8話 あれ? 優しさ?
長い航海の末に西の大陸から無事に中央大陸に戻ってきた。人魚の国にアンネマリー王女を連れて行く前に、キャッスル号で用事を済ませておこうと立ち寄った。西の大陸への出発前に色々と相談に乗ってもらったことを忘れて……。
「あら、ワタルさん、戻ってきたんですね」
フローラさんとの会話で素直に謝る覚悟を決めたけど、まだ心の準備ができていない間にカミーユさんが現れてしまった。
小走りで走り寄ってきて、僕達全員の様子を確認。無事でよかったですと安堵する優しさにキュンとしてしまう。
未知の大陸の旅を本当に心配してくれていたのだろう。
「あっ、ここでは騒ぎになってしまいますね。マウロとドナテッラも呼びますので、船長室に移動しましょう」
カミーユさんが視線を向けた先に居るのはペント。
ペントの気持ちを聞いてしまったから連れてきたが、子供とはいえ豪華客船にある程度大きくなったシーサーペントは場違いだろう。
人魚の国で早めに神器を手に入れないとな。
カミーユさんに連れられて船長室に向かう。
「ワタル。無事で何より」
「ワタルさん、お帰りなさい」
船長室にはすでにマウロさんとドナテッラさんが待機していた。カミーユさんが専属サポラビに指示していたから来るのは分かっていたが、僕達よりも先に笑顔で待機しているとは、期待が重い。
「――――という訳で、商売の方には手を付けませんでした。色々と準備していただいたのにご期待に添えず申し訳ありません」
航路や西の大陸の風土について説明し、トイエンの商売の荒々しさにビビったことも正直に伝えて謝罪する。
「いや、謝る必要はない」
おそるおそる頭を下げた僕にマウロさんが優しい言葉を掛けてくれる。
「そもそも、ワタルは商人のていをなすただの凄いスキルを持った人間なだけだからな」
あれ? 優しさ? マウロさん?
「成り上がろうとする気概もなく思考の九割が女に向かっておるお主に、最初からそこまで期待しておらんから安心せい」
いや、安心どころか言葉の刃でハートが切り刻まれているのですが? まって、カミーユさんとドナテッラさんはともかく、イネスやフェリシア、ジラソーレの面々まで頷かないで、仲間でしょ。
「いや、僕もそれなりに商人っぽいこともしているんですけど」
頑張って胡椒も売ったし、南方から商品も仕入れたりして貿易もしたよ?
「それは凄いスキルの副産物じゃろ。ワシがそのスキルを持っておったら世界の経済を支配できるわい。商人としては野心が足らんということじゃ」
グウの音も出ない。
「別にそれが悪い訳じゃないぞ。その強力な力に溺れず……いや、溺れてはおるが、力をひけらかさずに身の丈に合う使い方をしておる。それは賢い生き方じゃ」
あっ、褒められた。なんかバカにされている気がしなくもないが褒められた。
褒めるならちゃんと褒めてほしいのと同時に、偶に垣間見える優しさにトキメキそうで怖い。
「ゆえに、ワシらが選んだ商品の成果が見られなかったのは残念じゃが、西の大陸の存在が確定し、その航路と文化と風俗が知れただけでも十分な成果となる訳じゃ」
「ええ。ワタルさんは十分な成果を私達に示してくれました」
「そうです。ワタルさんは凄いです。冒険家として一流といえます」
露骨に商人として期待されてなかったのが伝わってくるが、美人二人に励まされるのは素直に嬉しい。
まあ、お説教も失望もされなかったし、結果オーライだな。
「で、アレシア。西の大陸へは普通の魔導船でたどり着けそう?」
カミーユさんがアレシアさんに質問する。
「うーん。航路としては南方大陸に行くよりも危険ね」
「……そうなると、胡椒以上に魅力的な商品が見つからないと商売に組み込むのは無理ね」
「そうね。イルマ、あなた色々と調べていたでしょ? なにかいい物あった?」
ホッとしていると、カミーユさんを筆頭とした商人組とアレシアさん達が話し始めた。
どうやら西の大陸が商売になるかについてらしいが、航海の危険度がマックスなのが最初から分かっているので、会話の内容が物騒になっている。
こっそり情報を流して他人に危険を冒させようとするのは、止めておいた方が良いんじゃないかな。南方大陸の貿易だけでも洒落にならない被害だよ?
「とりあえず様子見ということにしておきましょう。ワタルさん、西の大陸に行くことになったら、その時は情報収集をよろしくね」
「あ、はい」
カミーユさんの結論でようやく場が落ち着いた。一時期、悪魔に魂を売ったような提案が頻発していたから、様子見という玉虫色な結論が輝いて見えます。
「では、報告は以上ということで。僕達は数日滞在するつもりですが、構いませんよね?」
気分的にすぐ旅立ちたくもあるが、イネスをベラさん達に会わせてあげて、ついでにコッソリと教育もお願いしなければならない。
「もちろん。ここはワタルさんの船なのですから当然です。ですが、ペントちゃんのことも周知しなければならないので、今晩まではペントちゃんは出歩かないようにお願いします」
ペントには悪いけど当然の対応だ。偉い人が沢山居るから、むやみに驚かせても良いことなんて一つもない。
あと、今更だけど、このメンバーだと、魔導師様って設定、完璧に死んでるよね。
「分かりました。今日は部屋でゆっくりしています」
「お願いします。では失礼しますね」
カミーユさん達が部屋を出ていこうと……あっ、お土産!
「ちょっと待ってください!」
カミーユさん達を呼び止め、お土産と魔物の販売をお願いしたら、それを先に言えと怒られ、最終的に、この大陸に存在しない魔物なんて超目玉商品だろうが、商人面したいのならそれくらい理解しろ、バカなの? という罵声をオブラートに何重にも包んで言われた。
セツナイ。
***
久しぶりにキャッスル号にお泊りした翌朝。
イネスはベラさんにお任せし、ジラソーレの面々も個人行動なので、僕はフェリシアとリムとペントで賑やかなキャッスル号を散策している。
普段過ごす豪華客船は貸し切り状態なので、もう慣れたが寂しい雰囲気も感じる。
でも、世間に開放しているキャッスル号は、豪華客船が似合う富裕層がそこかしこで地球の文化を楽しみ騒いでいる。
ちょっと中世風なお客様達だけれど、この雰囲気が豪華客船のあるべき姿だと感じられてウキウキする。
まあ、ペントが一緒だから他のお客様達に距離を取られているけど……。
「さて、久しぶりのキャッスル号だけど、フェリシアはどこか行きたいところはある? ……フェリシア?」
「へ? ああ、申し訳ありませんご主人様。どうかしましたか?」
話を聞いていなかったのか。たぶん、森の女神様の神託を思い出していたんだろうな。
神々から報酬を貰ってから、みんな大なり小なり感激して思考に浸ることがある。
その中でもフェリシアとクラレッタさんは群を抜いていて、隙があるとすぐに神託を思い出して遠くに行ってしまうようになった。
信仰心が低い僕では分からない感動なのだろうが、もう一ヶ月以上経つのだから神託をリフレインするのは止めてほしい。
「えーっと、フェリシアはどこか行きたい場所ある?」
「いきたい場所ですか?」
「うん」
「そうですね、セントラルパークで木々に触れるのも良いですが、リムちゃんとペントちゃんも居ますし、ボードウォークをのんびりと歩きませんか」
フェリシアの行きたいところを聞いたのに、最終的に自分以外を優先しちゃうんだよね。
でもまあ、賑やかなボードウォークは見ているだけで楽しいし、悪くない提案な気がする。
「そっか。じゃあボードウォークに行こう」
「はい」
あれ? これってデートっぽくない? リムとペントが一緒ではあるけど、フェリシアと二人っきりで賑やかな場所を歩くのは初めてだよね?
色々と大人なことをしちゃっているけど、こういうのも悪くないな。ちょっとドキドキしてきた。
「うわー。賑やかだねー」
途中でベラさんに無理やり仕事を手伝わされているイネスや、なぜかべにちゃんとふうちゃんを引き連れて食い倒れしているカーラさんや、気合を入れてカジノに突入しているアレシアさんなんかを見た気がするが、たぶん気のせいだったということにしておこうと思う。
「ええ、静かな雰囲気も嫌いではありませんが、沢山の笑い声が響くこの場所も素敵ですね」
微笑むフェリシアと僕の頭の上で弾むリム、興奮してキョロキョロと周囲を見回すペントを連れてボードウォークに足を踏み入れる。
メリーゴーランドがあるからか子供の姿が多い。商売や美容目的だけじゃなく家族連れもキャッスル号に集まるようになっているようだ。
そしてその子供達の傍に控えているのは安定のサポラビ。子供に抱き着かれたり話しかけられたりしながらも甲斐甲斐しく子供の面倒をみている。
カミーユさんが子供達が必ずサポラビを連れて帰ると泣き喚くと言っていたが、納得の光景だ。
僕だって子供の頃にあんな不思議生物に甘やかされたら、別れるのを拒否するだろう。
まあ、サポラビの現実を知っているから、僕は拒否するよりも成仏を願うけどね。
ペントに驚く人達に頭を下げながらのんびりと歩く。
『どーなつ』
頭上から強い思念が飛んでくる。どうやらリムはドーナツが食べたいらしい。
うん。デート気分だったけど、家族連れの雰囲気に押されてパパな気分になってきた。
だが、これはこれで悪くないな。
パパ。張り切ってドーナツ買いに行っちゃうぞー。無料だけど……。
読んでくださってありがとうございます。




