8話 温泉の村
臨時の雑貨屋をついに開店した。冷凍庫に関して少し問題があったが、それ以外は問題なく初日の営業を終えられた。まあ、ダークエルフ達が買い物に不慣れ過ぎて、店内が図書館のような雰囲気になっていたが、そこは追々慣れて落ち着くだろう。
「あー、ここでもやっぱり静かに買い物するんだね」
丘の上の村で臨時の雑貨屋を開店し最初はしばらくようすを見るつもりだったが、結局は温泉の村にもすぐに雑貨屋を開店することになった。
別にダークエルフ達から温泉の村にも店を開いてくれと要望があった訳じゃないんだけど、わざわざ温泉の村からこの村まで買い物に来るダークエルフ達を見ると、僕が居たたまれなくなってしまったのが理由だ。
まあ、一度やった作業だったから簡単に準備はできたから構わないんだけど、温泉の村でも店内が図書館みたいな雰囲気になってしまった。
「何人も丘の上の村に買い物に来ていましたので、そこで学んだのでしょう」
なるほど、間違った知識が間違ったまま別の場所に伝わるパターンか。宗教や噂話ではよく聞く話だけど、店でのマナーにまで適用されるとは思わなかったな。
「まあ、楽しそうだから良いんじゃない? ご主人様は難しく考えすぎなのよ。だいたい、丘の上の村でだって、店では静かだけど外では騒いでいるじゃない。あれがダークエルフの楽しみかたなのよ」
「そんなものなのかな?」
割と適当に聞こえるイネスの言葉だけど、妙な説得力を感じる。
たしかに店の外では騒いでいるんだよね。何を買ったとか、あれが欲しいとか、色々と楽しそうではある。
それに、子供達も妖精達もお手伝いに燃えて、村中を走り回っている。
子供達や妖精にとってお金という物質が菓子の引換券のような扱いになっているが、どれだけあればどれほどのお菓子が手に入るか真剣に考えているようなので、お金についての理解も少しは深まっているだろう。
うん、イネスの言う通り、丘の上の村のようになるのなら少しくらい変だったとしても悪くない気がしてきた。
なら、このまま問題なく営業を続けることに力を注ぐべきだな。温泉の村の雑貨屋の責任者も真面目な人達だけど、まだまだ不慣れな様子だから僕達がフォローしないいけない。
しっかり働いて、閉店後はたっぷり温泉を楽しもう。
***
「ふー。船でもお風呂に入れるけど、やっぱり温泉は気持ちがいいねー」
さすが女神様達も気に入ってくれた温泉。一日の疲れがお湯に溶けていくようだ。
「はふー。そうですね、海底でもお湯が沸き出る場所があって気持ちが良いのですが、地上の温泉も素敵ですー」
海底に湧き出すお湯。海底温泉があるのか。人魚に変化できる神器が手に入ったんだし、海底で温泉を満喫するのも楽しそうだな。
「……って、アンネマリー王女! ここ、一応男湯なんですけど!」
独り言に返事があったことにも驚いたが、まずアンネマリー王女が一緒に温泉に入っている状況に一番驚いた。
あれ? 今日はイネスやフェリシアとも別れて一人で温泉に入ったはずだよね?
ヤバいよ。幼女と一緒にお風呂なんて、身内でもなければ犯罪臭しかしない。
「ちゃんと水着を着ていますから大丈夫ですよ」
そういう問題だろうか?
温泉の村にも雑貨屋を開店ということで、どうせならとアンネマリー王女達も誘ってレンジャー号で温泉の村にやってきた。
王女達も温泉を気に入っているので温泉に入っているのは問題ない。でも、水着を着ていても王女が男湯に入ってきたら駄目だろう。
……駄目だよね?
というか、村人の目もあるしアンネマリー王女達も一緒だからと、泣く泣く混浴は諦めたんだ。
……なのに、なぜか幼女と一緒にお風呂に入っている。なにかがおかしい。
そもそも、なんで水着を持っているの?
「えーっと、アンネマリーの姿が見えないとレーアさんが心配しませんか?」
「? レーアにはワタル様と一緒に温泉に入ると伝えてきましたよ?」
不思議そうに首を傾げるアンネマリー王女。うん、報連相は大切なことだし、ちゃんと伝えてきたことは偉い。
問題はレーアさんだな。なぜ止めない。
ん? まてよ、アンネマリー王女が許されるのであれば、もしかして僕も女湯に行くことが許される……訳ないよな。
突然の幼女の乱入に、どうやら動揺しているようだ。別に僕はロリコンではないし、やましい気持ちがある訳ではないから平気なはずなのだが酷く落ち着かない。
大丈夫だよね? 捕まらないよね?
……できれば女湯に戻ってほしいのだが、アンネマリー王女はプカプカと温泉に浮いているリムやペントと遊びはじめてしまった。こうなってしまうと追い出すのもしのびない。
どうしよう?
***
「「ぷはー」」
うん、湯上りのキンキンに冷えたビールは最高だ。さすがにアンネマリー王女にビールはまだ早いのでコーヒー牛乳だが、ここ数日で温泉上がりの一服に慣れたのかなかなか堂に入った飲みっぷりだ。
温泉では一瞬挙動不審になってしまったが、ここは異世界。捕まる訳がないと開きなおってアンネマリー王女とリムとペントで騒ぎまくった。
時間制で貸し切りにしてもらっていなかったらマナー違反で追い出されそうなくらい騒いだから、ビールがとても美味しい。
温泉上がりのビールを堪能していると女湯から女性陣が出てきたので、僕は素早く用意しておいた缶ビールを配る。
こういうところで気が利く男を演出して好感度を稼ぎつつ、ついでに湯上りの美女達を間近で堪能できるという一石二鳥の素晴らしい貢物だ。
アレシアさん達の湯上りホカホカな姿は何度も見たことがあるが、何度見ても飽きない素晴らしさだよね。
上気した頬がとても色っぽい。
「私はまだやることがありますのでお気持ちだけ頂いておきます。姫様、髪を乾かしますのでこちらに」
順番に缶ビールを手渡していくが、レーアさんにはお仕事が残っているからと断られた。
仕事熱心なのは良いのだけど、それならアンネマリー王女を一人で男湯に派遣しないでほしかった。
せめて一緒に男湯に来てくれたら、レーアさんの入浴シーンが見られたのに……まさかアンネマリー王女を一人で派遣するのもお仕事の内だなんて言わないよね?
僅かな疑問を抱いている間にレーアさんがアンネマリー王女を連れて部屋に戻り、アレシアさん達はビールを飲んで一息ついたことで、周囲が穏やかな雰囲気に包まれる。
お風呂上りの火照った体を冷たい飲み物と夜の風で冷ます。豪華客船も快適だけど、こういう自然に包まれた時間も悪くない。
温泉の前に設置されたベンチに座り、缶ビールを飲みながらボーっとした幸せな時間を過ごす。
あとは、近くに繁華街でもあれば温泉地としては文句なしかな? お土産物屋や射的、屋台なんかが並んでいる場所を浴衣でカランコロンと歩きたい。
昔ながらの温泉地をここに再現できたら面白いかもしれないな。でもそうなると店員はダークエルフか人魚ってことになる。なんだかミスマッチだ。
「それにしても、この温泉の建物だけやけに立派よね。あきらかに丘の上の村の村長の家よりも立派なんだけど、フェリシア、なんでこんなことになっているの?」
ボーっとしているとドロテアさんが、フェリシアに話しかけた。
たしかにドロテアさんの言う通り、この温泉の建物だけかなり立派なんだよね。他に宿泊施設もあるんだけど、それは他の家を大きくしたような素朴な建物だし、温泉の建物だけが浮いている。
僕が造った一枚岩の湯船は露天風呂として活用されているが、それ以外に男湯と女湯も内湯で造られている。
休憩スペースも用意されているし、なにより建物自体が立派だ。太くて頑丈そうな木材が使われていて、僕の印象としては神社に似ている造りになっている。
最初はただ大きいだけの建物で、男湯と女湯も分かれていないある意味素晴らしい温泉だったのだが、来るたびに温泉だけが進化している気がする。
まあ、施設が立派なのは快適だから良いのだけど、男湯と女湯をハッキリ分けてしまったのはいただけない。
フェリシアがフェリーや豪華客船の設備を参考にアドバイスしたそうなのだが、ハッキリと区分けしてしまったことでラッキースケベの可能性が潰えてしまった。
罪深い行いだ。
そんな罪深いフェリシアが、なんてことないようにドロテアさんの質問に答える。
「村の皆が温泉を気に入ったのが一番の理由ですが、ご主人様が温泉は素晴らしい、温泉は良いものだと皆に何度も話したので、そんなに良い物なら立派な建物が必要だろうとも考えたようです」
とても単純な理由で立派な施設が造られていた。それでいいのかダークエルフ。あと、僕の影響力が大きくてちょっと引く。
自分で言うのもなんだが、僕はダークエルフ達の恩人という立ち位置に居る。
だからダークエルフ達も結構チヤホヤしてくれて、それはそれで悪くない気分になるのだけど、それが影響して立派な施設まで造られてしまっては困る。
あとでフェリシアにあまり僕の言動に左右されないように言っておこう。
基本的にその場の勢いで発言しているので、冗談で言った内容まで気がついたら実現していた! なんてことになりかねない。
「あれ? そういえば森の女神様を祭る神殿を造るって言っていたよね。温泉を立派にするよりも先に神殿を建てるべきなんじゃないの?」
森の女神様からの手紙をみて狂喜乱舞していたし、ダークエルフなら森の女神様の神殿を造ることに全力を傾けそうだよね。
「ご主人様。森の女神様の神殿はすでに森の中に完成しています。森の女神様は華美を好まれないと伝わっていますので祠のような小さな神殿ですが、皆、ちゃんとお祈りに行っていますよ」
「あっ、そうなんだ」
知らなかった。
パレルモの神殿が凄まじく豪華だったから、神殿は総じて立派な物だと認識していた。さすが森の女神様、こっちの方がカッコいいからと自分の石像を大人バージョンで下げ渡したりする創造神様とは違うね。
「お伝えしたはずですが?」
そんな話を聞いた記憶が有るような無いような気がする。たぶん、僕が邪な事でも考えている時に伝えられたんだろうな。正直、記憶がない。
「えーっと、じゃあ僕もお参りすることにするよ」
豪華客船には聖域化した教会があるけど、それはそれ、たまには森の女神様だけに祈りを捧げるのも悪くないよね。
読んでくださってありがとうございます。




