7話 喜劇?
アクアマリン王国に到着し、速攻でイネスを姉ちゃん?っと呼ぶ高校生くらいの真っ赤な髪でトラミミの青年と出会った。
「じゃあ、私はルト号で待っているわね」
何事もなかったようにルト号に戻ろうとするイネス。さすがにそれは無理があると思う?
「ちょっと待とうかイネス」
しっかりとイネスの腕を掴み、ルト号に戻る事を阻止する僕。
「お願い、放してご主人様。いくらなんでも早すぎるわよ。心の準備ができてないの!」
「イネス! やっぱり姉ちゃん! えっ? ご主人様? あれ? 奴隷の首輪? 姉ちゃん?」
イネスの弟も絶賛混乱中のようだ。さて、ここからどうなるんだろうな。固唾を呑んで見守る僕達……。特にアレシアさんとイルマさんは、ワクワクが止まらない顔をしている。毎日の楽しみにしている、ドロドロ系のサスペンスを見る前の母親のようだ。
そういえば、フェリーのレンタルDVDで、そういう感じの映画とか見まくってたよな。日本の文化がアレシアさん達におかしな影響を与えている気がする。
イネスが重い内容で奴隷になっていたら、さすがにこんなふうに楽しむ事はなかっただろうが、理由が理由なだけに、どんなふうにイネスが怒られるのか楽しみにしている節がある。イネスは自業自得にしても、イネスの家族はたまったものじゃないな。
「姉ちゃん、なんで奴隷になっているんだよ! 父さんも母さんも、姉ちゃんがぜんぜん帰ってこないから心配してたんだぞ!」
イネスの弟が混乱から立ち直り、イネスに詰め寄った。
「……ダリオ……お姉ちゃんにも色々あったのよ」
悲痛な表情で弟の質問に答えるイネス。
「な、何があったんだよ姉ちゃん!」
「ごめんなさいダリオ。口に出すのも辛い事なの……」
……イネス、ごまかす気だ! この状況でごまかす気だ! なんて度胸なんだろう。そんな事をして、奴隷に落ちた本当の理由が分かったら洒落にならないぞ。僕だけじゃなく、フェリシアもアレシアさん達も呆れた表情をしている。
だいたいさっきまで、知り合いに隠し事をするのは嫌って言ってたよね。家族にウソをつくのはありなのか?
「お、お、お前が姉ちゃんに酷い事をしたのかー!」
顔を真っ赤にして僕に詰め寄ってくるダリオ。こっちに矛先が……えっ? 僕が巻き込まれるの?
「待ってダリオ! その人達は違うの、私を救ってくれた人達なのよ!」
悲痛な叫びをあげるような表情で弟を制止するイネス。胡散臭い。なんだこの三文芝居は。悲しげな姉を慰める好青年なダリオ。すべてを知っている身としては、弟が哀れで涙が出そうだ。
「ご主人様、どうするんですか?」
僕と同じような気持ちなのか、心底困った顔で聞いてくるフェリシア。
「いや、フェリシア、どうするって言われても、どうしたらいいのか……アレシアさん、この状況はどうしたらいいんでしょう?」
答えに困ってアレシアさんに助けを求めると、アレシアさん達が固まってヒソヒソと密談を始めた。なんとなく孤立した雰囲気の僕とフェリシア。
明らかに演技のイネスを励ます弟。何やら楽し気に密談を交わすアレシアさん達。あっ、クラレッタさんが困った顔をしているし、アレシアさん達の相談って、ろくな内容じゃないな。相談が終わったのか、ニコニコしながら近寄ってくるアレシアさん。
(ワタルさん。ジラソーレの決断としては、この場は静観を希望するわ。いきなり暴露しても面白そうだけど、こうなったらイネスがどこまでやり切るのか見てみたいわ。でも、ワタルさんがそれは駄目だって言うのなら反対はしないわよ?)
あれ? 相談したら厄介な二択になって返ってきた。……このまま静観するのはイネスの家族に悪い気がするし、でも言ったら言ったで楽しみにしているアレシアさん達がガッカリする。人間としての常識を取るか、アレシアさん達の好感度を取るか……難しい問題だ。悩んでいると、イネスの弟がこちらに真剣な顔で歩いてきた。
「先ほどは失礼しました。姉を助けてくださったそうで、本当にありがとうございます」
深々と頭を下げる弟……ごめんね。買った覚えはあるんだけど、助けた覚えはまったくないんだ。そんなに真剣に感謝されると本当の事が言い辛くなるよ。
「そんな恩人に向かって、いきなりこのようなお願いをするのは心苦しいのですが、両親とも相談してできる限りお金を用意します。足りなければ必死で働いてお支払いしますので、なんとか姉を自由にしてやっていただけませんか?」
届けこの思いとばかりに全力で訴えてくるイネスの弟。そうか、フェリシアの時は買い戻すって話が出なかったから忘れていたけど、主が了承すれば奴隷を買い戻せるって説明があったな……。
うわっ、僕の迂闊者! イネスがいなくなるとか欠片も考えてなかったよ。どうする、この真剣な好青年の気持ちを踏みにじれるのか? さらに難題な二択が……。
……アレシアさん達には悪いが、こうなったらすべてを話そう。イネスは自業自得だから、きつく、本当にきつく怒られてほしい。
「待ってダリオ。私は私を救ってくれたご主人様の側を離れるつもりはないの。命の恩は命で返す。私はそうしたいのよ。でも、気持ちは嬉しかったわ。ありがとうダリオ」
「姉ちゃん……」
……すべてを話そうとした僕を遮るように、イネスが弟に話しかけ、なんとなく感動的な雰囲気がイネスと弟の周辺を漂う。何? この状況で本当の事を暴露するの? 命の恩人になんて、なった覚えがないんだけど?
「それよりもダリオ。なんで港になんかいたの?」
「あっ、仕事の途中だったんだ。俺、今冒険者ギルドで働いてて、港の管理者と打ち合わせをしてたんだ」
「そう、ダリオも頑張ってるのね。なら、今はその仕事を優先しなさい。私も時間をもらえたら父さんと母さんにも会いに行くからね。もし会いに行けなくても、イネスは幸せにしているって伝えておいてね。心配はいらないって……」
「う、うん、分かったよ姉ちゃん」
半泣きでイネスの言葉に応えた弟が、僕の方を向いた。
「突然すみませんでした。あのっ、両親は本当に姉さんの事を心配しているんです。図々しいお願いなのですが、姉と両親を会わせる時間を頂く事はできませんか?」
一生懸命に姉や両親のためにお願いをする弟の背後で、イネスが弟に対して余計な事は言わなくていいのって顔をしながら見ている。イネス、ここで綺麗に終わらせて、なんとか両親には会わずに済ませようと考えているな。そうはいくものか!
「大丈夫ですよ。僕もイネスのご両親にご挨拶がしたかったですし、必ず会えるように時間を取ります。なんだったら、数日ですが実家に帰れるようにしましょうか?」
イネスがショックを受けた顔で僕を見ている。なんでそんな面倒な事を言うのって感じだな。普段の僕ならイケメンの味方をする事はないが、今回ばかりはイネスの弟の味方だ。いや……味方というよりもイネスのウソがばれて、ものすごく怒られてほしい。
よく考えたら、イネスが奴隷から解放されたとしても、たぶん一緒にくると思う。俺が好きとかじゃなくて、豪華客船から離れたくないからっぽいのが、少し悲しいけど……。
「あ、ありがとうございます」
「今は仕事中なんですよね。またあとでお会いしましょう。私達もあとで冒険者ギルドに寄る予定ですから、すぐに予定を決められますよ」
「本当ですか。それならご案内します」
「いえ、少し用事を済ませなくてはいけないもので、お仕事中なんですから先に戻っていてください」
「……分かりました。お待ちしています」
最後に深々と頭を下げ、イネスをジッと見たあとに走り去るイネスの弟。そっと姿が見えなくなるまで見送る僕達。
「ちょ、ちょっとご主人様。なんであんな約束しちゃうのよ! せっかく綺麗に別れられそうだったのに!」
弟の姿が見えなくなると、すぐにイネスが詰め寄ってきた。
「だってイネス、あのままだと、辛い事があったけど今は乗り越えて幸せにやってますって誤解されちゃうよね」
「誤解されてもいいじゃない。なんとなく感動的でしょ!」
感動的って……。イネスってルッカでも情報操作とかやってて、頭がいいと思ってたのに……自分の事だと冷静に考えられないのかな?
「それに、イネスの弟って冒険者ギルドに勤めてるんだから、僕達の滞在期間とかすぐに分かるよね。それなのに、イネスに両親と会う時間を与えないとか、いいご主人様としてありえないよ」
普段と違い若干強気で対応する僕。なんとなくだけど、ここで流されたらイネスの隠蔽工作に付き合わされて、苦労しそうな気がするから譲れない。
「フェリシア、ご主人様が冷たいわ」
「イネス。私もご主人様が正しいと思います」
フェリシアに助けを求めるも距離を取られるイネス。クリンと顔の向きを変えてアレシアさん達の方を見る。
「私はどちらかというと、イネスの悪あがきが全部バレて面白い事になる事を期待しているわ」
イネスが何かを言う前に止めを刺すアレシアさん。すごくいい笑顔だ。やっぱり日本のDVDが悪影響を及ぼしているようだ。
「味方がいないわ!」
叫んだあとにガックリとうなだれるイネス。たぶん、無理矢理ごまかそうとしなかったら、最低でもクラレッタさんは味方になってくれてたと思うよ? 僕だってできるだけフォローをしようとしたと思う。その前にイネス劇場が開演しちゃったけど。
「ご主人様、これからどうするんですか?」
どうするって、冒険者ギルドに出発したいけど、イネスをこのままって訳にもいかないよね。
「アレシアさん、僕達は一度ルト号に戻りますから、アレシアさん達は先に冒険者ギルドに行ってください」
「イネスは使い物にならなそうだし、フェリシアと2人で行動するのも不用心でしょ。私達も一緒にルト号に戻るわ」
いいのかな? まあ、安全に越した事はないしお願いするか。うなだれるイネスの背中を押して、ルト号に戻る。せっかく面白そうな国にきたのに、なかなか港から出られないな。
***
「ご主人様! こうなったら両親と会うのはしょうがないわ。だから協力して!」
ルト号のソファーでうなだれながらブツブツ言っていたイネスが、突然立ち上がり詰め寄ってきた。
「きょ、協力って?」
「だから、私の立場が悪くならないように、話を合わせるのよ」
この詰め寄ってくる人、僕の奴隷なんだよな。僕が甘やかしているのが原因だけど、奴隷って言葉の意味を考えたくなる。
「話を合わせるって、どうするの? 僕に演技の才能はないよ? それ以前に普通に謝って怒られた方が絶対にいいと思う」
「いやよ! ダリオにあんな事言っちゃったんだもの。こうなったら隠し通すしかないわ」
強い決意を込めて言っているけど、それってウソをついたら引っ込みがつかなくなって、更にウソを重ねて自滅するパターンだよね。なんとなく先が見えた気がする。
読んでくださってありがとうございます。




