14話 トイエン
情報収集の為に訪れた小さな村は、大きな港町との中継地点になっているらしく、最低限必要の情報を手に入れることができた。次にこの国で使える通貨を手に入れるために雑貨屋に向かったが、なぜか雑貨屋のおじさんから商売人としての心構えを手ほどきされてしまった。
おじさんから商売人の心得を学び、それなりの値段で商品を買い取ってもらうことができた。
受け取った金額は八万シグ。この国では通貨の単位はシグで、通貨の柄は違うもののエルトリュード大陸と変わらないようだ。
無事に最低限の資金と情報を手に入れ、村を出てアレシアさん達と合流する。
「あとはワタルが通訳できない時に手に入れた情報だけ」
マリーナさんの報告が終わり、僕に視線が集まる。通訳できなかった時っていうと、商売の時の話だな。
「大半は商人の心構えでしたけど、それなりに情報を仕入れることができました」
若干胸を張って報告を開始する。結構頑張ったから、それなりに自信がある。
おじさんから心構えを聞きながら、合間にこちらも質問を重ねた。おもに港町のトイエンについての質問だったが、おじさんは嫌がることなく教えてくれた。
というか、自分にもこんな時代があったなー的な眼差しだったから、未熟な商人に対するボランティア感覚だったのだと思う。人の善意が身に染みる時間だった。
おじさんの優しさを無駄にしないためにもしっかり報告しよう。
「そう、手に入れたお金だと安宿でも数日しか持たないのね。港の使用料は更に高いと」
「はい」
そうなんだよね。八万シグというお金は決して安くはないのだけど、なにせこちらは人数が多い。
食事を手持ちで済ませるとしても、節約しても数日で資金は尽きてしまうだろう。
おじさんからトイエンの店も教えてもらったから、追加で資金を手に入れることは可能だけど、大きな街で商売するなら身分証が必要な可能性が高い。
それも踏まえて行動しないとすぐに資金が尽きてしまいそうだ。
資金が尽きても街から出て船で生活すればなんとでもなるが、言葉を覚えたりこの地の文化に馴染むなら、やっぱり街で生活したほうが効率がいい。
なかなか悩ましい問題だ。
「最初は細かい商売を重ねるか、一気に資金を手に入れるために大きな商売をするかですかね?」
商品は調味料から財宝まで多種多様に揃えているから、大抵の商売は可能だ。
「そうね、でも一気に稼ぐのは目立つから止めた方が良いわね。実力で負けるつもりはないけど、言葉が話せないから面倒事の対処がワタルに集中してしまうわ」
アレシアさんの心配がとても嬉しくて笑顔になってしまう僕。とてもチョロい。
こうなると、大丈夫です、僕に任せてくださいと言いたくなるが、海千山千の商人達の相手を一人でするのはキツイ。
普通の商談ならある程度なんとかなるにしても、うっかり目を付けられて和船の時のような騒ぎになったら対処できないから、安請け合いは駄目だ。
「そうなると細かい商売を重ねた方が良さそうですね。まずは僕が商業ギルドに登録して、イネス、フェリシア、アレシアさん達は護衛という形で行動しますか?」
「ふふ、ご主人様、登録したての商人にしては護衛が豪華ね」
イネスが笑いながら最大の問題点を指摘した。
そうなんだよね。大きな商売をしようがしまいが、女性陣が存在するだけで目立ちまくるのは確定している。
そして美女の集団に引き寄せられる男達。もめ事確定だ。
「……資金の問題もあるし、慣れるまで人数を絞りましょうか」
アレシアさん達も自分達の美貌を自覚しているので、残念そうに人数を絞ることを提案してきた。
でも、悪くない提案だ。
美女だからどうやったって目立つが、人数が少ない方が目立たないのは間違いないし、人数が少なければコソコソと移動することも可能だ。
「それが良いかもしれませんね」
僕がそう言った瞬間、周囲の空気がピンと張りつめた。
「えっ?」
なんでみんな警戒するようににらみ合っているの?
「私はリーダーだから当然同行するわ」
「奴隷の私がご主人様から離れたら駄目よね」
アレシアさんの言葉に続いて、イネスも意味が分からない主張をする。普段から平気で離れまくっているのに何を言っているんだ?
僕が戸惑っている間に交わされる女性陣の激論。なるほど、みんな未知な街に行きたいらしい。
特にアレシアさん達は知らない場所を見てみたいから冒険者になったって言っていたから、なおさら譲れないのだろう。大人しめのカーラさんやクラレッタさんまで、自分が行くとしっかり主張している。
こいつは長くなりそうだ。
***
「ようやく到着ですね」
「そうね、思ったよりも時間が掛かったわね」
「うふふ、楽しみね」
「うん」
ようやくトイエンの港町に到着し、門にできている入場の列に並ぶ。
同行メンバーは熾烈な争いの末にドロテアさん、イルマさん、マリーナさんに決定した。
人数は安全面と経費節約を考え、僕を含めて四人に決定。リム達従魔もしばらくは船でお留守番ということになった。
最初に決まったのはマリーナさん。斥候職で気配も消せるマリーナさんはこういう時に外せないからスムーズに決まった。
次に決まったのはイルマさん。私以上に早く言葉を覚えることができるの? という言葉のナイフで他のメンバーを切り裂き圧勝。
残る席は一つ。
凄まじい緊張感の中、最初に脱落したのはフェリシア。理由は村でダークエルフを見かけなかったし、この国でのダークエルフの扱いが分からないからという、本人ではどうしようもない理由からだった。
次に脱落したのはイネス。僕の奴隷なのだから一緒に居るのは当然という強みを生かそうとはしたが、イネスは余計な事をしそうだから駄目という、とてもまっとうかつ無慈悲な正論で叩き潰された。
残るはアレシアさん、ドロテアさん、カーラさん、クラレッタさんの四人。
熾烈な争いではあったが、口下手なカーラさんと、控えめなクラレッタさんは口での争いに弱く、実質アレシアさんとドロテアさんの一騎打ちになる。
リーダーのアレシアさんが有利かと思っていたが、なんとサブリーダーのドロテアさんの勝利。
決め手は日頃の行いの差だった。フォローされる側のアレシアさんとフォローする側のドロテアさん。
普段はリーダーをたてるドロテアさんだが、本気になるとフォローしている側が強く、最終的にアレシアさんが泣きそうな顔をして負けを認めた。
そんなこんなで時間が掛かり、更にお留守番のメンバーは外海で豪華客船待機ということで移動にまた時間が掛かり、トイエンに行くのは翌日ということになった。
そんな苦労を乗り越えてトイエンに到着。地味に感動してしまう。
「ワタル。そろそろだからしっかりお願いね」
ドロテアさんの声で現実に戻る。そうだった、ここからは僕が主役。しっかりみんなをエスコートして、頼りになる男なのだと証明しなければならない。
「次!」
呼ばれたので門番の前に進む。
「身分証を」
「身分証がありません」
「身分証がない場合、入場料五シグと魔道具での検査が必要になる」
門番の説明を聞いたところ、身分証がない時の対応は西方都市とあまり違いはないようだ。
「ええ、構いません。後ろの三人とまとめて払います」
門番に二十シグをまとめて手渡そうとするが、門番が僕を見ずに後方を凝視している。
あっ、うん、分かった。目立たないように装備も服装も一般的な物に変更しているけど、そんなんじゃあドロテアさん達の美貌は隠せないよね。見とれるのもしょうがない。
「すみません。支払いと検査をお願いします」
僕が改めて声をかけるとハッとした表情で手続きをしてくれたが、手続き中も門番はチラチラとドロテアさん達を見ている。
普段なら当然だよね、僕の仲間なんだよと心の中で自慢する場面なのだが、今の状況だと先行きに不安しかない。
あの門番は仕事中だから声をかけてこなかったけど、ここから先はナンパ男達に神経をとがらせなければいけない。
……自信がなくなってきた。肩を落として城門を通り抜ける。
「へー。どうやらこっちの方が古代の技術が多く残っていそうね」
ローテンションで歩いていると、イルマさんの感心したような声が聞こえた。
小さな村ではそんなに違いがないように感じたけど、大きな街は違うのか? 気になって僕も街をキョロキョロと見渡すが、あまり違いは感じられない。
「イルマさん、どこが違うんですか?」
「あら、分からない?」
「はい」
港町らしい活気を感じるが、それほど違いは見受けられない。
「窓を見て」
窓? 普通の窓だよね?
「あっ、普通に窓にガラスっぽい物が使われていますね」
豪華客船には普通に窓が使われているから違和感がなかったけど、向こうでは窓は木の板で開け放っている時は無防備だった。
「そうよ。窓ガラス以外にも、細かいところにいくつも魔道具が使われているわね」
なるほど、魔道具が日常的に多用されているなら、安く仕入れてカミーユさんに渡せば儲かりそうだ。
「二人とも、声が大きいわ。言葉が違うのだから、声を抑えて話してちょうだい」
おっと、そうだった。
注意してくれたドロテアさんに目線で謝り歩き出す。
目的地は……しまった。商業ギルドの場所を門で聞くつもりだったのに、聞くのを忘れていた。
……まあ、あの状況なら覚えていても聞ける雰囲気じゃなかったししょうがないか。とりあえず、地元民っぽい人に商業ギルドの場所を聞くことにしよう。
近くを通りかかったおばさんに聞いてみると、すぐに商業ギルドの場所を教えてくれた。
なかなか順調だ。
あとは商業ギルドで登録して、お勧めの宿屋を教えてもらえば今日の任務は終了だ。
この調子なら、ドロテアさん達に頼りになる男と認識される日も近いかもしれない。
読んでくださってありがとうございます。




