20話 素晴らしい光景
人魚の国に到着し女王陛下に出迎えてもらって、人魚の国を案内してもらいながらお城に向かった。道路に海草が茂っていたり、異世界人が海神の神器を使って迷惑な海流を起こした現場を見学したりしながら、人魚の国のお城に到着した。
海流のことは任せてくださいって安請け合いしたのが、少しだけ不安です……。
城門をくぐると、景色が一気に華やかになる。庭園には手入れをされた海草の絨毯が広がり、いたるところに色とりどりの珊瑚のような木が立っている。何より、太陽のような光がサンサンと降り注いでいる。
神器の影響で暗闇でも問題は無かったけど、光が降り注ぎ景色に鮮やかな色が付くと、人魚の国の印象が劇的に変わる。
海水の動きで揺れる光、宝石のような珊瑚の木。光を吸い込み色鮮やかに茂る海草の庭園。その中を群れで泳ぐ小魚や、のんびり漂う魚達。その背後には立派な西洋のお城がそびえ立っている。
お城の建築様式が西洋風なのを除けば、僕が想像していた竜宮城に近い光景だ。
「きれい……」
この光景を見たイネスやフェリシア、アレシアさん達から、ポツリとシンプルな感想が聞こえる。庭園の美しさに魅入られて、賛美するような言葉が出てこないんだろう。
白黒テレビからカラーテレビを飛び越して、4K対応テレビに変わったくらいの衝撃な気がする。
「女王陛下、この光はどこから降り注いでいるんですか?」
太陽のような光源は見えないし、上から人魚の国を見た時も発光しているようには見えなかったはずだ。
「この城には神器によって魔力で半球体の幕のようなものが張られています。その幕が全体的に発光して城を照らすようになっています」
半球体……ドームみたいな感じの幕が張られているってことか? しかも、また神器……ほぼ間違いなく海神様が授けたんだろうな。人魚に対する海神様の溺愛感がハンパ無いです。
「えーっと、上から光が見えなかったのはどうしてですか?」
「光は魔物も呼び寄せますから、内側にしか光が向かないようになっています」
なるほど、目が悪い魚はともかく、普通に目が見える魔物なんかだと、光っていたら寄ってくる可能性は高そうだな。
「あちらをご覧ください」
「あっ、暗くなっていますね」
女王陛下に言われた場所を見ると、ポッカリ穴が開いたように暗くなっている場所が見える。
「あの部分は乱れた海流が通っている場所です。魔力の幕ですからある程度の海水の動きは影響しないのですが、激しい海流だと幕を維持できなくなってしまいます」
魔力の幕ってよく分からないけど、結界みたいな物理的な力を防ぐ効果は無いようだ。光に特化した幕ってことかな?
「本来であれば、この光は国全体を包み込んでいたそうなのですが、国全体の海流の乱れで魔力の幕が全体に展開できなくなってしまいました。今では国民に庭園を開放して、光を浴びる機会を作るのが精いっぱいです」
庭園に人魚が居ないのは、僕達を出迎えるためだったのかな? 普段は人魚が光を浴びに城に来ているようだ。
「海流が穏やかな場所で、その神器を使うのは無理なんですか?」
広い範囲で光の幕を張れるのなら、別の場所で使った方が効率はよさそうだ。
「城が起点になって幕が張られますから、別の場所では無理なんです」
少し悲しそうに答える女王陛下。僕が思いつくようなことを長い時間があった女王陛下が考えない訳ないよね。
「そうでしたか。ですが、海流を元に戻せれば問題ないってことですよね。では、もうすぐ国いっぱいに光が届きますね」
悲しそうな女王陛下につられて、またもや大きなことを言ってしまった。
「はい、そうですね。ワタル様、よろしくお願いします」
「任せてください。僕もこの国が光に満ち溢れる光景を見てみたいので頑張ります」
女王陛下の輝く笑顔にまたもや……この人、いや、この人魚の女王陛下は人妻……いや、人魚妻? なのに美女過ぎる。とても子持ちとは思えないです。
でも、光が隅々まで行き届いた人魚の国を見てみたいのは本当だから、できる限り頑張ってみよう。
「ありがとうございます。では、城内をご案内しますね」
幻想的な庭園を見ただけで満足した気分になっていたけど、まだ城門をくぐっただけだった。人魚の国のお城、あなどれないな。
「あれ? リムは?」
周囲を見渡してもリムが居ない。庭園に気を取られている間にどこかにいっちゃった?
「ご主人様、あそこよ」
焦ってキョロキョロしていると、イネスがリムの場所を教えてくれた。イネスが指し示す場所は、上だな。
前後左右をキョロキョロしていたけど、ここは海の中なんだから上下も行動範囲内なんだ。
上を見ると、リム、ふうちゃん、べにちゃんが、ちっちゃな尾ビレをピルピルさせて小魚の群れを追いかけ回している。
その背後をペントがゆっくり追いかけているから、まるでシーサーペントから逃げる小魚の群れと三色のお団子のようだ。
リム達にとっては綺麗な景色よりも小魚の群れが気になったのか。リム達もまだまだ子供なんだし、花より団子でもしょうがないか。
リム達に戻ってくるように声を掛けると、こちらに向かって三色のお団子とペントが戻ってきた。
『……たのしい……』
戻ってきたリムから満足気な思念が届く。小魚の群れには迷惑だっただろうけど、リムは大満足のようだ。
それは良かったと言いたいところなんだけど、問題はあの小魚の群れが、人魚の国の国民、もしくはペットだったりする可能性があるところだな。
小魚が国民ってことに違和感があるが、お城の庭園に居るんだから国民の可能性もゼロではない。
昔話だけど、竜宮城に出てくるタイやヒラメは家臣だよね?
「女王陛下、申し訳ありません。小魚達は大丈夫でしょうか?」
「小魚の群れは捕食者から追いかけられる宿命ですから大丈夫ですよ。自然界は弱肉強食です」
女王陛下から普通に冷静な言葉が返ってきた。小魚の群れは家臣でもペットでもなかったようだ。ちょっと思考がファンタジーに影響され過ぎているのかもしれない。
***
ふむ……城内は普通?
いや、海の中のお城の時点で普通ではないんだけど、この前探索した海中の公爵城に比べると、断然普通のお城っぽい。
まあ、公爵城は手入れもされていないし、シーサーペントもわんさかいたから比べるのが間違っている気もするけど、でも、普通?
民家では考えられない大きな間取りや、備え付けられている貝殻を加工したような家具には目を引かれるけど、それ以外は陸のお城とあんまり変わらない気がする。
まあ、そこまでお城に詳しい訳ではないから、お城に詳しい人が見たら色々と違いが判るのかもしれないな。
「お疲れだと思いますので、まずはこちらでお休みください。上の部屋は空気がありますので、陸と変わらずに行動できます。ただ、窓等は無く、多少息苦しく思われるかもしれません。必要な物がありましたら、部屋付きのメイドにお申し付けください」
お城を訳知り顔で観察していると、休憩できる部屋に案内された。どうやら上下二層になった部屋のようで、上の部屋には空気があるようだ。
女王陛下やアンネマリー王女、そしてお付きの人魚さん達は、僕達をこの部屋に案内した後、なにかしらの準備があるようで部屋から去っていった。
そして、部屋付きのメイドさん……女王陛下は僕達に合わせてメイドって言ったのかな?
役割はメイドさんと変わらないんだろうけど、人魚だからか衣装はメイド服ではなく、水の中に適した格好……つまり露出が多い格好だ。
美女人魚さんだから眼福なのは眼福なんだけど、メイド服を着ていないメイドさんなんて、メイドさんなんかじゃないって僕の魂が叫んでいる。
なのに、人魚メイドさんに笑顔でなんでもお申し付けくださいって言われたら、アッサリ納得してしまう僕、チョロい。
とりあえずメイド服問題は置いておいて部屋の中を観察する。部屋の中は人魚に合わせた家具が配置されているようだ。
椅子がベンチのように長いのは、身を横たえて休む為なのかな?
他にもマッサージチェアのように、足置き部分が長くなっている椅子もある。あれも人魚の体形に合わせた椅子なんだろう。
テーブルなんかは普通の形だけど、上半身は人間と変わらないんだから、上半身で使う物が同じような形式なのは、当然と言えば当然だな。
「ワタルさん、ちょっと上の部屋も見てみる?」
椅子に身を横たえて違和感を全開で感じていると、ワクワク顔のアレシアさんが話しかけてきた。空気がある部屋がとても気になるようだ。
「そうですね。僕も気になるので見てみましょうか」
アレシアさんと一緒に天井に向かって泳ぐ。天井の一部は切り取られていて足場と階段が設置されている。あそこで人に戻るんだな。
上の部屋に顔を出すと、一気に空気が口の中から抜けていく。あれ? そういえば肺まで海水で満たされていたはずなのに、なんで空気が抜けていくんだ? 海水が空気になった?
あっ、息が苦しくなってきた。吐き出された分の空気を体が欲しているようだ。何も考えずに息を吸い込むと、肺の中まで空気が満ちていくのが分かる。
「なるほど、あの1回の呼吸で水中と陸の呼吸を切り替えたのね。神器ってやっぱり凄いわ」
アレシアさんも僕と同じ体験をしたのか、頷きながら神器の性能に感心している。僕も同意見だ。
「呼吸も問題ないみたいだし、部屋に入ってみましょうか」
神器の性能に納得したアレシアさんが、次は部屋の中に興味を移した。切り替えが早いな。
「そうですね。服も神器のおかげか水から出ると乾いているようですし、上がってみましょうか」
「神器を外せばいいのよね」
アレシアさんが指から神器を抜くと、人魚に変化した時のように淡い光がアレシアさんの下半身を包み込んだ。
「キャー!」
部屋に響き渡る乙女の悲鳴。
「創造神様、ありがとうございます」
思わず創造神様に感謝の祈りを捧げてしまう僕。
「ちょ、ワタルさん、あっちを向いてよ! 創造神様に祈りを捧げながら凝視しないで!」
「あっ、すみません。つい……」
慌てて視線を逸らすが、僕の脳裏には衝撃の光景が焼き付いていた。だって人間の姿に戻ったアレシアさんの下半身、スッポンポンだったんだもの。
下半身は海中だったけど、でも、だからこそのチラリズムと言うかなんというか……眼福でした。
でも、当然だよね。人魚に変化した時、下半身の衣装は脱げたから指輪に収納したもん。戻る時は服を着ないと駄目だよね。
アレシアさんの悲鳴を聞きつけたみんなが泳いで上がってくる。一緒に来たメイドさんが素早く僕を排除して、サッとカーテンのようなものでアレシアさんの姿を隠した。
なるほど、あの場所は更衣室のようなシステムになっているのか。メイドさんがアレシアさんに謝る声が聞こえる。
人を迎えるのが初めてで説明を忘れていたようだ。アレシアさんには申し訳ないが、メイドさん、グッジョブです。
読んでくださってありがとうございます。




