8話 コボルト達の反応
コボルトの村の探索後、地の龍に直接会うために出発した。魔物に一度も出会うことなく目的地に到着すると、目的の山はぐるりと壁に囲まれ、コボルトと会わずに地の龍と対面することが難しいと判明する。地の龍に会う攻略難易度が急上昇した。
「ワタル。大丈夫だからね。何があっても必ず私達が守るから安心して」
アレシアさんがキリッとした表情で僕を守ると誓ってくれる。そしてその言葉に同意するように力強く頷く美女達。
普段の僕なら、こんな絶世の美女達に守ってもらえるなんてなんて幸せなのだろうと、感動に身を震わせたことだろう。
「あはは。はい、よろしくお願いします」
彼女達が守るつもりなのは僕の身の安全のみで、精神面の安寧を放置していることを除けば。乾いた笑いしか出てこない。
昨晩の会議では残念なことに、これだというアイデアは浮かばなかった。
しょうがないので、まずは正面から交渉を試みることになり、交渉の矢面は言語理解のスキルを持っている僕ということになった。
ようするに女性陣は話しかけて怯えられたくないから、交渉は僕に任せるということだ。
僕だって可愛らしいコボルト達に怯えられるのはそれなりに辛いのだけど、まあ、僕が頑張るべき場面なのだろう。
僕が創造神様から押し付け……拝受したミッションだもんね。
ふぅ、交渉か。ただでさえ苦手なのに、怯えるコボルト相手に上手に交渉できるだろうか? かなり不安だ。
「じゃあ、行きましょうか」
出発を躊躇していると、アレシアさんが僕を促してくる。でもその声には普段の凛々しさや力強さは欠片もなく、どこか怯えを含んでいるように聞こえる。
アレシアさんもコボルト達に逃げられてガチ泣きしていたから、怖いんだろう。
こうなったら僕が頑張るしかない。勇気をもらうためにリムをモチモチしてからハイダウェイ号を送還。砦に向かって歩を進める。
「気づかれましたね」
昨日はコボルト達から発見されないように遠目での観察だけだったが、今日は正面から堂々と歩いて近寄っているので、すぐに砦の方が騒がしくなる。
「ワタル。いったん止まりましょう」
「はい」
アレシアさんの指示で立ち止まる。
「近づくのが辛いんですが、どうします?」
「……そうね、どうしたらいいのかしら?」
僕の質問にアレシアさんも困り、他のメンバーに視線を向けるが、誰もが首を横に振る。
だよね、どうしたらいいのか分からなくなるよね。
だって砦の方から、ワンワン、キャンキャンという鳴き声と共に、人間だーとか、怖いーとか、たすけてーとか、近づくのが申し訳なくなる悲鳴が聞こえてくる。
もうね、声を聴いているだけで、弱い者いじめのレベルじゃなくて、動物虐待レベルの悪行をしている気分になって辛い。
あの子達、コスプレに見えるけど一応武装もしているんだから、せめてもう少し頑張ってほしいと思うのは贅沢なのかな?
「……じゃあ行きましょうか」
二十分ほど待機していると、砦が静かになったので再び先に進む。キリがないので次は砦で騒ぎが起こっても歩き続ける予定だ。
「ととととまれー」
茨の中を歩くような気持で歩き続けると、ようやく砦側から僕達に向かって声がかけられた。
ここで向こうの要求を無視するのは悪手なので、素直に停止して反応を待つ。それにしても砦までの距離が長かったこと長かったこと、どうやったらそこまで怯えられるのと疑問に思うほど怯えられた。
そして……。
「どのコボルトと交渉すればいいんですかね?」
ようやく交渉だと気合を入れて相手を見れば、なんだかぎゅうぎゅうに一塊になっていて交渉相手が分からない。なんだこれ?
「私も分からないけど、全体と交渉するつもりで話すしかないんじゃない?」
アレシアさんが遠い目をしながらも、アドバイスをくれる。
……まあ話してみないことには始まらないか。
「こちらに敵対の意思はありません。話を聞いてください!」
大声で話しかけただけなのだが、なぜかコボルト側は攻撃を受けたかのような騒ぎが起こっている。大声のせいか?
……駄目だ、相手のリアクションに反応していたら、今日中に話が終わらない。相手を可愛らしいコボルトと考えず、ゴブリンだと思って話をしよう。
目をつむれば大丈夫だ。
「か、かえれ!」
シンプルに話し合いを拒否された。
「僕達は地の龍に用があるだけなんです。ここを通すか、地の龍を呼んできてくれませんか?」
「うそだ。あるじさまはきけんっていった。あるじさま、まもる!」
主というのは地の龍のことだよね。うーん、コボルトの知能がそれほど高くないのか、微妙に話しがズレているような気がする。
そもそも地の龍は僕達のことを危険とみなしている?
「ウソではありません。僕達は創造神様の命令で地の龍に会いに来たんですよ。安全で安心な誠実第一の人間です!」
なぜか砦側の空気が一瞬にして凍り付いた。え? どういうこと?
「そうぞうしん、じゃあく」「そうぞうしん、きけん」「そうぞうしん、あぶない」「そうぞうしん、じゃま」「そうぞうしん、きらい」「そうぞうしん、うざい」「そうぞうしん、〇ね」「そうぞうしん、はげろ」
なんでだろう? 創造神様のネームバリューに頼って安心を得ようとしたら、とてつもない勢いで罵詈雑言が返ってきた。
しかも地味に否定できない。
「ワ、ワタル、いったん引き上げましょう」
え? 僕はもう少し聞いて共感したい気分なのですが?
あ、ちょ、カーラさん、抱えられなくても自分で走れます。
***
「もしかしたらコボルト達は悪い何かに操られているのかもしれません。最悪地の龍も……」
コボルト達から見えない位置まで移動すると、クラレッタさんが深刻な表情でおかしなことを言いだした。
「そうね。創造神様を悪く言うなんて異常だわ」
「ええ、神様に不敬を働くなど、正気とは思えません」
クラレッタさんの言葉にすぐさま同意するアレシアさんとフェリシア。
え? 僕が間違っている感じ? というかフェリシアまで、いや、フェリシアも森の女神様の熱心な信者だったな。神様に対する敬意は高いほうだろう。
僕を除いたメンバーが深刻な顔でこの異常事態をどうするべきか話し合いを始めてしまったが、間違いなく見当はずれの方向に突っ走っている。
コボルト達が叫んだ言葉、その八割くらいを僕は聞いたことがある。
豪華客船に神々を招待した時に酒に酔った神々が、創造神様に向ける罵詈雑言とだいたい同じだ。
ようするに地の龍も創造神様に振り回されていて、コボルト達の前で盛大に愚痴っていたのだろう。
コボルト達の言葉には実感がこもっていなかったし、地の龍が島に引きこもる前に愚痴っていた言葉が伝承として残った可能性が高い。
この世界では偉大と言われる龍でも、創造神様には敵わないか。中間管理職の悲哀を龍に感じるとは思わなかったな。まあ僕も似たような立場なのだけど……。
はぁ……面倒な事になった。いや、元々、最初から全部面倒な事だったけど、更に面倒になるのは勘弁してほしかった。
どうしよう、僕以外のメンバーは全員コボルトの洗脳を割と本気で疑っている。
ここに、創造神様はワガママで割とクズな性格だから、コボルト達は間違っていないと教えたら信じてもらえるだろうか?
無理だな。僕まで洗脳を疑われる。
それに下手なことを言ったら、創造神様の機嫌を損ねてしまう。創造神様から受けた仕事だし、確実に僕達のことを見ているはずだ。
あっ、たぶんコボルト達の罵詈雑言も聞いたよね。……地の龍、後でネチネチいじめられそうだな。
少し可哀想だけど、地の龍が引き籠ったせいで現在進行形で僕が苦労しているんだ。同情はしない。
……困ったな。この面倒な状況、どう解決しよう。
地の龍がすべての元凶ってことにするか?
そもそもなんで地の龍は出てこないんだ? コボルト達に対する過保護具合を考えると、あれだけ怯えていたら助けに出てきそうなものだ。それなのに姿すら見せない。
……もしかしてこちらの状況を全部理解している?
島の結界に創造神様の力で干渉したのだから、僕達が創造神様の関係者であることを知っている可能性が高い。
そして島のすべてを結界で覆えるのなら、島のすべてに干渉できる力があっても不思議ではない。
地の龍なんだし、テリトリー内の地面の上なら把握できるみたいなチートを持っている可能性もある。
僕達がコボルトに手を出せないことも把握していて、自分が創造神様の関係者に会いたくないからコボルトを矢面に立たせている。
僕達を危険と判断していたら別だが、危険がないのなら平和に慣れ切ったコボルト達に対する訓練なんてことも考えているかもしれない。
地味に有り得るな。
クソ、どうすればコボルト達を説得できる……いや、逆に考えるんだ。別にコボルト達を説得しなくても地の龍を引きずり出せばいい。
地の龍を怒らせるのは危険だが、僕達が創造神様の手の物であると知っているなら、向こうも無茶はできない。
辛い思いをさせるコボルト達には不憫だが、創造神様と地の龍に恨みをぶつけてほしい。
よし方針決定。といっても今までとたいしてやることは変わらないんだけどね。
問題はどうやって反対されないようにアレシアさん達に伝えるかだな。本当の目的を告げると確実に反対される。
……善意百パーであることを主張するか。
「みなさん、このままではコボルト達や地の龍が操られているかどうかは分かりません」
僕的には操られていないことが確定しているけどね。
唐突な僕の発言で、議論をしていたメンバーの視線が僕に集まった。ここからが勝負だ。
「ですので、最初のカーラさんの提案通りに、美味しい物を並べて仲良くなれないか挑戦してみましょう。美味しい物を食べれば幸せになりますし仲良くなれます」
自分で言っていてなんだけど薄っぺらな言葉だな。でも、カーラさんは満面の笑みで頷いているし、誰も損する訳ではないのだから否定する根拠も薄い。
「うーん、あの様子でこちらの出した食べ物を食べてくれるかしら?」
アレシアさんがとてもまっとうな意見を言う。その通りだ。
「僕も難しいとは思います。でも、やらなければ始まりませんし、食べてくれなくても僕達が友好を望んでいることが少しは伝わるかもしれません」
僕としてもコボルト達が食欲に負けて仲良くなってくれることが一番いいと思っている。
でもたぶん無理なので、本当の目的は美酒美食を並べ、ついでにボールやフリスビーや骨などの、犬の本能に訴えかける物を多数用意し、欲望と好奇心と怯えと警戒の狭間にコボルト達を全力で突き落とすこと。
そうすれば苦しむコボルト達を見て、過保護な地の龍が出てくるかもしれない。駄目でも次の行動に生かすことができるだろう。
「……そうね、悩んでいてもしょうがないし、挑戦してみましょうか」
アレシアさんの賛成により、地味に下種な僕の作戦が実行されることになった。たぶん、この作戦の成功のカギは、女性陣をいかに宥めるかだと思う。
今年の更新はこれで最後になります。
一年間お付き合いいただき、本当にありがとうございます。
来年も更新を続けますので、よろしくお願いいたします。
皆様、よいお年をお迎えください。
読んでくださってありがとうございます。




