6話 賑やかな町
アクアマリン王国に到着し、忘れていた悪戯の因果応報でギルマス達にキュッと絞められた後に書類地獄に叩き落とされた。部屋を埋めるほどの書類を涙目で処理し、ようやく本来の目的である獣人の街建設の視察にこられたが、こちらはこちらでなんだか凄いことになっていた。
「おいこっちだ! さっさと運べ!」
「朝一獲れたて、港からの直送だよ。美味しいから食べてきな!」
「このままでは間に合わんぞ! 急げ急げ急げ!」
外から見ただけでも発展し活気にあふれているのは分かっていたが、村の中に入るとその混雑具合に驚く。
何かに追われるように焦った表情で指示を出す大工っぽい人。その指示に従い建築資材を抱えて走り回る獣人達。その獣人達に売りつけようと大声でアピールする屋台の主。
これだけなら納期が近い建築現場かな? くらいの印象で済むのだろうが、その雰囲気が街全体に広がっているから騒がしいことこの上ない。
ただ面白いのは、みんな焦ったり忙しそうにしたりしているのに、どこか楽しそうでもあり、やる気に満ち溢れているようにも見える。
仕事に追われる現場というよりも、大学の文化祭の準備中、しかも時間ギリギリで徹夜確定、そんな雰囲気を感じる。
まあ人間、獣人、魚人と様々な種族が集まっているから、混沌具合も凄まじいけど……。
リムもそんな雰囲気に当てられたのか、僕の頭上で楽しそうに飛び跳ねている。どうやらこの騒がしく混沌とした雰囲気が気に入ったようだ。
そういえば大学の初めての文化祭もこんな感じだったな。
大学全体が活気づく中、自分が所属しているサークルは準備が間に合っておらず、先輩の指示に従いながら徹夜で作業した。
大変だったけど楽しかった。
文化祭が終わった後は、次はもっと余裕をもって準備しようと笑いあったな。
次の文化祭の前に異世界に落ちるなんてことがなければ、ちゃんと余裕をもって文化祭の準備ができたのだろうか?
結局なんやかんやあって徹夜で作業している気がする。
「……騒がしいけど、悪くない雰囲気ですね」
「ええ、みんな楽しそうに働いていますね!」
久しぶりに日本を思いだしてしんみりした気分で呟いた言葉に、クラレッタさんが弾むような明るい声で答えてくれたので少しビックリする。
クラレッタさんは胸部装甲は派手だが基本的に控えめで穏やかな性格で、料理とぬいぐるみのこと以外でこんなにテンションが高いのは珍しい。
「あっ、すみません」
僕のビックリした顔にクラレッタさんが恥ずかしそうに謝る。とても可愛らしい。
「いえ、全然構わないのですが、クラレッタはこの雰囲気が気に入ったんですか?」
「ふふ。はい、気に入りました。ワタルには分かり辛いかもしれませんが、獣人がこれだけ沢山居て、こんなに楽しそうに働いている場所は珍しいんですよ。獣王国くらいかもしれません」
「……ああ、なるほど」
楽しそうにしながらも少し悲しそうに教えてくれるクラレッタさん。
人間至上主義のことだろう。
ラティーナ王国やパレルモ、ブレシア王国も、そしてこのアクアマリン王国も獣人差別は少ない国だ。
でも、基本的に人間が主体の国なのは間違いない。
獣王国には行ったことがないが、それ以外で獣人がこれほど集まって元気に働いている場所はなかなかないんだろうな。
「ご主人様もクラレッタもこの騒がしい中で何しんみりしているのよ。獣人が楽しく暮らせる場所が少ないなら増やせばいいのよ。ご主人様ならできるでしょ」
僕とクラレッタさんがしんみりしていると、話を聞いていたイネスが無茶なことを言いだした。
「ふふ、それもそうですね。ワタルなら可能ですね」
それに乗っかるクラレッタさん。
「イネス、良いアイデア」
「あら、夢がある話ね」
カーラさんとイルマさんまで乗っかってきた。
「いやいやいや、そんな無茶な」
「ワタル、できない?」
悲しそうな顔で僕を見つめるカーラさん。純粋なカーラさんのこの顔には弱いんだよな。まあ、カーラさんだけではなく女性全般に弱いんだけど……。
でもダークエルフのことやメンタルケア施設、なにより西の大陸のこともあるし、ここ以外にも獣人が安心できる場所を増やすとなるとさすがに厳しい。
資金面ならこれからも増えるであろう慈善事業費でなんとかなりそうだが、これ以上書類仕事の機会が増えたらストレスで精神を病んでしまう。
「……と、とりあえず、まずはここに集中しましょう。手を広げすぎてこの場所まで失敗してしまってはどうにもならないですから。そうですよね?」
迂闊に返事をしてしまうと、とんでもない苦労を背負いこみそうなので、どうにか現状維持を模索する。
「たしかにそうですね。目の前の幸せな光景に少し浮かれていたのかもしれません。まずは一つ一つしっかりと積み重ねていかないといけませんね」
僕の苦し紛れな言い訳にクラレッタさんが同調してくれた。
イルマさんが意味深に笑っているけど、まあイルマさんは現実をしっかり受け止めている人だから今回はからかっていただけだろう。
カーラさんはクラレッタさんの言葉もあり、そういうものなのかといった風に納得してくれたようだ。
「まずは町を見学しましょうか」
とりあえずこの場は乗り切ったし、変な話に発展しないうちに町の視察にくりだそう。
***
「ワタルさん!」
「ああ……ユールさん、お久しぶりです。こちらにいらしていたんですね」
町を視察していると、書類の束を抱え獣人の男達を引き連れた男性に声をかけられた。
名前が思いだせずに一瞬戸惑ったが、書類の束を持っている姿で思い出すことができた。
ユールさんは建築家のウィリアムさんのお弟子さんで、建築に関しては鬼になるウィリアムさんに情け容赦なく鍛えられているかなり優秀な人だ。
僕が突然獣人の町を造るなんて言いだしたことで、猛烈に忙しくなってしまったウィリアムさんに馬車馬のごとく働かされている可哀想な人でもある。
そういえば書類地獄の時に姿を見かけなかったが、こっちに派遣されていたのか。
前回会った時には心配になるほどクッキリしていた目の下のクマもなくなっているし、元気はつらつとして凄く充実しているように見える。
ウィリアムさんから物理的に距離が離れて、こき使われることが減ったからだろう。
「あの、ユールの旦那、ちょっといいか?」
ユールさんと話していると、一緒に居た獣人の一人がおそるおそると言った様子で会話に混ざってきた。
なんだかキラキラした目で僕を見ているけど、僕にそっち方面の趣味はないよ?
「ん? どうした?」
「さっきワタルさんって言っていたよな? もしかして、あのワタル様なのか?」
あのワタル様ってなんだ?
「ああ、そういうことか。そうだぞ、この人が施主のワタルさんで間違いないぞ」
「「「おお」」」
ユールさんの答えに、質問をした獣人だけではなくその周りに居た獣人達からも驚きと喜びが混ざったような歓声が上がる。
そして獣人達の火傷しそうなほど熱い視線が僕に集中する。
あれ? ちょっとまって、なんか他の獣人達も集まってきている。
口々に『ワタル様だ』とか『ワタル様がいらっしゃった』とか僕の名前が伝言ゲームのように周囲に伝えられていっている。
なんか恥ずかしいから止めて。集まらないで。跪かないで。拝まないで。
聞こえてくる沢山の感謝の言葉。
大半が奴隷から解放された喜びと感謝だが、それ以外にも毎日ご飯が食べられる喜びや、安心できる場所や働く場所の提供に対する感謝なんかも聞こえてくる。
要するに慈善事業費を大量投入した結果、集まってきている沢山の獣人達が救われ感謝してくれているということらしい。
慈善事業だし、それなりに評価されることは予想していた。僕は俗物なので感謝されることは嬉しいし、評価されることも嫌いではない。
だが同時に小心者のヘタレなので、拝まれたり注目されたり、過大な評価は苦手だ。
そもそも善意や義侠心から獣人達を助けたいと願った訳でもなく、大量に余っている慈善事業費を消費するために計画したことなので、純粋な感謝の言葉を聞くたびに微妙に心が痛む。
あと、初期工事は肉体労働がメインだからか、大多数が男の獣人なのも微妙だ。というか怖い。
「ご主人様、大人気ね」
「あはは、そうだね」
イネスの言葉になんとか返事をしたが、たぶん僕の表情は引き攣りまくっているだろう。
文化祭のような賑やかな活気に満ち溢れていた町が、今では狂信的な宗教の礼拝堂のように感謝と祈りに満ち溢れた町になっている。
そして教祖役は僕。荷が重すぎる。
まあ言葉を聞くと、かなり厳しい環境に居た獣人達を僕が解放した形なのでこの状況も理解できなくはないが、ポカンとしている商売にきている人や魚人の視線も痛い。
なんとかしなければ……どうやってなんとかすればいいんだ?
「ワタル。落ち着きなさい。まずは感謝を受け取ったことを示すの。そして町造りを応援していると伝えれば大丈夫よ」
あたふたしている僕を見かねたのか、イルマさんがアドバイスをくれる。そうか、そうすればいいのか。
「えー、みなさんの感謝は受け取りました。町造り応援しています。頑張ってください!」
僕の言葉に爆発的な歓声が上がる。よく分からないが、みんな立ち上がってやる気に満ち溢れた様子だし、宗教的な雰囲気も消えた。なんとかなったようだ。
「イネス。どうしたの?」
なんとかなってホッとしていると、イネスの呆れた表情が目に入る。
「イルマの言葉をそのまま伝えるのってどうなの? イルマも驚いているわよ?」
「えっ?」
イネスの言葉に驚いてイルマさんを見ると、苦笑いしながら頷いている。
「えーっと、何か間違えました?」
「間違えてはいないのだけど、少しシンプルだったわね。もう少し言葉を飾っても良かったと思うわ」
なるほど、演出が足りなかったということか。
イルマさん的には方向性をアドバイスしただけで、そのアドバイスに装飾を加えて場を盛り上げるのが僕の役目だったらしい。
言いたいことは分からないでもないけど無茶を言わないでほしい。そういうのは偉大な指導者とか英雄がやるべきことであって、小市民の僕ができることじゃないよね。
それにシンプルな言葉でこの盛り上がり。仮に演出が上手くいっていたら、もっととんでもないことになっていたんじゃないか?
読んでくださってありがとうございます。




