20話 アクアマリン王国へ
ペントの体を小さくする神器を手に入れるために女王陛下にお仕事をお願いしたら、思っていた以上に困らせることになってしまった。結果的に僕でもなんとかできるお仕事を頂けたからよかったが、人魚の国とダークエルフの島が人魚限定とはいえ繋がることになったので、楽しくなりそうな気がしてきた。
「ワタル様、お母様とお姉様に是非ともアニメを観て頂きたいのです!」
女王陛下にお願いをして細かい打ち合わせをした翌日、アンネマリー王女が使命感に燃える瞳で僕の部屋を訪ねてきた。
体を小さくする神器に関してはアンネマリー王女に預けてもらって、仕事が終われば貰えるように手配してもらった。
あとはアンネマリー王女が実家を満喫したタイミングを見計らって、アクアマリン王国に移動するつもりだったのだけど、なんでこうなった?
「えーっと、アンネマリー王女、アニメを見せるということは、女王陛下やアダリーシア王女をシャトー号に招待するということですか?」
前にも来たことがあるのだから女王陛下と王女というのは今更のことだけど、魔法少女アニメを見せるために国のトップを外に出すのはどうなんだ?
というか僕は魔法少女アニメの布教に反対の立場なんだけど? 別に魔法少女アニメが悪いということではない。ただ、布教する相手を選んでほしいと思うだけだ。
「はい。図々しいお願いですが、是非ともお願いします」
まあ、僕の願いは通じないよね。女王陛下に布教しないでと言ってないのだから当然なんだけど、だからって言えないよね。
身分が問題をややこしくしているが、単純に考えれば娘が母親や姉に自分が好きな物を勧めているだけ。
しかも、遠く離れた家族との久しぶりの再会でだよ?
気の弱い僕に言えるはずがない。
「あー、構わないと言えば構わないのですが、女王陛下は大丈夫なのですか? かなりお忙しいはずですよね?」
忙しくて無理という結果が、僕にとって一番嬉しい返事だ。
「問題ありません。ワタル様の御意志が最優先です。あ、お母様とお姉様が、できればワタル様の船の教会でのお祈りの許可を頂けたらと言っていました。無論、海神様とお話ができるなどとは考えておりません。ただただ、感謝の祈りを捧げたいだけなんです」
あ、これ、断わっても駄目なやつだ。いや違うか。僕の立場上断わることは可能だけど、断わったら心が死ぬやつだね。
アダリーシア王女は知らないけれど女王陛下は魔法少女にそれほど興味を抱いてはいなかった。たぶん、少しでも届きやすいと思われる場所で、海神様に感謝を届けたいのだろう。
「分かりました。海上に出るということはそのまま移動になると思いますので、それを踏まえて予定を立ててください」
「ありがとうございます! あっ、ワタル様達のご予定とも合わせなければなりませんね」
「僕達の方は数日観光できれば十分ですので、女王陛下のご都合を優先してください」
王都はある程度見て回ったし、今日もこの後観光の予定だ。人魚の国に来るのが最後な訳でもないだろうし、無理して全部見て回る必要はない。
「ワタル様、皆様、ありがとうございます!」
僕の返事にアンネマリー王女は笑顔でお礼を言って、全力で泳ぎ去っていく。
王女としての立ち居振る舞いじゃないな。確実に島の悪ガキ共の影響だろう。その後をレーアさんが一礼して追いかけていく。
アンネマリー王女の勢いに押されて、レーアさんの存在にまったく気がついていなかったよ。
「えーっと、そういうことになりましたが、構いませんよね?」
「こちらはなんの問題もないわ」
アレシアさんの返事に他のメンバーも頷く。全員異論はないようだ。
「よし、じゃあ観光に出発しましょう!」
続けてアレシアさんが出発の合図を出す。滞在期限ももうすぐ終わりそうだし、僕も気合を入れて観光するか。
***
「ワタル様、本当にありがとうございます!」
「ワタル様、ありがとうございます!」
「ワタル様、ありがとうございます!」
アンネマリー王女のお願いから五日、僕達は女王陛下達をシャトー号に招待した。五日の間に十分に観光できたし、こちらとしては悪くないタイミングだった。
どうせならと女王陛下達と護衛をホワイトドルフィン号に乗せて海上に向かい、シャトー号に無事に乗り換える。
それで、アンネマリー王女はさっそく女王陛下達に布教を開始しようとしていたが、本来の目的を果たしてからの方が集中できるだろうと教会に案内した。
で、教会から出てきた女王陛下と王女様二人が、すっごくハイテンションでお礼を言ってくる。
これはアレだな、海神様、ルールを破ったな。僕の船はある程度特別扱いされているけど、こっちの世界の住人への干渉、普段でもある程度の根回しが必要なのに、創造神様が不機嫌マックスな時にする行動じゃないだろう。
さすがの海神様もそんな迂闊なことはしないと思っていたから、余計な根回しをせずに教会に案内したんだけど、事前に話を通しておくべきだったか。
今回は御神託を賜ると考えていなかったから、レーアさんも含めて他の人魚さん達も教会の中に案内したんだよな。
海神様が王族でないからと差別するはずもなく、ハイテンションで騒ぐことはないがその他の人魚達も涙を流しながら呆然としている。
たぶん、しばらく復活しないんじゃないかな?
「僕がどういたしましてと言っていいのか分かりませんが、御神託を賜ったのですね。おめでとうございます」
海神様は酷い目に遭いそうだけどね。
「いえ、そんな、海神様の御神託など、簡単に賜れるものではございません。ただ、祈りを捧げると、体が温かく包まれたのです」
「私もです、お母様。あの雄大さを感じる温かさは海神様のお力に違いありません!」
「私も、私も確かに感じました!」
およ? 直接神託を賜った訳ではないようだ。そういえば前回神託を賜った時は、今のハイテンションを軽く凌駕するレベルのハイテンションだったな。
なるほど、直接の干渉は無理と判断して、それでも見守っているぞと女王陛下に伝わるような方法を取ったのだな。
黒に近いグレーな行為な気もするが、海神様がそれで戦えると判断したのならなんとかなるのだろう。
でも、巻き込まれたら嫌だから、確認するのはある程度時間を空けてからだな。
「そういうことでしたか。御神託でなかったとしても、海神様を身近に感じられたのであれば素晴らしいことですね」
レーアさん達も一生の思い出になっただろう。
しばらく使い物にならないだろうし、女王陛下達を部屋に案内して休んでもらうことにしよう。まだ、午前中だし、夕食までには復活するよね。
「えーっと、女王陛下、大丈夫ですか?」
復活すると思って夕食はメインレストランにしたのだけど、やってきた女王陛下が半泣き状態だった。
他の人魚達もふわふわしているようだし、アダリーシア王女は困惑顔だ。普通なのはアンネマリー王女くらいか。
「大丈夫……です。ですがワタル様、なぜあの二人はあれほどの悲しみを背負わなければならなかったのですか?」
「は?」
女王陛下が何を言っているのかが分からない。あの二人ってアダリーシア王女と、アンネマリー王女? 別に悲しみを背負っている様子はありませんけど?
「ワタル様。お母様はアンネマリーに見せられた魔法少女の話をしています。それで、お母様はあの子達と私達を重ねてしまったようで……」
……あー、アンネマリー王女、あの後に復活してさっそく布教したのか。
たしかにあのアニメは少女向けとは思えないほど深い場面があるもんな。
だけど女王陛下ほどの存在が、良いアニメだとしても半泣きになるほど取り乱すか?
……取り乱す気がする。普通の状況ならともかく、女王としての激務からの解放、慣れぬ環境への移動、海神様のサプライズ、色々と感情を揺さぶられているところに、娘がいる女王陛下にクリティカルヒットしてしまったアニメの布教。
感情があふれ出してしまっても無理はない。
それで、アダリーシア王女はそんな尊敬する女王陛下な母親に困惑しているということですね。理解はできましたが、どうすればいいのかがサッパリ分かりません。
「お母様、悲しまないでください。魔法少女は凄いのです。たしかに悲しいことはありました。ですが、それでも前を向き歩みを止めないのが魔法少女なのです!」
うん、アンネマリー王女がなんだか良いことを言っている気がしないでもないが、少し黙っていてくれるかな?
「そうなのですか? 救いはあるのですか?」
女王陛下もガチで乗っからないでください。あーもう、どうすればいいの?
救いを求めて周囲を見回すが、レーアさんを含めて人魚達には目を逸らされる。というか、何人か一緒に半泣きになってるじゃん。結局人魚全員で観賞会をしていたんだな。
どうしようとアレシアさん達に視線を向ける。苦笑いを返された。
『……ごはん』
あっ、メインレストランに居るのにいっこうに食事が始まらないから、リムの悲し気な思念が飛んできてしまった。急がねば。
「ご主人様。たぶん続きを見るまであのままだから、さっさとご飯を食べちゃって解放したほうが良いんじゃない?」
焦っているとイネスが意見をくれる。泣いていたってことは一番重い場面で中断した状態ってことか。最後はハッピーエンドなのだし、さっさと続きを見て復活してもらった方が良いのかもな。
今夜のお食事会はなしでって言うのが誰にとっても幸せな気がしないでもないが、ホスト役として女王陛下を招いて何もしないわけにはいかない。
「では、食事にしましょうか」
イネスのアイデアに従って、さっさとご飯を食べての解散が無難だな。
***
お食事会の翌朝、アーデルハイト女王陛下は輝かんばかりの笑顔で国に帰っていった。
困惑顔のアダリーシア王女を引き連れて……。
アダリーシア王女も魔法少女アニメは結構楽しかったそうなのだが、周囲、特に母親と妹のハマり具合に引いてしまったのだそうだ。
ムカつくことがあっても、周囲が先にブチ切れていたら、なんか醒めてしまうのと同じパターンに陥ったのだろう。
その妹様は、大好きな母親と姉に魔法少女アニメを布教できて、心底満ち足りた表情をしているけどね。
……はぁ。まあ、魔法少女は置いておこう。あの二人に布教したんだ、次に他の誰に布教しようがアンネマリー王女の行動範囲内では問題になることはない。
サクッと忘れてアクアマリン王国に向かおう。
……書類、少ないといいなー。
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