2話 人魚達のお引越し
アクアマリン王国での町づくり、ベラさん達の引っ越し、迷いの山のダークエルフの移住などなど、思った以上に大変になった船旅を終えてダークエルフの村に戻って来た。町造りが予定通り丸投げできれば楽だったのに……。
「幸せだなー」
『……しあわせ……?』
「そう、リムと遊ぶのが楽しくて嬉しいってことだよ」
『……りむもしあわせ……』
……ヤバい。リムが可愛すぎて鼻血が出そうだ。
ダークエルフの島に戻ってきた翌日、僕はリムと一緒にシャトー号の一室でのんびり遊んでいる。
昨晩の宴会も楽しくなかった訳じゃないけど、僕にはこういうのんびりした時間の方が合っているのだろう。
無論、昨晩の宴会みたいな雰囲気も嫌いじゃないけど、パーティーピーポー的な気質を持っていない僕としては偶にで良いと思う。
ここしばらくは移住の為にダークエルフ達や妖精達が乗船していて、良い意味でも悪い意味でも騒がしかった。
数日以内にはダークエルフ達も妖精達もダークエルフの島で生活するためにシャトー号を下りるし、またこの船も静かになるだろう。
今の内に賑やかな船内を楽しんでおくのも良いかもしれない。妖精達に絡まれた時用のお菓子は忘れずに持っていかないとな。
「リム。お散歩行こうか」
『……おさんぽ……いく……』
お散歩にテンションが上がりポヨンポヨンと飛び跳ねるリム。可愛い。
さて、まずはどこに行こう。
……そうだな、まずはペントの様子を見にプールに行くか。
***
うん……ペントはとても元気そうだ。
でも、なぜかペントの長い体に、沢山の妖精達がまたがっているから……声を掛けるのは後にしよう。
しかしあれだな、何がどうなったらああいうことになるのだろう?
***
リムと船内を散歩したり、フェリーを召喚してクラレッタさんとクレーンゲームをしたり、夜にイネスとフェリシアと大人なことをしたりしながら、のんびりした時間はあっという間に過ぎていった。
今回移住してきたダークエルフ達は島のダークエルフ達に協力してもらい、着々と移住の準備を整えているので、任せておけば大丈夫。
そして今日、人魚達が海中の村に引っ越しをする。
と言っても、人魚の国から届いた家具はすでに海中の村に運び入れているらしく、後は個々で自分の荷物を運ぶだけなので本格的な引っ越し作業は無い。
だから今日は引っ越しと言うよりも人魚の村の見学会ということになる。
今回もアンネマリー王女が『ご案内します!』と張り切ってくれているから、前回の村の様子を思いだしながらしっかり楽しもう。
「うん? ……この気配は……」
「ご主人様、どうかされましたか?」
突然キョロキョロし始めた僕に、フェリシアが心配そうに声を掛けてくれる。
「うん、ちょっとね。悪いけど、イネスもフェリシアもリムも少し静かにしてて」
こういう時、ほとんど音を立てないペントは注意しなくていいから楽だ。
「………………そこだ!」
「えっ?」
「キャ!」
素早くフェリシアの背後に回り、長くて綺麗な銀髪の中に手を突っ込む。手応え有だ!
「はなせー。はなせー」
髪の毛の中から手を引き抜くと、その手の中にはしっかりと妖精が捕獲されている。
「やっぱり隠れてたか」
高レベルになった影響か、妖精達との日々の激闘の結果か分からないが、僕はある程度妖精達の気配を察知できるようになってしまった。
少しだけ虚しい。
「ほら、僕達は今からお出掛けだから他の子達と遊んでこい」
妖精をリリースしてシッシと追い払うように手を振る。
「いやだ! いっしょいく!」
「いや、無理だから。ほら、お菓子をあげるから諦めろ」
「おかしはもらう。でもいっしょいく!」
シュバッと僕の手から飴玉を奪い去り、その上で一緒に来るという図々しい要求をしてくる妖精。
「行くのは海の中だからお前は入れないよ」
「ゆびわがあればへいきってきいたー」
……なるほど、アンネマリー王女に懐いている妖精あたりから、しっかり情報は仕入れているようだ。
この妖精、他の妖精と比べると若干……いや、かなりバカっぽいくせに情報を制するとは、意外と侮れない奴かもしれない。
「まあ確かに神器の指輪があれば平気だけど……」
僕の言葉にキラキラと顔を輝かせる妖精。うっ、やっぱり外見だけなら妖精はとても可愛い。
「だが断る!」
僕は学んだんだ。たとえどれほど可愛かろうと、妖精達は敵だということを。そして、妖精と対峙するには断固たる決意をもって、ハッキリきっぱりと否定をしなければいけないということを。
「いやだ。いっしょいく!」
まあ、断固たる決意を示すことで妖精から受ける被害が少しは減ったが、いまだに舐められまくっているからそれほど効果はない。
最初の出会いで、可愛らしさに騙されたのが本当に失敗だった。
「あっ、ワタル様!」
なんとか妖精を追い払い待ち合わせの場所まで行くと、アンネマリー王女がこちらに気がついて走ってきた。
「おはよう、アンネマリー。今日はよろしくお願いします」
「おはようございます。ワタル様、イネス様、フェリシア様。今日は私にお任せください!」
アンネマリー王女がとても張り切っている。それは良いんだけど、その頭の上で寝そべっている二人の妖精がとても気になる。
一人は、アンネマリー王女と仲良くなった妖精だな。こちらはまあ、僕とは関係がないので問題はない。
問題なのは、散々ゴネまくった上に、僕からもう一つ飴玉を強請り取って帰ったはずの妖精が、なぜアンネマリー王女の頭の上に居るのかということだ。
「この子達ですか? 一緒に村に行ってみたいと言うので連れて行こうかと思っています。えーっと……駄目でしたか?」
「……い、いや、駄目ではないのですが……神器が……」
すでにアンネマリー王女に手が回っていただと……ということは、僕は一番馬鹿っぽいと思っていた妖精にハメられたということか?
「神器のことでしたら、ちゃんと予備も用意していますので心配ありません!」
「そ、そうですか……それなら大丈夫ですね……」
僕のプライド以外は……。
「ふふ、ご主人様の負けね」
イネス、お願いだから追い打ちをかけないで。泣きたくなってしまう。
「いっしょいく!」
僕がショックにうちひしがれているのに、問題の妖精が満面の笑みで話しかけてくる。
……まあいいか。この一番バカっぽい妖精は、バカっぽいだけあって悪戯はするがそれほど面倒な事はしない。
今回のことも僕をハメたのではなく、飴を貰って飛び立ち、偶々アンネマリー王女達と合流したから一緒に行きたいとお願いしたのだろう。
現に僕から飴玉を強請り取ったことをスッカリ忘れ、無邪気にお菓子をねだってきている。
なにより、偶々ってことにしておいた方が、僕の精神に優しい。
「……じゃあ、行きましょうか」
***
「綺麗ですね、ご主人様」
「うん、フェリシア。想像以上に綺麗だね」
出発前に一波乱あったが、無事に人魚の村に到着し、そこには想像以上の光景が広がっていた。
前回の見学から数ヶ月しか経っていないので、そこまで大きな変化はないと思っていたが大間違いだった。
「ふふ、みんな頑張ったので、喜んでもらえて嬉しいです」
アンネマリー王女が僕達の言葉に反応し喜んでいるが、普通、どう頑張ったってこんなに変わらないだろう。
別の世界の人間である僕だから驚いたのかとも思ったが、フェリシアだけでなくイネスやアレシアさん達も村に見惚れているから、たぶん人魚達が異常なのだろう。
驚いていないのは、リム達スライム組とペント、初めて泳ぐことに大興奮中の二人の妖精くらいだ。
完成したと思っていた家々の外壁には装飾が施され、海底で自由に伸びまくっていた海草たちも綺麗に整えられている。
それだけでもかなり印象が違うのに、そこに色とりどりの珊瑚が家にも地面にも植え付けられている。
アンネマリー王女が珊瑚はまだ育っていないと言っていたから油断していたが、色とりどりの珊瑚がバランスよく配置され、村ぐるみで花を飾っているような雰囲気になっていて、絵本の中に入り込んだ気分になる。
これで、珊瑚が育ったらどんな景色なるのか、先がとても楽しみだ。
「ワタル様。こっちです!」
景色に見とれている僕の手を引っ張り、アンネマリー王女が泳ぎだす。どこか案内したい場所があるようだ。
「ここが私のお家です!」
アンネマリー王女が見せたかったのは、自分の家だったようだ。
「……なるほど、可愛らしい家ですね」
「ふふ、ありがとうございます!」
アンネマリー王女も自分の家に大満足のようで、キラキラと瞳を輝かせながら僕以外のメンバーにも家の自慢をしている。よっぽど嬉しいらしい。
前回見た時は王女の家にしては小さすぎると思ったが、これがしたかったのか。
おとぎ話に憧れたって言っていたけど、たしかにおとぎ話っぽい。
小さくてシンプルに丸っこかった家が、巨大なシャコガイの形に加工されている。
たぶんおとぎ話の主人公が、巨大なシャコガイを住居にしていたんだろう。
ふむ、一色じゃなくて色とりどりの珊瑚が家に植え付けられているのは、死んで貝殻だけになった巨大シャコガイが、様々な色の珊瑚に取り込まれたって設定になるのかな?
おとぎ話を知らないので想像でしかないが、かなり忠実に再現されていそうだ。
「家の中も見てください。あっ、お茶会をしましょう! さあ皆さん、中へどうぞ」
中って言われても……。
「えーっと、アンネマリー、さすがにこの人数では家の中に入れないんじゃないかな?」
リム達スライム組と妖精の二人、そしてアンネマリー王女は小さいから場所を取らないとしても、僕とイネスとフェリシアにペント、アレシアさん達にレーアさん……貝としては巨大でも家としては小さいから十人以上が入るのは無理だろう。
「……そうでした」
アンネマリー王女がションボリしてしまった。普段からとてもしっかりしている子なのに珍しい凡ミスだ。まあ、それだけ自分の家が嬉しかったのだろう。
「ワタル。私達は村の中を見学させてもらうから、あなた達でお茶をご馳走になるといいわ。あぁ、ペントもこちらで預かっておくわね」
アレシアさん達が気を利かせてくれた。申し訳ないが、お言葉に甘えさせてもらうか。
「ありがとうございます。ではアンネマリー、よろしくお願いします」
「はい!」
人魚のお姫様の招待で、海中の貝殻を模した家でお茶会。ファンタジーと言うよりも童話のようだが、これはこれでとても楽しそうだ。
読んでくださってありがとうございます。




