15話 チェスト
公爵城の探索は大成功で終わり、沢山の財宝と新しい仲間とを連れてクリス号に戻ってきた。アレシアさんの発案で宴会に突入し、秘蔵のお酒を大盤振る舞いした。
……その結果がこれなんだよね。
時刻は昼を過ぎ、これから神器や特別っぽいチェストの確認作業で、夢がいっぱいに広がる作業なはずなのに、死にそうな顔をした美女達が並んでいる。
素面なのはご飯に集中していたカーラさんと、ちゃんと節制ができるクラレッタさんとフェリシア、お酒を飲まないリム達だけだ。
普段、乱れたところを見せずに、ひたすら妖艶なイルマさんまで気分が悪そうだから珍しい。
「えーっと、みなさん体調が悪そうですし、明日にしますか?」
「……ちょっと気分が悪いだけだから大丈夫よ」
アレシアさん、大丈夫に見えないから言っているんですが? 何より心配なのが、チェストを調べるマリーナさんまで気分が悪そうなところだ。昨晩の酔っていた時よりもコンディションが悪そうだ。
「……少し休めば大丈夫です」
僕が心配そうに見ていたのに気がついたマリーナさんが答えるが、今は無理って解釈でいいんだよね?
「とりあえず、あと3時間くらい休憩します。それで駄目だったら、夜、もしくは明日に延期です」
「……分かったわ。ごめんねワタルさん」
大丈夫だとは言っていたが、体調の悪さに耐えられなかったのか、アレシアさん達が素直に去っていく。真面目なドロテアさんまで力なく歩いている姿を見ると、お酒の業の深さを感じるな。
「イネスも部屋で休んでいていいよ。フェリシアも一緒にいてあげて」
「ありがとうご主人様。なんとか3時間後までには復活するわね」
力なく歩いていくイネスと、付き添いのフェリシアを見送る。さて、暇になっちゃったし、どうしようかな? 久しぶりに本でも読むか。
***
「ワタルさん。迷惑をかけちゃったわね。もう大丈夫よ」
3時間後。さすがに絶好調とは言えなさそうだが、ある程度普通に戻ったアレシアさん達が勢ぞろいしていた。イネスも復活したし、この世界の女性は強いな。
いや、レベルが高いから回復も早いんだろう。まあ、それだけ回復が早いのに、一晩過ぎてもお酒が残っているって、どれだけ飲んだって話だよね。
「分かりました。まずはチェストから確認しましょうか。マリーナさん、お願いします」
チェストを積んだゴムボートを召喚して罠が怖いので少し離れると、口元に布を巻いたマリーナさんがチェストに近づく。
海水に毒が洗い流された可能性が高いけど、口に布一枚巻いただけで毒をバラまいたらしきチェストに近づくのは凄いな。
腰元から何やら器具を取り出し、慎重に作業を始めるマリーナさん。緊張感がハンパない。
息をひそめて見守っていると、マリーナさんが額の汗をぬぐいながら立ち上がった。そんなに時間が掛かった訳でもないのに汗を掻くってことは、それだけプレッシャーがかかる作業なんだろう。何をやっているのかはサッパリ分からないけどね。
「毒がまだ残っていたから、罠は外したけど乱暴には扱わないで」
えっ? なんで僕に言うの? あれ? みんなが僕を見ている。……開けるのは僕の役目ってことなんだろうな。僕としては遠慮したいんだけど、たぶん宝箱を開ける的な名誉を譲ってもらっている雰囲気だ。
なんだか怖いので嫌ですとか言ったら確実にシラけるし、マリーナさんを信用していないことになるから断れない。
あきらめて木製の地味なチェストに近づき、慎重に扉に手をかける。うーん、微妙に手が震えている。これだけビビらされているんだから、それ相応のお宝が出てこないと怒るよ。
自分に気合を入れつつも、慎重にチェストの扉を開く。
…………ガッカリだ。なんだこれ、羊皮紙の束? 歴史的価値はあるかもしれないけど、確実に胸がワクワクするお宝ではないぞ。
「ハズレでした」
「大当たりじゃない!」
おっと、どういうことだ? イルマさんの目の色が変わっている。
「ワタルさん。とりあえずこっちで説明するわね」
「えーっと、はい、お願いします」
戸惑っている僕にみかねたアレシアさんが、説明してくれるようだ。
「イルマが普段と違っていて驚いたでしょうけど、あれもイルマの一面なのよ。なんて言えばいいのか、古い資料には魔法に関係することが書かれていることがあるから、目がないのよね」
そういえば、イルマさんって魔法使いだった。僕の中では妖艶なお姉さん枠で確定していたから、忘れていたな。
「なるほど……じゃあ、あの羊皮紙はお宝なんですか?」
「書かれている内容次第ね。知識がお金になるんだけど、役に立たない知識だとほとんどお金にはならないわね」
「歴史的な価値とかは無いんですか? 必要な知識以外でもその時代の生活が分かりますよね」
「そういうのを研究している人もいるけど、お金を持ってないから高値では売れないわね」
思っていた以上にドライな価値観だ。まあ、平和であればこそ、昔の日常を研究する価値が生まれるんだろう。外は魔物が居て危険、戦争もやっているでは歴史研究は厳しそうだ。
「それで、イルマさんはどうします?」
こちらを完全にガン無視しているんだけど……。
「大丈夫よ。今は軽く目を通しているだけだからすぐに終わるわ」
たしかに凄い勢いで羊皮紙をめくっているけど、本当に内容を理解しているんだろうか? おお、いくつかに資料が分けられている。ちゃんと内容を把握しているみたいだ。速読ってやつだな。
「なかなか面白い情報が書いてあったわ。簡単に読んだだけだから詳しくは分からないけど、公爵家は海神の神器を利用して貿易で栄え、その陰で各国の情報収集の役割を果たしていたみたいね。あれだけの財宝を集めるわけだわ。それと、こっちの資料なんだけど、人魚とも関係が深かったみたいね。あと、面白い魔法陣が書いてあったわ」
パッと目を通しただけなのに、結構詳しく分かっているようだ。公爵の話は良いことも悪いこともやってそうだなって感じか。魔法陣は専門外だからお任せだ。気になるのは人魚ですな。
「えーっと、資料はイルマさんにお任せします。イネスやフェリシアの役に立ちそうな魔法陣があれば教えてあげてください。それで、人魚について詳しくお願いします」
「うふふ。パッと見ただけだから詳しくは分からないわ。詳しく資料を読み込んだ後にね。あぁ、ワタルさんが読んでみる?」
言語理解のスキルがあるから読むことはできるけど、言語を理解できるスキルだから内容は別問題なんだよね。イルマさんにまとめて説明してもらった方が分かりやすそうだ。
「いえ、後で説明してもらえると助かります」
「そう? 一緒に資料を読み込むのも楽しそうだったのに残念ね」
なんですと? もしかしてイルマさんと2人きりでお勉強ですか? 先生がイルマさんで生徒が僕。昭和の時代に流行りそうな授業が……。
「じゃあ資料はイルマに任せるとして、次はいよいよ神器の出番ね!」
アレシアさん、待って。まだ、話を先に進めないで。あぁ、周囲の興味が一斉に神器に向かってしまった。面倒臭がらずに資料を受け取っておけば……幸運の女神が前髪しかないのは本当みたいだ。実際に神様に会える可能性があるから、機会があれば確認してみたい。
……しょうがない、今は神器の方を試すか。ゴムボートを召喚し、サンゴの置物にしか見えない神器を取り出す。
「で……これ、どうやって使うんですか?」
神器の使い方なんか知らないよ? 試しに魔力を通してみたけど、うんともすんとも言わない。
「……私も神器なんて使ったことがないわ。どうやって使うのかしら? 誰か知ってる?」
アレシアさんも神器を使ったことがないようで、かなり困った顔で周囲に聞いている。
「あのー、神殿で聞いたことがあるだけなので不確かですが、神器は神器に認められないと使えないそうです」
クラレッタさんがおずおずと手を挙げて教えてくれたが、本当に聞いたことがあるだけのようで激しく自信がなさそうだ。そもそも神器に認められるとか、激しく意味が分からない。試練でもあるのか?
「ご主人様。もう、神様に直接聞いちゃえば? ご主人様ならなんとかなるんでしょ?」
あぁ、神器だもんね。神様に直接聞いたら早いよね、ってそれでいいんだろうか? イネスは僕が簡単に神様と話せると勘違いしていないか?
「……まあ、考えても分からないから試してみるけど、答えてくれるかは神様の気分次第なんだから、あんまり期待しないでね」
光の神様のご機嫌も重要だから難しいんだよな。創造神様が怒られていたら、十中八九無理だ。期待を裏切った時の為にハードルを下げて教会に向かう。
***
クリス号の教会に入り、神像の前で一心にお祈りする。神域になっているから、僕のお願いは届いているはずだ。
「航君。お祈りは偉いけど、用事がある時だけなのはどうなのかな?」
創造神様の声が聞こえたので目を開けると、見覚えがあるゴージャスな空間に、少し不機嫌そうな創造神様がたたずんでいた。無事に神界に呼んでもらえたようだ。
そういえば、最近は用事がある時にしかお祈りしたことがなかったな。でも、教会でお祈りをすると、神界に呼ばれる可能性があるから、足が遠のくんだよね。
「すみませんでした」
神様を相手に言い訳をしてもろくなことになりそうにないので、素直に頭を下げて謝っておく。
「うん。僕は寛大だから許してあげよう。それで、神器のことが聞きたいんだよね」
創造神様、割とチョロい。おっと、こういう不敬な考えはよくない。目の前の存在は僕に船召喚なんてチートを気分で付けてくれたとんでもない存在だ。敬意をもって接しよう。
「はい。今回の探索で海神の神器を手に入れたのですが、使い方がサッパリで困っています」
「うん。見ていたから知ってるよ。でも、航君に海神の神器を使わせるのは悩みどころなんだよね」
見られているのは知っているし、ちょっと困るんだけど、こういう時には便利だ。
「何か問題があるんですか?」
「うん。船召喚に海神の神器って、どんなチート? って思わない?」
創造神様のノリが相変わらず軽い。
「えーっと、使っていないので海神の神器がどれだけ強いのか分かりませんが、ダークエルフの島の防衛以外に使うつもりはないです。僕は創造神様から頂いた船召喚で十分ですから」
陸上でのチートならちょっと欲しいけど、海では船召喚で十分過ぎる。そもそも、僕があんまりにも地味に生活するから、もう少しはっちゃけなよって言ってたのに悩むって、どんなチートなんだろう。
「いい心がけだね。でも、そんなに簡単な話じゃないんだよ。怒られちゃうから詳しくは言えないんだけど……簡単に言うと、航君が大好きな種族が関わってくる感じかな」
怒られるから詳しく言えないのか。僕が大好きな種族はスライムなんだけど、サポラビを考えると角兎の可能性もある。でも、海に関係する神器なんだから……もしかして人魚? なんだか興味深い話になってきたぞ。
読んでくださってありがとうございます。




