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めざせ豪華客船!!  作者: たむたむ
第十章
222/577

11話 イネスの敗北

 イネスの実家で、イネスのお父さんとダリオ君をガン泣きさせる苦労話を語ったあと、イネスのお母さんの冷静なツッコミで、温かい家庭が、修羅場の様相を呈してきた。


「イ、イネス、ウソをついたなんてそんなことないよな? 母さんの勘違いだよな?」


「あっ、そうか。母さん、こんな時に冗談を言わないでくれよ。俺、ビックリしちゃったよ」


 父親と息子が、イネスのお母さんの言葉を信じたくないのか、勘違いや冗談で済ませようとしている。あれだな。男の僕が思うのもおかしい気がするが、男ってチョロいな。


 そして、チョロくないイネスのお母さんは、薄っすらと微笑みを浮かべたまま、イネスの目をじっと見ている。


 そして、イネスも負けじと自分の母親の目をじっと見つめ返している。父親とダリオ君は、すでに空気だ。


 僕も沈黙に耐えかねて、膝の上に乗せているリムを優しくなでながら現実逃避をする。ん? 隣の部屋から声が聞こえてくる。


「やっぱりそうだったんですね。私もイネスがお涙ちょうだいな話を語るなんて、怪しいと思ってたんです!」


「あはは、やっぱりイネスって、地元に居た時からいい性格してたのね!」


 静まった部屋の中に、フローラさんとアレシアさんの身もふたもない会話が響く。あっ、イネスが耐え切れずに動き出した。


「ちょっと、いま大切なところなんだから、静かにしててよ!」


「イネス、おばさんに怪しまれたらもう無理よ。あきらめた方がいいわ」


「フローラ、あきらめろってなによ。まだまだこれからよ」


 イネス、まだまだこれからとか言ったら、自白しているようなものだよ。空気だった父親とダリオ君の視線が冷える。


「イネス、ちょっとこっちに来て座りなさい」


 おおう、父親の威厳が全開だ。少し前まで泣いていた人だとはとても思えない。


「なによ! あっ……」


 父親の言葉に反応して、こちらを向いたイネスが自分のミスを察して蒼ざめる。もう一度、威厳たっぷりの声で座ることを促すと、イネスがゆっくりと移動して、僕の隣に座った。


「イネス、どういうことだ?」


「姉ちゃん……」


「知らないわ」


 父親と弟から疑惑の視線を向けられたイネスが、プイっと明後日の方向を向きながら、ふてくされたように言った。やっぱり実家や家族の前だと気が緩むのかな? イネスの珍しい姿をよく見る。




「分かったわよ! 話せばいいんでしょ、話せば!」


 家族3人からの無言の視線に、イネスが折れた。


「でもいいの? 聞いたら後悔するわよ? さっきまでの綺麗な物語で納得しておけば幸せだったって……本当に聞くのね?」


 訂正します。イネスはまだ折れていませんでした。不安を煽って、聞かない方が幸せだって誘導しています。イネスって往生際が悪いタイプなんだな。


「ね、姉ちゃん、どんな目にあったって言うんだよ!」


「ダリオ、大丈夫だから落ち着きなさい。さっきも言ったでしょ。イネスは本当に辛いことだったら、こんな言い方はしないわ。今のは、ただ、怒られたくないだけの悪あがきよ。イネス、話しなさい。今度ウソをついたら、隣の部屋の方達にお話を聞きますからね」


 イネスのお母さんが怖い。完璧にイネスを追い詰めているな。




 しばらく沈黙が続いたが、イネスが観念したように、本当のことを話しだした。


 ***


 目に手を当てて、天を仰ぐように上を向くイネスのお父さん。

 言葉を失い、目を見開いて呆然とするダリオ君。

 静かにイネスを見つめる、イネスのお母さん。でも、背後に怒りのオーラが見える。


「ほら、聞いたら後悔したでしょ!」


 イネスがやけくそ気味に大声を出す。今日のイネスは子供っぽいな。


「ワタルさん。イネスを手放すおつもりはありますか? 母親としましては、この子を徹底的に教育したいんです」


 えっ? こっちに話を振るの?


「えーっとですね、イネスは僕達にとって大切な仲間ですから、イネスがどうしても僕達と別れたいと思わない限り、一緒に居てもらいたいと思っています」


 でも、教育に関しては、ちょっとお願いしたくもある。いや、今のイネスも大好きだから、ちょっとだけなんだけどね? 隣の部屋から、純愛ね!っとフローラさんの声が聞こえる。純愛じゃなくて奴隷と主の関係です。どちらかと言うと不純です。


「そうよ、愛し合っているのよ。だから教育とか必要ないわ」


 愛ってこんなに薄っぺらい言葉だったんだろうか? 単にお説教と再教育から逃れたいだけの言葉にしか聞こえない。あれ? でも、ちょっと嬉しい。やっぱり男ってチョロいよな。


「イネス、あなた、まだ言ってないことがあるわよね?」


 イネスのお母さんが冷静に質問を続ける。僕から聞いても、イネスは正直に答えていたと思うんだけど、まだ聞きたいことがあるのか?


「な、なによ、ちゃんと正直に話したじゃない」


「奴隷になった経緯は聞いたわ。でも、あなたの性格からしたら、素直に奴隷でいることが信じられないの。普通だったらすぐに奴隷から解放される条件を提示しているはずよ。それくらいの器量はあるものね。……それで、聞かせてくれるかしら。あなたはなんで、いまだに奴隷なの?」


 なるほど、そういえば奴隷になる条件も大切だよな。イネスのお母さん、鋭い。イネスなら、一日で解放される方法もいくつかあったもんな。それにしても、奴隷についても詳しいな。僕が知らないだけで、これくらいの知識は常識なのか?


「なんで母さんがそんなことを知ってるのよ」


 悲鳴を上げるようにイネスが言う。奴隷についての知識は、一般常識ではないらしい。


「娘が冒険者になったんですもの。なにかあった時のために色々と調べるのは当然でしょ。怪我のことや奴隷に落ちること、そして命を落とすリスクについても調べたわ」


 イネスの死を連想したのか、少しつらそうに話すイネスのお母さん。親の立場からしたら、子供が冒険者になるって、かなり心配だよね。


「でも、奴隷については、ある意味安心していたのよ。辛いことではあるけど、イネスならそこまで大変なことにはならないって。命を失ってしまうことに比べたら、ずいぶんと希望がもてるって……だからこその疑問なの。イネス、なんでいまだに奴隷なの?」


 親の愛って素晴らしい。まあ、今はその親の愛が、娘を追い詰めているけど……。


「色々とあるのよ。別にすぐに解放されることが、人生においていいこととは限らないじゃない」


「そうね。今のあなたがとっても楽しそうなのは分かるわ。だからこそ詳しく説明してほしいの。たとえ娘が奴隷の立場であったとしても、幸せだって思えるように、安心させてくれないかしら?」


 もう、イネスのお母さんの独壇場だな。イネスのお父さんとダリオ君の空気感がハンパじゃない。


 僕もフェリシアも、隣の部屋のフローラさんとアレシアさん達も、劇の観客のようにドキドキワクワクしながら見守っている。現状を理解していないのは、リムとふうちゃん、べにちゃんだけだな。


「それとも、ワタルさんにお聞きしたほうがいいのかしら?」


 観客席にいたはずなのに、急に舞台に上げられてしまった。娘を買った条件を、その親に対して説明するとか、どんな罰ゲームだよ。


 しかも、イネスとの契約内容って、親からしたら、怒り狂ってもしょうがない内容なんだよな。


「僕の口からはちょっと……できれば娘さんとの対話で聞き出していただけたら、助かります」


「主人の口からでは言い辛いような契約内容なのか……」


 イネスのお父さんが、酷く辛そうな顔をしている。たぶん、イネスのお父さんが想像している内容とは、ベクトルがちょっと違うと思う。だからといって、救いがある内容でもないんだけどね。イネスの家族の視線が、イネスに集中する。


 ***


 再び天を仰ぐイネスのお父さん。

 考えるのを止めたのか、ただボーっと一点を見つめるダリオ君。

 視認できそうなほどの怒りのオーラをまとう、イネスのお母さん。


 まあ、イネスの契約内容を聞いたらそうなるよね。他にももっと簡単に奴隷から解放される方法があったのに、楽しみを優先させて奴隷を続けているんだから。


「ワタルさん、いつまでアクアマリン王国に滞在されるんですか?」


 語り終わったイネスをガン無視して、僕に質問してくるイネスのお母さん。なにが目的なんだろう?


「えっ? えーっと、特に決めていません」


「イネスの奴隷と言う立場も理解しております。図々しいお願いになりますが、イネスをしつける機会を頂くわけにはまいりませんか?」


 実に魅力的な提案をされてしまった。今のイネスが大好きなのは間違いない。大好きなのは間違いないんだけど、それでも魅力的な提案と感じるのはなぜなんだろう?


「ちょっと、勝手にそんなこと頼まないでよ。私は奴隷として、ご主人様から離れる訳にはいかないわ」


 返事をしようとすると、無視されていたイネスが割り込んできた。つい最近、ボートレースだって、ご主人様から離れて、徹夜でレースをしていた奴隷が居たはずなんだけど、あれは夢だったんだろうか?


「そうですね……今回の目的は観光ですから、時間はあります。イネスには側にいてほしいと思いますが、家族水入らずの時間を邪魔するつもりもありません。この国に滞在している間、冒険などでイネスの力を借りたい時以外でしたら、問題ありません」


「ちょっとご主人様、そんなことを勝手に決めないでよ。私は今更しつけられるのなんか嫌よ!」


「あらイネス。それがあなたの恩人である主人に対する態度なの? お母さん、心配だわ」


「これでいいのよ。ご主人様は今の私を気に入っているの。なんにも知らないお母さんは黙ってて! ねっ、ご主人様」


 たしかに今のイネスも魅力的ではある。だけど、お母さんにしつけられた、おしとやかなイネスが見てみたいと思うことは、いけないことなんでしょうか? 神様、教えてください。


「……えーっとですね。しつけのことについてはともかく、せっかく近くにいるんですから、イネスには家族水入らずの時間を過ごしてほしいと思っています。イネスの力を借りたい時には呼びにきますので、それまでは楽しんでください。では、そろそろ僕達は失礼させていただきますね」


「ちょっと、ご主人様! 私を置いていく気!」


 ごめん、イネス。好奇心には勝てなかったよ。是非ともおしとやかなイネスを見せてほしい。


「ちょっと待ってくれ。今夜は是非ともおもてなしをさせていただきたい」


 冗談じゃないよね。今の状況でおもてなしされたら、イネスの八つ当たりがはんぱないよ。イネスのお父さんもこういう時だけ現実に戻ってこなくていいのにね。


「いえいえ、こういう時こそ家族水入らずでお過ごしください。じゃあ、イネス、必ず迎えにくるからね」


「ちょっと、私も行くわよ」


「イネスちゃん、せっかくのご主人様の厚意を無下にしたら駄目よ」


 あっ、イネスが捕まった。とりあえず、あとでイネスに怒られるだろうけど、今は脱出を優先しよう。


読んでくださってありがとうございます。

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