10話 商人と襲撃
「布ぐらい被せておくべきでしたね……」
「そうね、私もそう思うわ。迂闊だったわね」
大騒ぎの港を通り抜けて係留所に泊める。やっちゃったよ、大物を見せびらかしながら堂々の入港……派手に決めちゃったよね。これで目立ちたくないとか考えてる、自分の間抜けさが怖い。
「これからどうすればいいのか、アレシアさんは分かりますか?」
大勢の見物人の方を見ないようにして、アレシアさんに問いかける。
「これだけの騒ぎになっちゃったんですもの。商業ギルドの職員がすぐに駆けつけてくるわ。人の手配を頼んで運んでもらいましょう」
「分かりました。あっ、あの人達ですかね?」
商業ギルドの制服を着た男の人がこちらに向かって走ってくる。かなり慌てている姿を見ると、なんだか申し訳ない気持ちに……ごめんなさい。
「ええ、そうね。手配してもらいましょう」
頼んでしばらくすると、商業ギルドのマスターとカミーユさんが荷車と共にやってきた。
「ギルドマスターまでこなくてもいいと思うんだけどな」
「あの方は派手な事が大好きですから、こういったイベントは逃しませんよ」
僕のつぶやきに、ドロテアさんが答えてくれた。派手好きなのか……。
「おう、間違いなくサーベルタイガーの亜種じゃな。みんなようやった」
「ワタルさん、ジラソーレのみなさんお帰りなさい。ご無事でなによりです」
「すいませんカミーユさん、大騒ぎになってしまいました」
「あはは、まあ、しょうがないですよ」
苦笑い気味に流してくれるカミーユさん。目立たないように手間をかけてもらっていたのに、申し訳ないです。
「何を言っておるんじゃ。これだけ派手なサーベルタイガーの亜種の登場じゃ、南方伯様もお喜びになられるじゃろうて」
ホクホク顔のギルドマスター。完全に僕の事情を忘れているな。
「ワタルさんが目立ってしまった事を言ってるのですよ、ギルドマスター」
「あー、そうじゃったな。ふむ……まあ頑張れ。さて、さっさと積み込んで商業ギルドに行くぞ、ワタルにジラソーレもついてこい」
ギルドマスターの適当な励ましにイラっとする。まあ、ここにいるとますます目立つだけだな。さっさと移動しよう。みんなで商業ギルドへ向かう。
「とりあえずワタルは依頼の完了報告をしてくるといい。その間に護衛を呼んでおくからな。ジラソーレは査定するから奥の倉庫だ」
「分かりました。ジラソーレのみなさんお世話になりました」
「こちらこそお世話になりました。ねえワタルさん、今回は早く島から切り上げたから、次も行きたいのよ。ワタルさんにお願いしたいから、都合を合わせられないかしら?」
これって指名依頼? 美人集団からのご指名は嬉しいが、仲良くなると周囲から殺気が飛んでくるのが辛い。
「えーっと、注文したいものがあるので、3日後以降なら大丈夫なんですが、それでいいですか?」
「ええ、私達は大丈夫よ。じゃあ、ギルドに申請しておくから、3日後の朝からお願いするわね」
「分かりました」
次の仕事も決まっちゃったな。大人気です。アレシアさん達と別れの挨拶をして受付カウンターに向かう。
「依頼完了を確認しました。報酬は1人1日50銀貨で6人で4日間ですので12金貨になります」
「2金貨は現金で、残りは口座にお願いします」
4日間で1200万か、バブルだな。
「かしこまりました」
あっ、ディーノさんとエンリコさんだ。護衛の2人と合流して商業ギルドを出る。まずは船大工のドニーノさんのところだな。
「ドニーノさん、こんにちは」
「ワタルか、筏はどうだった?」
速攻で質問が飛んできた。ドニーノさんも筏の事が気になっていたらしい。
「バッチリでしたよ。それで追加であと4枚ほどあの筏を作ってほしいんですが、大丈夫ですか?」
「4枚もか? なんでそんなに必要なんだ?」
「僕が必要なのは1枚で、残りの3枚はグイドさんとカルロさんとダニエルさんがほしがってるんです。それでできるだけ早く手に入れたいらしくて、先に注文しておくように頼まれたんですよ」
「ああ、南東の島に行ける奴らか。先に注文させるなんてよっぽど気にいったんだな。ワタルは1枚追加してどうするんだ?」
「ええ、荷物や採取してきた物を置く場所を作ろうかと思いまして。テントを2つ張る予定ですので買ったら持ってきます。あっ、碇にロープもお願いします」
「おう、分かった。準備しておく」
「あと、大きな木の桶を作ってもらえませんか? 中に水と人が入るので、頑丈な奴を作ってほしいんです。それと、焼いた石を入れるので、直接石に触れないように端っこに囲いを作ってください。大きさは150×80の高さは80くらいでお願いしたいんですができますか? あと排水用の穴もお願いします」
「風呂か? 変わった形だができるぞ。筏と風呂で2金貨でやってやる。時間はそうだな、2日後の夕方までには作っといてやる。運搬料は2つで20銅貨でいいぞ」
「ではそれでお願いします。これ、2金貨20銅貨です。楽しみにしてますね」
「おう、任せておけ」
ちょっと無駄遣いしちゃったかな? でも、海の上で景色を眺めながらお風呂に入りたかったんだ。焼いた石でお風呂が沸かせたはずだから、お風呂が作れるって思うと我慢できなかった。もう注文しちゃったし、日本人ならしょうがないって事にしておこう。
ドニーノさんのところを出て、次はテントを買った道具屋に向かう。
「すみません。テントと言うよりも、床の部分だけがない天幕が2つほしいんですが、ありますか? 大きさは、この前買った10人が寝れるテントの半分の大きさくらいのがほしいんです。あと、この前買ったテントを他にも3人が買いにくると思います。在庫はありますか?」
「はい、ございますよ。天幕は1つ9銀貨で2つですね。大きなテントは人気がありますから、在庫も十分です」
それならグイドさん達もテントをすぐに手に入れられそうだな。
「あとは、木のテーブルが2脚と椅子を8脚お願いします。これは係留所の115番に運んでほしいんですが、大丈夫ですか」
「かしこまりました、テーブルと椅子はどれになさいますか?」
「これでお願いします」
外で使うやつだし、飾りが派手なのよりシンプルなのがいいよな。
「テーブルが2銀貨で2脚、椅子が80銅貨で8脚ですね。運搬料はサービスさせて頂きますので、天幕と合わせて28銀貨40銅貨になります」
「ありがとうございます。では、28銀貨40銅貨です。あっ、あとはこのカンテラが3個ほしいです」
「1個60銅貨になりますので、180銅貨ですね」
「2銀貨からお願いします。カンテラも船の前まで運んでおいてください」
「かしこまりました」
うん、これで買い物はすんだな。護衛の2人に待たせたお詫びをいって、海猫の宿屋に向かう。
「こんにちは女将さん、3泊で、2銀貨からお願いします」
「はい、50銅貨のお釣りですね」
お釣りを受け取り、自分の部屋に戻って休憩する。ふう、1人になると落ち着く。のんびりまったりしていると、女将さんがお客がきていると呼びにきた。僕にお客って誰だろう? 護衛の2人に付いてきてもらって食堂にいくと、知らない商人さんが待っていた。
「はじめましてワタル様。私は商人のザボと申します。よろしくお願い致します」
「はい、えーっと、ワタルと申します。どのようなご用件でしょうか?」
買いたいものは特に思いつかないんだけど……。
「はい、ワタル様は素晴らしい魔導船をお持ちとの事で、専属契約を結んで頂けないかとお願いに上がりました」
あー、入港で目立っちゃったから、さっそく商人に身元がバレたのか。面倒だな。
「いえ、あの、誰かと契約をするつもりはありません。仕事は全部商業ギルドを通して受ける予定です。申し訳ありませんが、お引き取りください」
そこからが長かった。きっぱりと断ったにも拘らず、こんな好条件はありませんとか、でしたらこのような条件はいかがでしょうとか、なんどお引き取りくださいと言ってもなかなか帰らない。
商人としては帰れと言われて帰っていたら、商売にならないのかもしれないが、それにしても粘りすぎだと思う。やっと帰ってくれたとグッタリして部屋に戻ったら、すぐ次のお客がやってきた。サーベルタイガーの亜種の件で、大人気だな、ちくしょう。
とりあえず話を聞いて、契約はしないし依頼は商業ギルドを通してからしか受けないと、何度も繰り返した。夕食を食べてからも客がきてゆっくりする暇もない。
やっぱり目的もないのに目立つのは碌な事にならないな。大体、キラキラと光るサーベルタイガーの亜種がずっと目の前にあったのに、不味いと思わない自分の鈍さがすごいよ。
考えれば考える程、情けなくなってくる。もう寝て、明日の朝早くにカミーユさんに相談しにいこう。
***
翌朝、商人達が押しかけてくる前に、商業ギルドに相談にいく。
「カミーユさん、おはようございます。少し相談があるのですがお時間頂けますか?」
「ワタルさん、おはようございます。構いませんよ。でしたら、別室にご案内いたしますね」
「ありがとうございます」
カミーユさんの笑顔はホッとするな。なんで押しかけてくる商人が全員、欲望にまみれた顔した商人ばかりだったんだろう? カミーユさんみたいな人が商談にきてくれたら、少しは癒されたんだけどな。
「ワタルさん、もしかして商人達が押しかけてきましたか?」
さすがカミーユさん、相談の内容も想像がついてるみたいだ。まああの騒ぎだもんね、目立っちゃったなくらいにしか考えていなかった僕が馬鹿なんだろう。
「はい、そうなんです。商業ギルドを通しての依頼しか受けないので、お引き取りくださいって、何度も言ったんですが帰ってくれないし、どうしたらいいのか困ってしまいました」
「そうですか、サーベルタイガーの亜種の件で目立ってしまいましたからね。しかしまったく商人と話をしないのも悪手です。どんな手を使っても会おうとして、問題になる事があるので、断るにしてもある程度は商人たちと会ってあげてください」
どんな手段でもって、勘弁してほしいな。嫌だけど、ある程度我慢しないと危険っぽい。
「会わないと危険だって事は分かりました。ですが、会いにくる商人達のほとんどが、中々諦めてくれないので大変なんですよね」
ちょっと話して帰ってくれるなら、別に問題ないんだけどな。
「まあ商人ですから、目の前に儲け話があれば中々諦めませんよ。しつこい相手は商業ギルドと話すように言ってください。それと少し商人達と話をしたら、南島の島の依頼を受けて、避難するのがいいかと思います」
逃げるが勝ちってやつだな。うん、それが一番安全っぽいな。
「分かりました。できるだけ商人と会って話し合ってみます。カミーユさんありがとうございました」
「申し訳ありません。当たり前の対応しかできなくて。あと、しばらくの間、ワタルさんが南方都市にいる時には、陰から護衛が付くように手配しておきます。犯罪行為等は商業ギルドが全力で対応いたしますので、落ち着くまで頑張ってください」
はは、陰の護衛まで付いちゃったよ。VIPになった気分だ。
「はい、よろしくお願いします。明後日には島に行く予定ですので、その間に少しは収まってくれるといいんですが」
「4~5日では難しいでしょうが、きちんと対応していれば落ち着きますので頑張ってください」
「はい、頑張ってきます」
カミーユさんにお礼を言ってから、あきらめて宿に戻る。すでに宿に商人が待っていたのは辛かったが、気合を入れて食事の時間以外はほぼ商人の相手をして過ごした。中には脅迫まがいの言動や、明らかな脅しもあったので、商業ギルドに通報しておいた。
出発前日の夕方に食料の買い出しと、筏とお風呂と椅子とテーブルを確認して積み込んだ。お風呂は何とか船に乗ったので、お風呂の中に椅子とテーブルを詰め込み、入らなかった椅子は筏に括り付けた。
なんとか荷造りを済ませて宿に戻る途中、いきなり襲われた。……ディーノさんもエンリコさんも強いな。ディーノさんは渋いままで、エンリコさんはニコニコ顔のままで、襲ってきた相手をボコボコにしている。
どうして襲ってきたのかを尋問した時に、エンリコさんの怖さを知った。ニコニコ顔を一切崩さずに躊躇いなく骨を折っていくエンリコさん……。
骨を折られて苦痛にうめくゴロツキ達の前で、やっぱり捨て駒でしたね。何も知らないようです。ニコニコ顔のままそう言った時、ゴロツキに同情したのは、おかしな事なのだろうか?
「ありがとうございます。この人達はどうしたらいいんでしょう?」
「商業ギルドに通報が行ってると思うので、もうすぐ引き取りにきますよ。そのあとは警備隊に引き渡されると思います」
「分かりました。しかしついに襲われてしまいました。ディーノさん、エンリコさん、これからもよろしくお願いします」
「おう」
「ええ」
そのあと、商業ギルドから人がきたので、あとはまかせて宿に戻った。本当に襲われると本気で怖くなる。明日島に出発なのは助かる。島に行っている間に落ち着けばいいんだけど、無理っぽいよな。考えると気分が落ち込むから、さっさと寝てしまおう。
***
朝、身支度を整えて護衛の2人と食堂にいく。さすがに寝つきが悪かったから気分が重い。ダラダラと朝食を食べ終えて係留所に向かう。
「この勧誘ってどのくらい続くと思います?」
「グイド達の時は、一通り商人が声をかけたら騒ぎは収まったが……ワタルの場合は、あの派手な入港もあって船の性能も知られたからな。予想がつかん」
「ディーノの言う通りですね。商人達も中々諦められないでしょうし、長引くでしょう」
「長引きますか……」
単純なミスで騒ぎを大きくしちゃったからな。せめて稼がないと割に合わない。島の方が安全なんだし、できるだけ島にいよう。
係留所に到着したので護衛の2人の依頼表にサインをして、アレシアさん達を待つ。おっ、来たみたいだ。
「ジラソーレのみなさん、おはようございます」
「ワタルさん、おはようございます」
「すみません、今回も荷物があるので少し到着が遅くなります」
「ふふ、今回も沢山ね。私達も恩恵にあずかれるのかしら?」
恩恵……お風呂が成功して、アレシアさん達がお風呂に……あれ? 風呂上がりのアレシアさん達とか、ものすごく僕に恩恵がある気がする。ぜひとも成功させたい。
「僕はいい物だと思っていますが、みなさんに気にいって頂けるかまでは分かりません。でも、気にいって頂ければ、やみつきになると思いますよ」
「ふふ、楽しみにしているわね。じゃあそろそろ出発しましょうか」
アレシアさん、結構期待しているみたいだな。まあ、お風呂なら期待に応えられるだろう。護衛の2人と別れて出発する。
「ワタルさん、ネギと昆布の出汁を入れた鳥の骨のスープ、美味しくできましたよ。昆布の出汁はすごいですね」
クラレッタさんが笑顔でスープの成功を報告してくれる。癒されますな。
「美味しくできたのならよかったです。昆布は今回も干しておきますので、必要な分を持っていってください」
「本当ですか、ありがとうございます。でも、ただもらうのは心苦しいので、幾らかお支払いしたいんですが……」
昆布を売るって事?
「うーん、ですが、ただ海藻を引き抜いて干しただけですので、商売にしているなら別ですが、趣味のような物でお金を頂くのは、僕も心苦しいです」
「うーん、そうですか……どうしましょう?」
「では、今度クラレッタさんが作られた料理をご馳走してください。それで十分過ぎる対価になりますので」
「そんな事でいいんですか?」
「はい、十分です」
ゆるふわ巨乳美人の手料理がそんな事? そんな事な訳がない。追加でお金を払いたいくらいです。しばらく雑談をして、難所を通り抜けて島に到着する。テント筏に船を寄せてみんなを降ろす。
「お疲れ様でした。今、紅茶を淹れますので休憩していてください」
「お疲れ様。テントに荷物をおかせてもらうわね。今までは狭くて必要な物ですら最小限しか持ち込めなかったから、とっても助かるわ」
ニコニコと荷物を運ぶアレシアさん達。テントにはそんな副次効果があったとは……まあ、便利になったって事はいい事だよな。
「はい、ご自由にお使いください」
テントで冒険者も気分よくすごせるなら、島での生活も問題なさそうだ。お湯が沸いたので紅茶を淹れる。
「みなさん、紅茶がはいりましたので、どうぞ」
「ありがとうワタルさん。それでね、2日後の夜には戻ってきて、休ませてもらいたいんだけど、本当に構わないのかしら?」
「ええ、毎日でも構いませんよ。疲れたらいつでも戻ってきてください。あとは、気に入るかどうかは分かりませんが、施設も増えますので楽しみにしていてください」
「あら、ありがとう。施設もどんな施設ができるのか楽しみだし、二日後には必ず戻ってくるわね。紅茶、ごちそうさま。島までお願いします」
「分かりました」
アレシアさん達を島に送り、鶏がらスープを炭火に載せる。さて、もう1枚の筏をくみ上げるか。二回目だし今度はもう少し早く組み上げる事ができるだろう。
***
筏を組み上げて、テント筏から少し離れた場所に碇で固定する。うん、結構時間短縮できたな。まだ時間があるし、天幕の設置までは何とか終わらせよう。
……ギリギリ天幕2つを張り終わったらすぐに日が暮れた。お風呂の設置は明日だな。
テント筏に戻り、テントの前のスペースにテーブルを置く。人数が多いからテーブルはくっつけておいたほうがいいな。椅子を並べてテーブルの上にランタンを置いて完成。海上のオープンテラス。オシャレだよね? 暗くて見えないけど。
晩御飯を食べてもう寝るか。明日は久々のお風呂の予定だし、楽しみだな。
誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスを頂ければ大変助かります。
読んで頂いてありがとうございます。