4話 拠点を探そう
ダークエルフの村での人魚達の歓迎会を兼ねたお祭りは、大成功に終わった。フェリシアについても、心の底にあった罪悪感のようなものが解消できたし、僕にとっても幸せなお祭りになった。まあ、イネスがスネちゃったけど……。
「ワタル様。昨日のダークエルフの方達の歌、素晴らしかったですよね」
お祭りの翌朝、再びシーカー号でダークエルフの島に向かっている途中、アンネマリー王女が楽しそうに話しかけてきた。
キャンプファイアーなんかもやったんだけど、アンネマリー王女の印象に一番残ったのは歌だったようだ。
キャンプファイアーの提唱者としては少し悔しいが、ダークエルフの歌はどれだけ練習したの? ってレベルだったからしょうがないとも思う。
「そうですね。僕もそう思いました。そういえば人魚は歌を歌ったりするんですか?」
海中でも普通に声は聞こえたし、歌があってもおかしくない気もする。それに絵本なんかで海岸の岩場で竪琴を弾きながら歌うみたいなイメージもあるよね。
「私達も歌いますけど、歌はセイレーンさん達の方が凄いですね。ダークエルフの皆さんにも負けない素晴らしい歌声なんですよ!」
「そうなんですか。セイレーンさんの歌声が……」
あれ? セイレーンって下半身が鳥だったり魚だったりする魔物じゃなかったっけ? 歌声で船員を魅了して船を沈める的な、恐ろしい逸話もあった気がする。
さすがに船召喚の船が沈められることは無いと思うけど、声が聞こえるなら魅了される可能性もありそうだよね? 海で生活するものとしてはちょっと怖い存在だ。
「えーっと、アンネマリー王女?」
……アンネマリー王女がとても不満そうな顔で僕を見ている。
「アンネマリー王女?」
「アンネマリーです!」
あぁ、王女って付けずに呼び捨てにしろってことか。アレシアさん達だけでも大変なのに、王女まで呼び捨てって難易度が高すぎるよ……。
でも、呼ばないと話が進まないんだろうな。悪あがきでレーアさんに助けを求めてみるが、黙って首を横に振られた。
……創造神様の使徒ってことで敬われているはずなのに、なんで僕って立場が弱いんだろう?
「……えーっと、アンネマリー」
「はい。なんでしょうか?」
可愛らしい笑顔だけど、僕にとっては敗北の笑顔だ。切ない。
「セイレーンって魔物じゃないんですか?」
「魔物ですか? ……あぁ、歌に魔力を乗せることができる種族なので、一時期誤解されて魔物扱いされたこともありましたが、実際は私達人魚とほとんど変わらない種族で、魔物ではありません」
魔物じゃなくて人魚とほとんど変わらない種族ってことは、この世界のセイレーンは魚の下半身を持つ存在なんだな。
歌声に魔力を乗せることができるみたいだし、微妙に地球の言い伝えとリンクしているのが面白い。
でも、魔物じゃなくて人魚とも友好的っぽいから、僕としても安心だ。襲われたり魅了されたりすることもないだろう。
「そうだったんですか。セイレーンには会ったことがありませんし、いつか歌声を聴いてみたいですね。この島に来たりしたら面白いかもしれません」
「それは楽しそうです! この島での生活が落ち着いたらお手紙を書いてみますね。セイレーンさん達とダークエルフさん達の合唱なんかも、聴くことが出来たらとても素敵です!」
おおう、お手紙で招待できるんだ。さすが王女だな。
でも、アンネマリー王女の提案はたしかに面白そうだ。ダークエルフとセイレーンの共演とか、ファンタジー感が凄まじい。
おっ、ちょうどダークエルフの島が見えてきたし、話題を今日の目的に変更しよう。セイレーンにも興味はあるけど、人魚さん達の住居の方が先に解決するべき問題だ。
「では、早く招待できるようにアンネマリー達が住む場所を決めてしまいましょうか」
「はい、そうですね! あっ、ワタル様。住む場所は本当に私達が自由に選んでいいのですか?」
「えぇ、自由に選んで大丈夫です。ダークエルフの皆さんは簡単な漁くらいでしか海に出ませんが、漁を人魚さん達が請け負ってくれることになったので、全部お任せするので好きな場所にどうぞと言っていました」
元々が森の中で暮らしていたし、湖を生活拠点にしていたダークエルフの一族も海には不慣れだから、海を有効活用できていなかったそうだ。
小魚や貝なんかを手に入れたりはしていたんだけど、それくらいでしかないから海がホームの人魚さん達にお任せするのも悪くない選択だろう。
「期待されているのですね。分かりました! 王女として、しっかりダークエルフの皆さんの期待に応えたいと思います! 皆、行きますよ!」
人魚に変身……いや、人魚の姿に戻ってシーカー号のデッキから直接海に飛び込むアンネマリー王女。
アンネマリー王女に続いて、慌てて海に飛び込んでいくレーアさんとお供の人魚さん達。
アンネマリー王女もすっかりアクティブになっちゃったな。レベルが上がって力が有り余っているんだろうか?
「ワタル、私達も行ってくるわね」
人魚達を追いかけてアレシアさん達も人魚に変身して海に飛び込む。アレシアさんにワタルって呼び捨てにされると、未だにちょっとドキってする。中学生に戻ったみたいで甘酸っぱくて恥ずかしい。
アンネマリー王女と50名の人魚さん達、アレシアさん達が次々と居なくなったから、船内が急に静かになった。
「ご主人様は行かないのよね?」
「うん。昨日はお酒も飲んだし、今日は少しゆっくりしたいんだ。イネスも行きたいなら行ってきていいよ?」
拠点にする場所が決まったら、そこを見に行くだけで十分だろう。島の周りを泳いで探索するのも楽しそうだけど、今日は気分じゃないからまた後日だな。
しかし、みんな元気だよね。まあ、昨晩のお祭りは人魚さん達の歓迎会ってことで、遠慮もあって完璧に弾けられずに、みんなが二日酔いになるまで飲まなかったからだろうけど。
「私も今日はご主人様に付き合うことにするわ。フェリシアも居ないしね」
イネスが明らかに前よりも優しい。そんなにお母さんが怖いんだと思うと、脅しのカードに使ったことを、少しだけ申し訳なく思うな。
でも、優しいイネスは僕にとっても嬉しいから、カードを切ったことに後悔はない。
サンサンと照らされる太陽の下、デッキに備え付けられたソファーにイネスと一緒に座り、遊んでいるリムとペントを見守る。
この一場面だけを切り取ると、とっても優雅だな。豪邸で広い庭を駆け回る大型犬をのんびりと見守る優雅さに共通する優雅さだ。勝ち組生活ってやつだね。
ん? リムがモッチモッチとこっちに近づいてきた。おやつかな?
『……りむもおよぐ……』
おやつじゃなかったようだ。泳ぐってことは神器が欲しいらしい。リム用にもらい受けた神器を渡すと、すぐに体内に取り込み小さな尻尾を生やした。相変わらずプリティな尻尾だ。
『……いってくる……』
「うん。船からはあまり離れないようにね」
『……わかった……』
この辺りにリムに勝てる魔物は居ないから、迷子だけが心配だ。まあ、リムは良い子だから注意しておけば船から離れることもないし、偶に確認すれば大丈夫だ。
ペントと一緒に海に飛び込むリム。
……リムって天使に変化したら羽が生えるし、人魚に変化したら尻尾が生える。世界一多彩な変化をするスライムかもしれない。さすがリムだ。
「うふふ。二人っきりね」
「たしかに二人っきりだけど、なんでそんなにニヤニヤしてるの?」
いきなりどうしたイネス。
「襲われちゃうのかしらって思って」
「……いや、だれがいつ戻ってくるかも分からないのに、襲う訳ないでしょ。分かって言ってるよね?」
「やっぱりね。ご主人様、あなたは変わってしまったわ。出会った頃のご主人様なら分かっていても、顔を真っ赤にしてアタフタしたはずよ」
……たしかにその通りだとは思うけど、そりゃあ少しは慣れるよ。イネスと何度Hしたと思ってるの?
「えーっと……イネスは何が言いたいの?」
話の流れに違和感があるし、ちょっと切羽詰まっているように見えるよ?
「お互いに誠実に向き合うべきだと思うの。問題が起こったら他者を介在させずに、私とご主人様、出会った頃のように話し合って物事を解決する。そう約束してほしいのよ」
なるほど、そっちに話を持っていきたかったのか。
「えーっと、アンネマリー王女が拠点を見つけたらどうするんだったっけ?」
あぁ、そうだった。家を建てるための資材を集めるんだったな。
陸はダークエルフの村に、ダークエルフさん達が人魚さん用の建物を作ってくれるそうだから、僕が集めるのは海の中の建物用の資材だ。
アンネマリー王女のお供の中に大工さんも居るそうなので、場所が決まったら家の材料を手に入れて運んでくればいいらしい。
海中の家なので建築資材は石が中心だけど、孤児院を建てた時にその辺の仕入れは経験済みなので、問題なく集められるはずだ。
「ちょっとご主人様。話を変えないでちょうだい。いま、大切な話をしているのよ」
「しかしあれだね。人魚さん達も陸で暮らせる神器があるんだから、陸で暮らしても良いと思うんだけどね。イネスもそう思わない?」
人魚さん達が言うには、陸でも暮らせないこともないけど海の中の方が落ち着くだそうだ。
でも、せっかくの機会なんだし、陸での暮らしを体験するのも悪くないんじゃなかろうか?
「ご主人様。私の話を聞いてちょうだい」
なかなか諦めないな。しかし、イネスにしては話の持っていきかたが随分と雑だ。本来のイネスならもう少し上手に話を展開すると思うんだけど、その余裕が無いくらいに嫌なのかな? でも……。
「嫌だよ。結局、イネスのお母さんを脅しに使わないでって言いたいだけなんでしょ? せっかく手に入れた切り札。僕は手放さないよ」
気軽に使うつもりはないけど、持っているだけで効果があるカードもある。イネスに振り回されることが多い僕には、とても大切なカードだ。
「……だれもそんなことは言ってないでしょ。出会ってから時間が経ったから、改めて色々と話し合うべきだって提案がしたかっただけよ」
おっ、イネスが引いた。自分が焦りすぎたのを理解したようだ。
「たしかに話し合いは大切だよね。時間がある時にフェリシアも含めて話し合いの時間を持とうか」
次からは焦らずにチャンスを狙ってくるだろうから、僕も油断しないように気を引き締めないといけないな。
「……そうね。しっかりじっくりと話し合いましょう」
イネスが肉食獣が獲物を狙う顔をしている。
……寝た子を起こしてしまったのかもしれない。みんな、早く戻ってきて。
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