23話 冒険の終わり
水の巨人の核をハメ技のような方法で拘束し、マッド全開のイルマさんが核を分解解析しようとしたら、水の魔法生物は自殺するように力を失い結界に潰されてバラバラになった。あと、魔物が活発化しそうな雰囲気で、明日からの探索が少し心配だ。
「うわー……完全に壊れていますね」
そりゃあ水の魔法生物も怒るよ。
アレシアさんから話を聞いた時は、王宮の一部が崩れたくらいだと想像していたが見渡す限り瓦礫の山だ。
ちょっとやりすぎじゃない?
核が壊れてやけ酒をするイルマさんを宥め、次第に行動が活発になってきた危険地帯の魔物を警戒して、徒歩でようやくたどり着いたのにこの結果……正直、ちょっと引く。
一応、歴史的建造物なはずなんだけどね。
「アレシア、戦うしかなかったのは分かりますが……」
「やりすぎはダメ」
僕と同意見なのか、クラレッタさんとカーラさんが困った表情でアレシアさんをたしなめる。
「ち、違うわよ。私達が逃げる前は王宮の形は残っていたもの。水の魔法生物が暴れたからこんなになっちゃったのよ!」
非難の視線に晒されたアレシアさんが、慌てた様子で潔白を主張する。
同乗していたマリーナさんとイルマさんを見ると、黙って頷いたので本当のことなのだろう。
そうか、たしかに豪華客船の上からでも見上げるような大きさだった水の魔法生物の変身場所だし、瓦礫の山になっているのも当然かもしれない。
とりあえず濡れ衣を着せてしまったことを謝ろう。
「それでこれからどうします? 完全に瓦礫の山ですから、他の無事な建物を探索しますか?」
疑ってしまったことをそれぞれが謝罪し、場を仕切り直す。
「うーん、でも王宮を放置して他を探すのもね……」
アレシアさんが僕の提案に難色を示す。
やっぱりダメか。なんか肉体労働になりそうだから別の提案をしてみたけど、さすがに王宮を放置しないよね。
話し合いの結果、イルマさんの『貴重な資料は権力者の元に集まってくるものよ!』という強い後押しにより、王宮の発掘作業が決定した。
砂漠での発掘作業。映画の考古学者みたいでワクワクしないこともないが、やっぱり大変だよね。魔物も出るし……。
***
やっぱり大変だった。
灼熱の日差しの中で、胡椒を保管していたゴムボートに瓦礫を運び収納する毎日。
全員が高レベルで重機のようなパワーを発揮するが、それでも王宮クラスの建物の瓦礫はなかなか整理できない。
うだるような暑さと戦い、次第に警戒を忘れて侵入してくる魔物と戦い、作業終わりのお風呂とキンキンに冷えたビールを楽しみにする毎日が十日以上続き、ようやく発掘作業の成果が目の前に現れようとしている。
崩れて落下したにもかかわらず部屋の形を保った部分が発見され、調べた結果、魔術で補強されていたことが分かった。おそらく公爵城の宝物庫と同じような形式なのだろう。
ふふ、封印されている扉を解放して煌めく財宝を目にしたら……ヤバい、感動で泣いてしまうかもしれない。
「イルマさん、どうですか?」
「うふふ、凄いわ。おそらく国の重要な物が納められていた宝物庫ね。魔術の強度が並みじゃないわ。今でも迂闊に触ると罠が発動するわよ。マリーナ、力を貸してちょうだい」
罠が発動するのが、なんでそんなに嬉しいんだろう?
「解除は可能なんですか?」
「大丈夫、最悪壊せばいい」
イルマさんに質問したのだが、マリーナさんから脳筋な答えが返ってきた。
まあマリーナさんの背後でイルマさんが首をブンブンと左右に振っているから、おそらく壊されることはないだろう。
「解除に成功したわ。もう罠は発動しないから壊さなくても大丈夫よ」
かたずをのんで作業するイルマさんとマリーナさんを見守っていると、三十分ほどでイルマさんから解除成功が告げられた。
「じゃあワタル。開けてちょうだい」
そしてなぜかアレシアさんから扉を開ける役目を任される僕。
「え? いや、なんで僕なんですか? アレシアが開けてください。もしくは解除したイルマとマリーナが適任だと思います」
滅びた国の宝物庫の開放は名誉な役目なのかもしれないが、僕としては背後から覗き込んで、うわー凄いなーとお客さん気分の方が嬉しい。
「なに言っているのよ。私達を雇っているのはワタルなのよ。罠は解除されてフェリシアの結界も纏っているのだから、心配しなくても大丈夫よ」
……そっちの方の心配はしていなかったのだけど、ここで断ったらビビりからとてもビビりにランクアップしてしまいそうだな。
「分かりました」
ここはカッコつける場面だろう。別に開けたからカッコいい訳じゃないが見栄は大切だ。
扉の前に立ち、取っ手に手を掛けて開く。
…………思っていたのと違う。
砂漠ってことでアラビアンナイトな世界を想像していたから、さぞかしキンキラキンなんだろうと思っていたが……落下の衝撃でぶちまけられたのか散らかっている部屋。
どう見ても宝物庫といった雰囲気ではない。
水差しや壺なんかがゴロゴロと転がっている。どういうこと?
「ワタル、どう? あれは!」
僕の背後からイルマさんが部屋の中を覗き込み、なにかを発見したのか僕を押しのけて部屋に突入してしまった。
「すごいわ! ここは魔道具の保管場所だったのよ!」
イルマさんが喜び天に掲げる物体に酷く見覚えがある。
サイズがソフトボールくらいだけど、水の魔法生物の核によく似ている。イルマさんの喜びようから考えるに、おそらく核で間違いないだろう。
なんで暴走した核と似たような物を嬉々として持ち上げられるのかは不思議だが、イルマさんが大喜びするのも当然だな。
「この水差し、魔力を込めると水が生まれる。しかも魔法効率がかなり良い」
「こっちの壺も同じね。やっぱり砂漠は水が貴重だから、水を生み出す魔道具を大切に保管していたのね」
僕が考えている間に、マリーナさんやドロテアさんも室内に入り、落ちていた水差しや壺を調べている。
水か。砂漠では財宝とは別枠で管理するほど貴重な魔道具ということだろう。
海上で生活していることが多い僕達にも当てはまりそうだけど、僕達の場合は水使い放題なんだよね。
お宝としては少し微妙だし、涙もでそうにない感じだ。
「ワタル。この中の物を一つ残らず収納するから、ゴムボートを召喚してちょうだい。あっ、リムちゃん、ここの羊皮紙は触っちゃ駄目よ。魔道具の研究内容が書かれているから、とっても貴重なの」
いつの間にかリムが宝物庫? に侵入し、遊びまわっていたようだ。リムを受け取り、ゴムボートを召喚してイルマさんに全てを任せる。
チリ一つ逃さずに回収しそうな勢いだ。
「これで王宮の財宝探索は終わりですか?」
「ワタル。国の財宝が水の魔道具だけだと思う?」
少しの希望を込めてアレシアさんに尋ねると、質問に質問が返ってきた。そうですね、探索続行ということですね。
まだしばらく、砂漠の暑さとの戦いが続きそうだ。
***
「今日から大きな建物を中心に探索するわよ。魔物の数も増えてきたから、しっかり周囲を警戒すること!」
アレシアさんがハイダウェイ号のデッキで檄を飛ばす。
王宮の探索は、水系の魔道具が納められていた部屋を発見して二日後に終了した。
財宝が納められていた文字通りの宝物庫を発見したからだ。バラバラだったけど。
水の魔道具の方が国的に大切だったのか、財宝が納められていた宝物庫の防御は全て失われていたらしい。
守りがすべて失われた状態で王宮が崩壊。
財宝は瓦礫や魔法生物に潰され、無残なことになっていた。歴史的な価値があったであろう装飾品や美術品、硬貨等は潰れ、宝石も割れてしまっていた。
それでも貴金属の地金としての価値は失われていないので、ひと財産は築けた。
もう満足してこのまま帰還しても良かったのだが、念のために大きな建物は探索しておくことになった。
砂漠での探索は辛いけど、お宝を捨てて帰るのももっと辛いということだ。
僕はまあ、帰りたかったけど。
でも、僕一人だけテンションが下がっていたら空気が悪くなるから、全力のテンションで探索するつもりだ。
ハイダウェイ号を送還し、みんなに守られながら王都の中を歩く。
今回の目的地は水の魔法生物の餌場だった広場に面している、大きな建物が密集している場所だ。
水の魔法生物の移動でいくつか大きな建物も壊れてしまっているが、一つだけ傷一つなく綺麗に形を保っている建物が残っている。今日のメインはその建物だ。
「ご主人様、顔色が悪いけど大丈夫?」
目的地に向かって歩いていると、イネスが僕の異変に気がついて心配してくれた。
「うん、大丈夫なようで大丈夫じゃないかもしれない」
「え? どういう状態? まだそれほど暑くなっていないし、熱中症じゃないわよね?」
イネスが僕の返事に戸惑っているが、僕としても表現がとても難しい。
「なんていえばいいのか、呼ばれているような感覚なんだけど、同時にとても嫌な予感がするというかなんというか……みんなは感じませんか?」
今の自分の状態を的確に表現できなくてもどかしいのだが、目的地が近づくにつれて訳の分からない感覚がだんだんと強くなっていく。
「私は普段と変わらないわね。みんなはどう?」
アレシアさんが全員に確認してくれるが、全員が首を横に振る。
なんだろう? 僕だけ呪われているのかな?
「……マリーナ、悪いけど偵察してきてちょうだい。十分に注意してね」
「分かった」
マリーナさんが先行偵察をしてくれることになった。単に僕が調子が悪いだけだったら申し訳ないが、確認してくれるのはとても助かる。
「あっ、マリーナが戻ってきたわね」
クラレッタさんに看病されながら日陰で待機していると、マリーナさんが戻ってきた。怪我をしている様子も焦っている様子もないし、僕の勘違いだったのだろうか?
「調べたけどおかしなところはなかった。あと、目的の建物は教会だった」
……謎は全て解けた。
よし、撤収。砂漠の冒険は終わり。
読んでくださってありがとうございます。




