25話 出迎え準備と視察
侯爵様からの要請で、先にキャッスル号の視察を受け入れる事を伝えに行った、アレシアさんとドロテアさんが戻って来た。
「ワタルさん、明日の昼過ぎに、視察の為に騎士2人と文官2人が来る事になったわ」
4人か、多いのか少ないのか分からない。騎士2人って従者とかは連れて来ないんだよな? 気を使われてるのか?
「分かりました。アレシアさん、ドロテアさん、ありがとうございます」
「ワタルさん、明日の視察から私達が責任者として立ち会いますか?」
「ええ、その方向でお願いします。僕はくっ付いているだけで、全部をカミーユさん達で仕切ってください」
「分かりました。ちゃんとやり遂げてみせます。礼節を持って対応しますがルッカ侯爵様側の言いなりになるような対応はしなくても良いんですよね?」
侯爵様の視察だから、上から目線で来る可能性もあるのか。第2王子様の土下座を見せてるから、流石に上から目線では来ないだろうが、対抗して良いって許可は重要だよね。
「はい、わざわざこちらから喧嘩を売る必要もありませんが、向こうが高圧的に出てきた場合は決裂しても構いません。まあ、向こうが喧嘩を売ってくる可能性は殆ど無いと思いますよ」
「私もそうは思っているのですが、粗を探して自分の手柄にしようとする人は何処にでもいますから、決めておいても損はありません」
「あー、そうですね。カミーユさん達の思う通りにやってください」
普通なら、責任は僕が取りますとか言う場面なんだろうな失敗したら逃げるだけだから言わないけど。でもせっかく作った孤児院がもったいないから、成功して欲しいな。
「ワタルさん、さすがにルト号で12人は辛いから、私とドロテア以外は実家で寝泊まりしようと思うんだけど、構わないかしら?」
「ん? 確かにそうですね。でしたらアレシアさんとドロテアさんも実家に戻ってください。僕は外に出ませんから安全ですよ。明日の昼前に来て貰えれば十分です」
「いえ、何かあるかも……ルト号に乗ってたら安全ね。分かったわ、お言葉に甘えさせてもらうわね」
言葉以外でも甘えて欲しいな。
「ええ、この前のお土産も好評だったんですよね。今度はクリス号のお菓子を持って行ってください」
「ふふ、皆喜ぶんだけど、お菓子に夢中になって私の事をおざなりにされちゃうから、困るのよね」
そういえば、前もお菓子に人気を奪われたって言ってたっけ。
「止めておきます?」
「いえ、お菓子を期待してるでしょうし、持って行かないのも怖いわ。お願いします」
明日の予定をすり合わせてジラソーレは実家に戻って行った。
夕食を取ると、商人組は明日の話し合いをするそうなので、僕達は部屋に戻る。
「ご主人様、明日はどんな格好をするの? スーツ?」
「んー、侯爵様を出迎える訳じゃないし、普段着で良いんじゃないの?」
「一応、騎士様が来るんだし、侯爵様に報告されるんだから、ちゃんとした格好の方が良いと思うわ」
うーん、それもそうか。スーツとか着慣れないから肩が凝るんだけど、少しぐらい我慢するか。
「じゃあ、スーツにしようか。イネスとフェリシアもドレス……いや、レディーススーツにしてね」
ドレスも良いけど、イネスとフェリシアのスーツ姿も良い。今回は美人秘書風で、伊達眼鏡もかけて貰いたいな。
「分かったわ」
「分かりました」
『りむは?』
「えっ? ……えーっと、リムは今のままで十分だよ」
『わかった』
リムのオシャレか。想像してみたけどどうしたら良いのかよく分からない。服を着せる訳にもいかないしリボンぐらいならいけるか? リムにも何か考えておこう。
………………
朝の挨拶を交わし、朝食を取る。
「カミーユさん、今更なんですけど、ここで使者の方達をお迎えするのって違和感がありませんか? キャッスル号の責任者なら、キャッスル号でお出迎えするのが良い気がするんですけど」
僕の言葉にカミーユさん達が考え込む。
「そうかもしれません。ここまで出迎えに来た事にして、礼儀を払うのも有りかもしれませんが……下手に出たと感じられるかもしれませんね。ワタルさんキャッスル号まで送って頂けますか?」
おおー、なんか役にたった。最近言われるがままだったから存在意義が示せたようで、かなり嬉しい。
「分かりました。イネスは、港で待機してジラソーレが来たら、直ぐに戻って来るって伝えておいてくれる?」
「ええ、伝えておくわ」
イネスが降りてから、キャッスル号に向かって出航する。
「僕はスーツを着るつもりなんですけど、皆さんはどうします?」
「そうですね。今日は視察ですから、キャッスル号で購入したスーツで出ます。侯爵様がいらっしゃる時はドレスにしますね」
副船長なんだから副船長服とか用意するべきなんだろうか? 僕も船長服とか持ってないからな。そもそも船長服とかあるんだろうか? 帽子を被っているイメージはあるんだけど……うろ覚えで手を出したら悲しい事になりそうだから止めておくか。
「ワシはあの白いタキシードじゃな。あれは良い」
「私もスーツにします」
カミーユさんとドナテッラさんは良いとして、マウロさんは白のタキシードか……タキシードなんて着た事が無いから有りか無しかすら分からん。視察だから、使者の人達の反応を見てから考えよう。
「そうですか。昼過ぎに到着すると思いますので準備をお願いします」
「分かりました。しっかり準備しておきますね」
気合も入っているし、大丈夫だろう。お願いしてルッカに戻る。そう言えば使者としてくる4人はルト号で連れて行くのか? 偽装しておいた方が良さそうだよね。
「フェリシア、使者をこの船で連れて行く事になりそうだけど、内装の船偽装はした方が良いよね」
「そうですね。この船はご主人様の物だと知られているので、内装は偽装しておいた方が良いと思います。魔導士様の船を手に入れるより、ご主人様の船を手に入れる方が簡単そうだと、思う人は出て来ますから、出す必要のない情報は出さない方が良いですね」
「そうだよね。今の内にやっておこう」
ルト号の内装をこの世界でも違和感が無いように偽装する。これで魔導士様の結界付きのただの小型魔導船になっただけだ。魔導士様の結界付きってだけで狙われる可能性があるのが切ないよね。
ルッカに戻り、港で待っていたイネスとジラソーレを迎え入れる。
「お帰りなさい。久しぶりの実家はどうでしたか?」
「ふふ、相変わらずよ。お土産を出すまでは歓迎してくれるんだけど、お土産を出した後は放置されるの」
他のメンバーも苦笑いしているって事は前回のお土産が強烈で、今回も大うけしたっぽい。嬉しいな。
「アレシアさん、家にサヴェリオさんはいなかったんですか?」
いたらお土産で放置される事は無いと思うんだけど。
「サヴェリオはいなかったわ。冒険に出てるって言ってたわね」
サヴェリオさんは間が悪いのかな? まあ、ある程度ルッカに滞在する予定だから会う可能性はあるな。出来るだけ関わらないように行動したい。
僕の考えが分かるのか、イルマさんがこっちを見ながら笑っている。楽しんでるな。
「そうですか。あっ、僕達はスーツに着替える予定ですが、アレシアさん達はどうします?」
「そうね、侯爵様がいらっしゃるなら、着替えないと不味いけど、今日はこのままで良いわ」
「分かりました。着替えの時間が必要なので、はやめに昼食を取る予定ですが構いませんか」
「ええ、問題無いわ」
昼食の時間まで、打ち合わせをして、食糧庫船を召喚して各々で好きな物を食べる。早めに来られたら面倒だから、もうそろそろ着替えておくか。
「スーツって違和感はあるんだけど、映画やドラマを観てるからかしら、見慣れて来たわね」
「ふふ、でも映画の人達はセクシーだけどワタルさんは着慣れてないのが分かるわね」
「あはは、殆どスーツなんて着る機会が無かったのでしょうがないんですよ」
スーツを着たのって成人式ぐらいだよ。あとは結婚式で着たな。アレシアさんとイルマさんは、俳優さんと見比べてるよね。しかもセクシーとか言ってるし、思い浮かべているのがハリウッドスターとかだったら相手が悪すぎる。
スーツ姿がセクシーってブ〇ピとか思い浮かべてる? ブ〇ピVS僕……レベルが1000位になれば勝ち目はあるのか? レベルで魅力が上がるのであれば、頑張れるだけ頑張るんだけどな。
映画とかドラマってかっこいい人とか、外見はそれ程で良くなくても魅力的な人が沢山出ているからな。僕の魅力の無さが浮き彫りになっている。計算外だ。
地球の男の平均値を下げる映画とかドラマって無かったか? 探しておかないとな。
「ご主人様、使者が来ました」
「ありがとう、フェリシア。皆さん迎えに出ますよ」
外で待っているつもりだったけど、予想外な強敵の出現で忘れていた。
「お待たせしてすみません、使者の方達ですよね?」
「うむ、ルッカ騎士団団長、デュムンだ」
騎士団長様が来ちゃったよ。何でそんなに偉い人が来るの? あとの騎士様は、前に船に乗せてくれって頼んで来た人だな。文官の2人は初めて見る。
確か、騎士団長って堅い性格で偉そうな人ってアレシアさんが言ってたよな。苦手なタイプだ。
それぞれと挨拶を交わして、乗船許可を出してルト号に乗り込む。
「それでは団長様、出航しても構いませんか?」
「ああ、よろしく頼む」
聞いてた感じと違うな。頑固っぽいけど、ちゃんと答えてくれるし、どうなんだ? 取り合えず全員に紅茶を出す。
(ご主人様、今更だけど操船をしているフリぐらいした方が良いと思うんだけど)
すっかり自動操縦に慣れて忘れていた。操船大好き組が爆走する以外は、殆ど操船していなかったからな。
(悪いけど、イネス、こっそり操船しているフリをしておいて。暴走したら駄目だからね)
(分かったわ)
こっそりイネスを送り出し、使者様方と会話をする。殆どが今から行く船のキャッスル号の話なので、あまり詳しくない体をよそおい簡単な話をする。
あまり会話が弾む事も無くキャッスル号に到着する。
「皆さん到着しましたので、外に出ましょう」
外に出て、キャッスル号を確認すると、口をポカンと開けたまま固まっている。しばらく見守っているとようやく団長様が再起動した。
「これが船なのか?」
絞り出すように声を出す団長様。度肝を抜いたようだ。これで外観を木造にしていなかったら腰を抜かしていたかもな。
「ええ、初めて見ると驚きますよね」
「驚くどころではない。こんな船がありえるのか?」
「僕には詳しく分からないですが、目の前にありますから、納得するしか無いですよね。中に入りましょうか」
「う、うむ……」
あんまり納得してないみたいだけど気にしていたら、日が暮れてしまいそうだ。タラップを登り船内に入るとカミーユさん、マウロさん、ドナテッラさんがスーツ姿で出迎えた。
カミーユさん、ドナテッラさんは良いな。秘書さんスタイルで、社長さん気分が味わえそうだ。
マウロさんは、ご隠居さんが一変して白のタキシードでファンキーなお爺さんに変身していた。葉巻が似合いそうだな。
「私がこの船の責任者のカミーユと申します。この者達はマウロとドナテッラ。部屋の管理と店の管理をしている責任者です。よろしくお願いします」
「う、うむ。騎士団長のデュムンだ。よろしく頼む」
何とか立ち直った団長様が挨拶に答える。他の3人はまだ現実に戻って来ていないな。この調子だと、キャッスル号を開放したら、混乱が起こるだろうな。
「視察という事でしたが、どのような場所をご案内いたしましょうか?」
「うむ……どのような場所と言われても見当がつかんな。一通り案内してくれたら助かる」
「畏まりました。ではご案内します」
(アレシアさん、聞いていた団長様と随分印象が違うんですが?)
(私も初めて見るパターンね。たぶん、魔導士様との関係や、有り得ない大きさの船を見て、感情が追いついていないんだと思うわ)
なるほど。有り得なくもないか? カミーユさんの案内で、船内を案内する。船内の街に驚き、プールに目を疑い、軽くカジノで遊んで、スパを体験して、美酒美食に酔う。
それぞれの部屋を確認して、感嘆の吐息を洩らす。好感触だよね。騎士団長様って貴族としてどの位のレベルか分からないけど、叩き上げでもない限り低くはないはずだ。貴族を迎え入れる部屋としても問題無さそうだな。
酒屋では目を輝かせはしゃぎまわり、甘い物を見つけてお土産に悩む。心ここにあらずって感じでフワフワしたまま視察を終えた。
こんな感じで良いのか? ちゃんと視察出来たのか不安になるな。攻撃の確認とかしてないけど良いのか? これでもう一度視察させてくれとか言われたら怒って良いよね?
取り合えずお土産を持って、ご機嫌な使者たちをルッカに送り見送る。大丈夫だと信じよう。
誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスを頂ければ大変助かります。
読んで頂いてありがとうございます。




