8話 打ち合わせ
イネスの弟に港でバッタリ遭遇して、イネスがウソをついた。そしてそのウソを隠すために、僕は巻き込まれようとしている……いや、巻き込まれた。
「じゃあシナリオを練るわよ」
イネスがシナリオとか言い出した。簡単なウソを誤魔化すために、どこまでやる気なんだろう。
「じゃあ、まずは一番重要な私が奴隷に落ちた理由から考えるわよ。辛い出来事があったってダリオに言っちゃったから、悲しい話にしないといけないわ」
なんか舞台監督みたいな雰囲気でイネスが仕切り始める。少し楽しそうなのは気のせいなのか?
「悲しいって、どうするの?」
「……そうね……迷宮で窮地に陥り、仲間のほとんどを失って命からがら脱出。唯一助かった仲間も大怪我で、その治療費のために私が奴隷に落ちた事にするわ。けれど、治療の甲斐なく唯一一緒に脱出できた仲間も命を失ってしまうの」
……架空とは言え、自分のパーティーメンバーを死んだ事にするのか。そういえばイネスって仲間はいなかったのか? 元Bランクって言ってたし、ソロは厳しそうなんだが。
「今更の話なんだけど、イネスって本当のパーティーメンバーはいなかったの? ソロ?」
「いいえ、パーティーを組んでたわよ。ただ、身売りする半年ほど前にはなくなっちゃったけどね」
なくなっちゃったんだ。今は明るい顔しているけど、もしかしたら本当に仲間を失って、悲しい思いをしていたのかも。
「イネス、どうしてなくなったのか聞いてもいい? もちろん、話すのが辛いなら無理に話さなくてもいいよ」
「別に辛い話じゃないからいいわよ。男女混合のパーティーで、リーダーはメンバーの一人と付き合ってたんだけど、別に女を作ったのよ。その子をパーティーに入れようとしてもめにもめてパーティーは解散。迷惑な話よね」
痴情のもつれってやつか。男女混合パーティーのテンプレだな。特に仲間の死とか重い話じゃなくてちょっと安心した。
「なるほど、じゃあ元のパーティーメンバーと会いたいとかないの?」
「うーん、盗賊の子とは仲がよかったから、会えるのなら会いたいわね。でも、今はその話じゃないわ。時間がないんだからシナリオを完成させるわよ」
「えっ? さっきの話以外にもシナリオを作るの?」
「当たり前でしょ。私とご主人様との出会いがないじゃない。ここを作り込まないと、バレちゃうでしょ」
……そういえば、俺がイネスを救ったとか言っていたな。
「命の恩とか言ってたけど、奴隷商館でそんな命に関係する問題は起きなさそうだよね。どうするつもりなの?」
「簡単よ。パーティーメンバーを失った事で、私は失意のどん底にいたの。そして生きる気力を失っていた私を、毎日奴隷商館に通って勇気づけてくれたのが、ご主人様って事にすればいいのよ!」
自信満々に言うイネス。いいのよ!って言われても本当にいいのか?
「……本気でこんな話でごまかすつもりなの?」
「そうよ! 話を合わせてくれるだけでいいから、お願いね!」
なんかいつものイネスじゃない気がする。両親と会うのが決定して自棄になってる可能性もあるな。
「アレシアさん、この一連のシナリオ……これってありなんですか?」
「……まあ、ないとは言えないわね」
うーん、ないとは言えないのか。僕としてはラノベや漫画の影響か、陳腐に感じるから不安だ。
「イネス、やっぱり普通に会って、全部正直に話して謝った方がいいんじゃない?」
「いやよ! 絶対に隠し通すの!」
決意は固いようだ。……バレたら夜のやる気も失われるとか脅されたし、協力はするしかないが、イネスのご両親、どうか騙されないでほしい。
そこからは細かい情報の共有と話の肉付けが、アレシアさん達を巻き込んでおこなわれた。アレシアさんとかイルマさんはノリノリだったが、カーラさんとクラレッタさんは確実に引いている。
ちなみにドロテアさんとマリーナさんは、リム、ふうちゃん、べにちゃんと遊んでいる。僕もあっちに行きたいな。
***
「じゃあ、とりあえず冒険者ギルドに向かいましょうか。イネスもそれでいいんだよね?」
「ええ、もうダリオにバレちゃったんだもの。家族に会う事もほぼ確定だし、知り合いに会って隠し事をするのが嫌とか言ってられないわ。しっかりと全員を騙しきるわよ」
騙す範囲が家族だけじゃなくて、知り合いまで拡張されちゃったよ。破滅に向かって突っ走ってるようにしか見えないのは、僕だけなんだろうか?
あれだけアクアマリン王国に戻る事を嫌がってたのに、今や率先して冒険者ギルドに案内してくれるイネス。確実におかしなテンションになっているな。でも、暗くなるまで細部を詰めた自分のシナリオに、イネスはかなり自信があるようで、心なしかワクワクしているように見える。ただ、暗いから王都の景色がよく見えないのが少し残念だ。
「ついたわよ!」
冒険者ギルドに到着したようだ。外観はよく見えないが、結構大きな建物なのは分かる。さすが王都の冒険者ギルドって事なんだろう。
冒険者ギルドの中に入ると、併設している酒場は賑やかだが、受付カウンター前には誰も並んでいない。冒険者の仕事の時間は完全に終わってるみたいだな。酒場の方を観察してみると、南方都市やカリャリの街では見かけない外見の人がいる。
あの人達が魚人なんだろうな。体形は人と変わらないみたいだが、肌にウロコが浮いていたりヒレがついているように見える。ああいう人達が沈没都市の探索に活躍するんだろう。
「ウゲッ」
受付カウンターに近づくと、イネスが年頃の女性として微妙な声をあげる。
「あら……イネス?」
受付の人族の綺麗なお姉さんがイネスを見て声をかける。王都に到着して速攻で弟に出会い、二人目もイネスの知り合いっぽいな。神様が面白がってイネスの出会う相手を操作していても、不思議じゃない確率だ。……創造神様ならありえそうなのが怖いな。
「……フローラ、久しぶりね……」
「やっぱりイネスなのね。久しぶり。元気だった?」
人族の女性が笑顔でイネスに話しかける。
「ええ、元気だったわよ。なんでフローラは冒険者ギルドで働いているの?」
「最初は実家を手伝ってたんだけど、ギルドで働かないかって誘われたから面白そうだし働いてみる事にしたの。そうだ、ダリオ君もここで働いてるんだよ。呼んでくるね」
「ちょ、ちょっと待ちなさい。まずは受付が先でしょ」
受付嬢がキョトンとした顔をしたあと、こちらを向いてしまったって顔をする。イネスしか目に入っていなかったようだ。
「失礼いたしました。ご用件を承ります」
いきなりガラリと態度が変わった。この切り替えの早さは見習いたいな。
「ジラソーレのリーダー、アレシアよ。しばらく滞在するから挨拶にきたの」
アレシアさんがギルドカードを渡しながら、簡単に滞在報告をする。ギルドカードを確認した受付嬢が、少し驚いた表情をする。Aランクの冒険者ってところで驚いたんだろうな。
「滞在報告ですね。承りました。ですが、高ランクの依頼はこの国ではどうしても海に関連した依頼になってしまいます。問題ありませんか?」
「問題ないわ。元々休暇みたいな目的だから気にしないで」
そこまで大きな島じゃないし、陸地にはたいした魔物はいないらしいから、海に入れないAランクの冒険者だと、確かにもったいないよね。
「手続きが完了しました。何かありましたらよろしくお願いします」
「ええ、それで、宿を紹介してもらいたいんだけどいいかしら? 少し高くてもいいから、清潔で食事が美味しい宿がいいわ」
「宿ですか……観光も兼ねているという事ですし、少し値が張りますが人魚の宿屋はいかがでしょう? 海に接するように建てられた宿屋で、目の前に沈没都市が広がっていて、絶景ですよ。もちろん値段に見合った料理や部屋も提供されています」
おお、オーシャンビューって奴なのか。一面に広がる美しい海、そこに沈む古代の街並み。聞いただけでもワクワクするんですけど。
「人魚の宿屋って名前なら、人魚と何か関係があるの?」
アレシアさん、ナイス質問です。人魚見たい。
「関係はない事もないですね。人魚の利用も見込んで海水を引き込んだ部屋もあって、昔はよく人魚の方に利用されていました。でも、最近は人魚が偶にしか訪れないので、名前だけとも言えます」
んー、人魚が偶にしか来ないのか。結構残念だ。
「人魚は最近あまり来ないの?」
「ええ、特に人魚との仲が悪くなったという訳でもないんですが、探索区域が深くなり、人魚が苦手な魔物が多くなってしまったんです。それでいらっしゃる人魚の方が減ってしまったんですよね」
「人魚が苦手な魔物? 海の中でそんなのがいるの?」
「ええ、硬い殻を持つ貝の魔物です。人魚の方は海中でも素早く動けるんですが、力が弱い方が多いですし、魔術もそう連発できるものではありませんから、苦手なフィールドになってしまったんです」
「へー、人魚にちょっと会ってみたかったけど、それなら無理そうね」
人魚も海中で無敵って訳じゃないんだな。魚人との協力とかすればやりようはある気もするが、やってないって事は、なにかデメリットがあるんだろう。僕も会えないのは残念だ。
「商売をされている人魚の方が偶に訪れます。その場合は人魚の宿屋に泊まられる事も多いですから、運がよければ会う事ができるかもしれませんよ。ただ、本当に偶になんですよね。お互いに必需品を商っている訳でもないので、嗜好品がなくなったら商売にくるんだそうです」
「可能性があるのなら、十分だわ。ワタルさん、泊まるのは人魚の宿屋でいいかしら?」
「ええ、部屋から沈没都市が見られるなら、それだけで十分楽しそうですし構いませんよ」
人魚に会えるかは期待しないでおこう。僕の運のステータスは低いから、期待すればするほど会えない気がする。
「じゃあ決まりね。ワタルさん、すぐに宿に移動する? それともイネスの弟に会っていく?」
「イネス、どうする? 観光するだけだから、今からでもいいし、明日でもいつでも構わないよ」
「んー……なんだかフローラに会ったら冷静になっちゃったし、明日でいいわ。フローラ。ダリオに明日の昼過ぎに会いにいくって伝えておいて」
「ええ、分かったわ。あれ? イネス、その首輪……」
「それもまとめて明日話すから気にしないで。じゃあご主人様、行きましょうか」
……フローラさんがご主人様?とか驚いてるけど放置でいいんだろうか? まあ、夜も遅いし、今からフローラさんとダリオ君との話し合いは辛いな。悪いけど帰らせてもらおう。
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