3話 普段と違う
アクアマリン王国に向かって出航した。そしてうっかりボートレースの話をしたら、ガレット号で長距離レースが始まってしまった。今度からもう少しよく考えて話をしようと思います。
「私、これ好き」
カーラさんが満面の笑みでチョコレートケーキをほおばる。すごい美人なんだけど、こういう子供みたいにケーキをほおばる仕草が似合うのが不思議だ。そして両サイドにリム、ふうちゃんとべにちゃんが陣取って、一緒にチョコレートケーキを食べている光景がよく似合うのも不思議だ。
リムとふうちゃんとべにちゃんって、偶に契約者の僕やドロテアさんとマリーナさんよりも、カーラさんに懐いているように見える時があるんだよな。特にご飯時はその傾向が強い。軽くジェラシーだ。
「ワタルさんどうかしましたか?」
ボケッと微笑ましい光景を眺めていると、クラレッタさんが不思議そうに聞いてきた。
「いえ、なんだかカーラさん、リム、ふうちゃん、べにちゃんが並んでケーキを食べている姿ってほのぼのしてるなって見ていただけです」
「あら? ……ふふ、確かにほのぼのしてますね」
「そうですよね」
特に僕とクラレッタさんが話しているのにまったく気づかず、ひたすらケーキに集中している姿がなんとなく可愛い。僕とクラレッタさんでカーラさん達を観察しながら、まったりした時間が流れる。
「ふう、それでこのあとどうしましょうか? 明日の夕方くらいまでは3人だけですし、何かします?」
「んー、アレシア達も楽しんでますから、私達も何か楽しい事がしたいですね。ワタルさん、3人で何か楽しい事ってできますか?」
質問したら、難しい質問になって返ってきた。楽しい事? 僕的には2人と一緒にプールで遊ぶだけで十分に楽しいんだけど、今の質問はそういう事じゃないよな。何かしら普段と違うシチュエーションが求められていると考えるべきだ。
普段と違う事か……一つ思いついたけど、これってクラレッタさんにとって楽しい事なんだろうか?
「クラレッタさん、一つ思いついたんですけど、普段とまったく違う事をしてみませんか?」
「違う事ですか?」
「ええ、そうです。基本的に僕達って一緒に行動しているメンバーの中では、真面目な部類に入ると思うんです」
カーラさんは食べ物関連以外はいたって常識的な行動だし、クラレッタさんは毎日教会の掃除を欠かさず、アレシアさん達の生活面でのサポートもしっかりしている。ぬいぐるみと料理が絡まなければ完璧な常識人だ。僕はだらけまくっているから変わらないけど、カーラさんとクラレッタさんのだらけた姿はレアだよな。
「うーん、真面目ですか?」
あまりピンときてないようだ。クラレッタさんは真面目に生きようと考えてるんじゃなくて、素で真面目な人らしい。
「ようするに、普段しない事をしてみませんかって事です。昼間からお酒を飲んだり、エステやマッサージを受けたり、そんな感じの一日です」
カーラさんとクラレッタさん以外は、割とそういう生活をしているけど、この2人は団体行動の時以外は、あんまりそういう生活してないんだよな。その団体行動の時もサポートに回ってる事が多いから、実際にはまったくしていないと言っていいかもしれない。
「なんだか自分がそういう事をしているのが想像できないんですが、それって楽しいんですか?」
「僕は楽しいと思いますけど、クラレッタさんが楽しいかは保証できません。ただ、いつもと違う一日にはなりますよ」
「……そうですね。特にやる事もないですし、いつもと違う行動をとってみましょうか。ワタルさん、エスコートをお願いしても?」
「あはは、だらけた行動にエスコートが必要か分かりませんが、今日は一日、精一杯堕落した生活をエスコートしますよ。そうなると……まずはお風呂でビールですかね?」
「……堕落ですか?」
ヤバい、クラレッタさんって神官っぽい服装だし、教会の管理も熱心なんだ。堕落って言葉は確実にチョイスミスだ。
「えーっと、クラレッタさん?」
「ふふ、堕落ですか、父がよくお仕事をサボって母に怒られる時に、仕事をしないで堕落した生活がしたいって言っています。私が先に堕落した生活を満喫したら、父は羨ましがるんでしょうか。ワタルさん、ビックリした顔をしてどうしたんですか?」
「……いえ、クラレッタさんは神官ですし、堕落って言葉の響きが嫌いだったかなって思ったものですから」
「ワタルさん、私は神様を敬っていますが、冒険者でもあるんですよ。それほど堅苦しくありません。もしそうならアレシア達をもっと叱っています」
なんかすごい説得力だ。クラレッタさんって僕が思っていた以上に融通が利く性格だったらしい。
「それならよかったです。……えーっと、カーラさんもそれでいいですか?」
何が?っと首を傾げるカーラさん。目の前に積み重なったケーキ皿を見るに、僕達の話を一切聞いてなかったんだろうな。
「よく分からないけど、ワタルさんに任せるね。でも、食べ物は用意してほしい」
「了解です。じゃあまずは、水着に着替えて僕の部屋にいきましょうか。海に面したジェットバスで軽めの宴会です」
立ち上がるとリムが僕の体をよじ登り、頭の上に鎮座する。ふうちゃんはカーラさんの頭の上、べにちゃんはクラレッタさんの頭の上に……どうやらリム達は、ドロテアさんとマリーナさんがいない間は、このスタイルで行動するつもりらしい。まあ、可愛いからいいか。
***
「乾杯!」
豪華客船の一番いい部屋で、海が見えるジェットバスのバスタブに腰掛け、3人で缶ビールで乾杯する。この缶ビールは光の神様もお気に入りの金色な缶ビール。味は神様のお墨付きだ。船の召喚枠が満杯だから、倉庫船を召喚できない今、意外と貴重なんだよね。まあ、冷蔵庫に詰め込んである分でも今回は大丈夫だろう。
ジェットバスに海だと、シャンパンの方がイメージ的には相応しい気がするが、だらけると考えるとビールの方が正しい気がするから不思議だ。
ゴクゴクとビールを流し込み、ザブッとジェットバスに浸かる。体には悪いが最高の気分だ。それに、カーラさんとクラレッタさんが一緒なのも、非日常的で面白い。
「ふふ、宴会でもないのに、こういう事をすると確かに堕落している気がしますね」
「偶にはこういう息抜きもいいと思いますよ。カーラさんはどうですか?」
「おいしい」
サポラビが持ってきた、チーズやサラミをパクつくカーラさん。……うん、ブレないな。でも、サラミを食べたあとにビールをグイっと飲んで、ジェットバスに浸かって目を細めているから、楽しんでいるのは間違いなさそうだ。
『わたる、りむも!』
「リムもって、おつまみが食べたいの?」
『たべる』
僕の声に反応したのか、ジェットバスの水流に流されていた、ふうちゃんとべにちゃんも器用に近づいてくる。どうやらふうちゃんとべにちゃんも食べたいらしい。
「私もおかわりがほしい」
「了解です。クラレッタさんはどうします?」
「そうですね。私もお願いします。それと缶ビールのおかわりもお願いできますか?」
おおう、いつになくクラレッタさんが積極的な気がする。真面目な性格だから、今日は本気でいつもと違う行動をしようって考えてそうだな。でも、そういうクラレッタさんは大歓迎だ。
「分かりました」
とりあえずルームサービスでおつまみを6人分注文し、サポラビに缶ビールと一緒に運んでもらう。このあとはスパでエステとマッサージって思っていたけど、しばらく宴会状態になりそうだな。せっかくの珍しい機会だし、ここで酔い潰れるのはもったいない。タイミングを見極めて次に行かないとな。
***
アレシア、ドロテア組
「アレシア、飛ばし過ぎよ。このままだと体力が持たないわ」
「何言ってるのよ。丸一日休憩がないなんて冒険中は何度もあった事でしょ。このまま突っ走るわよ」
「アレシア、落ち着きなさい。冒険中でもこれほど猛スピードで、しかも振動を延々と感じる事はなかったでしょ。なんでそこまで急ぐの?」
「ドロテア、夜はスピードを落とさないと駄目なのよ。でも、マリーナとイルマとフェリシアは夜目が利くわ。私達は不利なんだから、明るい間に差をつけるのよ」
「それってレース前から不利じゃない。組み分けを考えなさいよ。どう考えてもマリーナとイルマは別にしないと駄目でしょ!」
「しょうがないじゃない。気づいたのがスタートしたあとなんだから。だからって負けられないわ。ドロテア、気合を入れるのよ!」
マリーナ、イルマ組
「アレシア達は飛ばしてるわね。イルマ、私達も飛ばす?」
「んー、レースは長いんだし、今から焦る必要はないんじゃない? 明らかに暴走してるわよ」
「そうよね、最高速で走っているとさすがに神経を使うし、今のスピードを維持しましょうか」
「うふふ、マリーナがガレット号で爆走しないのも珍しいわね。飛ばしたくないの?」
「全速を出したら楽しいでしょうけど、負けるのは嫌よ。ふうちゃんを置いてまでレースに参加したんだもの。勝つわ!」
「まあ、勝つ気があるのはいいけど、ふうちゃんは置いてきたんじゃなくて、連れて行くのを拒否されたのよね?」
「…………」
「今のスピードを維持するんじゃなかったの?」
「少し飛ばしたい気分なの」
イネス、フェリシア組
「現在3番手ね。ねえフェリシア。マリーナ達はアレシアを追いかけないみたいだけど、私達はどうする?」
「今回、一番の強敵はマリーナ達です。アレシア達を追いかけるふりをして、マリーナ達から離れましょう。そうすれば追ってこないはずです。あとは私の体力を温存しながら少しずつマリーナ達を引き離します」
「なんでマリーナ達なの? アレシアも操船は上手よ?」
「アレシア達は夜目が利きません。暗くなっても走るこのレース、メンバー選択の時点でアレシアのチームは不利。だから今、少しでも距離を稼ごうと飛ばしているんだと思います」
「そういう事なのね。じゃあ、二人とも夜目が利くマリーナ達が一番の有利。だから、少しずつ引き離したうえで、フェリシアの体力を温存させるのね」
「ええ、夜は私一人で走った方が速いと思います。ですからイネスは明るい間に頑張ってください」
「納得したわ。じゃあ今はアレシアを追うわね。フェリシアはできるだけ体力を使わないように休んでなさい」
「お願いします」
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