7話 島生活と2人の護衛
ふー、訓練はこのくらいでいいか。鳥ガラの鍋も沸騰してないな……。よし、あんまり船から離れられないし。魔物も強いらしいから、和船が見える位置で慎重にスライムを探そう。
……みつけた。ブルースライムだな。素早く抱きかかえて和船に戻る。ぷるぷるしているスライムを毛布の上に乗せて、撫で繰り回す。偶に干し肉をあげながら、もっちもっちとスライムを愛でる。
スライムの前から自分の膝の上まで、ちぎった干し肉を並べる。スライムはもっちもっちと体を伸び縮みさせては、干し肉を見つけ消化する。何度か失敗しながらも、俺の膝の上に乗り最後の干し肉を消化する。
干し肉が目当てだと分かっていても、スライムが自分の膝の上に乗った事に感動する。なでなでしながら、スライムを褒めて更に干し肉をあげる。
偶に鍋の様子を見ながら暗くなるまでスライムと遊ぶ。ステータスを確認してテイムスキルがない事に少しがっかりしながら、スライムを森に戻す。あっさりテイムスキルが取れたらいいのに。
干した昆布を回収して確認する。まだ乾燥しきってないし、明日も干そう。鳥ガラスープは……なんか薄い。こちらも明日、もう少し煮込むか。
体を拭いて寝る準備をする。みんなが帰ってきた時に、おしぼりくらい用意しておいた方がいいかな? 日本みたいにタオル生地があればいいんだけど、布を裂いて熱めのお湯に浸けるだけでも、気持ちいいはずだ。
和船の木箱を端に寄せて、毛布を船底に敷く。魔物は入れないけど、このまま寝てジラソーレのみんなが戻ってきた時に気づけるか?
……ずっと寝ないのは無理だし、人の声が聞こえたら起きれるように意識だけでもしておくか。おやすみなさい。
***
朝だな。初日だから大丈夫だと思ってたけど、ジラソーレは戻ってこなかったな。……さっくりと身支度を整えて、鍋を炭火にかける。昆布を砂浜に並べてから、干し肉とパンで朝食にする。干し肉もパンも炭火であぶると結構おいしい。食後、少し休んで武器の訓練をする。
訓練を終えて、鳥ガラスープの味見をする。うーん、あんまり変わってないな。これ以上は濃くならないのか? まあ、これを使って野菜スープを作ってみるか。
スープを別の鍋に取り分け塩を入れる。うん、塩をいれるとまあまあ美味しいかも。干し肉、ジャガイモ、キャベツ、玉葱を入れて煮込む。
ジャガイモに火が通ったので、皿によそって昼食にする。野菜や干し肉の旨みがでて意外と美味しくなった。夜は乾燥した昆布も入れてみよう。
昼食を終えて少しグイドさん達と話してから、スライムを探しに行く。昨日放した場所にブルースライムとなぜかグリーンスライムもいる。素早く両方を抱きかかえて和船に戻る。ヤバいな。今日は二匹ともっちもっちだよ。
2匹のスライムに干し肉をあげて感触を楽しむ。ブルースライムの方がスベスベなんだね。グリーンスライムはもっちもっち感が強い。
2匹を並べて触ると感触の違いがよく分かる。でも、どっちの感触も捨てがたいな。テイムスキルが取れたらどうしよう。2匹ともテイムするか?
飽きもせずに暗くなるまでスライムと遊び。ステータスをチェックして、ガッカリしながらスライムを森に放す。
砂浜に並べて置いた昆布を確認すると、完全に乾燥している。さっそく小さく切ってコップに水と昆布を入れる。昆布出汁ができたら嬉しいな、しばらくして昆布の入った水を口に含んでみる。おー、昆布出汁だ。薄いけどたしかに昆布出汁の味がする。
野菜スープに昆布ごと昆布出汁を入れて沸騰しない様に温める。じっくり温めたら昆布を取り出し、野菜スープの完成だ。
野菜スープとパンで晩御飯を済ませる。昆布出汁が入った野菜スープはかなり美味しい。昆布の旨味成分を久しぶりに感じたからか、なんだかホッとする味になった気がする。
***
毎日、訓練をしてスライムと戯れる。グイドさん達が戻るのを見送ったりと、何の変哲も無い毎日を過ごした。
今日で5日目だな。ジラソーレは、何時頃戻ってくるんだろう? まあ、今日帰ってくる予定なんだし、準備はしておこう。
準備って言っても野菜スープを作り、おしぼりを用意するだけなんだけどね。午前中にスープの仕込みを済ませて、お湯の準備をしておく。
やる事を済ませ、訓練をしてスライムと戯れていると、ジラソーレのみんなが戻ってきた。
「おかえりなさい、みなさんお疲れ様でした」
「ただいま。さすがに疲れたわ」
戻ってきたアレシアさん達は、たしかに疲れた表情をしている。ちょっと影が入った感じも美人だな。
「紅茶でもお淹れしましょうか?」
「船に荷物を積んでから、お願いできるかしら?」
「分かりました」
木箱を並べ、空いている場所に荷物を積み込む。
「すごいわね。どのくらい載るか分からなかったから多めに持ってきたのに、全部載せてもまだ余裕があるわ。でも、なんでスライムがいるの?」
「すいません、僕もどのくらいの荷物が載せられるのか、把握できてないですね。スライムは、僕が好きなんですよ。暇なので船で遊んでもらってました」
「次の機会にはもう少し多めに持ってくればいいんだからいいのよ。でも、スライムが好きな人って初めて聞いたわ。あなた変わってるのね」
日本だとスライム人気は高いと思うんだけど、やっぱり魔物ってところがネックなのかな? 油断したら溶かされると考えると、忌避する気持ちも分からないでもない。でも、僕は好きだけどね。
「そうですかね? ああ、紅茶を準備しますから少々お待ちを。それとおしぼりです、お使いください」
「おしぼり? これをどうするの?」
「ああ、えーっと、おしぼりは、たんなる熱めのお湯につけた布です。手や顔、首元なんかを拭くと気持ちいいですよ」
ジラソーレの皆におしぼりを渡して、紅茶を淹れる。みんなおしぼりを気に入ったみたいだな。気持ちよさそうに拭っている。おしぼりがないのなら、飲食店を開いておしぼりを出せば一躍有名に……おしぼりならすぐに真似されるな。
「お待たせしました。紅茶です」
「ありがとう。このおしぼりってとても気持ちがいいわね。水浴びはしていたのだけど、熱い布で拭くとスッキリするわ」
「気に入ってもらえてよかったです。次の機会がありましたら、また準備しておきますね。それと昼食が用意できますけど、食べますか? 野菜スープとパンくらいなんですけど」
「いいの? 温かいスープだけでも嬉しいわ。お願いします」
ニコニコのアレシアさん達。うん、喜んでもらえているようだ。こういう気づかいが僕をできる男に……。
「どうぞ」っとアレシアさん達に昼食を配る。何気に自信作なので評価が気になって仕方がない。
ドキドキしながら、アレシアさん達の様子を窺う。
「なにこれ、美味しい。入っている具は普通なのに、なんで鳥の味がするの? あとよく分からない味がするけど美味しい」
「ありがとうございます」
おー、大好評だ。自信作だったけど、褒められるとやっぱり嬉しいな。表面上は軽い笑顔で抑えたけど、内心は全力でガッツポーズをしている。あっ、カーラさんが食べ終わって悲しそうな顔をしている。なんか可愛い。
「カーラさん、おかわりはいかがですか?」
「ありがとう、ちょうだい」
カーラさん、その笑顔、素敵です。カーラさんにおかわりを渡したあと、他の皆もおかわりをしてくれた。自分が作った料理って、おかわりしてもらえると嬉しいよね。最高の気分です。
「御馳走様でした。ワタルさん、とっても美味しかったわ」
アレシアさんが笑顔で褒めてくれる。野外活動で携帯食。疲れ切って帰ってきた時の温かいスープ。かなり外的要因が大きい事を差し引いても、ここまで喜んでくれたなら、いいできだったんだろう。
「ありがとうございます。少し休憩して南方都市に戻りますか? それともすぐに出発しますか?」
「少し休憩してからでお願いします」
「では、僕はスライムを放してきますね」
スライム2匹を抱きかかえ森に行く。ステータスを確認してテイムスキルが生えてない事を確認して、スライムを放す。うう、連れて帰りたい。
和船に戻り、食器を片付けて休憩する。休憩していると、神官のクラレッタさんが声をかけてきた。
「ワタルさん、スープとっても美味しかったです。秘密でなければ、レシピを教えてもらえませんか?」
まさかレシピを聞かれるとは。すごいな僕のスープ。一瞬秘伝のなんたらとか言ってみたい気もしたが、恥ずかしいのでやめておこう。
「いいですけど、さっきのスープを作るのって、結構時間がかかりますよ? 僕も暇なんで作っただけなんです」
「教えて頂けるなら嬉しいです。時間がかかるのなら、休みの時に挑戦してみますね」
「時間がかかるだけで簡単なんですけどね。えーっと、鳥の骨をもらってきてですね、一度煮ます。煮えたら取り出して水で洗いながら残っている身や血なんかを取り外します。ここまではいいですか?」
「はい、でも骨を煮るなんて考えた事もなかったです。ワタルさんすごいです」
「はは、僕が考えたんじゃないんですよ。僕も聞きかじりの知識ですから、申し訳ないですが結構適当なんです。それで……どこまで話しましたっけ?」
「鳥の骨から身や血を取り外すところまでですね。聞きかじりでも、これだけのスープが作れるのならすごいですよ」
クラレッタさんが褒めてくれる。スープに自信があったからかなり嬉しい。
「ありがとうございます。それで、きれいに洗った鳥の骨を、味が出やすくなるように砕きます。あとは沸騰させないように長時間煮込みます。あのスープは10時間くらい煮込んでますね」
「そんなに煮込むんですか」
「はい、鳥の骨だけじゃなくて、臭みを取る野菜なんかと一緒に煮込むといいらしいです。でもその野菜をまだ見つけられてないんですよね。あともう一つ隠し味がありますが、そろそろ出発みたいですのでまた今度でいいですか?」
「はい、ありがとうございました」
「アレシアさん、出発しますか?」
「ええ、そろそろお願いします」
「では、出発しますね」
出発が昼を過ぎていたので、途中で暗くはなったが無事に南方都市に帰り着いた。
「お疲れ様でした、到着です」
ふいー、初仕事、無事に完了だな。アレシアさん達が一人一人お疲れ様と声をかけてくれる。ちょっと嬉しい。退屈はスライムがいれば何の問題もないし、この仕事って結構いいかも。
「あ、ワタルさん。あなたを商業ギルドまで送るように頼まれてるから、ちょっと待ってね」
……いい気分になってたけど、僕って危険な状態だったの忘れてたよ。島の生活が平和だったからな。
「助かります。お手数ですが、よろしくお願いします」
カミーユさんアレシアさん達に頼んでおいてくれたのかな? ありがたいです。みんなで荷物を下して商業ギルドに向かう。
「ジラソーレのみなさん、お世話になりました。ありがとうございます」
「このくらい大した事じゃないわ。また島までお願いする事になると思うけど、その時はよろしくね。あとあなたが落ち着いたら食事を御馳走するから、忘れたら駄目よ、じゃあまたね」
商業ギルドまで送ってもらってアレシアさん達と別れるが……うん、アレシアさん達と話しているだけで、周囲の男達の視線に殺意を感じる。早く護衛を紹介してもらわないと、違う意味で危険だ。
「カミーユさん、依頼終了しました」
「ワタルさん、お帰りなさい。6人で5日間の依頼ですね。1人1日10銀貨ですので3金貨になります。報酬はどうなさいますか?」
「全部ギルドカードに入金お願いします」
和船で島まで往復して、5日間暇をつぶしているだけで3金貨、300万円だよ。ジラソーレの人達とか素材を仕入れた商人はいくら儲かるんだろう? これだけの金額が短時間で動くのなら、狙われるよね。たぶん素材とかの儲けとか、けた違いなはずだもん。
「はい、入金しました。護衛の方をお呼びしますので、別室までお願いします」
「はい、この前の部屋でいいですか?」
「ご案内いたしますので少々お待ちください」
部屋に案内されると、ギルドマスターと中年の男と若い男が座っていた。
「おお、ワタル。無事に戻ったか。さっそくだがこの2人が用意した護衛だ。腕利きだぞ。こっちがディーノでこっちがエンリコだ」
中年の渋いおじさんがディーノさんで、ニコニコ笑顔が何だか怖いのがエンリコさんか。アレシアさん達と一緒のあとは、渋いおじさんとニコニコ笑顔のエンリコさん……落差が激しいな。
「ディーノさん、エンリコさん、これからよろしくお願いします」
「「こちらこそよろしく」」
「うむ、護衛料は宿代食事代含めて1人5銀貨だ。合わせて10銀貨だな。なかなかの金額だが、金額分の腕は保証するぞ。まあ、島にいる時には護衛料は発生せんから、できるだけ島に行くといいぞ。それから支払い方法はどうする?」
「ギルドカードから引き落としてください」
10銀貨、1日10万円って事? 大学生にしたらビビる値段だけど、さっき300万円稼いだからか、不思議と受け入れられる。金銭感覚が壊れてきているのかも?
「うむ、分かった。では、これからも頑張るのだぞ。いくぞカミーユ」
「はい、失礼します」
ギルドマスターとカミーユさんを見送り、ディーノさんとエンリコさんに話しかける。
「海猫の宿屋に戻りますが、どうすれば護衛がしやすいですか?」
「まあ、一緒の部屋が一番護衛しやすいんだが、それでは気が休まらんだろう。隣の部屋でも護衛は可能だから隣に部屋を取るのが無難だな」
たしかに四六時中目に見えるところで護衛されたら息が詰まるよな。
「分かりました。宿に戻ったら確認してみますね」
「ああ」
僕の部屋の隣が都合よく空いていてくれたら楽なんだけど、どうかな?
***
「ただいま戻りました」
「ああ、あんたかいお帰り。よく分からないけど大変だったみたいだね。部屋はそのままにしてあるよ」
「はい、ありがとうございます。こちらの方達に僕の隣の部屋を取ってほしいんですが、空いてますか?」
「うん? ちょっと待っておくれ。ああ、空いてるね。何泊するんだい?」
「僕は明日休んで、それから仕事を受けようと思っていますので、2泊ですね」
ディーノさん達と晩御飯を食べながら、護衛の打ち合わせをする。1日休んで5日島に行く予定である事、護衛は常にどちらか1人は側にいる事。1人で出歩かない事等だ。
打ち合わせを済ませて部屋に戻る。うーん、島での生活は問題ないし、稼ぎもいい。しばらくは島の依頼で頑張ろう。
残高 1金貨 47銀貨 80銅貨 ギルド口座入金額 3金貨
誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスを頂ければ大変助かります。
読んで頂いてありがとうございます。