7話 厳戒態勢
村長の家に臨時の雑貨屋を早期開店するため、子供達に監視されながら準備をおこなった。実験的な試みになるが氷冷式冷蔵庫も導入できたし、店の責任者になるアニータさんとベルタさんも頼りになりそうなので良い店になりそうだ。
「という訳で、一晩で氷はある程度溶けてしまいましたが、冷蔵庫の中は冷たいままでした。更に暑くなる昼間でも定期的に水を凍らせれば問題ないと思います」
「なるほど、それなら使い物になりそうですね。お二人ともありがとうございます」
開店当日の朝、アニータさんとベルタさんから冷蔵庫についての報告を受ける。
昨日、冷蔵庫の経過観察をどうするか相談していたら立候補してくれたので任せたのだが、二人で協力しながら細かく経過を観察してくれていた。
子供達を抑えるのに適していて頼りになりそうだとは思っていたが、それに加えて真面目で優秀な人達だったらしい。人妻なのが本気で悔やまれる。
「ただ、冷凍庫の方は少し難しいかもしれません。朝方になるとアイスが半分ほど溶けていました」
うーん、冷凍庫の方は上手くいかなかったか。それでも半分程度は形を保っていたのなら、他の冷蔵庫よりかは冷えているんだろう。
アイスは無理でも肉や魚ならある程度は長持ちするようになりそうだ。しばらくは実験的に使用して、便利な使い方を模索してもらおう。
「あの、今回は実験を兼ねていましたので朝まで魔術を使用しませんでしたが、夜中に一回か二回ほど魔術で凍らせればアイスの保存も可能かもしれません」
早々にアイスの保存を諦めていると、ベルタさんから新たな提案があった。でも……。
「提案はありがたいのですが、それでは夜中に何度か起きることになります。大変ですのであまりお勧めできません」
日本でなら睡眠が不定期になってしまう仕事があることも理解している。でも、このファンタジーな世界で、命の危機がある訳でもないのにそれはやり過ぎだろう。
この穏やかで平和なダークエルフの島に、社畜は似合わない。
「二度で済むのなら私とアニータが一度起きれば済むことですし、一度で済むのなら私とアニータで一日交代に管理すれば良いだけですので、それほど大変だとは思いません。それ以上の回数が必要なのであれば、諦めます」
アニータさんも頷いているし、僕達が来る前に対策を話し合っていたのかもしれない。
「えーっと……そこまで無理をしなくても大丈夫ですよ、元々が成功すれば儲けものな実験ですので、使えなくても大丈夫なんです」
真面目な二人としては不満かもしれないが、実験に失敗はつきものだ。
それに良く冷える冷蔵庫としては使い道があるのだから、完全な失敗作という訳でもない。十分な成果だ。
「いえ、是非とも島にアイスを導入したいんです!」
おおう、ベルタさんの情熱がハンパ無い。
「そんなにアイスが好きだったんですか?」
「はい。……いえ、無論アイスは好きですが、この暑い島でのアイスは島の皆の助けになると思うのです。ですから、少し頑張れば導入できるのなら頑張ってみたいのです。駄目ですか?」
おうふ。人妻の上目遣いは中々の破壊力だ。
「あぁ、たしかに暑い中で食べるアイスは最高よね」
イネスが会話に入ってきた。わざわざ冷房が効いた船室を出て、デッキで風に吹かれながらアイスを食べるのが好きなイネスには共感できる部分があったようだ。
まあ、島の作業は肉体労働も多いから、アイスが助けになるのも理解できる。
「分かりました。では、冷やすのが二度以内に収まる場合はその方向でお願いします。無理だったら諦めてくださいね」
目の下にクマを作った美人な人妻とか見たくない。
「「はい!」」
やる気十分な返事が逆に心配になる。無理をしていないか定期的に確認するように村長さんに頼んでおこう。
「ワタル。話が終わったなら、そろそろ開店しない?」
こちらの話が一段落ついたのを見計らって、アレシアさんが話しかけてきた。どうやら少し焦っているようだ。
「開店時間は決めていませんので、そんなに急がなくても大丈夫ですよ」
アレシアさんが黙ったまま窓の外を指す。
なんだ? と思い窓の外を覗いてみると……行列ができていた。なんか村長さんが張り切って列の整理をしているけど、それは村長の仕事ではないと思う。
あぁ、なるほど。行列の整理と共にお金を渡しているようだ。あのお金で買い物をするんだな。
それにしても、凄い人数だ。さすがに人魚達は並んでいないが、あきらかにこの村の住人の数を越えている。温泉の村からも人がきているのだろう。
仕事はどうした?
「えーっと、なんでこんなことに? あと、仕事は大丈夫なんですか?」
開店の話は村に周知されていたが、それにしても並び過ぎだろう。
「ダークエルフの村にはお金を利用するお店なんてありませんでしたから、みんなこのお店を楽しみにしていたんです。仕事の方は早朝に終わらせられるだけ終わらせているはずですので、心配いりません」
予想以上に買い物準備が万端だ。
なるほど、店という存在を知ってはいても、その店が自分の村には無かった。仮店舗とはいえそのお店が村に作られたからテンションが上がっているってことか。
地元に有名ブランドが出店した感じかな?
初営業は大繁盛間違いなしだな。
「あまり待たせても悪いですし開店してしまいましょうか。アニータさん、ベルタさんが中心ですので頑張ってください。アレシアさん達も、お手伝いよろしくお願いします」
「「「はい」」」
美女達の元気の良い返事と共に、臨時雑貨店が開店した。
***
……なんて言えばいいのか、思った以上に平和だ。
買い物に慣れていない住人が集まっているので、てっきり激安スーパーのタイムセールやバーゲンのごとく大混雑になると思っていた。
でも、目の前の光景はまったく違う。
みな緊張した様子で静かに商品を見つめ慎重に商品を吟味し、それぞれが欲しい商品を選んでいる。
なんだか図書館の中のような雰囲気だ。
これで買い物が楽しいのか? と疑問に思わないでもないが、静かに見えつつも独り者は真剣にどの商品を購入するか悩み、家族で来ている者達は静かに視線での戦いが繰り広げられている。
これはこれで楽しんでいる様子なので構わないだろう。いずれ、慣れたら騒がしくなるはずだ。
みんなが静かなので店内を観察する余裕がある。
面白いのはやはり化粧品コーナーとアルコールコーナーだ。
静かながら、夫婦間でバチバチと視線でやりあっている。
最初はフェミニストとして僕は女性側を応援していた。でも、今では熱心な男性側応援者だ。
……だって、悲しいくらいに男性側の勝率が低いんだもの。同じ男として身につまされるものがあり、亭主関白を実現している男がいないものかと切望している。
偶に男性側が勝利することもあるが、それはただのラブラブカップルで見ているだけで砂糖を吐きそうになる。
どこかに男性側の希望の星は居ないのだろうか?
結局希望の星は現れずに終わってしまった。女性のお尻に敷かれるのが上等な僕としても悲しい結果だ。
……なんだかテンションが下がってしまったが、今は無事に開店初日を終えられたことを喜ぼう。
「あれ? そういえば子供達や妖精達が来ていなくないですか?」
あの騒がしい存在なら図書館の雰囲気を漂わせていたとしてもかまわず騒ぐはずだから、絶対に来ていたら気がつくはずだ。
「ああ、それでしたら今から来ますよ」
ベルタさんがなんてことないように教えてくれる。
「今から? 分けていたんですか?」
人がはけて終わったと思っていたが、最後に強敵が残っていたようだ。
「はい、そのまま連れてくると騒ぎになると思いまして、村で話し合って対策しました。あの子達は騒がしいですからね」
アニータさんが他人事のように騒がしいと言っているが、その騒ぎの中心に居る子はあなたの息子さんです。
「でも、集団になった方が騒がしいのでは?」
それぞれが親の管理下にあった方が統制が効くと思う。
「大丈夫です。心配いりません。あっ、来ましたよ」
ベルタさんの声に店の入口を見ると、子供達が両親らしき存在に手を引かれて中に入ってきた。
なるほど、自分達の買い物を終わらせてから、子供達の監視に全力を傾ける計画だったのか。
先に来ていたのは下見や、子供達に買い与える商品の選別な面もあったのかもしれない。
「あっ、母ちゃん!」
「アルミロ、静かにするように教えておいたわよね?」
「うっ」
静かに威圧するアニータさん。威圧されてビビるアルミロ。
「おかしー、おかしー」
「チーロ。お菓子は三つまでです。真剣に選ばないと後悔しますよ」
「うっ」
お菓子に目を輝かせている息子に、忠告というかプレッシャーを与えるベルタさん。言っていることは間違いないのだが、もはや脅しな気がするのは気のせいなのだろうか?
あと、とてつもなく誤算だったのは、アニータさんとベルタさんの夫婦がラブラブカップルだったことだ。
アルミロ達にプレッシャーを掛けながらも、旦那さんと目と目で通じ合っていて、とても羨ましい。
僕も美女に囲まれているんだから、いずれはあんな風にとも思うが……お金で買った女の子と、豪華客船の魅力で繋ぎとめているような女性達だからな……深く考えると自分の下種さが際立つ気がするから、目を逸らすことにしよう。
色々な事から目を逸らし、妖精達が集まっている場所を見る。
「そこ、列を乱さない。減点されると買えるお菓子が減りますよ!」
こちらはこちらでなんだか体育の授業みたいになっている。整列させることと、減点=お菓子の減少は、豪華客船での船旅中に学んだ方法だろう。
普段は自由奔放な妖精達も、目の前のお菓子が買えなくなるとなると割と言うことを聞いているようだ。
難敵だと思っていた子供と妖精も問題はなさそうだ。
でも……思っていたのと違う。
僕の想像では昔の雑貨屋兼駄菓子屋のような店になって、少し騒がしいながらも子供達が和気あいあいとしているほのぼのとしたお店になるはずだったのに……。
……まあ、店があることに慣れたら、僕が想像したような店になると信じよう。規律正しいのも、店側としては楽だもんね。
読んでくださってありがとうございます。




