2話 羨まけしからん! だけど……
ダンジョンを警戒しての待機中、イルマさんの色っぽいお願いに即断で手伝うことを決め、翻訳作業を頑張っていると西に大陸があるという記述を発見した。どうやら西の大陸についての情報は断絶しているようで、妖艶なイルマさんが可愛らしく大興奮していた。眼福だ。
うわー、こいつムカつく。
西の大陸についての記述を探しつつの翻訳作業。
資料の半分ほど読み進めていくつか西の大陸についての記述は発見したものの、詳しい場所やその大陸についての情報は書かれていなかった。
イルマさんが言うには、貿易の商品の記述からその土地のことがある程度推測できるそうなので、まったく無駄という訳ではないのだが飽きてきた。
そんな中、一冊の本というか……公爵家当主の日記を発見。
他人の日記の盗み読みは趣味が良いことではないが、古い日記の場合は歴史的な資料ということで問題ない。
日本でも平安時代とか戦国時代の日記を解読して、その時代の文化を研究していたはずだし、これも研究のためだもんね。
ちょっとした罪悪感を研究というお題目で誤魔化し、他人の日記を読むという背徳感にワクワクしながら日記に目を通し、ものすごいムカつきに襲われる。
なんだこいつ、どこの華麗なる一族さんですか?
あぁ、公爵家の御当主様だった。
日記なので誇張する意味もないし、本人としても自慢の意図すらないのだろう。
……ということは、この日記に書かれていることは特別なことでもなく当主にとってはただの日常。
……数多くの美女に囲まれ、美酒美食の贅沢三昧。あれが美味しかった、どこそこから運ばせた食材は珍味だった。
素晴らしい美女を側室にした。貴族を集めて大規模なパーティーを開催した。暇だったので嫁と側室を集めてムフフなことをしてみた。
他にも数々の楽しそうな記述の数々。
普通、偉い貴族でもそれなりに悩みがあってしかるべきなのだが、この公爵は絶対的な権力を確立していたのか、ストレスフリーでお楽しみな毎日を送っている。
……これが日常?
羨まけしからん!
「ワタル。挙動不審だけど、何か分かったの?」
「あ、いえ、特に重要な情報は見つかってないです」
いかん、この公爵、日記なのに文章が絶妙に上手くてムカつきつつも引き込まれてしまっていた。
さすがにこの内容をイルマさんに説明するのは憚られるし、一応翻訳だけはしておいて内容は封印することにしよう。
だって、ほぼ官能小説なんだもん!
「そう、大変だと思うけど、ワタルが頼りなんだから頑張ってね」
「は、はい、頑張ります」
とりあえずこの官能小説、いや、日記を挙動不審にならないように最後まで読み進めよう。
……ん? 微妙に内容に陰りが出てきた。
なるほど、どうやらこの当主の時に魔王が暴れはじめたらしい。
最初は海神の神器があるから余裕みたいなことが書かれていたが、次第に悩みや深刻な状況が書かれることが増えてきた。
海神の神器があるとはいえ、人魚から奪った神器。奪った初代は使いこなせていたが、子孫は神器の性能を生かしきれていない。
それでも強力な力を持っていて得意絶頂だったのだが、今回の相手は魔王。中途半端にしか使えない神器ではどうにもならないようだ。
人魚から大切な神器を奪った人間の子孫だし最初はざまぁと思っていたが、暗い文章が続くと同情してしまう。
この公爵、色々と羨ましいことしまくってはいるものの、公爵としての責任感は持っているようで、民や部下をどう守るかで苦悩している。
悪い奴ではなかったらしい。
無事に守り切れること願いながら読み進めるが、状況は悪くなるばかり。
考えてみればそれも当然だ。だって海神の神器や財宝、この日記も城ごと海に沈んでいた。なんとかなったのであれば、城はともかく財宝や神器は持ちだしているはず。
そうならなかったということは……。
「うぅ、公爵、あなたは頑張ったよ。ぐすっ、最初は気にくわない奴だと思ったけど、立派に務めを果たした。そう、務めは果たしたんだ。だから、ゆっくり眠ってくれ……うぅ……」
公爵は苦悩しながらもできることを続け、自分の領地の民衆や家族を自分が所有する船に乗せて西の大陸に逃がした。
向こうでもできるだけ苦労しないように食料とお金を渡して。
そして自らは兵と共に魔王に抵抗を続ける。
公爵もいよいよとなったら脱出して自分も兵と共に西の大陸に逃げる準備はしていたのだが、この日記が突然途切れ城には財宝と神器が残された。
まだ滅ぶには少しだけ余裕がありそうな場面での突然の断絶。たぶん、魔王から奇襲でもくらって逃げる暇もなく城ごと海に沈んでしまったのだろう。
「ワタル。ちょっとワタル」
「あっ、イルマさん、どうしました?」
「どうしましたじゃないわよ。ほら、顔を拭きなさい。涙と鼻水で酷いことになっているわよ」
おうふ、感情移入し過ぎて涙腺が崩壊していたようだ。
イルマさんから渡されたハンカチで顔を拭うとあっという間にびちゃびちゃになる。どれだけ泣いていたんだ?
「それでワタル。その本にはワタルがそんなになるようなことが書いてあったのよね。どんな内容だったの?」
聞いちゃう? イルマさん、それを聞いちゃうの? ならば聞かせてあげましょう。一人の偉大な男の生きざまを。
「……ねえ、ワタル。私も公爵は偉大だと思うわ。最初の方はどうかと思ったけど、立派に務めを果たした人だと思う」
うん、そうだよね。
本当なら前半の官能小説部分は語るつもりはなかった。だが、僕はあえて語ることにした。
前半の優雅な生活。この部分を知ることによって、後半の公爵の生きざまが輝くからだ。
現にイルマさんも公爵を認め、少し涙ぐんでいる。
平時は享楽にふけりながらも、いざとなれば命がけで民や家族を守りぬいた漢の生きざま。憧れすら抱く。
「それでね、ワタル。少し気になったことがあるのだけど……」
「なんですか? なんでも聞いてください」
僕がしっかり理解できるように、何度でも説明してあげます。
「気のせいでないのなら、民衆の脱出ルート選定の場面で、西の大陸へのルートが詳しく、しかも何通りも書かれていなかったかしら?」
「…………書かれていましたね」
うん、間違いなく書かれていた。だって、民の今後のことを考えて何通りものパターンを考察した場面を僕は称賛しながら説明したもん。
すっかり公爵の人生に魅了されて、本来の目的を綺麗サッパリ忘れていた。そうだった、西の大陸の詳しい場所を調べていたんだった。
目的、達成してるじゃん!
***
「という訳で、ワタルが翻訳してくれた資料に西の大陸についての存在と、その場所の記載を発見したわ。航海の期間は片道で約二ヶ月。南の大陸よりも遠いけど、ワタルの船ならもう少し早く到着するでしょうし十分に探索は可能ね」
船召喚の船は魔物も気にしなくてすむから速度も落ちないし、水も食料も気にしなくていい。その上で帰りは自動操縦も使える。
海神の神器の恩恵を受けた古代の魔導船と比べても、こちらの方が条件には恵まれているはずだから問題はないはずだ。
そして、そのことをアレシアさん達も理解している。
そうなるともう決まったようなものだ。
現にアレシアさん達の顔は好奇心で輝いている。
新たに発見された……訳ではないが、古代に関係と情報が失われた未知の大陸。
そんな新発見にワクワクしないようでは冒険者とは言えないだろう。
「ワタル。西の大陸に冒険よ! 力を貸してね!」
「もちろんです」
というか、アレシアさん達が行かなくても僕は行くつもりだった。
「じゃあさっそく出発よ!」
「アレシア、落ち着きなさい。ダンジョンのこともあるからすぐに出発は無理よ。それにワタルは獣人の村のこともあるでしょ。いきなり何ヶ月もこの大陸を離れて大丈夫なの?」
僕もよし、行くぜって気持ちだったのだが、冷静なドロテアさんのツッコミで現実の問題を思いだす。
そういえば色々と抱え込んでいる問題があったんだった。
「ダンジョンについてはどうしようもないから、しばらく様子をみて急な変化がなければ問題ないと考えるしかないわね。見張りを継続していれば酷いことにはならないと思うわ」
イルマさんがダンジョンについての見解をのべる。たしかに更地にでもしない限り、様子見が無難だろう。
となると、獣人の村か。
いずれ様子を見に行くことは考えていたが、今のタイミングでアクアマリン王国に行くと確実に書類地獄が待ち構えているから、様子を見に行くならもう少し先がいい。
商売の神様との契約があるからそう変なことにはならないし、村の建設初期の一番忙しい部分を丸投げできているこの状況を崩したくない。
書類地獄から逃げられないにしても、一番忙しい時期の地獄と、ある程度落ち着いた時期の地獄では厳しさが違う。
ここは慎重な判断が求められる場面だ。
とはいえ下手したら半年や一年かかる可能性もある新大陸の探索。それだけの期間獣人の村を放置というのも微妙だ。
あっ、それだけ長期間の旅路になるなら創造神様達のおもてなしも済ませておいた方が良いだろう。
新しい豪華客船に神様達も興味津々だろうし、放置していたら大変なことになりかねない。主に創造神様のワガママによって……。
「たしかにすぐに出発は無理ですね」
「「えー」」
僕の判断に二人が悲しみの声を上げる。
一人はアレシアさん。もう一人はイネスだ。二人ともギャンブルに熱くなるタイプだし好奇心も強い。意外と似ているのかもしれない。
いや、アレシアさんは立派にAランクの冒険者パーティーをまとめ上げるリーダーだし、ギャンブルが原因で身売りしたイネスと一緒にするのは失礼か。
「ご主人様、なんでそんな悲しい目で私を見ているの? なんだかとっても不愉快だわ」
「……なんでもないよ。とりあえず、出発は何ヶ月か先になります。どうせなら貿易もしたいですし、イルマさんは資料から交易品の割り出しをお願いします。あとでカミーユさん達にも相談することにしましょう。他の方達もイルマさんに従って、西の大陸への準備を進めてください」
「あっ、それなら私はワタルから言葉を習いたいわ。向こうでワタルに全ての通訳をお願いするのも大変でしょ?」
「……声に出して読めば、なんとかなると思いますが、こちらでも言葉が変わったように向こうも言葉が変わっているんじゃないですか?」
創造神様の被害がこの大陸だけで収まるなんてありえない。創造神様のことだからまんべんなく被害をまき散らしているはずだ。
「それならそれで資料を読み解く助けになるから構わないわ」
「そういうことでしたら僕も構いません」
最近の傾向からあまり色っぽい展開は期待できないが、それでも美女との二人きりの時間を逃がすほど僕は枯れていない。
さて、冒険は先延ばしになってしまったが、楽しみが先にあるのは悪いことじゃない。新たな大陸を楽しみにして、問題なく楽しめるように準備を整えよう。
でも……できれば書類地獄からは逃げだしたいな。
読んでくださってありがとうございます。




