3話 密かな意地
新しく豪華客船を購入することに決めて、イネスとフェリシア、ジラソーレの美女達と楽しく船選びをした。高級クラブでおもてなしをしてもらったようなとても楽しい時間だったんだけど、僕の迂闊な一言で修羅場に陥ってしまった。この修羅場を切り抜ける方法は……もうあれしかない……。
「あらワタル、どの豪華客船を購入するか決まったの?」
秘策を胸に部屋から出ると近くのソファーに全員が揃っていて、すかさずアレシアさんが声を掛けてきた。興味津々のようだ。
全員の視線が僕に集中する。どの目も私が選んだ豪華客船を買うのよねと言っている。
いや、フェリシアとクラレッタさんだけは心配そうに僕を見てくれているな。彼女達は僕の心のオアシスだ。
「ええ決まりましたよ」
美女達からの強烈な視線。普段の僕であればビビって逃げだしたくなる状況だけど、今の僕には秘策があるからなんの問題もない。むしろ大歓迎だと胸を張って応える。
ドロテアさんとマリーナさん、僕の頭の上でもリム達スライムがポヨンポヨンと跳ねているが、その期待に満ちた動きにも見事応えてみせよう。
「そう、決まったのね。じゃあ、どの豪華客船を買うのか教えてくれるかしら?」
アレシアさんが若干緊張した様子で発表を促す。僕はその言葉を聞いても、もったいをつけて間を取り一人一人の顔を見る。
期待と不安を混在させる美女達の表情もなかなか良いものだ。あれ? カーラさん? お腹空いたって顔してない? まあ、カーラさんの望みは叶ってお腹いっぱい食べられますから安心していてください。
おやおやイルマさん、自分の不利を感じているのかいつもの余裕が感じられませんね。でも、そんなイルマさんもお美しいです。
「ちょっとご主人様、笑ってないで早く教えてよ!」
いかん、悦に入っていたらイネスの我慢の限界が来たようだ。じゃあそろそろ秘策を発表しちゃうかな。
ん? しまった。ここって、廊下だった。上品な廊下ではあるけど、秘策をクリス号の廊下で発表するのはちょっと微妙な気が「ご主人様!」……今から部屋に移動しようってのは無理そうだな。
「分かりました。では、今から発表します」
頭の中でドゥルドゥルドゥルとドラムロールを鳴らし、気分を盛り上げる。では、発表!
「全部買っちゃいます!」
ドヤァっと渾身のドヤ顔を晒して秘策を発表する。大盤振る舞いするんだから、ドヤ顔くらい許されるよね。
……クリス号の廊下に響き渡る静寂。ふむ、あまりにも予想外の展開で全員が状況を呑み込めていないようだ。
でもまあ良いだろう。全員の希望が叶うんだから、状況を理解したら歓声が上がるはずだ。ワタル、素敵よ! とか言われちゃうかもしれない。
いやー、困っちゃうなー。モテモテになっちゃうよー。
「ワタルさん、全部というのは、先程リクエストした豪華客船を全部買うということですか?」
おっと、ドロテアさん、敬称がついていますよ。冷静に見えて僕の秘策に動揺しているようですね。
なぜか敬称の有無に厳しいカーラさんも無言だし、こちらも衝撃を受けているのかもしれない。
「その通りです!」
ドヤ顔二発目で答える。ちょっとウザいって思われそうだし、そろそろドヤ顔は止めておこう。
あれ? なんでみんな僕を見ないで女性陣だけで話し合いを始めるの? 歓声は?
「さすがに全部買う! は無いわよね」
えっ? アレシアさんどういうことですか? 思っていた反応と違うんですけど?
「我がご主人様ながら、安易な解決策で情けないわ。どうせ一つに選べなくて、いっそのこと全部買っちゃえとか思ったのよ」
イネス、たしかにその通りだけど、ご主人様に向かってその態度はどうなの? あと、僕の心を読まないで。
「イネス、言い過ぎですよ。ご主人様はみんなに良いところを見せたかっただけなんです。暴走したことは否めませんが、悪気はなかったはずです」
フェリシアも庇ってくれているようだけど、微妙に僕の心理を読み解いているよね。ご主人様の心理をよく理解してくれる奴隷が得られて、僕は幸せ者だな。ちくせう。
「でも、たしかに安易」
マリーナさん、ボソッとキツイことを言わないで。声が小さくても胸に突き刺さるよ。
「たしかにワタルはお金を持っているけど、だからと言って全部は……」
ドロテアさん、どうせ言うなら言葉を詰まらせないで最後まで言いきってください。逆に辛いです。
「うふふ。ワタルも必死なのよ」
そうですよ。イルマさんの言う通り、必死なんです。だからそっとしておいてください。
「いっぱい食べられるのは幸せだけど、無茶は駄目」
カーラさん、純粋に注意されるのも辛いです。
「…………」
クラレッタさん、無言で残念そうに目を伏せないでください。それはそれで悲しくなります。
……あれ、なんでだ? 歓声を待ち望んでいたはずなのに、全女性陣からの反応が全部僕に突き刺さってくる。
アレシアさんのストレートな駄目だしも、イネスとフェリシアの僕の心理を呼んだ駄目だしも、マリーナさんの小声の駄目だしも、ドロテアさんの詰まった駄目だしも、カーラさんの純粋な駄目だしも、クラレッタさんの無言の駄目だしも、結局全部辛いです。
僕のライフはもうゼロなのに、まだまだ続く駄目だし。
……あぁ、分かった。これはあれだ、喧嘩をしている女性陣の仲裁に入ると、なぜか結託して仲裁した男が責められるパターンのやつだ。
漫画でその展開は学習している。テンプレだよね。
まあ、学習をしてはいても、その展開を避けられなければ意味はないんだけどね。
『……わたる……だめ?……』
「グハッ」
ヤバい、リムの思念が一番クリティカルだ。
…………僕が衝撃を受けて片膝をついてしまったのに、だれも反応してくれない。本気で寂しい。
「うーん、こうなったら私達で買う豪華客船を決めたいところだけど、実際に豪華客船を買うワタルの意見は重要よね」
おっ、アレシアさんが僕の存在を思い出してくれたようだ。素直に嬉しい。
「そうね。さすがにそこはご主人様の意見を無視できないわね」
イネス、その言葉も嬉しいけど、意見以前にここでうちひしがれている僕を無視しないでほしい。
「では、もう一度全員で話し合った方がいいですね。それぞれが自分のお勧めの船をしっかりワタルにアピールしましょう」
えっ? ドロテアさん……それって、再び僕を修羅場に突き落とすってことなんですけど? それが嫌だったから、豪華客船を全部購入しようと思ったんですけど?
いや、止めて。みんなドロテアさんの言葉に納得しないで。
あっ、ちょっと、僕はダメージで立てないというか立ちたくないんだから、イネス、無理矢理立たせないで。
マリーナさん? その部屋は出てきたばかりで戻るつもりもないですから、ドアを開ける必要はありませんよ? いや、押さないで、止めて……。
「無理矢理部屋に連れ込むなんて、僕に何をする気なの!」
***
……くだらないジョークで部屋に連れ込まれるのを阻止しようとしたが、健闘むなしく僕の言葉は彼女達に届かなかった。
豪華客船の一室。高級がゆえに柔らかく座り心地が良いはずのソファーが、硬く冷たい氷にも思える雰囲気の中、女性陣の熾烈なプレゼンが始まった。
飛び交う表面上はお上品なのに棘が満載な言葉。
なぜか言ってもいない僕の言葉を代弁する僕の奴隷。
これが食べてみたいと楽しそうにおねだりする美女。
自分の色気を自覚し、本気で色仕掛けを仕掛けてくる妖艶な美女。
自分が従魔契約しているスライムを通じてリムを引き込もうとする狡猾な美女。
前回の修羅場よりも酷い修羅場に巻き込まれ、そこまでするんだったら全部買っちゃってもいいじゃんと思う可哀想な僕。もはや可愛らしい震える子兎だ。
「それでワタル、そろそろ決まったかしら?」
決まっていません。この状況で本当に決められると思っているなら、アレシアさんは僕を誤解しています。僕は決断ができない男なんです。
だいたい、キャッスル号の後継船だって、巨大なウオータースライダーが設置されていたりロボットバーがあったり、今までの豪華客船には出店していない他国のレストランなんかもあったりで魅力的だ。
日本の豪華客船だって、日本人にとっては日本の会社が自信を持つ料理ってだけで、なんとなくとても美味しそうに感じる。
他の豪華客船だってボウリングが設置されていたりとそれぞれに魅力があり、それぞれにそれを推す美女が居る。そんな中でどう選べと?
不可能だよ。インポッシブルだよ。だから……。
「決まっていません。なのでくじ引きにしたいと思います」
全部購入するという秘策が破れた今、恨みを買わずにすべてを丸く収めるには運を天に任せるしかないだろう。
天=創造神様な気もするが、天と神様は違うと思うことにする。創造神様にすべてを任せたらとんでもないことになっちゃうもんね。
「くじ引き?」
「そうです、この箱の中に〇が書かれた紙が一枚。白紙の紙が八枚入っています。全員でくじを引いて〇が書かれているくじを引いた人のお勧めの豪華客船を買うことにします」
「あら、一生懸命に何か作っていると思っていたけど、そんなものを作っていたのね」
そうです。プレッシャーから逃れたいがために、お菓子の空き箱を利用して全力でくじを作っていました。そんなものとイルマさんは言いますが、工作に逃避した一因はあなたにもあるんですよ。
「くじは分かるけど、なんで全員が引くのかしら? それぞれが購入したい船の名前を書いてワタルが引けば簡単だと思うのだけど?」
ドロテアさんが首をひねっているが、その方式を取らなかった理由は簡単です。
「その場合は全部の責任が僕に覆いかぶさってくる気がするので嫌です」
ぶっちゃけたわねとイネスが笑っているけど、笑われようとも回避できる責任は全部回避するのが僕のスタイルだ。
「なるほど、それで、もしワタルが当たりを引いたら、誰のお勧めの豪華客船を購入することになるのかしら?」
イルマさんがもちろん私のお勧めよねと言いたげに質問してくる。だが、そんな脅しには乗らない。現実逃避しつつも対策は練ってあるんだ。
「僕も独自のお勧め豪華客船を発見したので、その船でくじに参加しますよ」
ボウリングは他のお勧め豪華客船にも設置されているけど、僕が選んだ候補はゴーカートのコースまであるからなかなか楽しそうな豪華客船だと思う。まあ、水陸両用バギーがあればゴーカートは必要ない気もするけど。
それでも、候補を出したのは僕の密かな意地だ。やられっぱなしでは舐められるから、少しは主張しておかないとね。
本日の更新で『めざせ豪華客船!!』は今年最後の更新となります。
沢山の感想やアドバイス、ブックマークや評価を頂き、遅れることもありましたがなんとか今年も更新を続けることができました。
本当にありがとうございます。
来年も頑張りますので、これからもお付き合いいただけましたら幸いです。
みなさま、どうぞ良いお年をお迎えください。
読んでくださってありがとうございます。




