7話 音がして揺れています
公爵城の探索を開始し、城の奥のお宝を守るかのように現れるシーサーペントと戦いつつ、謁見の間に到着した。そこにはシーサーペントの子育て場になっていたらしく、小さなシーサーペントや、まだ生まれていない卵が鎮座していた。
そして、今、僕の目の前ではクラレッタさんとリムの魔法が謁見の間を飛び交い、生まれてからそれほど経っていないであろう、シーサーペントの赤ちゃんを撃ち落としている。
冒険者であるクラレッタさんはともかく、リムも容赦ないな。まあ、シーサーペントの赤ちゃんを見逃したら巨大で凶暴なシーサーペントになるんだから、討伐するのは間違っていないんだけど、赤ちゃんってだけで同情してしまう。
シーサーペントの赤ちゃんは親に比べたらかなり小さく、ニシキヘビくらいの大きさ……あれ? あの大きさの蛇と考えたら普通に怖い気がする。
うん。赤ちゃんって考えるからどうかと思っていたけど、赤ちゃんの時点であの大きさなのは脅威でしかないな。
押し込み強盗みたいで申し訳ない気持ちはあるけど、海での生活を主体としているものとして、悪いけど犠牲になってもらおう。外海で魔物がたくさん集まってきた時にシーサーペントが居ると、色々面倒だもんね。
「ご主人様。見ているだけでもしょうがないし、卵を回収しない?」
「……そうだね。ここでボーっと見ていてもしょうがないし、卵の回収を試してみようか」
イネスの提案を受けて、卵の回収に挑戦することにした。まずはエッグ1号を卵の前に移動させるか。
「これ、どうやって回収したらいいの?」
暗くてある程度距離があっても、ライトに照らされるとハッキリ卵だって認識できたから、それなりの大きさであることは分かっていたんだけど、近づいて確認すると、思っていた以上に大きな卵が柔らかそうな海藻の上に鎮座している。
シーサーペントって水中でこの卵を温めたりしていたのかな? いや、それ以前に直径が50センチくらいあるよね。恐竜の卵でさえ最大で30センチとかそのくらいって聞いたことがあるのに、恐竜よりも大きい卵なの?
いや、魔物だから恐竜の卵よりも大きくても不思議じゃないのか? ……シーサーペントって魔物で魔力も持っていてブレスまで吐くんだから、恐竜の卵より大きな卵でも別に不思議じゃない気がしてきた。どうやって回収するかの方が問題だな。
「ご主人様。エッグ1号についている腕で、どうにかなりませんか?」
「うーんと、ある程度の大きさでも持ち上げる力はあるんだけど、掴みどころがない丸い物体だと、アームの大きさが足りないね」
まだアームが活躍する機会では無いらしい。こうなると、ハッチから棒かなんかで持ち上げて、その下に船召喚が一番無難な方法だな。
「イネス。剣と鞘で挟んだら、あの卵を持ち上げられる?」
「割れなければ持ち上げるのは可能ね」
卵だから割れることもあるだろうけど、ダチョウの卵でもトンカチを使って割るらしいから、シーサーペントの卵なら簡単に割れることはないだろう。
「じゃあ、エッグ1号を卵に寄せるから、試してみて」
「分かったわ」
「ぷふっ」
「ご主人様。急に吹き出してどうしたの?」
いかん、急に吹き出してしまって、イネスとフェリシアが不思議そうに僕を見ている。
「い、いや、なんでもないよ。じゃあお願いね」
ふぅ、駄目だ。さすがに駄目だ。エッグ1号を卵に寄せるって言って、自分で笑ってしまったのがバレるのは、さすがに若者として駄目だ。
エッグと卵が掛かっているとか、親父ギャグでもかなり上級な親父に分類される親父ギャグだ。言ったらこの狭い潜水艇の中が凍えるか、もしくは生暖かい目でイネスとフェリシアに見られることになるだろう。
……でも、口がムズムズする。滑るって分かっていても言いたいって欲望が、なぜか僕の心の中から湧き上がってくる。
落ち着け。落ち着くんだ僕。これを我慢できなかったら、立派な親父の仲間入りだぞ。まだ20そこそこで親父の仲間入りはまだ早い。
口が滑りそうなのを必死でがまんして、エッグ1号を傾けてハッチ部分を鎮座している卵の前に移動させると、イネスが剣と鞘で卵を挟みゆっくりと持ち上げてくれた。水の中だし、そこまで重さを感じてはいないようだ。
卵に乗船許可を出してゴムボートを召喚すると、するりと卵を飲み込んでゴムボートが上昇していく。謁見の間だけあって天井が高いから、上まで確認しに行くのが面倒だな。ここでゴムボートを送還できるか試してみるか。
……送還を念じてもゴムボートはいっこうに送還される気配が無い。これはシーサーペントの卵が生物として認識されているってことだよね。
食材の卵が送還できるのにシーサーペントの卵は送還できない。食材の卵が無精卵の可能性もあるけど、この時代にそこまで区別しているとも思い辛い。
大きさの問題か、食材と魔物素材の違い。もしくはシーサーペントの卵の中が、結構育っているからってところかな? いま、惨殺されているのは最近孵化したシーサーペントだろうし、回収した卵もそろそろ孵化する可能性は高そうだ。
「送還できないんだけど、どうしようか? あの卵に船の召喚枠を1つ潰されるのは痛いよね」
「そうね。財宝を発見したら回収するためにも、自由にできる枠が最低でも1つは必要になるわね。それに、帰りに卵を回収するにしても、あのゴムボートを移動させながら城から出るのは大変だと思うわ」
そういえば、どうやって持って帰るのかも重要だよね。公爵城の天井を何枚かぶち抜けば持っていくことは可能だけど、そこまで手間をかける必要があるのかも疑問だ。
「あの、邪魔になるのは間違いありませんし割れる可能性はありますが、ロープで括り付けて引っ張れば、持って帰るのは可能だと思います」
なるほど、フェリシアの言う通り、無理してゴムボートで運ぶ必要は無いんだな。船の召喚枠を潰さなくても、南東の島やダークエルフの島に資材を運んだようにすれば、どうにかなる。なら、捨てていく以外の方法も考えられる。
「イネス。卵を乱暴に運んでも大丈夫そうだった?」
「うーん。剣を通してだと、ちょっと分からないわ。でも、あんまり頑丈だと孵化するのも難しんじゃない?」
あんまりにも頑丈過ぎると、赤ちゃんが卵から出てこられないか。たしかにごもっともだな。
「運ぶならロープに括り付けるだけじゃなくて、何か柔らかいもので梱包した方が良さそうだね」
まあ、丁寧に梱包したとしても、水中で引っ張ると卵は乱回転するだろうな。卵を割らずに運べても中身が無事かどうかが微妙だけど、まあ、魔物の赤ちゃんだから大丈夫だよね。
生まれてそれほど経っていないはずなのに、クラレッタさんやリムの魔法を避けたりしている時点で、並の魔物とは生命力が違うと思う。
「そもそも、無理して運ぶかも探索が終わってから決めたらいいんじゃない? シーサーペントの素材も捌けないくらいあるんだし、財宝が沢山見つかれば利益は十分でしょ?」
イネスがなんでそこまで頑張るのって顔で僕を見ている。
「まあ、イネスの言う通りなんだけど、こうやって色々考えるのって冒険者って感じがして面白くない?」
こんなに本格的な宝探しは初めてだし、僕としては色々と試したり試行錯誤したりするのが楽しくなってきたんだよね。
冒険者として活動していた時は角兎の討伐がメインだったし、他に冒険って言えるのは魔の森や洞窟、火山の探索くらいだ。戦争にも巻き込まれたし何もしていないって訳じゃないけど、宝探しは冒険者っぽくて純粋にロマンを感じてしまう。
「ご主人様は冒険者というよりも商人よね?」
殿様商売をしているから商人とすら自信をもって名乗れないけど、世間的には商人であることは間違いない。でも、基本的に船で生活しているし、ステータスの職業も船長になっているから、どちらかというと船乗りの方がシックリくるかな? チートだけど。
「冒険者の気分ってとこだね」
……イネスとフェリシアにとても優しい目で見られてしまった。たぶんあの目は、木の枝を振り回して勇者とか言っている子供を見る目だ。切なくなるくらいに恥ずかしい。
『えーっと、こちらエッグ1号。ワタルです。エッグ2号、3号。状況はどうですか?』
恥ずかしくて、無線に逃げてしまった。……冒険が終わったら、大人な恥ずかしいことで仕返ししてやる。
『こちらエッグ2号、アレシア。ワタルさん、こっちはだいたい終わったわ。リムちゃんの魔力も微妙だし、ハイダウェイ号で休憩しない?』
『こちらエッグ3号、ドロテア。こちらも周囲の魔物は殲滅した。クラレッタの魔力消費も激しいから、休憩をお願いしたい』
今回の探索はクラレッタさんとリムが攻撃のメインだし、休憩はしていても連戦だったから、広い船でゆっくり休憩した方が良さそうだな。
『こちらエッグ1号、ワタル。分かりました。ゴムボートを送還後、ハイダウェイ号を召喚しますので休憩しましょう』
『エッグ2号、了解』
『エッグ3号、了解』
広い場所に移れば、1人で部屋に引きこもれる。さっさとゴムボートから卵をどけて、ハイダウェイ号を召喚しよう。一応卵もハイダウェイ号に運んでおいた方がいいよね?
***
「ねえ、ワタルさん。この卵、音がしているわよね?」
ハイダウェイ号で合流したアレシアさんが、不思議そうに聞いてくる。
「ええ、音がしていますね」
ついでにガタガタと揺れてもいます。
「もしかして、生まれるのかしら?」
「どうなんでしょう? ハイダウェイ号に入る時に結構乱暴な形になりましたから、卵の中で怒って暴れているのかもしれません」
イネスがしっかり卵を挟んでいたから、床に叩きつけられることは無かったけど、エッグ1号がハイダウェイ号に転がり込んだ時には、かなりの衝撃が卵にも伝わったはずだ。静かにしろよって抗議の動きの可能性もある。
「どうするの?」
「どうすると言われましても……アレシアさんが卵は確保するって言ったんですよね。どうするんですか?」
なんで僕に聞いてくるんですか? 持ってきたのは僕ですけど、卵に関してはアレシアさんに責任をもってもらわないと困る。
「たしかに言ったけど、ここまで生まれる寸前だとは思っていなかったのよ。早めに始末しちゃった方がいいのかしら? うーん、魔物なんだけど、生まれる寸前となると、なんだか躊躇しちゃうわね」
先程まで生まれた赤ちゃんをドライに惨殺していたアレシアさん達や、イネス、フェリシアも困惑した様子になる。卵を売り払おうとしていたし赤ちゃんも討伐していたのに、何が違うんだ?
僕としてはあまり違いは無いと思うんだけど、子供を産む女性としては、生命の誕生の瞬間に戸惑いを感じてしまうのかもしれない。っていうか、生まれちゃったらどうするの? なんだかとても嫌な予感がするよ?
『目指せ豪華客船!』の1巻が8月9日に発売されます。
西E田様にイネス、フェリシア、ジラソーレをとっても美しく描いていただけましたので、お楽しみいただけましたら幸いです。よろしくお願いいたします。
読んでくださってありがとうございます。




