7話 ワンチャンあるってこと?
新しい豪華客船のプロムナードを最初の散策先に選んだ。だって、天井がLEDのスクリーンだし、どんな物が販売されているかが知りたかったんだもん。だけど、そんな浅はかな選択により、ニュー豪華客船見学ツアー初日は、買い物だけで終わってしまった。
「さて、イネス。そろそろ教えてもらえるかな?」
正直、この質問の為に僕は一日気もそぞろだった。
せっかくの新しい豪華客船見学ツアーも集中できないくらい、いや、途中からは女性陣の買い物熱に精神がやられてそれどころではなかったんだけど、それでも頭の片隅には残っていた。
「うー、なにをー? あっ、駄目かも。気持ち悪い……」
そんなご主人様の切なる気持ちも知らずに、ガンガンワインを飲みまくって今にも潰れてしまいそうなイネス。
「えっ、ちょっとイネス。寝ないで。お願い、昼間言ってたでしょ。僕が強気で行けばアレシアさん達を落とせる感じのこと! お願い、詳しく教えて!」
ソファーに突っ伏して眠りに落ちようとするイネスを慌てて揺さぶる。
「うっ、吐くかも……」
「ご、ご主人様。今のイネスにデリケートな女性関係を聞くのは危険かと……明日に持ち越した方が、ちゃんとした話を聞けるのではないでしょうか?」
……たしかにフェリシアの言う通りかもしれない。酔っぱらいの戯言を真に受けて撃沈してしまったら、悲惨を通り越して、ただのバカだ。
今日の昼間にも自分が馬鹿だと自覚したのに、一日に二度も同じ失敗をする必要は無いよね。
「ありがとう、フェリシア。ちょっと焦りすぎたのかもしれない。……ちなみに、フェリシアは何か知ってる?」
そもそも、イネスが頼りにならないのなら、フェリシアに聞けばいいんじゃないか?
頼りにする相手を間違っていたことに今気がついた。
「申し訳ありません、ご主人様。私は田舎者ですし人の機微に疎いので、そういった方面ではお力になれないかと……」
ダメだった。田舎者と恋愛に因果関係があるとは思わないが、まあ、フェリシアの性格だとちょっと向かない質問ではあったかもしれないな。
でも、ちょっと申し訳なさそうにションボリするフェリシアって、なんだかとても色っぽい気がする。ヤバいなダークエルフ。
「いや、いいよ。無理なこと聞いてごめんね。うん、たしかに明日の朝にでも質問すればいいんだもんね。うん、ちょっと焦りすぎたよ」
だいたい、今日の夕食のチョイスが間違っていた。まあ、選んだのはカーラさんなんだけど。
まさか、あのスペイン料理のレストランが、ワインを美味しく嗜む系のお店だったとは、船購入画面を流し読みしていたこのワタルの目をもってしても、見抜くことができなかった。
ワインにバッチリマリアージュする料理の数々。しかも、なんだかオシャレでエレガント。
高級な生ハム等のおつまみや、なんか小分けにされて盛り付けられたワインに合う一口大の料理の数々。そりゃあ、女性陣も飲み過ぎちゃうよね。
まあ、この店を選択したカーラさんは、ワインよりもパエリアに夢中だったけど。フライパンサイズのパエリアを、一人でいくつ平らげていただろう?
リム達が食べた分も合わせると、パエリア鍋がタワーになっていたから、凄まじい量を食べているのは間違いない。パエリア鍋が回転寿司のお皿みたいな扱いだったのは、少し引いてしまった。
「それよりもご主人様、せっかくの新しい豪華客船。しかも、その一番いい部屋で泊まるのですから、まずはそちらを楽しまれたほうが良いのでは?」
……そうだった。部屋に入るなり、即行でイネスを問い詰めちゃったけど、普通は部屋の豪華さを楽しむのが一番だよね。豪華客船なんだから……。
「うん、そうだね。イネスは寝かせておいて、まずは部屋を見学しようか」
「はい」
笑顔で頷くフェリシアと共に、イネスを放っておいて部屋を確認する。
………………
広い船室。上品で質の良い家具。広いバルコニー。そして泡の出るお風呂。
素晴らしい。たしかにキャッスル号にもクリス号にも似たような設備はあるが、それでも、この船の明確なコンセプトに従って設計された部屋には、独特の魅力がたしかに感じられる。
「素晴らしい部屋であることには間違いないよね」
「はい。素晴らしい部屋であることは間違いないと思います」
でも、僕達は慣れてしまった。贅沢に慣れてしまっていた。
たしかに新しい部屋を手に入れた興奮はある。
ワクワクしてフェリシアとキャッキャと騒ぎもした。
だけど、初めて手に入れた豪華客船キャッスル号。その最高の部屋に入った時のような感動は無い。
まあ、それも当然なのかもしれない。
キャッスル号・クリス号と連続で最高級の部屋に泊まり、日常的に生活してきた。
だから、新しい部屋に対する興奮はあるものの、同クラスがゆえに慣れが生じている。
つまり、セレブな方々が高級ブランドで値札にいちいち驚愕しない。そんなセレブレベルまで、僕達は達してしまったということだろう。
まあ、昼間のブランドショップで値段にビビってはしまったし、フェリーの船室の方が落ち着く気がするという根本的な庶民レベルからは抜け出せていない。
でも、少なくとも豪華客船の最高の部屋にも動じない、揺るがぬ精神を身に着けてしまったのは間違いないようだ。
……なんかもったいない。もっとスゲー、この部屋スゲーと、贅沢して身分不相応のホテルに泊まった一般庶民的な感覚を味わいたかった。
ふっ……これが上り詰めた男の郷愁ってやつか……虚しいぜ。
「あっ、ご主人様。ルームサービス、結構凄いですよ。よく分かりませんが、ナポリピザっていうのが注文できるみたいです。ピザは食べたことがありますが、このナポリピザというのはご主人様の世界では有名なんですか?」
「えっ、マジで?」
ナポリピザ。聞いたことはある。食べたことは無いけど……。いや、石窯で焼いたピザは食べたことがあるけど、あれはナポリピザだったのかな?
よく分からないけど、ナポリピザって聞くだけで、なんかとても美味しい物に感じる。
あっ、駄目だ。せっかく上り詰めた男感を出していたのに、ナポリピザにすべてを消し去られてしまった。
「……フェリシア。お腹いっぱいではあるけど、食べてみたいから付き合ってくれる?」
リムとペントは満足してお休みしちゃっているし、一人でピザは重たいよね。
「はい。問題ありません」
よし、注文してしまおう。飲み物は……ビールだ。
ピザもワインかもしれないけど、やっぱり僕はビールが好きだ。
美味しいピザを贅沢にビールで流し込んで、その後は……フェリシアと泡の出るお風呂に入っちゃうか。
むふっ、グ〇ンディオーサ生活、なかなか楽しそうだ。
あっ、そろそろこの豪華客船にも名前を付けてあげないとな。
***
「さて、イネス。そろそろアレシアさん達について教えてもらおうか。僕は結構我慢の限界だよ?」
待望の朝。ようやくイネスも復活し、ついに情報を手に入れる時が来た。
「ん? イネス、どうかした?」
なんだか酷く呆れた表情をしているように見えるけど、気のせいだよね? ご主人様を放置して先に酔いつぶれるような奴隷に呆れられるなんて、そんなことありえないよね。
「どうかしたも何も、私が寝ている間に宴会をして、しかも、朝起きられないくらいにフェリシアを求めておいて、我慢の限界なんて、どういう神経をしているのかしらね?」
イネスが指す方向を見ると、ピザの空き皿が並び、ビール瓶も転がっている。ベッドにはあられもない姿のフェリシアが……。
「……昨晩はちょっと盛り上がっちゃってね……」
だって、ナポリピザ、予想以上に美味しかったのだもの。普段食べているピザと違って、小麦の味がしっかりしているというか絶妙で、それに新しい部屋の興奮と合わさって性欲も興奮しちゃったというかなんというか……。
「えーっと、それとこれとは別。お願いだから教えて、気になってしょうがないんだ」
「……高いわよ?」
「……お願いします」
いくらでも払おう!
「分かったわ。じゃあまずご主人様がしないといけないのは、自覚することよ」
「自覚?」
「そう、自覚。さすがにご主人様でも、この豪華客船での生活が、世界でもトップクラス、いえ、トップクラス以上なのは自覚しているわよね?」
「うん、もちろん」
無論です。むしろ、それが全てだと思っているくらいに自覚しています。
「そうねさすがにそこは自覚しているわよね。じゃあ次、ここが問題なんだけど、アレシア達から結構好意的にみられているのに、ご主人様、まったく自覚が無いでしょ? どうせ、ご主人様のことだから、あんな美女集団が自分に好意がある訳ないとか、そんな情けないことを思っているんでしょ? だから、アレシア達の体ばかりに気を取られて、好意にまったく気がつかないのよ」
「なん……だと……」
えっ、それって僕が鈍感系主人公ってこと? モテモテ?
「ご主人様は、アレシア達の故郷を救った時、体を差し出させることも可能だったわ。アレシア達もそのことを覚悟していたし、それでもいいと思っていたわ」
あぁ、あの、僕がヘタレた時ですね。ビビッてお金で解決しちゃったのを覚えています。
「その後も、一緒に冒険して、沢山財宝を手に入れて財政難も解消したのに、いっこうに離れようとしていないわよね?」
「うん」
まあ、全部換金できてないとか理由が無いことも無いが、アレシアさん達の財政難は解決しているね。
「普段の生活で無防備な姿を普通にしているわよね?」
「うん」
とても眼福です。いつも全力で記憶に焼き付けております。下品な話ですが、ムラムラしっぱなしです。
「呼び捨てにするように言われたわよね?」
「うん」
いまだに慣れなくて、内心では敬称をつけちゃうけどね。
「普段から甘えられているわよね?」
「えっ?」
そんな素敵なイベント、記憶に無いけど?
「買い物に行ったり、エステに付き合わされたり、映画に付き合わされたり、クレーンゲームに付き合わされたり、色々と甘えられているでしょ!」
えっ? あれが甘え? 美女達の高貴なワガママでしょ? 僕はそれはそれで嬉しいけど、甘えとは違うと思う。
「単なるワガママだと思っている顔ね」
その通りです。
「はぁ。たしかに舐められている部分もあるしワガママだけど、あれはあれで距離を縮めようとしているの。ご主人様がいつまで経ってもアレシア達を見ないで、胸やお尻ばかりに注目しているからよ。それなのに変化が無いから段々過激になっているの。まあ、どこまで大丈夫なのか、計られてもいるんだけどね」
あの体だもん。胸やお尻に注目が行くのは仕方がないと思います。
「……つまり、僕はアレシアさん達に惚れられていて、告白すればOKってこと?」
ハーレムですか? 夢のハーレムの完成ですか?
「はぁ? そんな訳ないじゃない。好意的ではあるけど、奴隷を二人も囲っていて、四六時中スケベな視線を向けてくる男に簡単に惚れる訳ないでしょ」
「じゃあ無理じゃん!」
なに、その上げて落とすプレイ。期待しちゃったよ。僕のハートは粉々だよ! 報酬は契約不違反で無しだよ!
「はぁ、ご主人様って本当に駄目ね。そこまでスケベな視線を向けても、まだみんなご主人様に好意的なのよ? なら、それを改めて真剣に押して行けば、なんとかなる状況だと思わない? ご主人様の数々の情けない部分を見られていて、それでもまだ好意的っていう奇跡を無駄にする気?」
あれ? これ、恋愛の話? ディスられてない? とりあえず、僕はどうすれば良いの? スケベな視線を止めたらワンちゃんあるってこと? っていうか、今の状況って奇跡なの?
読んでくださってありがとうございます。




