15話 商業ギルド
小さな村で情報収集をした後、資金と隠密性を考えて人数を絞ってトイエンの港町に潜入することにした。メンバーは僕とドロテアさん、イルマさん、マリーナさんの四人。とりあえずこの四人でしっかり足場を固めて、この国での冒険……もしくは観光を存分に楽しめるようにしたい。
「獣人が多い」
商業ギルドに向かっていると、マリーナさんがポツンと呟いた。
獣人が多い?
……種族の比率は気にしていなかったが、改めて確認してみるとたしかに獣人の割合が多いように思える。
だからといって人が差別されているような様子もないし、だれもが暮らしやすい良い街なのかもしれない。
キョロキョロと観察しながら歩いていると、種族の割合が違ったように今まで過ごしてきた都市との微妙な違いが目に入る。
この国だけかもしれないが、どうやら赤が好きなようで様々な部分に赤の指し色が使われている。
まあ、赤が好きだったらどうなんだ? とも思わないでもないが、なんちゃって商人でも商人は商人。
赤が好きな国民性なら赤色の商品が売れるとピンときてしまった。小さな村の雑貨屋で商人の心得を伝授されたことで、僕の商人レベルが上がったのかもしれない。
このたわいもないひらめきを大切にしようと心に誓いながら歩いていると、おばちゃんが教えてくれた大きな建物に到着した。商業ギルドだ。
「では、中に入ります。登録したら宿を紹介してもらって移動する予定です」
念のために今後の予定を伝えて、ドロテアさん達が頷いたのを確認して中に入る。
……騒がしい。
ギルド内の第一印象はその一言だった。
ギルド内部は南方都市とそれほど違いはない。受付カウンターや商談スペースと言った商売に必要な基本的な物は揃っている感じだ。
違うのは商人の熱量。
商業ギルドのはずなのに、市場に迷い込んでしまったかのような雰囲気を感じる。誰もかれもが商売に燃え、なり上がってやる! 的なギラギラしたものを感じる。
商人同士ならともかく、受付嬢と商人が喧々諤々やりあっている。どうして受付嬢とやりあう必要があるのかがサッパリ分からなくて怖い。
なんというか……凄く……凄く苦手な雰囲気だ。
根暗系オタクが硬派な応援団に迷い込んでしまったくらいのアウェーな雰囲気だ。
どうしよう、僕、ここでやっていける気がしない。
回れ右をして外海まで逃げ帰りたい気分だが、チラッと背後を見ると楽しそうに周囲を観察する美女達。
この人達の前で無様な姿を見せる訳にはいかない。震える膝を見栄で押し殺し、なんてことない風を装って受付カウンターに向かう。
今のところカウンターはすべて埋まっている。カウンターに座っているのは男も居るが大半は美女。この国でも受付嬢に美女を採用するシステムは同じなようだ。
普通なら美女のカウンターに座りたいところだが、今回は優しさ優先。美女よりも話しやすさが重要。できれば優しそうで気を使わなくていいおじさんのが居るカウンターに座りたい。
僕の希望とは裏腹に、男性職員が座っているカウンターは二席しかない。
唸れ、僕の運。
異世界に来てから少し向上したけど、元々の女性運の悪さから考えれば、あの二席の内の一つをゲットすることも可能なはずだ。
ガタッと音がして商人が悔しそうな顔をして立ち去っていく。そしてその商人の相手をしていたのは……女性。しかもなんかやりきった顔で満足気な雰囲気だ。
他にカウンターに向かう商人は居ないのかとギルド内を見渡すが、こんな時に限って誰も居ない。
そしてカウンターの女性と視線が合ってしまう。どうぞこちらに、彼女の視線はそう言っている。
敗北を認めよう。普段なら喜び勇んで飛んで行くが、足取り重く空いた席に座る。
「こ、こんにちは。よろしくお願いします」
緊張で噛んでしまった。
「ふふ。はい、こんにちは。こちらこそよろしくお願いしますね」
少しおかしそうに笑った後、優しく挨拶をしてくれる受付嬢。あれ? 意外と優しい人? イキイキと商人を追い込んでいたからビビっていたけど、商談でなければ問題ない感じ?
「はい、えーそれでですね。ギルドに加入したいと思っているのですが、可能ですか? 身分証もないんですけど……」
少し気が楽になったので、本来の目的をストレートに告げる。
「身分証がないということはギルドがない地域の御出身ですか?」
「は、はい」
出身は日本なのでギルドはありませんでした。たぶん。
「仮入場の札はお持ちですか?」
札? ああ、審査後に貰った札だな。犯罪履歴がないことを確認したいのだろう。
「はい」
ポケットにしまっていた札を取り出し、受付嬢に提出する。
「……問題ありませんね。では入会のご説明をさせていただきます」
受付嬢が札を確認し、笑顔で話し始めた。
「まず、商業ギルドに入会するには入会金10万シグが必要になります」
最初の説明でお金が足りないことが発覚した。謝って帰るか?
というか入会金、高くない?
一応、追加資金を得る為に商品を持ってきては居るけど、できれば情報を集めてから商売をしたい。
でも、身分証がある方が行動はしやすいんだよな。門でもらった札でも代用可能とはいえ正式な身分証の方が信頼度が高いのは間違いない。
どうしよう?
……とりあえず説明を全部聞いてから判断するか。でも説明が終わってからお金が足りないと言うのは印象が悪くなりそうだし、先に謝っておこう。
「すみません、お金が足りません。ですが資金を得る当てはありますので、最後まで説明をお願いしても構いませんか?」
「そうですか。はい、構いませんよ。説明を続けますね」
「お願いします」
嫌な顔一つせずに頷いてくれた。やっぱり商談でなければ優しい人のようだ。
「商業ギルドの階級は十段階あります。十級から始まり一級が最高位ですね。昇格はどれだけ税金を支払ったかで決まります。税は商業ギルドを仲介した商売の純利益の三割が基本です」
へー。こっちは数字で階級を表すのか。Sランク商人と一級の商人が同じくらいだとして……S級のほうがカッコよく感じるのは気のせいだろうか?
あと、ランクの決め方も随分違うな。向こうは年会費をどれだけ支払うかで決まっていたけど、こっちは納税額なのか。
純利益の三割。ファンタジーな世界では安いんじゃないかな?
「あれ? 商業ギルドで仲介ということは、商業ギルドを仲介しなければ税金を払わないということですか? 行商人とかだと毎回商業ギルドの仲介を受けるのは不可能ですよね?」
商業ギルドがない村とか沢山あるだろう。
「無論すべての商売を商業ギルドが仲介することはできません。特に行商の場合は不可能と言っても良いでしょう。ただ、それは国も織り込み済みです」
「織り込み済みなんですか?」
僕の勝手なイメージだけど、国が税金を見逃すとか異常事態に思える。
「はい。フォローしきれないという一面もありますが、物流の安定化が主な目的ですね。行商は危険を伴いますので、それくらいのメリットが必要だと国も考えています」
なるほど、商人に田舎まで足を運ばせるには、それなりのメリットが必要ってことか。地味に納得した。
「それに、ほぼ無税でも大抵の行商人は自己申告で税を納めます」
「えっ?」
もしかしてこの国の人達って、超絶良い人なの?
「商業ギルドのランクは納めた税金の額で決まります。そして店舗を持つには最低でも七級のランクが必要になります。信用面でもギルドのランクは重要ですね」
あとは分かりますよね、とほほ笑む受付嬢。そっか、店舗を構えたい商人なら最低でも七級の税金を納めるし、商売の規模にも関わってくるのなら野望が大きい商人ほど税金をきちんと納めるのか。
ほそぼそと行商だけで満足するくらいなら、物流の安定化の為にお目こぼしするってことだな。上手く考えてある。
うん? となるとあれか? 細々と行商で稼ぐなら問題ないけど、一度の商売である程度の資金を手に入れるには、信頼の面でも商業ギルドの仲介が必要になるってことか?
急に大金が必要になった時が困るし、秘密裏に大金を得るのはかなり難しそうだ。目立つのを避けるなら、コツコツと小さな商売を繰り返さないと駄目だな。
「説明を続けても?」
「あっ、はい、お願いします」
いけない。向こうとはかなりルールが違うようだし、考える前にルール自体をしっかりと把握しよう。
***
「以上になります。何かご不明な点はございますか?」
「……いえ、なんとか理解できました」
細々とした違いはあるが、人としての常識を守れば基本的に問題はなさそうだ。あとは向こうとどれくらい商売の仕方が違うかだな。
「あの、商売について少し質問をしても構いませんか?」
「はい、構いませんよ」
「えーっとですね、僕が知っている商売と、このギルド内でおこなわれている商売に随分と差があるのですが、こちらが普通なのでしょうか?」
説明を聞いている間も、周囲では熱い商談が繰り返されていた。ここの商談が普通だったら、僕はこの国で商売を続ける自信はない。
「ああ、そうですね。初めての方であれば戸惑いますよね。ご安心ください、トイエンの商業ギルドは少し特殊です」
よかった特殊なんだ。少しじゃないよねとツッコみたいけど、今回は我慢しておこう。
「特殊とは?」
「トイエンはタイエン国で一番大きな港町であり、多国間貿易の要でもあります。集まる物資も資金も膨大なので、野心溢れる商人が集まってくるんです」
意外なところでこの国の名前が分かった。タイエン国というらしい。トイエンと名前が似ているが、何か理由があるのだろうか?
……とりあえず国名は置いておくか。それにしても、トイエンは流通の要なのか。しかも国内だけじゃなく外国との貿易も盛んな港町。それなら商売に熱心な商人が集まるのも納得できる。でも……。
「野心が溢れていても、あれほど激しい商談は必要ないのでは?」
喧嘩と見間違うレベルなんですけど?
「トイエンを出入りする物資も資金も膨大です。それらを捌き利益を得るにはゆっくりと商談を重ねる時間はありません。つまり……」
「つまり?」
「大きな声も強引な商談もトイエンでは必要な技術ということです」
……僕、トイエン、苦手。
でも、大きな商売をするならトイエンなんだろうな。それだけは覚えておこう。
「分かりました。丁寧な説明ありがとうございます」
「いえいえ、ご入会、心よりお待ちしています」
「あっ、すみません。手ごろな値段の宿を教えてもらえませんか?」
とりあえず宿に行って、ここでの情報を整理してドロテアさん達と話し合おう。
読んでくださってありがとうございます。




