14話 温泉の村の穏やかな時間
申し訳ありません。更新が遅れました。
アンネマリー王女に里帰りを伝えた翌日、温泉の村にやってくるとそちらも様変わりしていた。温泉むらの旅館だけ一極集中で……。なにも言われなくても、ダークエルフの本気が伝わってきて少し怖くなるが、本気なだけに旅館の質が急上昇していて居心地は良い。
ここは危険だ。
とても危険だ。
山間の静かな集落、涼しく保たれた部屋、ダークエルフの美人女将達の上げ膳下げ膳、素晴らしい泉質の温泉、野趣溢れる美味しい料理。
寝具は自前のフェリーの布団だし、足りない物を色々と自前で補充はしているが、凄まじく落ち着く。
豪華客船の最上級の部屋を根城にしているのに、なんでこれほどまでにこの場所に魅かれてしまうのだろう?
「ねえ、ご主人様。ご主人様は遊びに行かないの? 山の散策も、アッド号のドライブも楽しいわよ?」
「そうですご主人様。せっかく陸地でのんびりできるのですから、お部屋にこもっているのはもったいないですよ。明日には戻るのですから、今日くらいお外にでられてはいかがですか?」
イネスとフェリシアの言いたいことも理解できなくはない。広いとはいえ豪華客船は人工物。この機会に自然を満喫しろと言いたいのだろう。
でも必要ない。
山間のこの村まで来ただけで自然は満喫できているし、外は暑いし虫が寄ってくるから嫌だ。
子供の頃になら冒険に出たかもしれないが、僕は二十歳を過ぎた大人だし商人だから冒険の必要もない。
部屋と温泉を交互に繰り返し、合間に美味しい料理とお酒を楽しむだけで十分に幸せなんだ。
「温泉の補充の時に外に出ているから、自然は十分に満喫しているよ。僕はここでのんびりしているのが楽しいし満足なんだ。イネスとフェリシアは僕のことを気にしなくて良いから、外で遊んでくるといい」
温泉を源泉から補充しているから、今日の夜も外に出るんだ。今外に出る必要なんてないよね。
「ねえ、ご主人様、それで楽しいの?」
「楽しいよ」
僕だって日本人。旅行に行った時スケジュールをキツキツにして、限界まで旅を満喫しようとしていたが、温泉だけは別だ。
だって温泉が目的なのだから、温泉に浸かるのを第一にするのが正しいことなんだ。
日本でなら雰囲気のいい温泉街を浴衣と下駄で散策なんてこともしたが、この場所だと外はあまり楽しくない。
十八禁の古いエッチな映画を上映する映画館なんかもないし、射的や手打ちパチンコなんてノスタルジーを感じる遊戯屋もない。
だから温泉に浸かっているのが一番なんだ。
あっ、でも、射的とか手打ちパチンコならこっちでも再現できるかな? ローマの温泉技術者の漫画でも似たようなことをしていた気がする。
……でも、その前に住民達の住居だよね。
旅館と雑貨屋に力を入れすぎて住居が適当なこの状況で、遊戯施設の情報は渡せない。次に来た時に申し訳なくなるだけだもん。
「うーん、ダメね。フェリシア、ご主人様は放っておいて、私達はアレシア達と合流しましょう」
「ですがイネス、ご主人様を一人にして遊びに行くわけには……」
「いい、フェリシア。普段のご主人様なら簡単に私達の言葉に流されるのに、今回は微塵も揺らいでいないわ。ご主人様は信念をもって拒否しているのよ。私達が居ても邪魔になるだけだから、出かけるわよ」
イネスがフェリシアを連れて部屋から出ていった。
信念というほど大層な物ではないし、イネスとフェリシアが居ても別に邪魔じゃないよ。
というか、浴衣美人な二人と温泉旅館でイチャイチャとかテンションが上がりまくりだから、居なくなられるのは寂しくもある。
まあ、それよりも部屋でのんびりしていたいのが勝っているから、言わないけどね。
***
「あらイネス。やっぱりワタルは出てこなかった?」
「ええアレシア、意地という感じではないのだけど、ご主人様は今の行動が正しいと確信しているみたいね。寝転がったまま起きあがろうとすらしなかったわ」
「うふふ。ワタルは恩人で雇い主だけど、何度も誘いを断られると女としてのプライドが傷つくわね」
「イルマ、いきなりどうしたの?」
会話に入ってきたイルマの微笑みが妙に恐ろしく感じるわ。今までの話の流れで、怒る要素があったかしら?
「どうしたもこうしたも、出会った頃のワタルなら私達の誘いに飛びついていたはずよ」
「そう? そもそも私達からワタルを誘うことってあまりなかった気がするけど?」
そうね。アレシアの言う通りね。まあ、ご主人様の方も微妙に避けていたけど。
美女が好きなのは間違いないけど、あの頃のご主人様は美女過ぎると怖いとか意味のわからないことを言っていたわ。
「そういうことではなくて、なんといえばいいのかしら。ワタルにとって私達が一緒にいることが当然になっているのよ」
「別に悪いことではないじゃない。信頼されているってことでしょ」
「私とフェリシアはご主人様の奴隷だから、一緒にいるのは当然ね」
「ふう、あなた達は分かってないわね」
イルマがやれやれと両手を上げて首を振る。ご主人様が見せてくれる映画で俳優がよくやっているのを見るけど、自分がやられると少しムカっとくるわね。
「イルマ。なにが言いたいの?」
アレシアもムカっとしたのか、少しトゲのある口調でイルマを問い詰める。
「いい、信頼なんて都合のいい言葉で誤魔化したらダメなのよ。慣れ=女としての価値が下がったということなの」
あぁ、言いたいことは分からなくもないわね。私とフェリシアと一緒の時、当初はご主人様もぎこちなかったけど、今は自然体で過ごしている。
それが女としての価値が下がったというのなら、そうなのだろう。でも、私は今の関係の方が気楽で好きだわ。
「それの何がダメなの? 今の私達とワタルとの関係は心地良い関係だと思うのだけど……」
アレシア。あんた素で分かってないのね。女だけでパーティーを組んで冒険ばかりしていた弊害かしら?
アレシア達とご主人様の関係は心地良い関係じゃなくて、欲とエロが渦巻く危ない関係よ。ご主人様からの一方通行だけど。
まったく、ご主人様は女好きなのにヘタレで優柔不断がすぎるのよね。
その上、表面上は取り繕おうとするから、イルマ以外の鈍い連中からは、ちょっとスケベな男の子くらいにしか思われていない。
イルマが目の前で頭を抱えているけれど、その気持ちすごく良く分かるわ。
うちのフェリシアも森育ちの世間知らずだから、危なっかしくて心配になるのよね。
私が面倒を見るのはフェリシア一人だけど、イルマの場合は目の前で呑気な顔をしているアレシアに加えてあと四人……私の柄じゃないけれど、イルマには少し優しくしてあげても良いわね。
とりあえず、今晩はご主人様にねだってイルマに特別なお酒を提供してもらいましょう。
***
イネスとフェリシアに宣言した通り、温泉を全力で満喫した。
それは良い。
リムとペントとたっぷり遊べたし、穏やかで充実した一日だった。
でも、夕食の時に気になることができた。
……放っておいても良いけど、温泉の補給中は暇だし、ちょっと聞いてみるか。
「ねえイネス。なんか急にイネスとイルマが仲良くなった気がするんだけど、気のせいかな?」
イネスがイルマさんのためにお酒をねだるとか、初めてだよね?
僕としては、危険があろうとも好奇心を優先させるイネスと、妖艶だけどマッドが混入されていて、頭が良くて計画的に相手を追い詰めるタイプのイルマさんとの組み合わせは、なんだかとっても落ち着かないから、できれば気のせいであってほしい。
「仲良くなったというか、共感したといったところかしら?」
「共感?」
……あれ? 共感ってどんな意味だっけ?
確か相手の意見に賛同するとか意見を同じくする的な意味合いがあった気がするんだけど……イネスとイルマさんが?
「え? それ、大丈夫? 犯罪とかじゃないよね?」
ギャンブル中毒とマッドの共演とか、手首が鎖で繋がれるイメージなんですけど? 違法賭博場を開設して、借金苦のギャンブラーを人体実験とかやめてほしい。
「ちょっと、いきなり失礼なこと言わないでよ。ただ、お互い苦労をしているから、協力して頑張りましょうってだけよ。なによ、その疑わしげな目、失礼にも程があるわ!」
なんかイネスが怒っているが、正しいのは僕だと思う。疑惑しかない。
「ねえフェリシア。イネスが苦労しているところ、見たことある?」
お小遣いが足りない時くらいしか、苦労している姿を見たことがない。
「そうですね……あぁ、ベラさんとか家族との関係に苦労しているのは見たことがあります」
ああ、確かに。イネスの方が悪い気がするが、それでもベラさん達との関係は苦労しているように見えるな。自業自得だけど。
「そうなると、イルマもイネスと同じく家族の問題?」
イルマさんの場合は借金はしそうにない。研究費とかが必要かもしれないが、基本的に僕達と行動を共にしているから、借金するほど研究する暇はないだろう。
「……ご主人様とフェリシアが私のことをどう思っているか、一度ちゃんと確認する必要があるわね。家族のことなんかじゃないわよ。世間知らずのご主人様とフェリシアの面倒を見る苦労が共感を呼んだのよ」
「……酷い侮辱を受けた気がする」
「ええ、ご主人様の言う通りです。世間知らずは否定できませんが、イネスに面倒を見られていると思われているのは納得できません」
僕も納得できない。
地球出身の世間知らずは否定できないし、イネスに護衛として守られているのは間違いないが、それの苦労とイネスに対する報酬では、報酬の方が多いと認識している。
「そもそも、イルマが世間知らずな仲間のことで苦労しているというのがおかしい。だってアレシア達はAランクの冒険者だし、みんな仲良しだから苦労と言えるほどの苦労はないはずだ。イネス、嘘をついてるでしょ」
ジラソーレは表面上だけ仲良くしているのではなく、派閥もない真に仲が良いパーティーだ。一緒に生活しているのだから、それくらいは僕にでも分かる。
「はん。仲良しだから苦労しないなんてことはないのよ。ご主人様もフェリシアももう少し大人になりなさい」
うわ、ビックリするくらい上からイネスが攻めてくる。
基本、美女にマウントをとられようが受け入れるタイプの僕だけど、ギャンブルで身を持ち崩して奴隷になったイネスに上から来られると、さすがに受け入れ難いものがあるな。
良いだろう。温泉の補給が終わったら、ご主人様権限をフル活用してあんなことやこんなことをしてやる。
あと、イルマさんとの関係は、アレシアさんにチクっておこう。向こうもちゃんと警戒してくれるはずだ。
温泉村の最後の夜は、刺激的な夜になりそうだ。
読んでくださってありがとうございます。




