20話 引っ越し
王宮でのプレゼンの結果、許可というか……横槍は入らないという確約を得ることができた。それに伴い、本格的に動き出した開拓計画に書類が激増したが、僕は最後の書類整理を終え逃亡……いや、旅立ちの時を迎えることになった。
「素敵ね。前の船も信じられないくらいに素敵だったけど、他にもこんな素敵な船があるなんて夢でも見ているのかしら?」
「ふふ、母さんが働くのはキャッスル号。このシャトー号と前に乗ったクリス号とは別の船なのよ」
「そうだったわね。この船だけでも夢だと思うくらいなのに、まだ他にもあるなんて想像もできないわ」
イネスの実家の荷物を回収し、無事にシャトー号に招待することができた。
僕が荷物をゴムボートで収納し始めると、なぜかベラさんがイネスに拳骨をかましていたが……たぶん、無事に招待できたのだと思う。
イネスが拳骨を食らったのは……なんらかのことで自分を有利にしようとして、結局墓穴を掘ってしまったのだろう。
今のイネスは、自分の母親の意識を別に逸らすために頑張っているようだ。
それにしても引っ越し……ヤバかったな……。
ベラさんは周囲の主婦達の顔役だったらしく、周辺住民に元々すごく注目された。
そこに現れたのが美女軍団+おまけの僕。
彼女達の磨き抜かれた肌と美しく艶やかな髪に、主婦達は凄まじい推理力を発揮した。
ベラさんの美貌が増したのと、あのお土産の素晴らしい効果の美容グッズの持ち主はこの集団なのだと……。
ジリジリとにじり寄ってくる主婦達に素早く反応したのは、Aランクの冒険者パーティーであるジラソーレとフェリシア。
その有能さを発揮し、素早く僕を囲んで防御態勢を取った……が、それが悪手だった。
あっという間に主婦達に囲まれ、質問の集中砲火に晒されてしまう。
まあ、アレシアさん達が囮になっている間に僕達は無事に引っ越しができたんだから、護衛の任務は完璧に熟したことになるんだけど……。
横目でアレシアさん達とフェリシアを確認すると、誰もがゲッソリしている。いつも悠然として妖艶な笑みを浮かべているイルマさんでさえ表情に力がない。
南東の森で魔物と戦いながら何日もキャンプしても余裕そうだったのに、おばちゃん達の相手はそれ以上に大変だったようだ。
そして、その横には更にゲッソリしたフローラさん、カルロさん、ダリオ君が並んでいる。
こちらは主婦達の襲撃に遭った訳ではなく、純粋に僕のせいで疲れ果てている。
フローラさんもカルロさんもダリオ君も、引っ越しに備えてちゃんと仕事場での引き継ぎを終え、いつでも辞められる態勢を整えていた。
そこに、どこぞの考え無しが、なんとなくふんわりと大仕事を投下。
アクアマリン王国の王都は大量の資金と仕事を投下され、好景気とそれに伴う仕事の激増に晒された。
そのあおりをもろに食らったのがこの三人だ。
王宮の許可を得て本格的に動き出した経済界の動きはすさまじく、末端まで馬車馬のごとく働かされているらしい。
そんな中で仕事を辞めようとしている人間はどうなるか?
当然、引き留められる。
カルロさんとダリオ君は、この状況で辞められては困ると泣きつかれ、お給料の増額等の様々な引き留め工作が行われたらしい。
そして、その中でも一番激しかったのがフローラさんなんだそうだ。
僕に書類をもってきた時はそれほどでもなかったはずなのだが、その後に仕事が激増したらしい。
しかも、僕と冒険者ギルドのギルドマスターであるルークさんの橋渡しをしたのはフローラさんだ。
つまり、この阿鼻叫喚な仕事地獄の引き金を引いた戦犯だと周囲から目されていたそうだ。
そのフローラさんが仕事を辞める。
当然周囲はこう思う。ふざけんじゃねえ! と。
フローラさんには様々な圧力が掛かったそうだ。
だが、フローラさんは負けなかった。
豪華客船での素晴らしい日々を夢見て、周囲からの圧力を跳ね返した。
時には『そんなの知ったこっちゃねえ!』と啖呵まで切ったらしい。
今回の引っ越し組の中で、一番、跡を濁したのは間違いなくフローラさんだろう。里帰りができるのかがとても心配だ。
そんなこんなでフローラさんもボロボロだ。
「当然、この船にもエステがあるのよ」
ベラさんの機嫌を取ろうとするイネスの言葉に、ボロボロなフローラさんがピクリと反応した。
フローラさんが豪華客船で働きたい理由の一つがエステだし、疲れ果てていても興味はあるのだろう。
「あら、前の船みたいに全身をピカピカに磨いてもらえるのかしら?」
「ええ、当然よ。効果もクリス号と甲乙つけがたいのだけど、使っている機材も用品も違うから面白いわよ」
ピクピクと反応するフローラさん。
「なるほど、それは是非とも試させてもらいたいわ。そういえば、今回のお土産でもらった化粧品は前に貰った化粧品と違っていたけど、それもこの船で手に入るのかしら?」
ピクピクピクと反応するフローラさん。
「ええ、手に入るわよ。ちょっと高いけど、一つくらいなら私からプレゼントしてあげるわ」
おや、イネスがベラさんにプレゼントを宣言している。
親孝行の気持ちもあるだろうけど、これからの船旅のお説教を少しでも回避するために必死なんだろうな。
カジノで負けて財布にあまり余裕がないはずだから、たぶんあとで僕に泣きついてくるだろう。
今回は色々と働いてもらったし、イネスにお小遣いをあげておくか。むろん、フェリシアにも。
「あら、ありがとう。どんな化粧品があるの?」
「どんなって言われても、沢山あるから説明できないわ。実際に見て決めた方がいいわ」
沢山の化粧品と聞いて、フローラさんの目に力が戻った。
「それもそうね。ふふ、楽しみだわ」
ふむ、ベラさんも気になっているようだな。
本当はこのまま歓迎会をするつもりだったけど……みんな疲れているし明日でいいか。
今、シャトー号で元気なのは、俺とベラさんとイネス。あとは従魔達だけだもんな。
「えーっと、船内案内や歓迎会は明日にします。今日は疲れているでしょうし、自由にしてもらって構いません。むろん、施設も自由に使ってください」
「エステを使ってもいいですか!」
思った通りフローラさんが食いついた。
「無論です。フローラさんには、いえ、ここに居るみなさんにはとてもお世話になりましたし、フローラさんだけではなく、ベラさん、アレシア達、イネス、フェリシアも最上級のコースをご利用ください。費用は僕が持ちます」
まあ、アレシアさん達やイネスとフェリシアは頻繁に利用しているから、それほどご褒美にはならないけどね。
「本当ですか! いえ、でも、それは悪いですよ。お世話になる身なのに最上級コースなんて、甘える訳にはいきません」
フローラさんがとても辛そうに断わってきた。社会人としての分別と言う奴だろうか? 破天荒な性格だと思っていたけど、意外としっかりしているんだな。
「この船のオーナーは僕ですから、心配は要りませんよ。遠慮しないで存分に楽しんでください」
僕の言葉に女性陣の歓声が爆発した。アレシアさん達も、おごりはやっぱり嬉しいらしい。
「ワタル、ちょっと」
「ん? アレシア、どうしました?」
アレシアさんにホールの隅っこまで連れて行かれた。
「悪いけど、私達をエステのスタッフに任命してくれる?」
あぁ、そうか。どうせならサポラビよりも効果が高い人の手でのエステを、ベラさんとフローラさんに施術してあげたいんだな。
ホールの隅っこに連れてきたのは、まだ働く前だから念のためにスタッフ任命を秘匿してくれたんだろう。
ここまで来たらバレても問題ないのだが、その配慮がとてもありがたい。
「分かりました」
アレシアさん達をエステスタッフに任命し、イネスとフェリシアにコッソリお小遣いを渡す。
ついでに接待費としてフェリシアに金貨二枚を渡しておいたから、十分に楽しんでもらえるだろう。
疲れを吹き飛ばしてキャイキャイとエステに突き進む美女集団を見送る。
さて……。
「カルロさんダリオ君、部屋で美味しい物を食べながらゆっくりお酒を飲みませんか?」
カルロさんとダリオ君の顔が輝いた。男って単純だよね。
「あっ、部屋は前のようにした方がいいですか? それとも、今回は豪華な部屋に泊まってみますか?」
「「前と同じでお願いします!」」
即答だな。
まあ、僕もいまだに豪華な部屋に慣れていない部分があるから、気持ちは分からないでもない。
ツインに案内しよう。
***
「なんだこの酒? 美味すぎるぞ!」
今朝、のんきな顔をして出発しますから後はよろしくと、ふざけた挨拶に来た時にはぶん殴ってやろうかと思ったが、殴らないで正解だったな。
この酒は異常に美味い。
チッ、出発前なら無理してでも追加を強請ったんだが、旅立っちまったら無理か。
幸い、結構な量の酒をくれたし、次にこっちに来るまで大切に飲もう。
「ちょっと、ギルマス、それお酒なんですか? 仕事もまだまだ残っているんですから、お酒なんて飲まないでくださいよ!」
「うるせえよ。もう何日も働き通しなんだぞ! 酒くらい飲ませろ!」
せっかくうまい酒を飲んでんだから、現実を思い出させるなよ。気が利かねえ。
あぁ、もう仕事をほっぽらかして、家に帰るか? それでゆっくりこの酒を味わおう。
そうだよな、こんな場所で書類に囲まれて飲むのはこの酒に失礼だ。他に嫁が喜びそうな土産も貰ったし、今日は帰ろう。
なに、書類はまた明日から頑張ればいい!
「ギ、ギルマス、商業ギルドのマスターがおこしです!」
「あん? 約束なんてしてねえぞ? 今日はもう仕事の気分じゃねえから追い返せ。俺はもう帰る!」
「えっ? ギルマス、なに考えてるんですか? 仕事はまだまだ残ってますよ。帰れるわけがないじゃないですか!」
うるせえ、それでも俺は帰るんだよ!
「ちょっとルーク!」
チッ、秘書がうるせえから帰り損ねちまった。
「おい、まだ通っていいとは言ってねえぞ。勝手に入ってくんな! 商業ギルドのギルマスは礼儀知らずか?」
「グヘッ!」
「ワタルはどこ? ここに連絡役が居るんでしょ? さっさと呼んできなさい!」
お、おい、仮にも商業ギルドのギルマスが、冒険者ギルドのギルマスの胸ぐらを掴むなよ。
若さの為にレベルを上げているのは知っているが、すげえ力だな。
「ワ、ワタルはもう旅立った。連絡役も一緒だ」
「なんで引き止めないのよ! もう! 呼び戻して!」
「無茶を言うな。なんだ緊急事態か?」
やることは決まっているんだ。ワタルを呼び戻すほどの緊急事態ってなんだ? また家に帰れなくなるのか?
「そうよ! 緊急事態よ! あぁ、もう! こんな化粧品を隠し持っているなんて! 追いかけるから護衛を出しなさい!」
化粧品? なんだ? こいつ、化粧品ごときで大暴れしてんのか? 忙し過ぎて壊れたか?
「キャッ!」
商業ギルドの職員がなだれ込んできて、ギルマスを引きずって帰っていった。
……いったいなんだったんだ?
まあいい、なんと言われようと今日はもう帰る。ワタルからもらった土産を喜ぶ嫁と娘を見ながら、俺は酒を飲むんだ。
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GWイベントですので、お楽しみいただけましたら幸いです。
検索、もしくはファンタジー部門をご覧いただければ、発見できると思います。
読んでくださってありがとうございます。




