4話 商品選択
キャッスル号の船長室で西の大陸についての情報をカミーユさん達に伝えた。そして僕とイルマさんが翻訳しながらまとめ上げた資料を渡し、西の大陸に持っていく貿易品を選んでもらう。カミーユさん達一流の商人の全力の商品選択。どのような結果になるか分からないが、胡椒貿易の安定とは違う投機とも言える西の大陸での商売が少し楽しみだ。
カミーユさん達が商品の選別に夢中になってしまったので、僕達は久しぶりのキャッスル号で自由行動をすることにした。
大人数での移動は他のお客に迷惑になるので僕はイネスとフェリシア、そしてリムと一緒に船内を巡る。ペントはさすがにお留守番だ。
船内には豪華客船を楽しもうと煌びやかに着飾ったお客さん達が、男女問わず目をキラキラさせながら楽しそうに歩いている。
本来の仕様だと長旅に使用される豪華客船だから、TPOさえ守れば常に着飾っている必要はないのだが、こちらだと短期の宿泊だからかみんな全力でおしゃれをしているようだ。
偶に必死なおももちで船内を移動している人も居るが、たぶん雰囲気的に商人だな。豪華客船を楽しむよりも、豪華客船の商品を手に入れることに必死なのだろう。
この世界には色々な人種や種族が居るし、サポラビなんて変わったスタッフも居るからちょっとしたコスプレ会場に迷い込んだ気分になる。
それはそれで少し違和感があるのだが、やっぱり豪華客船は人が沢山居た方が本来の魅力を発揮できていると思う。
まあ、人が居ない豪華客船も、慣れれば独占気分で悪くはないけどね。
おっ、あれはフローラさん……か? なんだか少し雰囲気が変わった気もするが、約束通り専属にしたサポラビが一緒だから間違いないだろう。
私服だしプライベートっぽいけど、就職を斡旋した手前、ここでの生活に問題がないか気になるから声をかけるか。
「フローラさん、お久しぶりです」
「あら、ワタルさん、イネス、フェリシアさん、リムちゃん、お久しぶりです!」
声をかけると輝かんばかりの笑顔で返事が返ってきた。リムのことも忘れずに挨拶を返してくれるフローラさんが好感度UPだ。
「フローラさん、仕事の方はどうですか? 問題はありませんか?」
この笑顔を見ると仕事に問題はなさそうだけど、念のために確認しておく。
「問題なんてまったくありません。まあ、仕事ですから大変なこともありますが、ギルドに勤めていた頃と比べると幸せ過ぎて不安になります」
最後の方はよく分からないが、まったく問題がなさそうなのは分かった。
「あれ? ……フローラ、あなたなんだか綺麗になってない?」
僕に続いて幼馴染のイネスがフローラさんに話しかけるが、その内容が変だ。
フローラさんは元々美人さんだけど……おぉ、たしかにイネスが言うとおり綺麗になっている。
雰囲気が変わったように感じたのは、気のせいじゃなかったらしい。
「ふふー。分かっちゃった?」
自慢げに胸を張るフローラさん。綺麗になったという質問に、分かっちゃった? と答える度胸が凄い。
普通は謙遜するよね? あれ? こういう場合に謙遜するのって日本人だけだっけ?
「スタイルも良くなっているし、体幹もしっかりしているわ。これってエステだけの効果じゃないわよね? なにをしたの?」
僕が文化の違いに若干混乱している間に、イネスが質問を重ねる。
イネスの見立てでは、フローラさんは表面上だけではなく体の中から綺麗になっているらしい。
その秘密が分かれば、イネスとフェリシアは無論、アレシアさん達も更に綺麗になるかもしれない。
今更日本人の性格とかどうでもいいな。そんなことよりもフローラさんの美貌がマシた方法の方が百倍大切だ。
「うふふ、私の今の仕事はジムのインストラクターなのよ。あなた達なら知っていると思うけど、ヨガにエアロビ、色々な運動方法があって、それを教えるために自分で試していくと体つきが変わってきたの」
……冒険者ギルドの優秀な受付嬢がジムのインストラクターに転職。職種が違い過ぎないか?
それにしてもエアロビやヨガか。
運動は船の周囲の魔物の駆逐や戦闘訓練で十分だから、ジムはほとんど利用しないんだよな。盲点だった。
「……あれ? フローラさんの仕事ってもっと別な仕事ではありませんでしたか?」
たしか冒険者ギルドでの経験が生かせるような感じだったと思うんだけど……。
「マウロさんがレディースデイというイベントを始めたんです。その一環として私がジム方面を取り仕切ることになったんですよ。たしかワタルさんのアイデアだと聞きましたが、違いましたか?」
「ああそういえば前にマウロさんにそんな話をしましたね」
マウロさんから相談されて、そういったアイデアを提供した覚えがある。
なるほど、フローラさんの仕事が変わったのは僕が原因だったらしい。
「滞在が短期間なのでフォームを覚えるのが中心ですけど、美容に繋がるので皆さん真剣に講習を受けてくれるので、結構やりがいがあるんです」
でもまあフローラさんも今の仕事が充実しているようだし、結果オーライということにしておこう。
おっと、いつまでも通路で話していると邪魔になるな。
イネスは久しぶりにフローラさんと会ったんだし、別行動にするか。たぶんジムの情報を色々と仕入れてきてくれるはずだ。
それにしてもジムの効果って凄いな。
継続しないと意味はないのだろうが、僕達ももっと利用するべきかもしれない。
***
「うーん、こう言ってはなんですが、普通ですね。これで本当に大丈夫なんですか? 公爵の貿易記録にはもっと高価な物や貴重な物も運ばれていましたよ?」
久しぶりのキャッスル号を楽しんでいるとカミーユさん達に呼ばれ、この商品リストを手渡された。
内容を確認し思ったことは、普通だということ。この世界の人間ではない僕にでも理解できるほど普通な品物。ありふれた物ばかりだ。
カミーユさん達一流の商人である三人が選んだ品物に、Fランクの商人である僕がこんなことを言うのもどうかと思うが、もっと他に選択肢があると思う。
「ワタルさんがそうおっしゃられるのも分かります」
僕の言葉にカミーユさんが苦笑いしながら答えた。どうやら僕の反応も織り込み済みだったようだ。
「ということは、これらの普通の品物が選ばれたのには理由があるんですね?」
「もちろんです。説明は必要ですか?」
「お願いします」
たぶん真っ当な商人ならこの普通の品物の数々を見たら、これらが選択された理由が推測できるんだろうな。
だからカミーユさんも念のために説明が必要かを確認してきた。
まあその前に僕が理解できていないことを吐露しているから、あくまで念のためなんだろうけどね。
だって僕が真っ当な商人じゃなくて、なんちゃって商人であることはカミーユさんも理解しているはずだもん。
「これらの商品は異常な気候変動でもない限り、西の大陸では決して育たない植物になります。代用が可能ですし生きるために必要なものではないので胡椒ほどの利益は出ませんが、珍しさから注目が集まるのは確実ですし、少し高値が期待できる商品でもあります」
ふむふむなるほど、だから一般的な植物がリストに並んでいるのか。
考えてみると単純な話だな。
資料から推測するに、西の大陸は過ごしやすい気候なのが読み取れる。夏が灼熱地獄になる前の、昔の日本のような気候に近いのかもしれない。
そしてこの大陸は年中暖かな常夏のような気候。その差異が商売になるということだろう。
昔の日本だって南国フルーツがもてはやされた時代があったんだ。文明が滅びまくって発展が阻害されているこの世界だと、もっと貴重な品だと感じられるのかもしれない。
一瞬温室が開発されていたらとの不安が頭をよぎるが、おそらく問題ないだろう。
向こうの大陸の文明が滅んでおらず発展していたなら、情報も失われていないはずだから向こうからの接触があったはずだ。
それがないということは、少なくともその余裕がないほどダメージを受けているということ。
なにより創造神様の迷惑が一大陸だけに振り掛からないなんて、そんな優しい結末なんてあり得ないと確信できる。
神々にも貴族にも民衆にも等しく迷惑。それが創造神様だと僕はちゃんと理解している。
だから、かなりの技術と費用が必要になる温室が開発されていることはないだろう。
小規模な温室が存在する可能性はゼロではないが、商売に影響するほど大規模な温室はありえないと考えてもいい。
そう考えると、カミーユさん達の選択は間違っていないな。
「このリストに載っている品物はかなり厳選した商品ですが、その中でもリストのこの部分がポイントです。この部分は非常に痛みやすい果物のリストなのですが、ワタルさんならば高品質のままに届けられますよね?」
船召喚の能力も織り込み済みの選択ってことか。
仲間になった後、スタッフ任命の時にちょろっと船召喚のことを教えただけなのにしっかり把握して利用できるのが凄い。
僕がカミーユさんの立場だったら聞いていても多分すぐに忘れて、利用しようとすることさえ思いつかないだろう。
カミーユさんの話を聞いて納得はできた。
僕は特別な貿易なのだから特別な商品が必要だと思っていたが、なんでもない商品を大陸間の差異を利用して価値がある物に変える。
ここが商人としての腕の見せ所だったのだろう。
特別な商品ではないから品物の値も安い。リスクも最小限で未知の大陸での商売に乗り出せるのもポイントだ。
聞いてみれば完璧なセレクトだということが理解できる。ただ一点、僕の都合を除いては……。
「へー。これなら大抵の商品がすぐに揃うわね。カミーユ、どれくらいで揃えられるの?」
同じようにリストを見ていたアレシアさんが、僕が恐れている内容を気軽にカミーユさんに尋ねる。
「一応、ワタルさんに確認してから発注と考えていましたが、既に関係のある店にある程度話は通してあります。おそらく明日、遅くとも明後日には揃えることが可能ですね」
優秀だ。優秀だからスカウトしたんだから優秀なのは分かっていたが、この時ばかりは優秀な人材を引っ張ってきた自分に文句を言いたくなる。
「それなら一日余裕をもって、明々後日に出発ってところかしら? ワタル、それでいいわよね?」
「……はい」
仕入れるのが難しい商品を揃えながらゆっくり船旅計画が一瞬で崩れてしまった。
簡単に商品が手に入ると、書類仕事が急接近してしまうから別の商品でお願いしますってのは……さすがに許されないよね?
うん、僕以外の誰もが西の大陸のことを考えてワクワクした表情をしている。この状況でそんな馬鹿なことは口走れない。
僕だって西の大陸には興味津々だから気持ちは分かるんだけど……鬱だ……。
***
「もうすぐアクアマリン王国に到着ね」
アレシアさんが嬉しそうに話しかけてくる。
「そうですね、もう到着してしまいますね」
キャッスル号を出発したばかりの気分なんだけど、残念なことに遠目にアクアマリン王国が見えてしまっているから、僕の気分が間違っているのだろう。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまう。
そして嫌なイベントは全力疾走でやってくる。
逃れることはできないのだろうか?
読んでくださってありがとうございます。




