21話 甘酸っぱい?
女王陛下の案内で人魚の国のお城に向かい、お城の庭園では人魚の国にふさわしい幻想的な光景を目にした。でも、僕にとってはそんな幻想的な光景よりも、城内の休憩室で光景の方が神秘的だった。
あの雪のように透き通るといった言葉がピッタリな真っ白な肌と、言葉に出すだけで放送コードに引っかかる神秘的な茂み。
「ワタル様! ワタル様!」
ソファーに身を横たえ、目をつむって脳裏に焼き付いた映像を何度もリピートしていると、人魚メイドさんの声が聞こえた。
目を開けてみると、部屋には僕と人魚メイドさんだけしかいないようだ。みんな上の部屋に入ったらしい。
「ワタル様、先程は失礼いたしました」
先程? あぁ、僕を更衣室のような場所から無理矢理追い出した時のことか。あの時はもう目を逸らしていたし、追い出されても何の問題も無い。
むしろ固まって動けなかったから追い出されてありがたかったくらいだ。でないと、アレシアさんから本気で嫌われる可能性もあったもんね。
「いえ、僕も混乱していたので助かりました。僕も上に行って大丈夫ですか?」
「はい。皆様、お着替えも済まされてワタル様をお待ちです」
あれ? 上に行くとアレシアさんと顔を会わせることになるんじゃ? 今まではあの光景にばかり気を取られていたけど、それって結構気まずいことなんじゃ?
だって僕、凝視しちゃったし、創造神様にまで感謝の祈りを捧げちゃったよ?
「……あのー、アレシアさんの様子はどうでした?」
「しばらくは混乱されていたご様子でしたが、今は落ち着かれております。自分の不注意だからしょうがないとおっしゃっておいででした」
ふむ、こういったラッキースケベの場合は、理不尽にビンタをくらったりするのが定番なんだが、そういったことにはならなかったよな。
大人なアレシアさんには感謝だけど、それはそれでこちらの対応が微妙に難しい。
事故とは言え見てしまったのなら、男としてちゃんと謝罪するべきだよね? いや、わざわざ話題を掘り起こすのは不味いのか?
ラッキースケベ初心者には、かなり難しい問題だ。
「あのー、こういった場合は、何もなかった風に流すのが良いのか、全力で謝った方が良いのか、どっちだと思いますか?」
分からないことは聞いてみようってことで、目の前の人魚メイドさんに聞いてみたが、とても困った顔をしている。まあ、そうだろう。こんなことを相談されても困るよね。
「……私見になりますが、普段隠されている部分を事故とはいえ見られた場合、なんでもないように流されたら、軽んじられたようで傷つくと思います。ですが、事故であったことも確かですので、重い謝罪もご負担になるかと……人魚の私ではこれ以上のことは分かりかねます。申し訳ありません」
「いえ、大変参考になりました。ありがとうございます」
思っていた以上にちゃんと考えてくれた。ふむ、僕としては何事もなかったように流してしまうのがベストかとも思ったが、軽んじるって考えもあるか。
人魚メイドさん、本当にありがとうございます。人魚さんには分かり辛い話だっただろうに、真剣に相談に乗ってくれて感謝しかない。
それに、種族は違っていても女性としての考えは近いはずだ。ここは人魚メイドさんの意見を参考に、何もなかったことにはせずに、でも重くもなく軽んじてもいない謝罪で……それってどんな謝罪?
……とても悩ましいけど、いくら考えても分からないな。人魚メイドさんにも心配そうに見られているし、ここは出たとこ勝負でいくか。
誠意を込めてちゃんと向き合えば、アレシアさんならちゃんと対応してくれるはずだ。もう一度人魚メイドさんにお礼を言って、更衣室に向かう。
カーテンを閉じて、えーっと、服を神器から取り出す。ん? あぁ、神器に念じれば、着替える時の注意事項もちゃんと教えてもらえるじゃん。
こうなると、いきなり先走って神器を外したアレシアさんのミスは大きいし、アレシアさんもそのことは理解しているだろう。僕が大げさに謝るとアレシアさんの負担になるのは間違いなさそうだ。
神器の注意事項に従い素早く着替えて上の部屋に移動する。ふぅ、カーテンを外せばみんなが居るんだよな。ちょっと緊張する。
深呼吸をしたあとに気合を入れてカーテンを開けると、みんなの視線が僕に集中する。
なんとなく責められているような視線な気もするが、ちゃんと確認してみると苦笑いな表情が多い。ちょっと被害妄想気味かもしれないな。気持ちを落ち着けてアレシアさんに近づく。
「えーっと、アレシアさん」
「は、はい」
やめて、顔を赤らめないで。恥ずかしがっている表情だってことは分かっているけど、アレシアさんってリーダーとしての振る舞いが多いから、女の子っぽい仕草がなんだか新鮮でキュンキュンしてしまう。
……バカなことを考えていないで、ちゃんと謝罪をしよう。
「あの、アレシアさん。先程はあり……、先程はぶしつけな視線を向けてしまって、すみませんでした」
危ない。危ないよ。間違えてお礼を言いそうになってしまった。お礼を言いたいのは本当の気持ちだけど、それが間違いだってことは、さすがに僕でも分かる。
「……あり? いえ、まさかね。ワタルさん、頭を上げて。先程は私の失敗だし、ワタルさんが謝ることじゃないわ。まあ、凄く見られたのには思うところがあるけど、私に魅力があったってことにするわ。だからワタルさん……」
あれ? アレシアさんから急に圧が……。
「は、はい、なんでしょう?」
「お互いに気にしないことにしましょう。そして、先程のことはすべて忘れるの。分かる? すべて忘れるのよ。ワタルさん、いいわよね?」
おおう、なんか魔物と向き合う時のアレシアさん以上のプレッシャーが、僕に圧し掛かってきているのですが……。
「はい! 忘れました。綺麗サッパリ忘れました。先程は何もありませんでした!」
正直忘れるなんて無理だけど、脳内でリピートするだけに留めます。二度と先程のことは口に出しません。
「そうですよね。何もありませんでした」
僕とアレシアさんがシンクロしたように頷く。これですべてが終わったってことだ。気まずい部分もあるだろうが、無理矢理になかったことにして普通の生活に戻るってことだ。
しかしあれだね。お互いに成人しているはずなんだけど、なんだかとても甘酸っぱい。青春って感じがする。
「ワタルさん?」
「いえ、なんでもありません」
そそくさとアレシアさんから離れた場所に座る。ふぅ、まあこれで一件落着。あとは人魚の国の問題に集中しよう。
イネスがニヤニヤと僕を見ているが、気にしない。ここで話しかけでもしたら、絶対に引っ掻き回される。
何食わぬ顔で、アレシアの〇〇はどうだったのとか言いだしかねない。
『……わたる……』
リムがポヨンと膝に飛び乗ってきたので、癒しを求めて抱きしめる。
しかし、何かしらの主人公がラッキースケベに巻き込まれるのが羨ましかったけど、ラッキースケベの後って微妙に大変なんだな。知らなかったよ。
でも……トータルでいったらプラスな気がするから不思議だ。
「ご主人様、なんでニヤニヤしているの? 何か楽しいことでも思い出した?」
イネスが洒落にならない爆弾を放り込んでくる。部屋中の視線が集まってきてしまった。とくにアレシアさんの目が怖い。
「べ、べつにニヤニヤなんかしてないよ。リムが可愛いから笑顔になっただけだよ」
「ふーん、そうなんだ。勘違いしちゃったわ。ごめんなさい、ご主人様」
絶対に勘違いなんかじゃなかったよね。イネスにはもう一度奴隷って言葉の意味を勉強しなおしてほしい。ご主人様を追い込むのは奴隷の仕事じゃないからね。お願いだからフェリシアを見習って。
『……りむ、かわい?……』
おうふ、可愛らしいリムから、とてつもなく可愛い思念が飛んできた。
「もちろんだよ。リムはとっても可愛いよ」
『……むふー……』
ラッキースケベも起こったし、リムもひたすら可愛い。今日は素晴らしい一日なのかもしれない。
***
「ワタル様、どうぞこちらに」
なんだか一日が終わった気になっていたけど、まだ大きなイベントが残っていたようだ。
「えーっと、失礼します?」
休憩室で休憩していると、人魚メイドさんから晩餐の支度が整ったと言われた。案内された部屋はとても豪華で、しかも空気で満たされていた。
「ワタル様、そんなに緊張なさらないでください。ここには私達しかいませんから、身内の集まりだと思って気楽になさってください。ワタル様は創造神様と海神様の使者様、礼を尽くすのは私共なのですよ?」
「あはは、その、頑張ります?」
女王陛下を身内だと思えと? 人数は少ないにしても、こんな豪華な部屋でそんなことは無理だ。
あと、神様関連は使者とか勘違いだから止めてください。単なる使いッパシリって言ったじゃないですか。
それに、知らない美女が女王陛下の隣に座っていて更に緊張する。女王陛下とアンネマリー王女の間に座っているから、アンネマリー王女のお姉さんかな? ってことは王女様だね。緊張感が増した。
引きつった笑いを浮かべながら案内された席に座る。アレシアさん達は当然として、ちゃんとイネスやフェリシア、リム達従魔の席まで用意されている。ものすごく気を使われているな。
「人魚の国の晩餐ですから海中での晩餐も考えたのですが、最初は落ち着ける方が良いかとこのような形式の晩餐にしました。ワタル様は海中での晩餐に興味はおありですか?」
僕の緊張を解すためか、女王陛下が笑顔で話しかけてくる。
……そういえば、食事のこととか全然考えていなかったけど、海中での食事ってどうするんだ? 火は? スープは? 飲み物は? 全部海中だと無理だよね?
「海中での食事は想像がつかないので興味はあります。スープとか飲み物はどうなっているんですか?」
「うふふ、興味を持っていただけるのは嬉しいですわね。単純な仕掛けなのですが、どうせならここで説明するよりも晩餐の席で体験して頂きたいですわ。明日の晩餐を楽しみにしていてください」
あっ、まだ今日の晩餐も始まっていないのに、明日の晩餐の予定が決まってしまった。……まあ、海中での晩餐は興味があるから良いか。
女性陣も興味津々の様子だし、断ったら怒られそうだ。
読んでくださってありがとうございます。




