9話 レース結果
チートな船召喚で航海は楽勝だと油断しまくっていたら、あっさりと超巨大な渦に巻き込まれて豪華客船では脱出できなくなった。船召喚の力で沈没はしないものの、渦の中心でグルグル回転し続けて船酔い。最終的にパワーボートのガレット号で強行脱出することになり、なぜかレースが始まってしまった。正直意味が分からない。
突然始まったレース。
巨大な渦の流れに逆らいながらの脱出なので、モーターはうなりを上げているがそれほど速度は出ていない。
そのおかげでスピードに恐怖することはないのが、そんなこと微塵もなぐさめにならない。
流れに逆らうから振動は凄いし、渦に引き込まれた魔物や漂流物が障害になって避けるために急ハンドル。
小さなパワーボートがその動きで安定するわけもなく、ガレット号は小さな川の流れに翻弄されるササ船のように自然にもてあそばれる。
元々船酔いだった僕とフェリシアは、その揺れに耐えられずに船酔いが更に悪化。
「あはっ! スピードは出ないけど、これはこれでたのしいわね!」
こみあげてくる物に耐えながら、楽しそうにはしゃぐイネスを恨めしく見ることしかできない。
制止したくても僕の声が届くのか疑問だし、渦から脱出するにはフルパワーで進まなくてはいけないのも事実。
そしてなにより、口を開いたら吐く。
船酔いになってから常にゲロ袋は携帯しているし、最悪吐いてもいいし吐いたら楽になるのも分かってはいるけど……たぶん僕が吐いたらフェリシアも道連れにしちゃうんだよね。
もらいゲロでフェリシアを吐かせるのも嫌だし、この狭い船内で二人して吐きまくるとか、そんなシュールな展開は遠慮したい。
ここはなんとか耐えて、脱出したらトイレで存分に胃の中身を開放しよう。まあ、最近は船酔いでほとんど食事ができていなくて、出るものは胃液が大半だと思うけど。
「ヤバ」
耐えることに集中していると、操縦席から嫌な言葉が聞こえてきた。
反射的に顔を上げると横から大きな木が突っ込んできているが見えた。
「避け」
すべてを言い終わる前に木がガレット号に衝突。ついでにこみあげてくるものが少しだけ、ほんの少しだけ喉を突破する。
結界があるのだからぶつかるのは問題がない。現に大きな木が衝突しても船にはなんの衝撃もこない。
だから当たっただけで済めば良かったのだが、今回は面倒なことになってしまった。
船召喚の結界の防御力は無敵と言っていいくらいだが、結界自体に敵や障害物をはじき返す力はない。
相手の勢いが強ければ、勝手に結界から跳ね返ってダメージを受けてくれるが、今回のようなシチュエーションだと少し面倒なことになる。
渦の流れに押されて木が結界に押し付けられ、枝や根のフック効果も合わさって木ががっしりと結界にかみ合って固定されてしまう。
障害物の中でも最悪な物に当たってしまった。
手間は掛かるが、結界にへばりついたのが魔物なら殺せば力が抜けて排除できるし、凹凸が少ない物なら取り外しやすい。
でも、今回の木はなかなかに立派な幹を持ち、さらに質が悪いことに枝も根もしっかり残っている。
おそらく川沿いか海岸沿いの木が、土砂崩れか何かでそのままここまで流れ出てしまったのだろう。
なんとか木のホールドから脱出しようと、イネスが船体を操るが外れそうな気配はない。
意志でもあるかのように船体の動きに合わせて木も一緒についてくる。
木が重しと抵抗になり、ガレット号が徐々に流されている。このままだと渦の中心部に逆戻りしそうだ。
「イネス、外せそう?」
酸っぱい物を飲み下しイネスに尋ねる。
もう一度スタート地点からやり直しなんて絶対に嫌だ。
「無理っぽいわ。ご主人様、なんとかならない?」
イネスもなんとかしようと焦っているが、どうにもならないようだ。まあ、焦りの大半はアレシアさん達に追いつかれたくないからだろうけど……。
でも、どうしよう?
レベルが上がった僕の力なら無理をすればなんとかできるかもしれないが、この不安定な状態で結界から身を乗り出すのは少し怖い。
体を押さえてもらっておけば大丈夫な気もするが、こういう時、テンプレだと絶対に何かアクシデントが起きて海に投げ出されちゃうんだよな。
現実と二次元を混同する訳ではないけど、凄まじく嫌な予感がするから無駄な危険は避けることにしよう。
僕にはテンプレの為に命を賭ける度胸はない。
「フェリシア、木を中心から折ればたぶんなんとかなると思うんだけど、魔術でどうにかできないかな?」
吐き気をこらえつつフェリシアに尋ねる。
「……陣を描くことができれば可能だと思います」
蒼ざめた顔で答えをくれるフェリシア。褐色の肌で分かり辛いはずなのに、体調の悪さが一目で分かる。
自信がなさそうなのは、自分でも今の状況で魔法陣を上手く描けるかが疑問なのだろう。フェリシアの船酔いもかなり危険な状態なようだ。
「悪いけどお願い」
フェリシアが辛いのはよく分かるが、スタート地点からのやり直しは嫌なので、非情なご主人様命令を下す。
ドカーンという強烈な音と共に雷が木の真ん中に命中。
強烈な雷は木を焼き焦がしながら真っ二つにし、渦の流れに押し出されて木は左右に流されていった。
「申し訳ありません、ご主人様」
蒼ざめた表情で謝るフェリシア。何度も魔法陣を描くのに失敗してしまったから、申し訳なく思っているのだろう。
初めてフェリシアが魔術を失敗したところをみたけど、今回はしょうがない。むしろ、時間が掛かったとしても成功できたのが偉い。
というか無理させてごめんね、フェリシア。
「いや、大丈夫。問題ないよフェリシア。ありがとう」
「そうよフェリシア、まだまだ追いつけるから気にしなくていいわ。私に任せなさい!」
いや、イネス。フェリシアはそういうつもりで謝ってるんじゃないと思うよ?
それにしてもアレシアさんとマリーナさん。僕達が流されているのに普通に笑顔で追い抜いていったな。
レース中だし、僕らに身の危険がないのを理解しているからだろうが、普通にスルーされて少し悲しい。
それと、イネス。ペントの重量もあるし、さすがに今から挽回は難しいと思うよ?
***
「うぷっ」
大渦を乗り越えた喜びもなく、即座にシャトー号を召喚。魔法陣に飛び乗って、ひたすら脳内に思い描くのはトイレ。
今の僕にとって天国並みの安息の地だ。
魔法陣からシャトー号が出現、光に包まれた僕の目の前には待望のトイレが現れる。
僕は歓喜と共にすべてを解放する。
ゲポポポ
***
まだどこかふわふわとした感覚はあるが、胃の中身をすべて空にしてようやく船酔いも落ち着いてきた。
同じくどこかスッキリとした表情のフェリシアと、微妙に悔しそうなイネスを連れて集合場所のメインホールに向かう。
メインホールに到着すると、すでにみんな集まっていた。
表情は読みづらいが、ご機嫌な雰囲気でふうちゃんを撫でるマリーナさん。今回のレースの勝者だ。
その向かいには、今回の敗者であるアレシアさんが悔しそうに座っている。
船酔い仲間のクラレッタさんは、疲れた様子でソファーにもたれかかっている。
珍しいことに、みんなで集まる時にだいたい隣にいるカーラさんが居ない。不思議に思いカーラさんを探すと、モクモクと軽食をたいらげているカーラさんを発見。
なるほど、船酔いの時に隣で食事されるは辛いよね。見ているだけで何かがこみあげてきたので僕もカーラさんから視線を外す。
「アレシア、残念だったわね」
外した視線の先では、イネスがアレシアさんに言葉をかけている……が、あの表情は確実に煽っている。
字面ではなぐさめているようだが顔が凄まじく勝ち誇っていて、どうかんがえてもアレシアさんの神経を逆なでしているようにしかみえない。
まあ、木が引っかかるというアクシデントとペントの重量という不利。
追い抜かれて逆転は絶望な状況で、アレシアさんを抜き返したのだから嬉しいのは分かるが、大人げないにも程がある。
それに、抜き返せたのもアレシアさんの自滅だから、イネスが威張ることではないはずだ。
アレシアさんは無茶をしなければ二位は確定だった。
僕達が脱落した後、アレシアさんとマリーナさんは熾烈なトップ争いを繰り広げた。
抜きつ抜かれつの熾烈な展開。
それに業を煮やしたアレシアさんが勝負をかけて無茶を決断。
何をどうしたのかは分からないが、海中に大爆発を起こして船を空中に打ち上げマリーナさんの船の前に躍り出る。
おそらく前にパリスがルト号を海水ごと空に打ち上げたことを参考にしたであろう奇手が成功したかに見えたが、着水に失敗して横転。
悲鳴をあげながら流されていき、そのまま三位が確定してしまう。
同乗していたイルマさんとカーラさんにはいい迷惑な出来事だったと思う。
「なによ、イネスだってマリーナには負けているじゃない。一位以外は全部負けよ!」
アレシアさんが反撃するが、さすがにそれは苦しい。二位とビリでは受ける印象はかなり違う。
「ふふ。負け惜しみ乙」
「むきー」
イネスの挑発にアレシアさんが地団太を踏む。それを涼し気な表情で見守るマリーナさん。勝者と敗者がクッキリと分けられる絵面だ。
それにしても、イネスはどこであんなネットスラングを覚えてくるんだろう? ネットは繋がらないはずだよな?
おっと、そろそろ取っ組み合いの喧嘩になりそうだ。警備員に任命しているから外にはじき出されることはないが、話し合うことがあるから喧嘩は困る。
「イネス、話し合いを始めるから戻ってきて。アレシアも落ち着いてください」
満面の笑みで戻ってくるイネスと、顔を真っ赤にして悔しがっているアレシアさん。
なんでだろう?
見張りのシフトを決める簡単な話し合いのはずなんだけど、簡単には決まらない気がしてきた。
読んでくださってありがとうございます。




