1話 旅立ちと初めて水面に浮かぶボート
あー……気分が悪い。アルドさん達がドンドンとエールを頼むから、昨日は飲み過ぎてしまった。旅の注意点を教えてくれたのは助かったんだけど、二日酔いで旅に出てはいけませんって項目はなかったのか?
今日は出発の日なんだし、ウダウダしていてもしょうがない。身支度を整え朝食を食べに行くぞ!
「あっ、おはようございます。女将さん今までお世話になりました」
部屋を出ると女将さんがいたので、挨拶をする。お弁当やら角兎の丸焼きやら、結構お世話になったから、少し名残惜しい。
「こちらこそ角兎を沢山卸してもらいまして、感謝しております。またいらしてくださいね」
「はい、必ず泊まりにきます」
女将さんと別れ食堂にはいると、アルドさん達が声をかけてきた。
「おはようワタル。いい天気だから、旅立ちにはピッタリだぞ」
「みなさん、おはようございます。二日酔いがなければ最高の旅立ちなんですけどね」
「あはは、冒険者なんてそんなもんだ」
二日酔いの元凶達が笑っている。でも、笑ったあとに頭を押さえているから、アルドさん達も二日酔いのようだ。あれだけ飲めばしょうがないよな。
「それでアルドさん、今日は休みじゃなかったんですか?」
休みにしたからたらふく飲むぜって言ってたよね?
「おう、休みだぜ。だが、ワタルを門まで見送ってやろうと思ってな」
「はは、ありがとうございます。でも宿の出口まででいいですよ、みんなの顔色が悪すぎます」
嬉しいけど、青ざめて吐きそうになっている人もいるし……嫌だよ。ゲロに見送られての出発とか。
「悪いな、ちょっと飲み過ぎたみたいだ」
苦笑いをしながらも、素直にあきらめるアルドさん。アルドさんも密かに限界だったみたいだな。
「いいですよ、昨日は楽しかったですし御馳走になりましたしね」
二日酔いの集団で元気なく朝食を食べ、お弁当をもらって宿をでる。
「じゃあ、みなさん、またどこかで」
「おう、またな」
みんなと別れて東門に向かう。えーっとあの商隊かな? 聞いていた目印の旗に向かい、バジーリオさんがどこにいるのか尋ねる。
「ああ、一緒に行動する冒険者か、バジーリオさんなら、あの馬車の前だ」
親切に教えてくれたおじさんにお礼を言って、教わった馬車に近づく。ああ、あの人っぽいな。
「バジーリオさんですよね。商隊に同行させてもらいますワタルと言います。川沿いの町までですが、よろしくお願いします」
「おう、なんかあった時はよろしくな。商隊の後ろからついてきてくれ」
「はい」
バジーリオさんに挨拶をしたが、特に一緒に行動する取り決めはないようだ。まあ、本格的な護衛じゃなくて単なる同行者だからな。言われた通り商隊の後方に待機していると、出発の時間が近づいてきた。
「出発だ、続け遅れるなよ」
バジーリオさんの号令と共に、幌馬車5台を護衛の冒険者達が囲んで進んでいく。この商隊でも小規模らしく、大商隊など何十台もの馬車が連なるらしい。何十台の馬車とか想像がつかないな。
おとなしく商隊の最後尾を黙々と歩く。川沿いの町には2日後の昼には到着するらしい。何があるのか分からないので、6食分の食料を干し肉やドライフルーツで用意した。船召喚で倉庫船からアツアツの串焼きとか取り出したら目立ちまくるからな。
休憩の時に同じように商隊に同行している冒険者の人達に話を聞くと、この人数になるとゴブリン等は襲ってこないらしい。
こういう商隊で怖いのは、盗賊と普段は出てこない強い魔物だそうだ。魔物はめったに現れないが、盗賊なんかは結構現れるので、注意が必要らしい。
そういえば、盗賊が出るってことは人と戦う事になるのか? ……どうなんだろう? ゴブリンは平気で倒せたけど、人と槍で戦えるか?
……平気で戦えるのも問題な気がする。でも、相手は命を狙ってくるんだから、もしもの時は躊躇わないように心構えしておこう。こんな話をした事で、盗賊フラグも微妙に立った気がするし……。
***
何事もなく川沿いの町に到着しました。1日毎に村があって野宿すらしなかったし、食料も余りまくりだよ。盗賊フラグも立ってなかったらしく、平和なピクニックだった。
どうしよう、このまま商隊について行った方が楽な気がするんだけど……駄目か早めに船召喚のスキルは試しておきたい。人通りが少ない川の方がスキルが試しやすいのは間違いないから、ここで別れるべきだろう。
川に降りて人目につかないところまで歩く。ついに地面ではなく、ちゃんとした水面にボートを浮かべる時がきた。ではさっそく「船召喚」水面に光る魔法陣が浮かび上がりボートが現れる。
いつも通りなのに、水面に浮かぶボートに感動する。やっぱり船は水に浮かんでないと、違和感があるよね。
船を送還して、次は神様に聞いてからずっと試したかった、水面に浮かぶ光る魔法陣の上に立つ!を試す。「船召喚」水面に浮かび上がる光る魔法陣に思い切って飛び乗る。
「おー、立ってる。水面に立ってるよ」
すぐにボートが出てきてしまったが、わずかな時間だけでも俺は、確実に水面に浮かぶ魔法陣の上に立っていた。思っていた以上に感動してしまった。
……遊んでないでそろそろ出発するか。でも、ゴムボートも見られたら目立つよな。人が少ないと言ってもゼロとは限らないし、倉庫船にしていた木製ボートで下るか。荷物を積みかえないとな。
荷物を積みかえて、手漕ぎボートを召喚する。「出航だ!」ちょっとカッコつけて言ってみる。手漕ぎボートじゃカッコつかないが、まあいい。今まで試せなかった不沈の効果を試してみよう。どうなるのか少し楽しみだ。
思い切って木製ボートの片方に体重をかける。水面辺りで船が止まったか? 船縁に足を乗せて思いっきり体重をかけてみると、傾いた船の船縁が水面に届いたところでピタリと止まった。そこから更に体重をかけても傾きは変わらない。それに水面を跳ねた水が乗船拒否で弾かれた。
うん、不沈だね。壊れない船で水面より下に船縁はいかず、水は乗船拒否で入ってこない。うん、沈まないね。何をどうしたら沈むのか分かんないくらいだ。乗船拒否で水の侵入を許可したら危険っぽいけど、結局船縁は水面よりも下に行かないから沈まないよな。
納得して安心した。どうやったって沈まないなら大抵の事があっても大丈夫だ。船にロープで体を固定しておけば、滝から落ちてもたぶん大丈夫だな。一応、ロープをボートに結び付けて、流れが速くなったらすぐ体に結べるようにしておくか。
気になる事は確認したし、そろそろ出発するか。座るところに毛布を敷き、お弁当を食べながら流れに任せてゆっくり川を下っていく。
ゆっくり進む木製ボートに乗り、景色を見ながらお弁当を食べる。なんか幸せ。でも、飽きてきたな。元々船が好きなわけでもないから、時間を持て余してしまう。
オールで漕いでみたが、地味に辛い。ゴムボートに乗り換えても余り変わらないだろうし、モーターボートを買うか?
でもなー、自走する船の扱いがどうなのか分かんないし。南方都市でそこに合う船を買った方が絶対にいいよね。……我慢するしかないな。
しょうがないので、生活魔法と槍と弓の練習をしてみる。槍と弓は船が揺れるので重心が取れず体がふらつく。そういえば格闘漫画でも船で鍛える修行とかあった気がするな。暇だし練習を続けるか。
地道に練習を続けると日が暮れてきた。ロープで体を縛っていれば、暗くなっても川を下れるだろうけど、急ぐ旅でもないし、岸に着けて小屋船で休むか。
地面に上がりボートを送還する。ふう、小舟にずっと乗ってたからフラフラする。小舟は結構揺れるもんな。今日はゆっくり休もう。目立たなくてよさそうな場所を探そう。
んー、ここならいいか。岩の陰になっているし、反対側も木が茂って見えづらい。倉庫船(今はゴムボート)を召喚して焚火を作り、食事を並べる。何かキャンプっぽくて楽しいんだけど、魔物が出るんだよな。油断できないところが悲しい。
でも、ぶっちゃけると火は必要ないんだよね。生活魔法で焚火を作ってみたかっただけだし、焚火を消して小屋船に籠るか。安全第一だ。あっ、でも先にスライム探そう。いるかな?
速攻で発見した。グリーンスライムだな。最初は某ゲームの影響で、毒を持ってると思ったが、毒を持ってるのは紫色らしい。パープルスライム……なんかカッコイイ。とりあえず小屋船にグリーンスライムを連れ帰り、もっちもっちする。
スライムに干し肉を与えると、体の中に取り込み溶かしていく。スライムを連れて船旅をすれば楽しそうなんだけど、テイムスキルがないので、街に入れなくなる。
街に入る度にスライムを捨てていたら、悲しみで心が壊れそうだよな。テイムスキルが取れるまでは触らせてもらうだけで満足するべきだろう。
グリーンスライムをもっちもっちしながら、創造神様が怒ってないかを考える。自分的にはさぼっているわけではないが、神様達がラノベのような活躍を期待していたなら……異世界に落ちて3ヶ月。波乱など1つもない平穏な生活……天罰とかないよね?
波乱なんか起きてほしくはないけど、波乱が起きないと怒られそう……何だか理不尽だな。被害妄想かもしれないし、また教会にいってみるか。教会に行って怒られなければ大丈夫だろう。スライムを放してそろそろ寝るか。お休みなさい。
誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスを頂ければ大変助かります。
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