5話 女子?会?
男同士の飲み会でカルロさんが壊れたが、まあ、心の内を知ることができて良かったと思おう。ベラさんのエステでの大変身は衝撃的だったが、こちらも綺麗になったのなら問題ないだろう。イネスの家族とフローラさんのおもてなしは好スタートだ。
「ねえ、イネスちゃん。サポラビちゃんと一緒に働ける職場があるって、ワタルさんが言っていたわよね。その職場ってどんなところなの? もしかしてこの船と同じくらい凄い場所だったりする?」
「あっ、それ、私も気になるわ。イネス、どうなの?」
「ちょっと、母さんもフローラも、そんなにグイグイ迫らないでよ。何よいきなり、まだお酒も頼んでないのよ」
まったく、昼食でもショッピングでも夕食でも、私が恥ずかしくなるくらいに騒いだくせに、なんでこんなに元気なのよ。
ショッピングの時なんて、いきなり大量に買い占めようとするから、止めるのに必死で私は疲れているのよ。少しくらいのんびりさせてほしいわ。
でも、ご主人様のおかげで父さんの弱みは握れたし、母さんもこの様子なら私に文句は言えなくなったわよね。
ふふ、父さんが怒っても『ベラ、愛してるぞー』って言えば一発で沈黙するし、母さんに対してもこの船の美容グッズのおかげで優勢だったのに、更にエステで脅せば私に逆らえないわ。あとは、ダリオをなんとかすれば、私の実家での立場は完璧になるわね。
でも、ダリオはどうしたらいいのかしら? 昔は可愛かったのに、今ではちょっと真面目過ぎる男に成長しちゃっているのよね。弱みを握るのが難しそうだから、イルマあたりをけしかけてみようかしら?
ご主人様にデジカメを借りて、イルマの色気にワタワタしているところを撮影すれば、簡単に弱みを握れそうだわ。問題はデジカメを使わせてもらえるのかと、イルマを動かすのが難しいことね。でもまあ、頼むだけ頼んでみましょう。
「ちょっとイネス。お酒を頼むならさっさと頼んでから、早く私達の質問に答えてよ」
「分かったわよ。じゃあ、お酒とおつまみを頼むわ。母さんとフローラが飲むお酒は私が決めていい? この船のお酒はよく知らないでしょ?」
「お母さんはイネスちゃんに任せるわ。甘いお酒を選んでちょうだい」
「私は、あの炭酸? シュワシュワするお酒が飲みたいわ」
よし、言質をとったわ。これで私が自然にお酒を頼めるわね。最初は軽めのお酒を飲ませて油断させて、少し酔ったところで強いお酒で潰してしまえばいいわ。
「ふぅ、夕食の時も思ったけど、この船のお酒は美味しいわね」
「うん、おばさんの言う通りだわ。近所のお店で飲むお酒とは比べ物にならないもの」
それは私も同意見ね。初めてフォートレス号で飲んだ缶ビールは衝撃だったわ。うーん、豪華客船も最高だけど、フェリーも侮れない楽しさなのよね。
機会があったら、フェリーにも招待できるように、ご主人様にお願いしてみようかしら。少しは親孝行にもなりそうだし、次の機会に頼んでみましょう。
「それだけご主人様が凄いってことなのよ。まだまだ母さんもフローラも知らない素敵なお店が沢山あるわ」
「イネスちゃん、素敵なお店って、化粧品店の並びのお店?」
「何? 美味しいの? 綺麗になるの?」
2人とも興味津々ね。まあ、今日のショッピングは化粧品店で1日が潰れたから、他のお店は外から見ただけだもの。気になってしょうがないでしょうね。
「両方よ。美味しい食事のお店も、甘いデザートを食べられるお店も、綺麗なアクセサリーを売っているお店も、触ったこともない生地で、斬新な服が買えるお店もあるわ」
2人の目の色が変わった。これが母親と親友だと思うと情けなくもあるけど、簡単な方が助かるし、このままにしておきましょう。
「あっ、そうだ。イネス、職場ってどこなの? 凄いの? 楽しいの? 美味しいの?」
フローラ……本気でご主人様に仕事を紹介してもらうつもりなのかしら?
「この船よりも大きな船で、娯楽もお店も沢山あるわ。今は大陸中の王侯貴族が泊まりたがっている場所でもあるわね。本気で働くつもりなの?」
「うっ、王侯貴族が沢山なの?」
「沢山というよりも、ほぼ王侯貴族じゃないかしら? あとは力を持った商人とか、各ギルドのお偉いさんね」
フローラがキャッスル号で働くなら、私も気軽に話せる親友と会う回数が増えるから嬉しくもあるわね。でも、だからこそ、ちゃんと現実を伝えておかないと、友人関係が駄目になる可能性があるわ。
「それって、大丈夫なの? 貴族に無理矢理体を求められたり、難癖をつけられて罰せられたりしない?」
まあ、普通はそう考えるわよね。私も話を聞いただけなら、同じ心配をするわ。
「そこらへんは問題ないわね。王侯貴族も出禁にするから、偉そうに我がままを言うやつはすぐに消えちゃうわ。この船を見たら分かると思うけど、立場は船の方が強いのよ。面倒になったら船を動かすって、ブレシア王国の王太子にも伝えてあるから、王侯貴族はおとなしいものよ」
「……この船を見れば納得できないこともないけど、意味が分からないわね。私でも働けるのかしら?」
「冒険者ギルドの受付嬢が務まるなら、良い待遇で雇ってもらえるんじゃない? ご主人様は孤児院の子供達の就職先にするつもりみたいだから、間違いなく仕事はあるわ」
考えてみると、あり得ないわよね。王侯貴族がおとなしいだけでも驚きなのに、そんな場所で孤児を働かせるって普通なら自殺行為だわ。
「良い待遇ってどのくらい?」
「そこらへんはフローラの実力次第よ? ただ、ご主人様が引き抜いた商業ギルドの受付嬢は、ホクホクしていたわね。あと、お願いすれば安全にレベルを上げてもらえるから、働くならレベル上げも頼んだ方がいいわ」
「えっ、なんで従業員のレベルを上げるの?」
「そういう方針なのよ」
「意味が分からないわ」
本来なら王侯貴族が大金を掛けてやることを、従業員にしていたら驚くわよね。そういえば、安全なんだし寿命も延びるんだから、母さん達のレベル上げの許可ももらおうかしら?
さすがに奴隷の身としては図々しいお願いだけど、ご主人様なら夜を頑張るって約束すれば大丈夫な気もするわ。これもお願いするだけお願いしてみたほうがいいわね。
「ねえ、イネスちゃん。その職場はお母さんやお父さん。ダリオも雇ってもらえるのかしら?」
いままで黙って話を聞いていた母さんが、バカなことを言いだしたわ。
「は? いきなり何言っているのよ。働くなら王都を離れるって言ったでしょ。家もあるし父さんもダリオも仕事があるじゃない。わざわざ今の生活を壊す必要はないんじゃないの?」
「イネスちゃんは分かってないわね。安全にレベルが上げられるなら、仕事なんて二の次よ。長生きすれば、それだけ家族と一緒に居られるんだもの」
あぁ、そういうことね。レベルアップを考えれば、今の生活を変えることも覚悟するわね。
「元々ご主人様に母さん達のレベル上げの許可をもらうつもりだったから、働くうんぬんはそのあと決めた方がいいわ」
フローラと頻繁に会うのは嬉しいけど、母さん達と頻繁に会うのはちょっと勘弁してほしいわ。それにキャッスル号で働かれたら、せっかく握った弱みの効果が激減しちゃうじゃない。却下だわ。私は母さん達が遠くで幸せに暮らしてくれれば、それで十分なのよ。
「なんでワタルさんにレベル上げの許可をもらうの?」
「私のご主人様なんだから許可をもらうのは当然でしょ?」
何かおかしなことを言ったかしら?
「違うわよ。その船で働くと、レベル上げをしてくれるんでしょ? なんでワタルさんの許可が必要なの?」
「ああ、そういうことね。ご主人様が紹介する船は、とある魔導師様の船なんだけど、その船の管理を任されているのがご主人様なの。だから、ご主人様の許可があれば、安全にレベル上げをすることも可能なのよ」
「……お母さん、イネスちゃんが言っていることがよく分からないわ。ワタルさんが戦うの?」
まあ、母さんはご主人様の力を知らないから、たしかに分かり辛いわよね。しかも魔導師様なんて登場人物も増えたんだもの。意味が分からなくなってもしょうがないわ。
魔導師様設定は面倒なんだけど、そのおかげで厄介ごとが減っているんだから、止めるのももったいないのよね。
「まあ、説明が面倒なのよ。レベル上げの許可がおりて、レベル上げをすることになったら分かるわ」
だから、働く話は無しね。
「イネス、私は?」
「奴隷の身で、さすがにフローラまで頼めないわね」
家族のレベル上げをお願いするのも図々しいのに、さすがに親友といえども、友人のレベル上げをご主人様に頼めないわよ。フローラがキャッスル号で働くことになれば、私も嬉しいし、その方向で考えてちょうだい。
「むぅ。私がワタルさんに直接お願いしたら駄目かな?」
「頼むのはフローラの自由だけど、レベルアップをタダでお願いするの?」
「そっかー。さすがに図々しいよね」
「やっぱりそうよね。奴隷の家族のレベル上げを、ご主人様にお願いするのも、かなり図々しいわ。私達も働く方向で恩返しを考えた方がいいわよね」
「ちょっと、そこらへんは大丈夫よ。家族が受けた恩は、私からご主人様に恩返しするから」
冗談じゃないわよ。せっかく母さん達のキャッスル号への就職を阻止したと思ったのに、なんでまた蒸し返そうとするのよ。勘弁してほしいわ。
***
「イネスは楽しくやっているかな?」
「ふふ。そうですね。イネスは素直じゃないところがありますから、ベラさんに文句を言っているかもしれませんね。ですが、内心では喜んでいると思います」
イネスは素直じゃないところがあるのか? 僕は欲望に忠実なイメージしかないけど、フェリシアがそう言うのならそうかもしれないな。まあ、ツンデレでもなんでも、楽しんでいるなら良いだろう。
「今度ダークエルフの島に行ったら、フェリシアも家族とのんびりするといいよ」
「ありがとうございます。ですが、私はイネスと違って頻繁に会っていますから、顔を会わせるだけでも十分です」
「そう?」
でも、イネスの家族をクリス号に招待したんだし、フェリシアの家族も招待した方が良いかもしれないよね。フェリシアは遠慮するだろうから、イネスに相談してみよう。
おっと、そろそろリムを止めて、ペントをプールに逃がしてあげないとな。リムの思いがペントに通じるまで、まだまだ時間が掛かりそうだ。
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