1話 地の龍の島からの旅立ち
創造神様に勝利し、光の神様、美食神様、森の女神様からとっても素敵な報酬を頂くことに成功した。お風呂と浴衣で膝枕&耳かき、それを女神様にしていただいたのだから、ある意味では人間として勇者レベルの偉業を成した気がする。
「いやー! ロゼと離れたくないー」
僕の目の前で偶に抜けてはいるが、凛々しくて美しいアレシアさんが子供みたいな駄々をこねている。
ふむ。創造神様の駄々は見苦しかったが、アレシアさんの駄々は全然OKだな。いつまででも見ていられる。
「アレシア。それだといつまで経っても出発できないでしょ。お家に返してきなさい」
そんなアレシアさんにドロテアさんが注意をするが、アレシアさんは嫌々と首を左右に振るばかり。
抱きしめたままのコボルトの子供を放そうとしない。
これはあれだな、捨てられた子犬を拾ってきた子供と、それを戻してきなさいと心を鬼にした母親と一緒だな。
仔犬を戻してこいってある意味残酷な言葉なのだけれど、だからといって親としても気軽に犬を飼うのは難しい。
地球なら飼い主を探したり捨てられた動物を保護してくれたりする施設もあるけど、こちらの世界ではそうもいかないんだよね。
まあ、今回はそれ以前の問題なんだけど。
「なによ。ドロテアだっていつも、べにちゃんと一緒じゃない。ズルいわ。それに私だけじゃないじゃない!」
アレシアさんが周囲を見ながら理不尽を訴える。
まあ、たしかにアレシアさんだけではない。
僕もリムと共に救世主との別れを惜しんでいるし、カーラさんは比較的大きなコボルトをわしゃわしゃとナデている。
マリーナさんはふうちゃんと一緒に子供コボルトと遊んでいるし、クラレッタさんも子供コボルトを豊かな母性で抱きしめ、悲しそうに別れを惜しんでいる。
イネスとフェリシアも同様だ。
こうしてみると、リム達スライムを従魔にしている人の方が、別れのダメージは薄く見える。
無論、僕も救世主と別れるのは悲しいのだが、それでもリムが一緒だから耐えられる。他のメンバーも寂しく思いつつも気持ちにケリをつけている。
で、ケリをつけられなかったのがアレシアさんということだ。この一ヶ月近くの間、溺愛していたロゼちゃんと離れたくないと駄々をこねまくっている。
「みんな別れを惜しんでいるだけで、あなたとは違うのよ。ロゼちゃんを放しなさい、ご両親が困っているでしょ」
そう、捨て犬とか飼う飼わない以前に、ロゼちゃんにはちゃんとご両親が揃っているし家もある。アレシアさんが常に一緒に居るのは最初から無理だ。
「ワタル。どうにかならない?」
うわ。飛び火した。僕としても涙目で懇願してくるアレシアさんの気持ちを叶えてあげたくはあるが、今回の場合はちょっと難しい。
「アレシア。移住は無理だと結論が出ましたよね? それに、こちらを拠点とする訳にもいきませんから無理です」
僕だってコボルト達の魅力を理解しているから、地の龍に何家族かだけでも移住をお願いした。
妖精を連れて帰っているんだから、コボルトだって連れ帰っても良いはずだ。無論、好待遇も約束した。
でも、地の龍の話を聞いて断念した。
この島に居るコボルトが、こんなに純真で可愛らしいのは、地の龍が結界で守り続けたから。
外に出るとすべてではないが、環境に影響されて魔物に落ちる可能性がある。そう聞いてしまっては連れて行くわけにもいかない。
船召喚の結界の中ならなんとかなる気がしないでもないが、召喚枠の影響で常に船を召喚し続けていられる訳じゃない。
僕達が移住するのも難しい。ダークエルフの島や新たに造っている町のこともある。キャッスル号だって放置したままは無責任だ。
だから無理。
アレシアさんも理解はしているはずなんだけど、理屈じゃなく離れがたいのだろう。
溺愛という言葉がピッタリなくらい、ロゼちゃんに首ったけだったもんね。
アレシアさんの涙をロゼちゃんがペロペロと舐めて慰めている。そんな可愛いことをしてしまうから、アレシアさんが更に駄々をこねちゃうんだよね。
「地の龍、お忙しいのに申し訳ありません」
僕はアレシアさんの懇願をキッパリと拒否して、近くで見守ってくれている地の龍に謝罪する。
僕達が出発するということで見送りに来てくれていたのだが、この騒ぎで待ちぼうけにさせてしまっている。
「いや。まあ、構わない。ワタル達には世話になったし、私の可愛い従者達を気に入ってくれるのも嫌ではない。連れていかれるのは困るがな」
「ありがとうございます」
地の龍は許してくれるが、表情が分かれば苦笑いしている気がする。創造神様は地の龍のこういう優しい部分を利用しまくっていたのだろう。
「それに、忙しいと言っても世界の地脈を診て回るだけだ。今までもこの島からある程度のコントロールはできていたのだから、多少の遅れはどうとでもなる。創造神の無茶振りがないからな」
あっ、なんか今、地の龍が悪い顔をして笑った気がする。
もしかして、創造神様と対決したことで少し性格が悪くなった?
「あはは……えーっと、今のところ、上手くいっているんですよね?」
「無論だ。ワタルと畑神様のおかげで、外に出ても本来の仕事以外を押し付けられることもない。しかも光の神様が他の属性龍にも釘を刺してくださってな、あ奴等の尻拭いをせずともよくなったのだ。こんなに前途に希望が満ち溢れているのは生まれて初めてかもしれぬ」
「それは……おめでとうございます」
地の龍の瞳が、凄まじく煌めいている。
ブラック企業に行政から徹底指導が入って、職場が劇的に改善したら、こんな感じの瞳になるのだろうか?
地の龍の年齢が分からないから、どれほど辛い年月を過ごしてきたかは分からないが、是非とも幸せになってほしい。
「ねえ、ご主人様。なんか優しい顔をしているけど、あっちを放っておいていいの?」
心の中で地の龍を応援していると、イネスが困った顔で話しかけてきた。ちょっと現実逃避していたのだから、そっとしておいてほしかった。
「……よくはないけど、僕にはどうにもできないよ?」
今までだって結構頑張ってアレシアさんを説得していたんだ。これ以上は無理だ。嫌われたくない。
あと、イネスだってそんなこと言いながら、コボルトの子供を抱っこしたままだよね。
「ああもう! いつまでもワガママ言っていないで諦めなさい。マリーナ、カーラ、手を貸して」
ドロテアさんがキレた。
「え、ちょと、止めて、ぐふっ」
おお、容赦がないな。カーラさんがアレシアさんの体を抑え、マリーナさんが素早くロゼちゃんを奪取、ドロテアさんがみぞおちに拳を叩き込んでアレシアさんを気絶させた。
こう言ってはなんだけど、実力が拮抗している相手だと楽だね。集団で襲えばすぐに決着がつくところが特に楽だ。
「では、みなさん。長い間お世話になりました。ワタル、出発するから準備をお願い」
「了解です。船召喚!」
ドロテアさんの覇気に思わず敬語になってしまった。ドロテアさん、怒ると容赦ないタイプなんだな。
僕はリムと共に救世主と、他の皆もそれぞれ仲良くなったコボルトに別れを告げ、地の龍に一礼してから召喚したルト号に乗り込む。
「では、出港します!」
僕は新たな旅立ちに気合を入れて出港を宣言し、厳かにルト号を発進させるのだが……アレシアさんは気絶しているし、他のメンバーもコボルト達との別れにテンションがガタ落ちだし、微妙に締まらない出港になってしまった。
地の龍はともかく、コボルト達にはかなり迷惑かけちゃったし、立つ鳥跡を濁しまくってしまった気もするが、日持ちする食料とお菓子にお酒を大量に置いてきたから、トントンだと信じたい。
***
外海に出てシャトー号に乗りかえるが、いまだに女性陣のテンションは復活しない。
僕も地味に悲しくてリムをナデる手が止まらないから、そろそろどうにか気分を変えたいところだ。
なにか楽しいこと……あっ、そういえば創造神様から地の龍を社会復帰させた報酬を貰ってなかった。
チラッと女性陣を確認するが、まだまだ立ち直れそうにない。今のうちに確認だけでもしておくか。
急ぎ足で教会に向かい、創造神様の像の前で真剣に祈りを捧げる。
「うーん。航君って面の皮が厚いよね。あれだけのことをした後で普通に祈りを捧げられる航君の神経が僕には分からないよ」
……神界に招かれると、そこには不機嫌全開の創造神様がいらっしゃいました。
そういえば、ちょっと前まで創造神様と争っていたんだったな。
コボルト達との別れですっかり忘れていた。
「えーっと……創造神様、お会いできて光栄です」
ご機嫌いかがですか? と尋ねるのは自殺行為だろう。
「そうだね。創造神と出会える幸運なんてめったにないことだよね。そんな恩ある創造神様を裏切った航君が、なんの用かな? 僕は今、とってもとっても忙しいんだよね。誰かのせいで!」
おおう。嫌味が止まらない。
世界との契約に僕に不利なことをしない条文を盛り込んでいなかったら、高確率で神罰が落ちていた気がする。
え? もしかして、この不機嫌全開の創造神様に報酬を要求しなきゃいけないの?
チラッと創造神様を見ると、いまだにブツブツ言っている。
だいたい、せっかくの休日に僕を置いて航君の船に自分達だけで遊びに行く? 普通ありえないよね、とか言っているので、この前光の神様達だけでシャトー号に行ったことも気に入らない様子だ。
あれは僕に報酬を払いに来てくれただけなのだが……それを伝えても意味がないんだろうな。
「創造神様、手が止まっていますよ。あら、航さん。いらしてたんですね」
キラキラと輝きまくっている光の神様が現れた。
うん。不機嫌全開の創造神様と超絶上機嫌な光の神様を見比べると、光の神様が創造神様から何かしらを吸い取っているという噂も、ちょっと信じてしまいそうになるな。
でも、光の神様、ナイスタイミングです。
報酬の交渉の時、光の神様も一緒にいたから僕の正当性は担保される。
いくら不機嫌だろうと、報酬が貰えないということにはならないだろう。安心してお願いできる。
「えーっと、創造神様、地の龍のお仕事の報酬をお願いします」
「いやだ」
……安心してお願いはできても、説得はしなければいけないらしい。創造神様のこういうところが創造神様で、とても面倒臭い。
読んでくださってありがとうございます。




