10話 忘れてた
コボルト達に対して飯テロを仕掛けることにした……が、その飯テロはコボルト達に対して効果を発揮するとともに、キュンキュン苦しむコボルトというカウンターテロが発動。見事こちらのメンバーに対しても大打撃を与えた。互いにギリギリの消耗戦、不利を覚った僕は一つの手を打った。
「わるい、そうぞうしんの、てしためー」
「おいしそうなにおい」
「こわいー」
「わなだ。にげろー」
「たえろ。たたかうんだ」
「いまこそ、せんしのほこりおー」
……予想していたけど、砦の中は阿鼻叫喚だ。
爆弾が投げ込まれたレベルの大騒ぎをしているけど、実際は食料を投げ込んだだけだ。
「ああ、違うの、違うのよ。それは罠じゃないの。美味しい食べ物なのよ!」
「……あの鳴き声は、さすがにくるわね。あら、べにちゃん、なぐさめてくれるの?」
「ふうちゃん……」
「自分が提案した作戦だけど、後悔してきたわ」
「美味しいから食べてほしい……」
「ああ、神よ……」
そしてジラソーレも阿鼻叫喚だ。
クーンクーン、キャンキャンといったコボルト達の鳴き声は音響兵器に匹敵する。
全員が自分達の引き起こした惨劇に心を痛め、コボルト達に向けて悲痛な叫びを向けたり、スライムに癒しを求めたり、自己嫌悪に陥ったり、神に祈ったりしている。
「ご主人様。もう無理かも」
「…………」
そしてイネスとフェリシアも心を折られている。
ふぅ。ジラソーレはA級の冒険者パーティー。イネスはB級。フェリシアはダークエルフの村長の娘で森のエキスパート。
しかも海での生活でレベルを上げまくり、ちゃんと活動していればS級と認められても不思議じゃないくらいに強くなっている。
でも、心は未熟だったようだ。
たしかにとてつもなく可愛らしいし、遠目からでも分かるほどに純真無垢な様子のコボルト達を苦しめるのは辛いだろう。
もっとしっかりしろよ、冒険者だろ! と思わなくもないが、僕だってリムをモチモチしていなければ膝を折ったかもしれないから強くは言えない。
撤退の二文字が頭をよぎる。
「いいにおいー」
「あ。こら、あがってくるな!」
「えー」
「まて、とめろ!」
ん? 砦の中の騒ぎの質が変わった?
「おいしー!」
「こら、たべるな! はきださせるんだ!」
「いやー」
「ぴぎゃー」
「ないてもだめだ。ぺってしなさい!」
「あぁ、こら、あつまってくるな。はなれろ!」
どうしたものかと頭を悩ませていると、あきらかに砦の様子が変化した。
「誰か砦の状況が分かりますか?」
「ご主人様。どうやらコボルトの子供達がご主人様の贈り物を食べてくれたようです」
フェリシアが長い耳をピコピコさせながら笑顔で教えてくれる。
コボルトの子供達が匂いに釣られて、贈り物に突貫したってことか。
前にも子供コボルト達が砦の壁に登って大慌てしていたんだから、ちゃんと対策を取っておけばいいのにと思わなくもないが、大人コボルト達も戦いに向いているようには見えないから、手抜かりがあったんだろう。
でもまあフェリシアの言うことが確かなら、僕達にとっては追い風だな。
僕達は毒なんか仕込んでいないし、念のために犬が食べたら危ない物も避けたから、子供コボルト達が無事であることは間違いない。
完全に安全とは判断できないだろうが、これでコボルト達の警戒心が下がることは間違いない。
僕達の誘惑に必死で耐えていたコボルト達だけど、こうなると徐々に抗うのが難しくなっていくはずだ。
なんせ子供達が無事だという現実が目の前にあるのだから。
「了解。ありがとうフェリシア。悪いけど続けて砦の様子を探っておいて。僕はアレシアさんと話してくる」
フェリシアにお願いをして、イネスを連れてアレシアさんのところに向かう。
「あっ、ワタル! あの子達が食べてくれたわよ。美味しい美味しいって大喜びしているの!」
……さっきまで自殺志願者レベルで落ち込んでいたのに、今は数歳若返ったかの如く張りがある笑顔で話しかけてくるアレシアさん。
まだまともに接触した訳でもないのに、すでに心はコボルト達に奪われているらしい。この島を出る時、一緒に出港してくれるかが酷く不安だ。
「はい。僕もフェリシアに聞きました。それでなんですが、まずはここを離れましょう」
「え? なんで?」
アレシアさんが心底不思議そうな顔をしている。たぶん嬉しさが極まって何も考えていないな。
「僕達がここにいると、警戒が解けません。僕達が居なくなれば贈り物が食べやすくなります」
「あぁ、警戒を解かせて贈り物に注目を集めるのね」
僕の提案を理解してフォローしてくれるドロテアさん。やはりスライムの可愛さで耐性があるからか、他のメンバーよりも冷静だ。
「そのとおりです」
豪華客船の料理やお菓子は美味しい。好みの違いはあるが一度食べればもう一度食べたいと思われること確実だ。
ましてや孤立した島で素朴な生活をしていたであろうコボルト達相手になら、劇薬といっても過言ではない効果を発揮するだろう。
自分で言うのもなんだが、悪魔の誘惑、知らぬなら耐えられるが、知ってしまうと耐えることは難しいというやつだ。
あとは定期的にご馳走を投げ入れてコボルト達を酒と美食と甘味に依存させれば、ナデナデもモフモフもやりたい放題ということだ。
「なるほど、美味しい物はゆっくり食べたいものね。分かったわ。ひとまず離れましょう」
ウキウキした様子で歩き出すアレシアさん。
分かってくれたのは嬉しいが、アレシアさんの脳がだいぶコボルト達に侵食されているようで心配だ。
でもまあいいか。きっかけは掴んだ。あとはジワジワとコボルト達を絡めとるだけだ。
あ、念のためにマリーナさんには偵察に残ってもらった方がいいかな? コボルト達の様子と、何に喜んでいたかくらいは知っておきたい。
さて、アレシアさんは先頭ではしゃいでいるし、直接マリーナさんにお願いするか。
「へ?」
突然地面が振動をはじめた。地震? と、とりあえずハイダウェイ号召喚。
「全員魔法陣に乗ってください」
ハイダウェイ号を召喚し、現れた魔法陣に皆を呼び集める。地震は怖いが、とりあえずハイダウェイ号に避難すればなんとでもなるだろう。
「砦は大丈夫なの?」
ハイダウェイ号に乗船して安心したと思ったら、女性陣は心配そうに砦に注目している。何かが間違っていると思うのは僕だけだろうか?
「あっ、ご主人様、見て!」
イネスが指さす方向は山。……なんだあれ?
さっきまでは綺麗な形の富士山のような独立峰だったはずだが、その山にグルグルと紐のような物が巻き付いている?
意味が分からん。遠くからでも確認できて山を何周もとぐろを巻いている巨大な紐?
山の中腹までは森で覆われていたはずなのに、どこからでてきた?
「あ、地の龍か」
観察していると頂上辺りで紐が途切れ、巨大な龍の頭らしきものが見える。そういえば龍は東洋タイプの蛇っぽい龍だったな。
あれなら山にとぐろを巻いていても納得できる。それにしても大きいな。さすが龍。
登場だけで地震と間違えるほど地面を揺らすのはインパクト抜群だね。
「そういえば、地の龍に会いに来たのだったわね」
「忘れていたわね」
僕が地の龍の巨大さに感心していると、アレシアさんとドロテアさんの身もふたもない会話が耳に入る。
そうだね。僕も忘れていたよ。基本的に全員がコボルトに夢中だったもん。
「なんで今更出てきたのかしら?」
アレシアさんが首をひねりながら疑問を呈する。アレシアさん的には出てくるならさっさと出て来いよと言いたいのかもしれない。
そのせいでコボルト達に泣かされる羽目になったのだから、気持ちは分からなくもない。
「タイミング的にコボルト達が料理に手を付けたからじゃないかしら?」
ドロテアさんの答えには僕も納得だ。おそらくコボルト達の陥落が間近だと判断したのだろう。
「もしかしてコボルト達が地の龍に怒られるの?」
「それはダメ」
「守らなければなりませんね」
「龍に炎は効果があるのかしら?」
アレシアさんの疑問にカーラさんが反応し、クラレッタさんが杖を握り締め宣言し、イネスが龍に炎が効くのか考え始める。
地の龍を説得に来たはずなのに、なぜ地の龍と戦う方向で決意を固めているのかが酷く疑問だ。
「絵本でも地の龍はコボルト達を助けていますし、たぶん大丈夫ですよ。怒られるとしても、メッてするぐらいだと思います」
……絵本を参考に説得するのは地味に恥ずかしいが、甘やかされている感が満載なコボルト達だから、龍のお説教も温いと予想できる。
「それもそうね。アレシア達がコボルトに甘いように、地の龍も甘いわよ」
イルマさんが僕の言葉を補強してくれる。それはありがたいが、自分はコボルト達に甘くない雰囲気をだすのは無理がある。はたから見たらイルマさんも十分にコボルトに甘いですよ。甘々です。
「あっ、ご主人様、地の龍が飛びました」
フェリシアの言葉で山に視線を向けると、地の龍が天に上るように飛ぶ姿が見える。
……凄く幻想的な光景だけど、もしかしなくても山にとぐろを巻いていたから一度上空に飛ばないと移動できないのでは? という疑問はうがちすぎだろうか?
ロマンのないことを考えていると、地の龍の体が山からすべて離れた時点でこちらに方向転換した。
……僕の推測はあながち間違ってはいなかったようだ。
「こちらに向かってくるのか、コボルト達の砦に向かうか、どっちかしら?」
「どちらにせよ龍が姿を現したのには違いはないわ。あとはどうにか言うこと聞かせてコボルト達の誤解を解くだけよ。ワタル、この船の結界は地の龍にも通用するわよね?」
ドロテアさんの疑問にアレシアさんが本末転倒な答えを出す。正気に戻ってほしい。
「おそらく耐えられると思います」
創造神様はドラゴンブレスにも耐えられると言っていたし、神様の攻撃も弾いていた。
それに結界で防げないのなら、創造神様はともかく光の神様が事前に注意くらいはしてくれるはずだから安全は確保できると思う。
あっ、地の龍が砦を通過した。
大はしゃぎで手を振っているコボルトが可愛らしいが、地の龍の目的は僕達のようだ。
さて、ようやく本来の目的が果たせそうだ。戦いにならずに簡単に説得できたら嬉しいな。
読んでくださってありがとうございます。




