33話 閑話 アンネマリーの決意
楽し気に海神様のお話を聞いてくださっていたワタル様が、突然叫んだ後に慌てて部屋から出ていってしまいました。
「お母様。ワタル様が慌てて出ていってしまいましたね。晩餐の準備とおっしゃっていましたが、ただごとではない様子でした」
ワタル様が出ていった扉を見ながらお姉様も不安そうにしています。いったい何があったのでしょうか?
「……そうですね。何か焦っていらしたように見えました。晩餐の準備が遅れそうであれば、私達に一声かけるだけで済む問題です。おそらく神々に関わる問題が起きたのでしょう」
「神々! ではお母様、海神様に何かがあった可能性が?」
私達人魚をずっと見守っていてくださった海神様に何かが? どうしましょう。いえ、おろおろしていては駄目です。
私は人魚の国の第二王女。王族として無暗にうろたえてはなりません。
海神様も頑張るように神託をくださったのです。何を頑張ればいいのかが分かりませんが、頑張るのです!
「可能性はあります。ですが、創造神様の使徒様であるワタル様には海神様に関係する以外の使命もあるはずですので、決めつけてはいけません。そして、私達に話せないことも多々あるはずですから、アダリーシアもアンネマリーも余計な詮索をしてはいけませんよ」
「「はい」」
お母様のおっしゃる通りです。神様に関係するお仕事を探るのは許されません。
ワタル様のお役に立つのが使命ですのに、ご迷惑をお掛けしてしまっては期待してくださった海神様を裏切ってしまうことになります。そんなことは絶対に駄目です。
ワタル様が出ていかれてから、部屋の中が少し暗くなってしまいました。お母様もお姉様もレーアもあまり話しません。
海神様から神託を賜り、すべてが明るく照らされていたような気持だったのですが、海神様かワタル様に何かがあったのではと不安になってしまいます。
部屋がノックされました。ワタル様でしょうか?
「先ほどは急に出ていってしまい、申し訳ありませんでした」
ワタル様でした。ですが、とても疲れ果てているように見えます。
限界まで訓練を課されて気力も体力も奪い去られた兵士のような表情です。ワタル様が出ていかれてから1時間程ですよね? その短時間で何があったのでしょう?
……いけません。お母様から余計な詮索を慎むように言われていたのでした。
(女王陛下。明日の朝、もう一度海神様から神託を賜れることになりました。あぁ、心配しないでください。神器の譲渡許可の件ですから直ぐに終わりますので、朝食の前に少し時間を頂けたら助かります)
ワタル様が周囲を気にしながら小声で不思議なことを言いました。
私は幼いですが、代々の人魚が気の遠くなるほどの長い時を重ねながら、海神様に祈り、懺悔し続けてきたのかを知っています。
それでも一度も得ることができなかった神託です。お疲れのようではありますが、1時間程度の時間で海神様と神託の約束? 意味が分かりません。
私が呆然としていると、では少ししたら晩餐会ですので迎えに来ますとワタル様が出ていってしまいました。
神託の扱いが軽すぎます。神託を賜る場合、先に分かっていれば国を挙げて祝うような栄誉なのです。朝ごはんの前って……。
「お母様……」
お姉様も言葉が続かないようです。
「ワタル様は使徒様です。色々とあるのでしょう」
いつも凛々しく国を導いているお母様が疲れたように呟きました。
そういえばワタル様と関わるようになってから、今まで見たことがないお母様の一面を何度も見ることになりました。初めて見たのは……あぁ、あの時ですね。
ちょうど夕食の時間に飛び込んできた見回りの兵士。その兵士が告げた、海神の神器と海神様の報告に驚愕するお母様を見て私も驚きましたし、お城の中も大騒ぎになりました。
次はお母様がワタル様にお会いして戻ってきてからですね。海神様の伝言をワタル様から聞いたお母様は、お城に帰ってきて私とお姉様を抱きしめて、泣きながら微笑んでいました。お母様の涙、初めて見ました。その時も、お城の中が大騒ぎになりましたね。
そのあと、私が使者として巫女として、ワタル様の元に派遣されることになりました。初めて女王陛下としてのお母様から直接任されるお仕事。
威厳に満ち溢れたお母様に感動と震えを感じました。そういえばその時も、私の緊急初仕事で準備のために城内が大騒ぎになりましたね。
私がワタル様に直接お会いする前から、かなりの騒動が巻き起こっています。
それから少し時間が掛かりましたが、無事にワタル様とお会いすることができました。創造神様の使徒様と聞いていて緊張していたのですが、お優しい方でホッとしました。
あと、リムちゃんとペントちゃんとお友達になれました。スライムとシーサーペントの赤ちゃんで、不思議な組み合わせですが、お友達になると凄く楽しい子達です。
そういえば、ワタル様がロリは駄目だろって初めてお会いした時に呟いていましたが、結局意味は分かりませんでした。大切な事だったら困りますし、後々の為にも意味を聞いておくべきでしょうか?
その後、ワタル様達をお城にお迎えして、人魚の国に守りと光が戻りました。
ワタル様の手で長年の人魚全体の悲願が達成されてからは、お母様は感動の涙か笑顔のどちらかでしたし、人魚の国全体がお祭り騒ぎでした。
そして今日、海神様の神託を授かり壊れたようにはしゃぐお母様。でも、これはしょうがないと思います。
私も海神様のお声を聴いて、感動のあまり放心してしまい気がついたら部屋に戻っていました。人魚なら全員同じような反応になるはずです。
それに、海神様の神託を授かり忘れていましたが、この魔導船も明らかに異常です。人の営みを見たのはアクアマリン王国が初めてでしたが、アクアマリン王国とこの魔導船の設備は何もかもが違い過ぎます。
……こんな異常な魔導船を所有し、創造神様の使徒であるワタル様であれば、海神様と神託の約束を取り付けるのも可能な気がしてきました。色々と思い出すと納得ですね。
しかし……私はこれだけの力を持ったワタル様と一緒にいくのですよね?
ダークエルフの島に到着したら別行動になると聞いてはいますが、ワタル様のお役に立てるのでしょうか?
……とても不安です。
***
「美味しいです」
美味しいです。晩餐会の料理がとても美味しいです。色々な味があってとても美味しいです。
人魚の国でも陸の食材を食べる機会は多々ありますが、味も種類も比べ物になりません。王女として食事に夢中になるのははしたないことなのですが、ナイフとフォークが止まりません。
あっ、サポラビちゃんが新しい料理を運んできてくれました。もうお腹がいっぱいになってきましたが、挑戦しない訳にはいきません。
あと、サポラビちゃん、その緑色の液体はなんですか?
サポラビちゃんがグラスを飲む仕草をします。飲み物のようです。
緑色で泡が出ている液体が飲み物なのですか。
少し不安なのですが、サポラビちゃんが両手をホッペに当て、フリフリと踊るように顔を振ります。おそらく美味しいよって言っているのだと思います。とても可愛いです。
サポラビちゃんが美味しいと言うのであれば、挑戦しない訳にもいきません。
意を決して緑色の液体を口に含むと、口の中でシュワシュワと弾ける泡。果物のようなそうでないような不思議な香りと共に、強烈な甘みが口の中に広がります。
……美味しいです。なんだか分かりませんが、これは良い飲み物です。
「お母様。お姉様。この緑色の飲み物。不思議な味ですが……」
お母様とお姉様が、兵士の一人と怖い顔で話し合っています。私が食事に夢中になっている間に何かが起こったのでしょうか?
気にはなるのですが、私が口を挟める雰囲気ではありません。
レーアに聞き……レーアまで真剣な顔で話を聞いています。いったい、何が起こったのでしょうか?
ワタル様は……なぜか困った顔をして私達から顔を逸らしています。
先程までは私が質問すれば色々と料理のことを教えてくださっていたのですが、今は話しかけない方が良さそうな雰囲気です。
「なるほど、エステとは人魚にもそれほどの効果があるのか。髪もサラサラで、肌までツルツルではないか。だが、女王として訪問先でみだりに肌を晒すのは、しかももう夜で晩餐の席……しかし……」
エステ? エステとはなんでしょう? お母様が苦悩しているようなのですが、そんなに悩むものなのですか?
(お母様。明日の朝にはもう一度神託を授かることになっています。私達からは見えませんが、海神様は私達の姿をご覧になるのかもしれません。ここは挑戦すべきではありませんか?)
お姉様が小声で海神様のお名前を出しました。
海神様の為に何かに挑戦するようです。
よくは分かりませんが、お母様とお姉様が海神様の為に何かに挑むのであれば、私も黙ってはいられません。幼い身ですが、せいいっぱい協力します。
「お母様。お姉様。私もお力になります!」
……こちらを向いたお母様とお姉様が、とても優しい顔で私を見ています。なんだかわかりませんが、私は的外れなことを言ってしまったようです。
「アンネマリー。その気持ちは嬉しいが、まだお前には必要ないことだ。もうすぐデザートも出てくるそうだから、ゆっくり食事を楽しませてもらいなさい」
お母様とお姉様が優しく頭を撫でてくれたあと、真剣な顔でワタル様に話しかけました。
エステをお願いするお母様とお姉様に、ワタル様は苦笑いをしながら頷き、エステとやらに行ってしまいました。
「レーア。私は食事を続けて、終わったら先に休むように言われたのですが、それでいいのでしょうか?」
子供だからお母様とお姉様のお力になれないのですか?
レーアが優しく私に微笑みながら頷きました。言う通りにした方が良さそうです。
デザート……とっても美味しいです。
***
起きたらお母様とお姉様、あとなぜかレーアまで見違えるほど綺麗になっていました。
朝食前に海神様の神託を授かった時も、お母様とお姉様は海神様から綺麗になったとお褒めの言葉を頂いていました。
ワタル様に人魚に変化する神器を人数分と予備を含めて譲渡した後、ワタル様から沢山のお土産を頂いてお母様とお姉様は上機嫌で人魚の国に帰っていきました。
去り際に真剣な顔で、頑張るのですよ、体に気を付けるのですよとお母様とお姉様から声を掛けてもらいましたが、なんだかとても釈然としない気持ちです。
エステってなんですか? なぜお母様とお姉様、レーアだけが綺麗になっているのですか? エステって良い物ですよね? 仲間外れですか?
……自分達だけズルいです。まずは……レーアを尋問です。
「あー、アンネマリー王女。家族と離れるのは寂しいと思うけど、まあ、僕達にできることなら力になるから、遠慮しないで相談してね」
ワタル様が家族と離れた私に気を使ってくださいました。お優しい方です。
……そうでした。わざわざレーアを尋問しなくても、ワタル様にお願いすればいいのです。
「ワタル様。私もエステに挑戦したいです」
「ロリにエステって……」
ワタル様が困った顔で呟きました。ロリ、初めて会った時にも呟いていた言葉です。やはり重要な言葉なのかもしれません。
ワタル様のお力になるためにも、聞いておいた方が良いですね。
「ワタル様。ロリってなんですか?」
「い、いや、なんでもないよ。うん……あはは、あっ、いけないな。お仕事があるのを忘れてたよ。アンネマリー王女。話はまた後でお願いします。では!」
走り去っていくワタル様。
……相談したらいきなり裏切られました。
「アンネマリー様……」
やはりレーアを尋問することから始めなければいけないようです。
ロリにエステ……この謎、必ず解き明かしてみせます!
読んでくださってありがとうございます。




