10話 イネスの頑張り
ダリオ君に会いに冒険者ギルドに向かうと、中で微妙な注目を集めてしまった。その中でダリオ君からの、丁寧なイネスの実家への誘い。現在、断り切れずにイネスの実家に向かっている。まずはダリオ君とフローラさんと話し合うだけなはずだったんだけど……。
(ちょっと、ご主人様。なんで断ってくれなかったの?)
(そんなこと言われても、あんなに頭を下げて頼まれたら、僕には断れないよ。僕だっていきなりイネスのご両親と会うのは怖いんだよ。イネスの弟なんだから、イネスがどうにか丸め込んでよ)
たとえ、イネスにバチが当たってほしいと思っていても、こういう急展開は僕の望む形じゃない。できればもう少し心の準備をする時間が欲しかった。僕はアドリブに弱いんだ。あんな状況で、器用に切り抜けるのは無理だ。僕の気持ちが伝わったのか、イネスが矛先を変えた。
「それで、なんでアレシア達やフローラまで一緒に来ているの? 私の家族とご主人様の問題なんだから、遠慮してくれないかしら?」
イネスは両親との対面を見られる人数を減らしたいのか、アレシアさん達やフローラさんを追い帰そうと頑張り始めた。
「そうはいっても、私達もイネスのことが心配なのよ。だからあれね、無事にイネスとご両親との対面が終わって、大団円したら退散するから安心してちょうだい」
アレシアさんが、追い帰されてなるものかと、イネスを心配するふりをする。けど、それって最後までいるって言ってるよね?
「私も幼馴染が帰ってきたら奴隷になっていたんだもの。事情が知りたいわ。それに、私はおじ様とおば様にも話を通しているから平気よ」
フローラさんってイネスの幼馴染だったんだ。家族ぐるみの付き合いをしているっぽいし、追い帰すのは無理そうだな。
「姉ちゃん。奴隷になってたのはショックだけど、本当にいい人達と一緒に居るんだね。少しだけ安心したよ」
僕はダリオ君がピュア過ぎて心配だよ。人が良すぎないか? アレシアさん達の中の大半は、単なる野次馬だよ?
「ただいま! 姉ちゃんを連れてきたよ!」
イネスの奮闘虚しく、人数を減らすことができずにイネスの実家に到着した。なんといえばいいのか……普通の家だな。
イネスの享楽的な面をはぐくんだ場所なんだから、お金持ちだったり貧乏だったり、普通とはちょっと違う家を想像していたから、正直、予想外だ。
ダリオ君の声で、二人の男女が玄関に現れた。うーん、イネスのお母さんは、イネスの母親だけあって、すごい美人だな。二人も大きな子供がいるとは到底思えないや。
なんていうか、美魔女? 炎虎族らしい真っ赤な髪と、抜群のスタイル。でも、イネスを見て、虎耳をピコピコさせながら微笑んでいる姿は、なんだか可愛らしい。
そして、イネスのお父さんは……うん、あれだ、迫力がある。よく見たら顔立ちは整っているのに、堅気に見えない、その迫力がすべてを吹き飛ばしている。
娘は父親に似るって言うけど、なんていうか、イネスもダリオ君も母親似でよかったねって言いたい。あっ、イネスのお父さんがこっちにきた。
「あなたがイネスの主人のワタルさんですか。イネスを助けて頂いた上に、会う機会まで作っていただき、感謝しております」
そういったイネスのお父さんが、深々と頭を下げる。今の僕は、プチパニックだ。ダリオ君もそうだけど、妙にしっかりと頭をさげるよね。この国の風習なのかな? でも、イネスはそんな感じじゃない。えーっと、どういう状況なんだろう?
「あ、頭を上げてください。僕の方がイネスには助けてもらっているんです。本当に感謝しております」
なんか、驚きと混乱で、お礼を言われた僕が、ペコペコと頭を下げて、お礼を言ってしまう。確実に返事を間違えているのは分かる。だが、どうしようもない。なんとか頭を上げてもらい、僕の背後で無関係を装っていたイネスを前に押し出す。
「イネス。よく帰ってきた。ダリオに話を聞いたが、大変だったらしいな。だが、なにがどうあれ、お前が無事な姿が見れて私は嬉しい」
イネスのお父さんが、イネスの肩に手を置き、優しい言葉をかける。迫力ある見た目なんだけど、イネスのお父さんって話してみると、誠実で実直な印象を受ける。
「イネス、お帰りなさい。お母さん、会えて嬉しいわ」
優しく微笑むイネスのお母さんも、そっとイネスに寄り添い、優しい言葉をかけている。
「ああ、みなさん、こんなところでお待たせしてしまい、申し訳ありません。どうぞ中にお入りください。今お茶をいれますね」
手持無沙汰になっている僕達に気がついたイネスのお母さんが、僕達を家の中に案内しようとしてくれる。
「あっ、お構いなく。僕達はイネスを送ってきただけですので、今日はどうぞ家族水入らずでお過ごしください」
ペコリと頭を下げて、素早く踵を返す。こんな素晴らしいご両親に対して、ウソで誤魔化そうとしている罪悪感がハンパない。だから僕達はイネスを置いて帰ります。
「いや、せっかくご足労頂いたのにそういう訳にもいかない。粗末なもので申し訳ないが、是非とももてなさせてほしい」
真剣な表情で引き留めてくるイネスのお父さん。ガシッと僕の腕を掴むイネス。どうやら逃げられないようだ。でも、イネスは僕達がいない方が都合がいいんじゃないのか? たんに逃げようとしたから捕まえただけ?
流れに逆らうことができずに、イネスに腕を掴まれたまま家の中に入る。リビングに通されたんだけど、さすがにこちらの人数が多すぎて座る場所がない。
「狭い部屋でごめんなさいね。悪いんだけど、半数はこっちに座ってもらえるかしら?」
イネスのお母さんが、リビングと続きになっている扉を開けて、アレシアさん達とフローラさんを隣の部屋に誘導する。僕もあっちに行きたいが、腕をしっかりと掴まれているので逃げ出すことができない。
結局、僕、イネス、フェリシアとイネスのご両親、ダリオ君で話し合いになるようだ。イネスのお母さんとダリオ君が紅茶を運んできたあと、イネスのお父さんの両隣に座り、話し合いが始まった。
「まず、もう一度お礼を言わせてください。イネスを助けてくださったそうで、本当にありがとうございます」
またもや、イネスのお父さんが僕達にお礼を言い、イネスのお母さんとダリオ君の三人で深々と頭を下げられた。僕、こういう空気は苦手だな。
「いえ、本当に僕はなにもしていないので、頭をお上げください。いたっ」
イネスにつねられた。余計なことを言うなってことらしい。本気で騙すつもりなんだな。
僕としては敵対関係にある相手なら、なにをしようが構わないんだけど、こういう、真面目で人の好さそうな家族を騙すのは心苦しい。
「父さん、母さん、ダリオ。色々あったけど、今の私は幸せだから大丈夫なの。本当に心配しないで」
「しかし、悲しいことがあったんだろう? イネスは頑固なところがあるから、お父さんは心配なんだ。本当に無理をしていないか?」
「そうだよ姉ちゃん。俺達は家族なんだ。遠慮しないで泣いたっていいんだ。俺達もなんでも協力するから、一度家に帰ってきたら? お金なら俺達でなんとかするよ。ねっ、父さん!」
「ああ、だからイネス。本当のことを言ってくれ。幸せだと言っているが、心が疲れたりしていないか? 一度、ここに帰ってきて、ゆっくりと休むのはどうだ?」
おうふ、イネスのお父さんとダリオ君の圧が強い。イネスもタジタジだ。
「たしかに辛いことはあったわ。大切な仲間も失ってしまった……落ち込んだわ……」
パーティー内の男女関係のモツレで、仲間を失ったんだよね。そんな悲痛な顔をする必要はないよね? もっと家族に心配をかけるだけなんじゃないの? お父さんとダリオ君、泣きそうな顔をしているよ?
「でも! 今のご主人様、そしてアレシア達と出会ったことで救われたの」
なるほど、こういう流れで幸せをアピールする作戦か。お父さんとダリオ君に押されていたから、どうなるのかと思っていたけど、上手に軌道修正してきたな。
口を挟ませるのは危険と考えたのか、すかさず言葉を重ねていくイネス。昨晩作っていた設定を怒涛の如く話し始めた。
「うぅ、イネス、大変だったな。でも、今が幸せならよかった」
「そうだね。姉ちゃんが幸せに生きていることを、亡くなった仲間の人達も喜んでくれているはずだよ……」
イネスのお父さんとダリオ君がものすごく泣いている。感情移入がハンパないな。イネスがやり切った感を出しているのが微妙だけど、でも……このまま綺麗に話がまとまれば、それはそれでいいんじゃないだろうか?
騙すとか、騙さないとか、罪悪感とか、そんなの小さなことだ。これでお互いに納得すれば、全部が丸く収まる。
「それでイネス。本当はどうして奴隷になったの?」
ですよねー。
イネスのお母さん、夫と息子がガン泣きしている横で、ニコニコと楽しそうにお話を聞いていたもん。最初からウソって見破っていた感じだった。綺麗にまとまったからツッコまれないかなって思ったけど、母親は甘くないらしい。
「はぁ? 本当はってどういうこと? 今、事情は説明したわよね?」
イネスが怒ったように母親に反論する。でもあれは怒っているんじゃなくて、焦っている感じだな。強い言葉でなんとか誤魔化そうとしているように見える。
「何年あなたの母親をやっていると思っているの。あなたは本当に辛いこと、悲しいことがあった時は、決してそれを表に出さない強い子よ。反面、自分に都合の悪いことがあると、それを覆い隠そうと、大げさに話を盛って誤魔化そうとする悪い子でもあるわ。本当のことを言いなさい」
えーっと、イネスのお母さん、あなたと同じ年月、イネスの父親をしていた人が、ポカンとしていますよ? 息子に至ってはフリーズしています。
「母さん、どういうことだ? イネスの話がウソだと言うのか?」
「そうよ」
「ウソなんてついてないわよ。久しぶりに帰ってきた娘になんてこと言うのよ!」
さて、一瞬、穏便に終わるのならそれでいいかもって思ったけど、修羅場になることが確定したな。隣の部屋で話を聞いていたアレシアさんが、面白そうな展開になったと笑っている。
今日で連続投稿は終了になり、4日に1度の更新になります。
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