6話 コボルトの村
地の龍の島に到着し、最初に発見した生物はとても可愛らしいコボルトだった。僕達は慎重に相手を観察し平和的に接触しようと試みたが、先陣を切ったアレシアさんの姿を確認したとたん脱兎のごとく逃げ出し、コボルトの村は空になった。
「ア、アレシア? その、コボルト達も悪気があった訳ではないと思うんですよ。アレシアに怯えた訳ではなくてですね、人間の存在自体に怯えたというかなんというか……」
気まずい。
だいたい僕にどうしろと?
可愛らしいコボルト達に魅了され、私が仲良くなるのと先陣を切ったのに、相手から全力のNOを突きつけられた女性のフォローなんて、百戦錬磨の女たらしでも難しいミッションだぞ。
僕は一般人です。
「そうですよアレシア。あなたが悪いのではありません。今までの人類の悪業の結果、こうなってしまったのです。だからこそ我々はコボルトさん達と誠心誠意向き合わねばならないのですよ。落ち込んでいてはいけません」
僕の限界を察したのかクラレッタさんが言葉を続けてくれた。
人類の悪業とか凄いことを言っている気がするけど、なんだかとっても神官様っぽい。
あっ、アレシアさんがハンカチを取り出した。頑なにこちらに振り向かないけど、ガチで泣いてる?
でもまあ震える以外の動きが出たってことは、少しは気を取り直したってことだよね。そう、アレシアさんが悪い訳ではないのです。人類が悪いのです。
…………あっ、まだ駄目っぽい。
かなりショックだったんだな。まあ気持ちは分からなくもない、僕だってリムに拒絶されたら年単位で寝込む自信がある。
とはいえここでジッとしている訳にもいかない。
「アレシア」
どうしたものかと悩んでいると、ドロテアさんが動き出した。さすがサブリーダー、頼りになる。まあアレシアさんからの返事はないけど。
「アレシア、悲しい気持ちは理解できるけど、今はのんびりしている暇はないわ」
なぐさめるのかと思っていたが、意外と厳しい言葉がドロテアさんの口から飛び出した。
え? 今の状況で追い打ちをかけるの? 心が弱い人だと立ち直れないよ?
「コボルト達があれだけの勢いで逃げていったのよ。もし火を使っていたとして、ちゃんと火の始末はできたのかしら?」
ピクっと肩を震わせたアレシアさんが、急いでハンカチを動かし始めた。
凄いなドロテアさん、僕には思いつかない方法だ。あなたはコボルト達の帰る場所までなくさせるつもりなの? という副音声までしっかりと聞こえた。
「みんな、村に行くわよ。いい、絶対に物を壊さないように慎重に動くこと」
ようやく振り向いてキリっとした顔で指示を出すアレシアさんだが、目が充血していて鼻の頭も赤くなっている。ガチ泣きしていたな。
「「「了解」」」
そんなアレシアさんに誰もツッコミを入れずに指示を受け入れる仲間達。なんというか優しい世界ってやつだよね。
「これ、意外に凄いというか、とても凄いわ」
村に近づくとイルマさんが興奮し始めた。
僕としてはちょっとみすぼらしくてイルマさんの琴線に触れる物があるようには見えない。何にそんなに興奮しているんだ? 色っぽいけど。
イルマさんが早足で一軒のコボルトの家に近づき、壁を真剣な様子で観察し始めた。
なぜ家の壁? ただの土の壁にしか見えないけど、ああ、でも近くでみると土壁なのに意外と綺麗というか、均一でツルツルしているように見える。
コボルトには日本の左官屋さん並みの技術があるってことか?
「この建物、あきらかに普通の生物が作れる技術じゃないわね。魔法の産物と言ってもいい物よ」
僕の予想とイルマさんの考えは随分違っているらしい。
「それってコボルトの技術が人よりも圧倒的に上ということですか?」
コボルト達がそれほど凄い技術を持っているようには見えなかった。
「いえ、周囲に転がっている道具から考えるとそれはないわ。おそらくこの家の壁は地の龍が造ったのではないかしら?」
え? 龍が? いや、絵本の内容を考えるとありえなくもないな。普通に家がなければ用意してあげてもおかしくない溺愛具合だった。
というか、僕達もコボルト達が困っていたら確実に甘やかしそうだから、正解としか思えない。
家を失ったコボルト達の為に地の龍が彼らの好むように造ってあげたのだろう。
「イルマ。気になるのは理解できるけど、触るのは禁止よ。余計な匂いがついてあの子達を怖がらせたら可哀想でしょ。室内の確認も最小限に、いいわね」
アレシアさんが自分が冒険者だということを忘れているように思える。
ゲームの勇者のように家探しをしろとは言わないが、もう少し情報を集めるための行動も必要だろう。言わないけど。
アレシアさんの指示に従い、コボルト達の家の火元の確認を済ませた。
どうやらコボルト達は共同で家事をしていたようで、一軒の大きめの建物以外には火を使う施設はなかった。
そして驚きなのが水回り。
僕達が観察していたところからは見えなかったが、村の奥には泉があり、そこからしっかりとした水路がひかれて村の共同施設や畑に繋がっていた。
たぶん水回りも地の龍がなんとかしたのだろう。
共同施設と思われる建物の中には風呂があり、コボルト達がふわふわな毛並みをしていることにも納得がいった。
村自体は素朴だが、地味に便利に造られている村だ。
「それで、これからどうしましょう? 逃げてしまったコボルト達を追いかけますか?」
村の安全確保も終わり、次の行動を考える。
「嫌よ。まずは地の龍を探すわ」
僕の提案がアレシアさんに即座に否定された。
「でも、誤解を解いておいた方がよくないですか?」
地の龍は巨大だろうから自力で探すのも可能だと思うが、知っているコボルトから聞いた方が早いとも思う。
「誤解は必ず解くわ。でも、まずは地の龍よ。そして地の龍から私達が安全だと保障してもらうの」
……これはアレだ、目的と手段が逆になっている感じのヤツだ。
僕は地の龍の発見と説得のためにコボルト達の力を借りようと考えているが、アレシアさんはコボルト達に怯えられずに仲良くするために地の龍を利用しようと考えているに違いない。
「……そうですね。地の龍を先に探す方が良いかもしれませんね」
「さんせい」
なんですと?
普段は控えめというか、みんなの方針を優先するタイプのクラレッタさんとカーラさんがアレシアさんに賛同した?
驚いて二人を見ると、ちょっと恥ずかしそうにコボルトさん達が怯えるのは可哀想だと言われてしまった。
なんというか、二人の恥ずかし気な優しさは尊いと思います。
ふむ、アレシアさんとクラレッタさんとカーラさんは完璧にコボルト達に落ちた。
イルマさんは研究優先ではあるが、コボルト達に好意的。
僕とドロテアさんとマリーナさんは、スライム優先でコボルト達に耐性はあるが、可愛いので別腹で好意的。
もしかしなくても、コボルト達に対してフラットな感情を持っているのは、リム、ふうちゃん、べにちゃんだけってことか?
陸上での移動ということでペントはお留守番だけど、一緒だったらペントはコボルト達をどう思ったのだろう? 少しだけ気になる。
まあコボルト達と仲良くなれればペントを紹介することもできるだろう。ペントの反応はその時のお楽しみだな。
「ご主人様、私も先に地の龍を探した方が良いと思います」
……フェリシア、おまえもか。
イネスも反対ではないようだし、僕も含めて全員コボルトに落とされてしまっている。あっ、今のうちにさっき疑問に思ったことを聞いておくか。
「あの、コボルトってそもそもどういった存在なんですか? 人、動物、魔物的な意味合いです」
「コボルトは妖精に近い魔物と定義されているわ。人を襲うこともあるし私達も戦ったことがあるのだけれど……」
妖精? ……悪戯大好きなあの騒がしいちびっ子達とコボルトが似たような存在?
まあ妖精も見た目は可愛らしいけど、ん? おかしくないか?
「戦ったことがあるんですか? というかよくあの可愛らしい子達と戦うことができましたね」
そもそもコボルトと戦ったことがあるのなら、今ほど魅了されること自体がおかしい。もしかしてコボルトに惑わされている?
「私達が戦ったコボルトとこの島のコボルトはまったく違うわ。私達が戦ったのは魔に落ちたコボルトと言えばいいのかしら? 知能が高く凶暴で、厄介な相手。でもこの島のコボルトは長く平和な時をすごした、純粋な妖精に近いコボルトなのね」
僕の質問にイルマさんが分かりやすく答えてくれた。
若干表現が間違っている気もするが、飼い犬と野犬みたいな感じなんだろうな。
ダークエルフの島の妖精達も、売店で甘味を買うためにお仕事をそれなりに頑張っているし、最初の印象だけで妖精を面倒な子達だと決めつけるのは間違っている。
この村のコボルトは妖精だ。とっても真っ当に育った良い妖精ということで納得しておこう。
「分かりました。では、直接地の龍を探すことにしましょうか」
女性メンバー全員の要望だし、僕もコボルトに怯えられたいわけではないので、アレシアさんの方針に納得する。
「でも、地の龍をどうやって探すんですか?」
そこが問題だ。この島はそれなりに広いし、レンジャー号等で走り回っていいのかも判断がつかない。ヒントもなく歩いて探すのは辛いぞ。
「龍は、まあ竜もそうなのだけど、自分の属性が強く感じられる場所を好むわ。探すのが地の龍だし、この島なら第一候補はあの山でしょうね」
イルマさんが指したのは、島の中心にあると思われる独立した山。ふむ、遠目でもなんとなく神聖な雰囲気を感じるし、イルマさんが判断したのなら間違いはなさそうだ。
「では出発しましょうか」
一瞬、お詫びとしてコボルト達が好きそうな料理やお菓子を置いていこうかと思ったが、あのコボルト達の怯えようを考えると、危険物だと怯えられる未来しか見えない。
それに僕達がいないと食べられない物を軽率に振舞うのも問題がある。
「ワタル。ここから直接山に向かうと、コボルト達を追いかける形になるわ。遠回りになるけど別の方向から向かいましょう」
気を取り直して歩き出そうとするとアレシアさんからストップがかかる。そういえばコボルト達が逃げた方向って、目的地の山の方向だったね。
アレシアさんは誤解を解くのが難しい現在、全力でコボルト達との接触を避けるつもりらしい。本気で地の龍の説得がおまけ扱いになっている。一応、創造神様からのお仕事なのにね。
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