8話 生まれちゃった
謁見の間でシーサーペントの卵以外を殲滅した後、ハイダウェイ号を召喚して休憩しようとしたら、確保した卵が孵化するつもりなのか荒ぶっているのか分からないが、ゴツゴツ、ガタガタと音を立てて揺れだした。
「あっ、卵が倒れた」
支えをして卵は縦に置いていたんだけど、暴れる振動で倒れてしまった。しかも、その衝撃に怒ったのか、ますます卵の揺れと聞こえてくる音が激しくなっている。
「あの、ご主人様。卵にヒビが入っているように見えるのですが……」
「うん。僕にもそう見えるよ」
かなり硬そうな卵の殻に、薄っすらと線が入っている。
「アレシアさん。これ、間違い無く生まれようとしていますよ。どうするんですか?」
しかも普通の孵化と違って、乱暴に移動された怒りを感じる。憤怒の孵化って感じかな?
「そうね……魔物が生まれてくる瞬間なんて滅多に見られないし、生まれるまで見ていたら駄目かしら? もちろん、生まれたら私が始末をつけるわ」
最初は困惑している様子だったアレシアさんだけど、少し考えた後に吹っ切れたように観察続行を要請してきた。確実に好奇心を優先したな。まあ、後始末をしてくれるなら僕に問題はないか。
「分かりました。あっ、リム。近寄ったら危ないよ」
動く卵に興味津々なのか、リムがもっちもっちと卵に近づいていく。
『みたい』
慌てて抱きかかえると、リムからちょっと不満げな意思が伝えられた。
「ワタルさん。リムちゃんはレベル300を超えたスライムです。生まれたばかりのシーサーペントでは、何をやったって危ないことは無いですよ」
ドロテアさんから、優しい微笑を浮かべながら正論を言われてしまった。優しい笑顔だけど、あんまり過保護にしたら駄目ですよって言われている気がする。
「で、でも、リムは小さいですから……」
シーサーペントの赤ちゃんは、たぶん結構な大きさだ。パクリと食べられでもしたら洒落にならないよ。
「ワタルさん。リムちゃんは普通に成体のシーサーペントを倒せます。それに、ふうちゃんもべにちゃんも近くに行っているんです。リムちゃんだけ近づけないのは可哀想ですよ」
ドロテアさんの言った通り、気が付いたらふうちゃんとべにちゃんが卵のそばでプルプルしている。
「……ふぅ。リム。近づくのは構わないけど、何が起こるか分からないから十分に注意するようにね」
『うん』
抱っこから解放すると、リムは嬉しそうにプルプルを速めて卵に近づいていく。昔はいつも一緒だったから少し寂し……いや、リムは出会ったころから結構自由だったな。もっと甘えられたい。
「ねえ、ワタルさん。卵、海の中じゃなくていいの?」
出会った頃のリムを思い出していると、カーラさんの素朴な質問で現実に戻された。なんでそんな難しいことを僕に聞くの?
「そういえばシーサーペントの卵って海の中にあったのよね。そうなると、当然、海の中で生まれるわよね? あれ? でもシーサーペントって海の上に顔を出しても平気で行動しているし……ワタルさん。どうなの?」
アレシアさんまで僕に聞かないでほしい。
「魔物の生態。ましてや孵化する時のことなんて、僕には分かりませんよ」
「まあ、そうよね。うーん、始末するとはいえ、ちょっと残酷なことになっちゃうかもしれないわね」
たしかに生まれた途端に窒息死とか、そんなことになったら残酷だな。卵が暴れているのは、海に戻せって訴えなのかもしれない。でも、どうせ討伐してしまうんだから、わざわざ海に戻すのも違う。微妙にややこしいな。
どうしたものかと卵を見ると、バリンと音を立ててシーサーペントの赤ちゃんが卵を突き破って顔を出した。悩む暇もなく生まれてしまったようだ。
「シャー」
「リム!」
……あー、うん。たしかにドロテアさんの言う通り、僕は過保護だったらしい。
「えーっと、リム。大丈夫?」
100パーセント大丈夫だろうけど、ビックリしているかもしれないし、この心配は過保護じゃないよね?
『うん』
ちょっと満足げなリムの意思が届いた。よく分からないが、楽しかったようだ。
ふー、しかしちょっと焦ったな。卵の殻を突き破ったシーサーペントの赤ちゃんが、威嚇するような音を出しながら周囲を見渡し、いきなりリムに襲い掛かった。
その攻撃を、ぷよんと飛び跳ねて躱すリム。空中でピカッと天使に変身。ズドドドドっと連続体当たりを繰り出し、襲い掛かってきたシーサーペントをボコボコにするリム。一瞬の早業だ。
しかし、生まれた瞬間から目が見えていたようだし、速攻でリムに襲い掛かるとか、魔物の闘争本能ってDNAにまで組み込まれているようだ。
「えーっと、アレシアさん。お願いします」
グデッとデッキの上でのびているシーサーペントの赤ちゃん。卵のままであの世に送ってあげた方が幸せだったかもしれないな。魔物相手といえど、好奇心を優先させるのも考え物だ。
「……ええ、そうね」
アレシアさんも好奇心を優先させたことに後味が悪かったのか、気まずそうに剣を抜いてシーサーペントの赤ちゃんに近づく。
「リムちゃん?」
シーサーペントの赤ちゃんの隣で満足げにぷるぷるしていたリムが、アレシアさんの接近に反応して、シーサーペントの赤ちゃんの頭の上に乗った。困った顔で僕を見るアレシアさん。
「リム。どうしたの?」
不思議な行動をするリムに理由を聞いてみる。
『……おとうと……』
「えっ? おとうと? ……弟?」
何? どういうこと?
『りむのおとうと』
「もしかして、そのシーサーペントの赤ちゃんが、リムの弟ってこと?」
『うん』
いやいやいや、種族が違うよね。リムはスライムで、シーサーペントはシーサーペントだよ。それ以前に、その子って雄なの? いや、雄とか性別はどうでもいいことだ。
「あのねリム。襲い掛かってきたことでも分かるように危険だから、シーサーペントはリムの弟になれないんだよ」
『……だいじょうぶ』
大丈夫なことなんて一つもないよ?
「ワタルさん。リムちゃんはテイムしてほしいんだと思う」
話を聞いていたマリーナさんが、不吉なことを言い出した。テイムって僕がシーサーペントの赤ちゃんを?
「リム。そうなの?」
お願いだから違うと言って。
『うん』
リムの下でグデッと伸びているシーサーペントを見る。大きさは謁見の間で泳いでいたシーサーペントの赤ちゃんよりも小さい。でも、日本で見たことがある青大将よりかは断然大きい。
僕は爬虫類が嫌いって訳じゃないんだけど、別に好きって訳でもない。……僕にはこの子を愛せる気がしないよ。
「リム。あのね、シーサーペントはとっても大きくなるんだ。テイムするのは無理だよ」
『……』
リムからとてつもない悲しみの波動が送られてくる。
「なんでそこまでシーサーペントの赤ちゃんを弟にしたいの?」
『かわいい』
僕には可愛く見えないよ。
「弟が欲しいなら、こんどスライムをテイムしに行こうか」
スライムなら大量にテイムすることも厭わないよ。大家族を作ろう。
『……』
黙って悲しみの波動を送ってくるのはやめてほしい。子供が子犬や子猫を拾ってきた時のお母さんって、こんな気持ちなのかな?
「ワタルさん。シーサーペントなら船の護衛に……ワタルさんの船に護衛は必要ありませんね」
勝手に自己完結しちゃったけど、ドロテアさんがリムの援護射撃をしようとしているようだ。もしかしなくても、リムの悲しみの波動にほだされちゃったんだな。
「許可なく船に入ることはできませんので、護衛は必要ありませんね」
「ご主人様。テイムしてもいいんじゃない? 船の周りを泳がせておけば、勝手に大きくなるわよ。それに、何かの時に役に立つかもしれないわ」
今度はイネスか。イネスはリムの意思を感じ取れないはずなんだけど、こっちは何が狙いなんだ?
「役に立つって?」
「さあ? でも、ご主人様はリムちゃんの悲しむことはできないでしょ。抵抗するだけ無駄なんだから、さっさとあきらめたら?」
イネスが身も蓋もないことを言う。たしかにリムを悲しませると思えば身を切られるように辛いが、生き物を飼うというのは責任が伴うんだ。僕はそこらへんは厳しいよ。
「リム…………シーサーペントの赤ちゃんが、テイムを受け入れなかったらあきらめるんだよ」
『……わかった……』
厳しいつもりだったんだけど、駄目って言えなかったよ。イネスやアレシアさん達の半笑いが心に刺さるね。
でもまだチャンスはある。生まれたばかりなのにいきなりボコボコにされたんだ。従いたいとは思わないはずだ。ただ、生まれて速攻でボコボコにされたことで、心が折れている可能性があるのが若干心配だ。
「えーっと、クラレッタさん。回復魔法で魔物の回復ってできますか?」
とりあえず元気になって、頑張って契約を拒否してほしい。
「……魔物に回復魔法を掛けたことがないので自信はありませんが、テイムした魔物を回復させた話は聞いたことがあるので、できないことではないと思います」
少し自信なさげなクラレッタさん。まあ、テイムスキルを持った仲間がいないと、魔物に回復魔法を掛ける機会なんて無いからしょうがないか。
「では、お願いします」
「分かりました」
少し緊張気味な様子のクラレッタさんが、杖を取り出し魔法陣を描き始めた。 あれ? そもそも僕は回復魔法すら見たことが無いような気がする。そもそも怪我をしたのって、この世界に落ちてきた時に角兎にやられた時くらいか? 僕って船召喚に相当守られていたんだな。
自分が恵まれていることを実感していると魔法陣が描きあがり、その魔法陣から柔らかな光がシーサーペントの赤ちゃんに降り注いだ。
リムにボコボコにされてできた腫れや切り傷が、だんだんと綺麗になっていく。攻撃魔法もかっこいいけど、回復魔法は回復魔法で凄いな。切り傷なんかで怪我が治るのに時間が掛かることを知っているから、ダイレクトに回復魔法の凄さを感じる。
「ちゃんと回復できました。魔物でも回復効果にそこまで違いは無いみたいですね」
少しホッとしたように笑うクラレッタさん。くだらない妄想だけど、もしクラレッタさんが保健室の先生だったら、毎日自傷して保健室に通っていた気がする。おっ、シーサーペントの赤ちゃんが動き出した。
「シャー!」
僕達を認識した途端に全力で威嚇しだした。うん、心は折れてないみたいだな。この調子でテイムに全力で逆らってほしい。
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