチと同じように次々と食べたくなる魔性の味。
なのだけど……。
「えーっと、食べないのですか?」
女性陣の動きが止まっている。いや、カーラさんはすでにミニコテをゲットしてスタンバイしているのだが、クラレッタさんから話を聞いてからねと止められている。
「良い匂いだし、具材を見ているから食べられないものじゃないのは分かるのよ。でも、なんというか食欲が湧かない見た目なのよね。正直に言うと、ゲ〇にしか見えないの」
なんですと?
この美味しそうな見た目がゲ〇みたい?
…………ふむ、たしかにそう見えなくもないな。そういえばもんじゃ焼きがメジャーになる前は、そんな風に否定されることが多かったと聞いたことがある。
特に関西方面の人達からの批判は強く、もんじゃ焼きに関わる人達は悔しい思いをしたらしい。
でも、彼らは負けなかった。
形は違えど江戸の頃から続くもんじゃ焼きを誇りに思い、批判に負けずに誰もが知るメジャーな料理にまで昇華させた。
今までの僕ならとりあえず食べてもらえればなんとかなると下手に出ただろうが、なんかもんじゃ焼きの歴史を想像して感情移入してしまい、下手に出るのは違うのではないかという気分になっている。
そう、批評にも負けずに努力を続けた先人達の思いを、この世界のおそらくたった一人の日本人としてくみ取らない訳にはいかない。
だって、一人なんだから日本代表だもんね。まあ、出身は江戸とは全く関係ない地方なんだけど。
「そうですか、この料理は僕の国では大人気な料理なのですが、見た目が受け付けないというのならしょうがありませんね。分かりました、もんじゃ焼きの他にも天ぷらやお刺身等、美味しい料理がありますから、そちらを用意しましょう」
高低差が大切だと思っていたが、最初が低すぎてまだギャップを生かせないようだ。メニューを見て屋形船で食べられているメジャーな料理を注文する。
だが、これは負けたわけではない。
もんじゃ焼きの力を僕が信じているからこその一時撤退だ。こちらから媚びずとも、必ずカーラさんが食いついてくる。
天ぷらや懐石が並び、ちょっと豪華な海上の昼食が始まる。まあ、僕の場合は基本的に海に住んでいるようなものだからほぼ毎日が海上での食事なんだけどね。
イネスとフェリシアももんじゃ焼きの見た目に引いていたので、遠慮しないでアレシアさん達と食事をするように促した。
その時にリムとペントまで向こうに行っちゃったのは誤算だったが、すぐに戻ってくると信じているから大丈夫。寂しくなんかない。
しかし、もんじゃ焼き……魔物にとっても美味しそうに見えないんだな……。
アレシアさん達が江戸前の天ぷらに歓声を上げるのを横目に、僕は熱々のもんじゃを口に運び、生ビールで流し込む至福の行為を続ける。
端的に言って最高だ。
「……美味しい?」
「うわっ、ああ、カーラ、えーっと、美味しいですよ?」
いかんな、普通にもんじゃに夢中になっていたからか、いつの間にかカーラさんが隣にいてビックリしてしまった。
カーラさんがキラキラしためで僕を見つめる。
「食べます?」
僕としてもカーラさんが我慢できずに接触してくるのは織り込み済みだったので、もんじゃを勧める。
「うん!」
元気に頷くカーラさんにミニコテを手渡すと、僕の行動をしっかり学習していたのか迷いなくもんじゃに手を伸ばす。
ふうふうと熱を冷まし、もんじゃを口に入れるカーラさん。
モグモグした後にパーっと顔を明るくするカーラさん。クマミミをピコピコさせながら次々ともんじゃを口に運ぶ。
とても可愛い。だが駄目だ。
たしかにもんじゃはそれ単体でも十分に戦えるが、その隣に生ビールがあれば戦闘力は更に上がる。お酒が飲めるなら生ビールは必須と言っても過言ではないだろう。
「カーラ、どうぞ」
注文した生ビールをカーラさんに手渡すと、一瞬で飲むべきと判断したのか躊躇わずに口を付ける。
凄いな、一瞬で中ジョッキが空になったぞ。すかさず生ビールを追加注文し、カーラさんの前に置く。
今度は一気に飲み干すことはなく、生ともんじゃを交互に味わうカーラさん。
ククク、無限ループが完成した。これでカーラさんはもんじゃの虜だ。
「あ、カーラ、そこのおこげをヘラではぎ取って食べてみてください」
「これも食べるの?」
疑問に思いつつも素直なカーラさんは言われた通りおこげに手を付ける。
「美味しい!」
当然の反応だな。もんじゃのおこげは格別だ。
「ね、ねえ、カーラ、それは、そんなに美味しいのですか?」
カーラさんの声が聞こえたのか、クラレッタさんが寄ってきた。予想通りだな。
カーラさんを釣り、それで安心させて料理好きなクラレッタさんを釣る。
「うん。凄く美味しい。私、これ、大好き」
話しながらも食べるのを止めないカーラさん。いい仕事をしている。
「ワタル。私も食べて良いですか?」
そんなカーラさんを見て、覚悟を決めたような顔で聞いてくるクラレッタさん。もんじゃってそんなに覚悟が必要な食べ物じゃないんだけどね。
「ええ、みなさんに食べていただくために用意したものですから、どうぞお召し上がりください」
お詫びの食事会なので、ゲ〇みたいなのに良いんですか? という嫌味は言わず、ミニコテを渡してどうぞどうぞと勧める。
カーラさんのマネをしながらもんじゃを口に運ぶクラレッタさん。
「…………信じられません。あのような作り方なのにこの癖になる味わい。極上の料理とはまた違う、本能に訴えかけてくるような美味しさを感じます」
落ちたな。
カーラさんと同じようにスッと生ビールを差し出す。
そしてクラレッタさんも抜け出せない無限ループに突入した。
料理に関して信頼度の高いカーラさんとクラレッタさんが釣れると、それを知っている残りの女性陣も気になってくる。
「ワ、ワタル。私達も食べてみたいのだけど、構わないかしら?」
釣れた。今日は大量だな。
「ええ、構いませんよ。まずはカーラさん達とオーソドックスなもんじゃを味わってください。その間に次のもんじゃを用意しますね」
さて、次は何を食べようかな。明太モチチーズは最高だし、海鮮系もワクワクだ。変わり種の駄菓子もんじゃも捨てがたい。
……人数も多いしテーブルも沢山ある。気になったの全部いっちゃうか。そして全員をもんじゃの沼に沈めてやる。
二度とゲ〇となんか言わせない。
これが江戸より形を変えつつも続いてきたもんじゃ焼きの底力だ。
あれ? 江戸?
……もんじゃ焼きってB級グルメの区分だと思っていたけど、もしかして伝統料理だったりする?
……まあいいか。もんじゃ焼きは美味しい。それだけ分かっていれば十分だ。
読んでくださってありがとうございます。




