2話 退屈な船旅と一応の忠告と南方都市
朝か……地味に小屋船って居心地がいいな。気分もすっきりしたし、ご飯を食べて出発するか。
今日ものんびり川下りだなっと思っていると、何だか景色が変わってきた。ゴツゴツとした岩が水面から覗いている。川幅も狭くなり流れが段々と速くなってきた。あれ、これって危険な気がする。
あわててロープを体に結び、船としっかりと固定して、武器も結びつける。船から投げ出されなきゃ大丈夫なはずだ。頭とかぶつけたら危険そうだし毛布を被っておくか。
……気持ち悪い。パチンコ玉の気持ちが分かったかも。岩に当たっても衝撃はこないけど、上下に揺れる船が岩に当たり、くるりと方向を変える。上下にうねりながら、木の葉のように回り続ける船に、俺の三半規管は大ダメージだ。
何度も嘔吐し、胃液しか出なくなった頃、やっと急流ゾーンを抜けた。滝はなかったが、1メートルくらいの落下は何度も体験した。この川を整備する計画、何回も頓挫したって聞いたけど、納得の険しさだな。
ボートを岸に寄せてようやく落ち着くと、ボートと毛布はゲロまみれになっている。船は念じれば綺麗になるが、毛布はそうはいかない。毛布にロープを縛り付けて、川に放り込む。これで綺麗になるだろう。
生活魔法で水を出して口を漱ぐ。落ち着いてからも、何をする気力も湧かずただ暗くなるまで流された。暗くなってボートを岸に止めて小屋船を召喚して眠る。
***
自分のお腹の音で目が覚めた。なんかすごくお腹が空いたな。そういえば、昨日は限界まで吐いたのに、何も食べずに眠ったからな。お腹が空くのは当然だろう。今日も船旅だし、吐く物が無いと余計に辛いからしっかり食べるか。
しっかりと朝食を取ったあと、少し休憩してからボートに乗ってゆったり川を下る。
「あー、1日目は退屈だと思っていたけど、ゆったり川を下るのって最高だな。昨日は地獄だったし……」
のんびり川を下り、浅瀬の場所は歩いて通り抜け、何事もなく3日目を終えた。
4日目もゆったりと川を下り、暗くなったのでボートを岸に寄せて目立たない場所を探していると。
「ぎゃはははは」
笑い声が聞こえた。声がした方向を見ると明かりがある。……どうしよう? 気づかれないように様子を見に行くか、川に戻って先に進むか……。
なんだか笑い声が下品だったんだよなー。ボートに乗って先に進むのが正解なんだろうけど、盗賊かもしれないし、確認くらいしておくべきだろう。もし盗賊だったら、眠らずに川を下ってできるだけ離れないとな。
慎重に明かりの方に近づいて、木と木の間から様子を窺う。20人くらいの男達が火を囲み酒を飲んでいる。盗賊だよね? 髭面でガラの悪い男達。冒険者の可能性もあるのが、同じ冒険者として悲しいところだ。……よし、今日は寝ないで川を下ろう。静かに川に戻ってボートに乗る。
しばらく川を下っていると、焚火を発見した。あの盗賊の仲間か? 息を殺して様子を確認する。何人か女の子がいるな。あー……どうしよう。女盗賊の可能性もあるんだけど、放置してあの子達が酷い目にあったりしたら、寝覚めが悪すぎる。
しょうがない、ボートの上から忠告だけでもしておくか。ゆっくりボートを焚火の方に寄せて声をかける。
「こんばんは」
うおい、声をかけたら一瞬で武器を向けられた……強そうだよね、忠告の必要なんてあるのか?
「誰!」
「あー、一応冒険者です。これ以上近づきませんので、あなた方も近づかないでくださいね」
「用件は? 少しでも怪しい動きをしたら斬るわよ」
……確実にこの人達、僕よりも強いよね。忠告なんか必要ないんじゃないか? でも、この状況でなんでもありませんって帰るのはどうなんだ? ……しょうがない。伝える事を伝えて、さっさと退散しよう。
「あのですね、一応忠告しておこうかと思って近づいたんです。上流でガラの悪い男達が20人ほど森の中で酒盛りをしているので、今のうちにこの場を離れた方がいいですよって忠告です」
「あら、いい情報ね。詳しく聞かせてもらえるかしら?」
なんで盗賊の情報がいい情報なんだ? なんか怖いんですけど……。
「詳しくといっても、ガラの悪い男達のところから、船でここまで20分くらいで、火を囲んで酒を飲んでたくらいしか分かりませんよ」
「マリーナ偵察を頼める?」
「ええ、行ってくるわ」
「悪いけどマリーナが偵察から戻ってくるまで、ここで待っていてもらうわね」
なんでそうなるんだ?
「あのですね、近くにガラの悪い男達がいて、関わり合いになりたくないから、夜通しボートで離れようとしてるんです。ここにいたら関わり合いになりそうで嫌なんですが」
「そういわれても、忠告は嬉しいんだけど、あなたがそいつらの仲間で、私達を罠にかけようとしている可能性もあるわけよね。誤解だったら申し訳ないけど、偵察が終わるまでは付き合ってもらうわ」
なんたる理不尽、無視して逃げちゃってもいいかもしれないが、逃げたら逃げたで、盗賊の仲間だ!とか言われて追いかけられそうだ。勘弁してほしい。
「はあー、分かりました。怪しいのは自覚してますから待ちますよ」
まあ、自分がとても怪しい事は分かる。忠告したら、はいそうですかって聞いてくれるとは思ってなかったけど、この人達が獲物なんじゃなくて、あのガラの悪い男達の方が獲物っぽいところが怖いな。
「悪いわね、あなたはどうしてこんなところに?」
「失礼ですが、あなた達を信頼している訳でもありませんし、お互い詮索はやめておきませんか? 素通りして何かあったら寝覚めが悪いので声をかけただけなんです」
「そう、分かったわ」
焚火ではっきり見えるわけじゃないけど、みんなすごい美人だ。身に着けているのは冒険者っぽい装備だけど、美人冒険者パーティーって現実であり得るのか? あれって物語の中の空想だけの存在じゃ……そういえば、物語っぽい世界に落ちてきたんだよな。なら、あり得るのかも。
仲良くなりたいけど……これだけ美人の冒険者パーティーなら、知り合いになっただけで面倒事に巻き込まれる気がする。僕は船召喚が使える場面以外は単なる雑魚なんだ。関わり合いにならずに先に進もう。
おっ戻ってきたようだ……。
「あなたの言っていた通りだったわ」
「問題ないなら僕はもう行きますね」
「まって、お礼を受け取ってほしいのだけど」
お礼か……お礼を受け取るのに近づく方がなんか怖い。断ろう。
「いえ、忠告があってもなくてもあなた達なら問題なさそうですし。お礼をもらってさっさと先に行くのも気まずくなるので、気にしないでください」
「分かったわ。それならこの先、もしどこかであったなら奢らせてちょうだい」
「分かりました、楽しみにしてますね。では、また」
美人冒険者パーティーと仲良くなるチャンスを捨てた事を、若干後悔しながら、川を下る。
5時間ほどうつらうつらしながら川を下ると、大きな川と合流した。これって王都と南方都市を繋いでいる川だよね。人が増えるだろうから、明るくなってきたらボートを降りて街道を歩くか。
……空が白み始めたしそろそろボートから降りるか。木製の手漕ぎボートだから乗っていても大丈夫そうだけど、この辺りのルールを知らずに、船に乗っているのも怖い。
ボートを岸に寄せ、街道を歩く。しばらくすると沢山の船が行き交うようになってきた。川を移動する船を一つ一つ確認しながら歩く。
うーん、木製以外の船は、今のところ走ってない。自走船は偶に走っているから、木製のモーターボートならそんなに目立たないかも。
昼を少し過ぎた頃、ようやく南方都市に到着した。冒険者ギルドに行って宿を紹介してもらって今日はもう休もう。結構歩いたしもう疲れた。
城門でギルドカードを見せて中に入る。……賑やかな街だな。おっ、屋台で焼き魚を売ってる。1本買ってギルドの場所を聞こう。
魚を注文して場所を聞くと、こころよくギルドの場所を教えてくれる屋台のおじさん。やっぱりお客には優しくなるよね。焼き魚を食べながら教えてもらった冒険者ギルドに向かう。ここの冒険者ギルドの受付も美人が揃ってるのかな? ちょっとドキドキする。
冒険者ギルドに入ると人が少ない。南方都市でも昼過ぎのこの時間帯は人が少ないみたいだな。まあ、その方が絡まれにくいから助かるよな。空いてるカウンターに向かい、人族の綺麗なお姉さんに食事の美味しい宿を紹介してもらった。もう少し話していたかったが、今日はもう疲れたし次の機会に頑張ろう。
「えーっと、ここだな、海猫の宿屋。こんにちは、部屋は空いてますか」
「1人かい? 部屋は空いてるよ。1泊50銅貨で朝食とお湯付きだよ。10日以上泊まるなら1泊につき5銅貨割り引くよ」
「では、10泊でお願いします。4銀貨50銅貨ですね」
「あいよ、確かに。部屋は2階の右奥を使っておくれ」
「はい」
おっ、海が見えるし、部屋も綺麗だな。ちょっと高いけど、十分満足できる宿だな。その上で食事も美味しいなら完璧かもしれない。でも、このクラスの宿に泊まり続ける収入を確保できるかが問題だな。
残金は残高3金貨59銀貨35銅貨。船を買ったり、仕事の報酬しだいですぐになくなるかもしれない。とりあえず10日分の宿代は払ったんだ。その間に調べられるだけ調べて予定を立てよう。まずやる事は……。
冒険者ギルドで受けられる仕事を探す。
ギルドの資料室に行く。
港に泊まっている船の種類を調べる。
商業ギルドに行って、加入条件や貿易について調べる。
自走船の価値を調べる。
今考えられるのはこの辺かな? 疲れて頭も働かないし、きょうはもうゆっくり休もう。
残高 3金貨 59銀貨 35銅貨
誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスを頂ければ大変助かります。
読んで頂いてありがとうございます。




