19話 人魚の国の街並み
女性陣の人魚姿に喜びと悲しみを感じつつも、無事に人魚の国に到着した。到着寸前で海神の神器をゴムボートで収納したままだったことに気が付いたり、なんのために人魚の国に来たのかを忘れかけていたりしたが、まだ挽回は可能なタイミングだったのでセーフだ。
「ようこそいらっしゃいました」
案内された城門の前で、アーデルハイト女王陛下が僕達を出迎えてくれた。女王陛下に出迎えられるってどうなの? 国賓?
あぁ、国賓と言えば国賓なのか。創造神様の使いっパシリで、海神様から海神の神器の使用許可を得た人間。国賓待遇くらいしないと、人魚の国としては示しがつかないだろう。
実際には僕を普通の扱いをしたって、創造神様も海神様も気にも留めないと思うんだけどなー。神様達の威光が働き過ぎているのは間違いないな。
「えーっと、お出迎えありがとうございます。もしかして、お待たせしてしまいましたか?」
出発前に色々と時間を取ってしまったことを思うと、女王陛下を相当待たせてしまった気がする。
「いえ、先ぶれが来ましたので、全然待っていません」
なるほど、普通に考えたらアンネマリー王女にはお供が居るんだから、国に近づいたら先ぶれくらい派遣するよね。全然気がつかなかったことを考えると、男性の人魚が先ぶれだった可能性が高いな。
「そうでしたか。それで……僕達はこれからどうすればいいですか?」
「あぁ、そうでした。本来であれば国を挙げてお出迎えするのが当然なのですが、レーアからワタル様はそのようなことが苦手だと聞きましたので、このまま城までご案内したいと思っています。それで問題はありませんか?」
おぉ、たぶんアクアマリン王国でのパレードに文句を言いまくっていたから、レーアさんが気を利かせてくれたんだな。さすが王女のお付きだよね。優秀だ。
「ありがとうございます。根が小心者ですから、そうして頂けた方が助かります」
もっと言えば、お城ではなく宿に案内してくれた方が落ち着けそうだけど、女王陛下にも立場があるだろうから、そこまでワガママは言えないな。
「では、ご案内します」
贅沢にも女王陛下の案内で城門をくぐると、人魚の国の街並みが目に飛び込んでくる。
おぉ、遠目からでは分からなかったけど、近くで見ると陸の国とかなり違う。石造りの建物も海中にあるからか出入り口や間取りが違うようだけど、まず道が違う。
女王陛下に案内されて進むこの場所はたぶん大通りで、建物の間にも通路らしき空間がある。そこが道であるのは間違いないが、地面は石畳でも土でもなく海草が茂っている。
ゆらゆらと揺れている海草は、30センチくらいか? 普通なら歩きづらい道だけど、泳ぐ人魚には地面が必要ないんだろう。
「ワタル様、人魚の国の街並みはいかがですか?」
キョロキョロと周囲を見渡している僕に女王陛下が話しかけてきた。
「はい、綺麗なのは間違いないのですが、道が海草に満ちているのには驚きました。地面が必要な人や、荷物を運ぶ時に不便ではありませんか?」
重い物を運ぶなら、海中でも車輪がついていた方が便利だよね?
「あの海草の下は一応石畳になってはいるんです。ですが、歩く人は人魚の国に滞在されませんし、重い荷物を運ぶ場合は浮き輪で吊って運ぶので地面には接しないんです。ですので、手間を掛けて海草を駆除することもなくなり、今のような状態に落ち着きました」
少し困った顔で女王陛下が教えてくれた。浮き輪に込める空気はどうするのかって疑問も生まれたけど、地面が海草で覆われているのは……端的に言えばズボラの結果ってことらしい。
まあ、必要ない道の為に予算や人員を投入するのは無駄だろうから、間違ってはいないのかな? 海草に覆われているのも綺麗だし、野放図に生い茂っている様子でもないから、手入れはしているんだろう。
「そうだったんですね。僕が想像していた人魚の国とは少し違いましたが、素敵だと思います」
僕の返事に女王陛下がニコリとほほ笑んでくれた。悪くない返事だったようだ。国のトップに対して、その国の景観を褒めるのは難易度が高いよね。無難な言葉を選んだのは正解だったと思う。
「そういえば、乗り物とかは無いんですか?」
女王陛下が普通に泳いで行動するのって、権威的な意味ではどうなんだろう?
「人魚の国が発展した初期の頃は乗り物も流行ったようなのですが、泳いだ方が早くて楽だということになりまして、乗り物は廃れてしまいました」
「なるほど、やっぱり陸地とはずいぶん違いがあるんですね」
泳いだ方が早くて楽なら廃れるのもしょうがないだろう。馬車だって歩いた方が早くて楽なら、荷運び以外では廃れてしまうはずだ。牛車になると……あれはどうなんだ? 権威的な意味合いが強いのか?
贅沢にも気になったことを女王陛下に質問しながら海中を進む。イネスやフェリシア、アレシアさん達もアンネマリー王女やレーアさんに質問したりしながら進んでいるので、結構にぎやかな一団になっている。
偶にお店の人魚や道行く人に声援を受けたりして、微妙にパレードのようではあるが、女王陛下やアンネマリー王女に向ける声がフランクな感じなので、息苦しさはそれほど感じない。
礼儀の一線は守られてはいても、人間の国に比べるとかなり緩いようだ。僕はどちらかというとこちらの雰囲気の方が好きだな。
「ワタル様、あちらをご覧ください」
女王陛下が指した方向を見ると、広場が見える。公園かな? ん? 広場の中に線のように海草が茂っていない場所がある。もしかしてだけど……。
「女王陛下、あの海草が生えていない部分に海流が通っていたりしますか?」
「はい、もう少し近づけば海流が分かると思います。元々は住宅地だったのですが、海流に巻き込まれると危険なので、あのように広場になっています」
やっぱりそうなんだ。あれが国の中を通る迷惑な海流ってやつか。海草なんて多少海流が激しい場所でも生えているイメージなんだけど、海草すら生えないって洒落にならないんじゃないか?
「少し近づいても構いませんか?」
ここからではよく分からないな。海神の神器なら問題ないとは思うけど、街中で操作するのならしっかり確認しておきたい。
「ある程度までは大丈夫ですが、あまり近づきすぎると海流に引き込まれることがありますので、あの杭が立っている場所よりも先には進まないでください」
「分かりました」
海草が生えていないラインから杭まで結構距離があるな。危険な場所だから大きめのマージンを取ってあるにしても、流れの強さと大きさが想像できる。
杭ギリギリまで近づくと、ゴーっという音と、なんとなくどんなふうに海流が流れているのかが理解できた。
海流って言葉で単なる強い水の流れを想像していたけど、どちらかというとパイプ状の線の中に竜巻のように水が流れている感じかな?
よく見たら地面もえぐられたようになっているし、あそこならたとえ海草が生えようとしてもすぐに引きちぎられてしまうだろう。
恐ろしいのはそんな自然現象ではありえないような現象を、長い期間固定できる海神の神器の性能だ。
しかも、無理矢理に稼働させた海神の神器でこれだけのことができるんだから、許可を得た僕なら本気で海を支配できそうだな。まあ、確実に海神様と光の神様に怒られるだろうから、頼まれても怖くてできないけど……。
「なんとかなりそうですか?」
女王陛下が、不安そうな、でもなんとなく期待しているような、そんなあいまいな表情で話しかけてきた。ここは安心させてあげるのが、男の役目だろう。
「もちろんです。無理矢理な操作で起こした海流など、海神様から許可を頂いて神器を全開で使える僕にかかれば、なんとでもなりますよ。安心してください」
自信ありげに微笑みながら女王陛下に返事をすると、イネスがいる方向からプッと笑うような音が聞こえた。
チラッと目を向けると、イネスが口元を抑えていたので、確実にイネスが笑いを漏らしたんだろう。自信ありげな僕が面白かったのかな?
……自信ありげな僕とか、自分で想像しても違和感が凄いな。なんか恥ずかしくなってきた。
でも、僕の羞恥心も人魚さん達には関係が無いようで、キリッとした様子で護衛をしていた人魚さん達からも喜びの声が漏れている。アンネマリー王女なんか、踊りださんばかりの様子だ。
国の維持はできていても、迷惑な海流が無くなって国の守りが復活するなら嬉しいよね。
「邪魔な海流はここだけなんですか?」
恥ずかしさを紛らわすために、喜んでいる女王陛下に声を掛ける。
「いえ、王都に直接影響がある海流がもう1ヶ所と、城壁よりも上には絡み合うように複雑な海流が流れています。城に海流の流れを記入した地図がありますが、お役に立ちますか?」
海神の神器を奪った異世界人、楽に逃げるためなんだろうけど、碌なことをしていないな。
「地図があるのであれば、問題なく流れを整えられると思います」
海流が書かれた地図を読み解けるかが問題だけど、最悪海神の神器で全部作り直せばなんとかなるから大丈夫なはずだ。ここは見栄を張っておこう。
「ワタル様、ありがとうございます」
見栄を張ったらお礼を言われた。これで無理でしたってことになったら洒落にならないくらい恥ずかしいな。頑張らないと駄目だ。
ちょっとプレッシャーを感じながらも、任せてくださいと請け負い、再びお城に向かって出発する。
もうちょっと謙遜とかした方が良かったかなとか内心で考えている間に、お城に到着してしまった。僕って性格的に見栄を張るのは向かないな。間違いなく大丈夫なはずなのに不安が押し寄せてきてしまうよ……。
読んでくださってありがとうございます。




