2話 罠だったの?
幸か不幸かは置いておいてようやく到着したアクアマリン王国では、なぜか予定とは違い道が造られ港の建設にまで着手していた。本来の予定ではまだ獣人の街を造るための足場になる獣人の村を造っているタイミングだったはずなのに……。
目の前の光景をなんと表現すればいいのだろう?
なんだこれ? 獣人の村の設計もウィリアムさんがしたから、平凡ながらも機能美に優れた村が完成するんじゃなかったっけ?
僕の視界の先には、長屋というにはみすぼらしい木の箱が規則的に大量に並び、そこを沢山の獣人達が出入りしている、そんな光景が目に飛び込んできている。
村のコンセプトはアレだな、機能美? そんな言葉は知りません、とにかく詰め込め! だな。
不謹慎な例えになってしまうが、震災の被害に遭われた方々が避難するプレハブ小屋が立ち並んだ場所にコンセプトが似ている気がする。
まあ、こちらはプレハブ小屋なんて上等なものではなく、あきらかに急ごしらえで隙間風がビュンビュン吹き込みそうな見た目だけどね。
なるほど、建築に拘りが強いウィリアムさんがこうせざるを得ないほど人が集まっちゃったんだな。
そりゃあ仕事を捻出するためにも、港の建設くらい手を出すよね。だって今、昼間なのに人沢山いるもん。
まあ、見かけるのは女性や子供がほとんどだから、一家そろってこちらに来て、旦那さんだけ働いている感じかな?
「ねえ、ワタル。どこに行けばいいか分かる?」
遠い目をしている僕にアレシアさんが話しかけてくる。見た感じ長屋が立ち並んでいるだけだから、たしかに向かうべき方向すら分からない。
「住人に話を聞いた方が早いですね」
「そうよね。クラレッタ、悪いけど聞いて来てくれる?」
「はい、ちょっと行ってきますね」
僕の答えにアレシアさんがクラレッタさんをお使いにだす。なるほど、獣人のコミュニティだからクラレッタさんを行かせたんだな。
普段は偶に抜けているところがある人だけど、さりげなくこういう判断ができるのは流石だと思う。特にクラレッタさんというのが秀逸だ。
同じ獣人でもイルマさんだと色っぽ過ぎるもんね。カーラさんは……うん、いい人だけど情報収集にはちょっと向かないから……。
「聞いてきました。長屋の間をまっすぐ進めば大切な施設が集中している中央の広場に出るそうです」
妙な感心をしているとクラレッタさんが戻ってきた。まっすぐ進めばいいのは分かりやすくて助かるな。
クラレッタさんの言葉に従い、決して広いとは言えない長屋の間を進む。
意外なのはお世辞にも良い環境とは言えないはずなのに、住民達の表情が明るいことだ。子供達も元気いっぱいに走り回っているし、ほのぼのとした雰囲気すら感じる。
住民達の様子を観察しながら先に進むと、突然開けた場所に出る。
ここがクラレッタさんが聞いてきた中央の広場なのだろう。でも、この村の設計図を見たことがある僕には分かる、この広場がウィリアムさんが造ろうとしていた村全体だよね。
たぶん、村の建設に着手して最初は順調に進んでいたのだろう。ウィリアムさんが熱く語っていた方針の名残が見える。
で、途中からドンドン人が増えていって、それでも自分の設計に妥協しないウィリアムさんは設計を維持しようとして村の外に長屋を造った。
ドンドン増える獣人達、それに伴い増える長屋。ギリギリまで抵抗したものの最終的に諦めて、本来村になるはずだった場所が広場に変更になったのだろう。
ウィリアムさんの弟子のユールさんが差配しただけあって、長屋は規則正しく造られていたから、中心と外部との融合も違和感なく進められたのだろう。まあ、ウィリアムさんは歯ぎしりしそうなくらい悔しがっていたと思うけど。
「食堂、雑貨屋、服屋、村の重要施設というよりも、生活に必要な物すべてがここに集まっているようですね」
ドロテアさんの言うとおりですよ。ウィリアムさん、最初からそういう設計をしていましたもん。
外側からは分からなかったが、よく見てみるとほんの僅かでも自分の設計を押し通そうとしたウィリアムさんの意地を感じるよね。
「えーっと、ああ、あそこが冒険者ギルドね。あそこで話を聞いてみましょう」
混雑の隙間を縫ってアレシアさんの言った冒険者ギルドに向かう。
「さすがにギルドだけあって、建物の作りはしっかりしているのね」
アレシアさんのつぶやきの通り、冒険者ギルドは立派とは言えない物の、他と比べるとかなりしっかりとした作りをしている。
感心しながら中に入ると、大都市レベルの数の受付カウンターが並んでいる。それが必要なくらい混雑しているのだろう。
村全体を見て廻った訳じゃないから想像でしかないが、長屋の数を考えると大都市レベルの住民が集まっていてもおかしくないもんね。
興味本位で依頼の掲示板を確認するが、依頼内容は雑用と建設が主体となっているようだ。
まあ、住む街自体を自分達で造っているのだから、仕事内容がそうなるのも当然だろう。
「あら、かなり報酬が高めに設定されているわね。簡単にできる安い内容の物は倍、他も三割増しから五割増しくらいの値段よ」
イルマさんが依頼を見て感心したように頷いている。
冒険者時代は基本的に角兎しか狩っていなかったから分からないが、どうやら報酬が高く設定されているらしい。
なるほど、集まってきた獣人達にお金をバラまいているのか。無駄に思えなくもないが、集まってきた沢山の獣人達の生活が不安定で暴動が起こったら目も当てられないから、悪くない選択だろう。
ああ、だから住民達の顔が明るかったのか。住居が良くなくても、それなり以上に報酬が貰えていれば先に希望が持てる。
普通なら資金に問題が出るが、予算は豊富だから大丈夫だろう。
足りなくなっても、またドンドン追加するよ。まだまだ不安定だから、慈善事業費を投下しても許されるはずだ。
シャトー号で慈善事業費がまた増えたし、あとでウィリアムさんに追加予算をドンと提供しておこう。
おっと、アレシアさん達が受付嬢に話しかけたな。僕ものんびりしていないで話を聞きに行こう。
「そう、建築家のウィリアムか、その弟子のユールに会いたいのだけど、場所を教えてもらえる?」
「え……あの、ウィリアム様もユール様も重要な方達ですので、Aランクの冒険者である皆様でも簡単に居場所を教えることはできません。ギルドマスターに話を通しますので、少々お待ちいただいても構いませんか?」
「分かったわ。それでお願い」
予想はしていたけど、ウィリアムさんの重要度が凄いことになっているな。冒険者ギルドのギルドマスターの方が会いやすいって、アレシアさん達がAランクの冒険者だとしても凄いことな気がする。
時間がかかるかと思ってリムと戯れていると、受付嬢さんが直ぐに戻ってきて奥に通してくれた。Aランクの冒険者ってスゲーと思っていると、予想外の再会が。
「ルークさん、なんでここに居るんですか?」
挨拶をする前にツッコミを入れてしまった。でも仕方がないと思う。だって、ルークさんはアクアマリン王国の王都のギルドマスターだ。
「お前達のせいだよ。これだけの規模になるとまとめ役が必要だって話になって、俺が発起人だと言いがかりを付けられて押し付けられた。発起人はお前達とフローラなのに、なんで俺に責任が被さってくるんだよ!」
なるほど、僕達が話を持っていったのがフローラさんで、そのフローラさんがギルマスに丸投げして、ギルマスが他の有力メンバーを集めたから責任を押し付けられたんですね。
僕はアクアマリン王国から逃げ出したし、フローラさんはキャッスル号で楽しく働いている。うん、責任の所在がギルマスに押し付けられてもしょうがない状況だね。
「それは、あー、えーっと、御愁傷様です。それで、ウィリアムさんかルークさんに会って状況を確認しようと思っていたのですが……状況を教えていただけますか?」
別にウィリアムさんに聞かなくても、責任者のルークさんに話を聞けば解決だな。手間が省けてラッキーだ。
「おい、それだけかよ! チッ、お前達のせいで俺は王都のギルマスからこっちに回されたんだ。責任を取って、あの美容グッズだったか? あれと酒を腐るほど寄こせ」
なんか普通にカツアゲされているんですけど?
でも、美容グッズが最初に出てくる時点で憐れみを感じるな。たぶん、奥さんや娘さんにせっつかれているんだろう。
「腐るほどは提供できませんが、後で十分な量をお渡しします。それで構いませんか?」
「おう、助かるぜ。これで安心して王都に顔を出せる」
今まで王都に安心して顔を出せなかったんだな。
というか、あっさり機嫌が直り過ぎじゃないのか? もしかして美容グッズとお酒を手に入れるために不機嫌なふりをしていた?
目の前の男はギルドマスターという地位まで上り詰めた男なんだし、油断していい相手じゃなかったな。反省しなければ。
まあ、家での立場は弱そうだけど……。
「はい、それで現状凄いことになっているようですが、説明してもらえますか?」
「ん? ああ、たしかにお前が出ていってから随分変わったから説明は確かに必要だな。茶を準備させるからちょっと待て」
どうやらお茶が必要なくらい長い話になるようだ。
長かった。これでもかってくらい長かった。しかも大半がギルマスの愚痴だった。
この町の冒険者ギルドのギルマスを押し付けられた経緯は簡単に済ませたのに、妻と娘からの要求に対しての愚痴が凄まじく長かった。
どうやら僕が提供した美容グッズは想定通りの効果を発揮しており、順調に使用者を虜にしているようだ。
たぶん商業ギルドのギルドマスターな美魔女も、美容グッズの補充を今か今かと待ち構えているのだろう。
いや、あの人には前回それなりの量を無理矢理購入されたから、まだ余裕があるかな?
で、僕達が聞きたかった現状は、ほとんどが事前に予想していた通りで、驚きだったのはこの村を造るための足場にした村が、最近の特需に沸いて村から町に昇格し、ついでに王様から町の名前を授かったことくらいだ。
最初に見た時はショボい村だったのに、お金の力って凄い。ちなみに町の名前は幸運の町だそうだ。
発展した理由がラッキー以外の何ものでもないところから命名されたそうだ。
ちなみに、僕の名前も候補に挙がったそうなのだけど、今造っている街の名前にするかもしれないってことで却下になったそうだ。
街に自分の名前なんて付けないし、もし幸運の町がワタルの町なんてことになっていたら、創造神様の威を借りてでも変更を辞さなかっただろう。
ん? ノック?
「おっ、ようやく来たか。時間稼ぎって面倒だよな。入っていいぞ」
入室してきたのは満面の笑みを浮かべたウィリアムさんだった。元々会うつもりではあったけど、あれ? 逃がさないように時間稼ぎされた?
ギルマスの長話……罠だったの?
読んでくださってありがとうございます。




