5話 侯爵様と話し合い
アレシアさんの弟君達を見送る。部屋の中に微妙な雰囲気が流れる。気まずい。
「ワタルさん、すみませんでした。罰は必ず実行させます」
「いえ、こちらこそ、大人げない対応をして申し訳ありません」
うぅ、なんか気まずい謝り合戦に発展してしまった。この、いえいえこちらこそな感じが苦手なんだけど、やめ時が分からなくなるんだよね。
暫く謝り合戦を続けて、ドロテアさんの仲裁でお互い様という事で納める。
「まだ、侯爵様のお迎えが来るまで時間がありますから、お茶にしましょうか」
雑談をしながらコーヒーを飲む。話題は弟君とその仲間達だ。彼らもこの街の出身でジラソーレに憧れて冒険者になったようだ。
何度か仲間に入れてくれと頼まれたそうだが、旅に出る事と、実力が足りないからと断っていたそうだ。彼らはめげずに頑張ってCランクまでランクを上げて、帰って来たジラソーレの仲間に入れて貰おうと此処に訪ねて来た訳か。
そんな彼らに、何となく許せなくて、罰を要求したわけだが……うん、恨まれてるな。確実に恨まれてるよ。ちょっとやり過ぎだった気がして来た。
うーん、直ぐに罰を撤回するのも変な気がするから、少し時間が経ったらもう良いってアレシアさんに言おう。
「イネスとフェリシアは此処で待機になるから、夕食はどうする? 好きな所で食べても良いし、何か好きな物を食糧庫船から出すよ」
2人で話し合った結果、食糧庫船の中から食べたい物を選ぶそうだ。イネスはステーキ、フェリシアはピザだそうだ。リム、ふうちゃん、べにちゃんもお留守番だ。イネスとフェリシアにお願いして、リム達の食事も用意する。
もう直ぐ時間なのでスーツに着替える。女性陣はスッキリとした上品なこの世界の服だ。シンプルだし、クラレッタさんにいたっては新しい神官服に着替えただけだ。
「ジラソーレの皆さんはドレスを着ないんですか?」
「ええ、パーティーに招かれたのなら、ドレスを着る事もあるけど、私達は冒険者だから基本的に着飾らないわ」
そうなのか……少し残念だな。キャッスル号にはドレスも売ってたから、今度機会を作れないか頑張ってみよう。
迎えの馬車が来たので二手に分かれて乗り込む。いよいよ侯爵様との対面か。ドキドキする。城に到着すると豪華な部屋に通される。直ぐに紅茶が出て来る。
城の中の使用人は皆、背筋がピンと伸びて優雅に動く……作法がしっかりしているとカッコいいな。ダラダラと歩く僕と雲泥の差だな。
緊張を解きほぐすために紅茶を飲みながら雑談をする。暫くすると再び案内されて立派な部屋に通される。
俗に言う、お誕生日席に座っていた偉そうな人が侯爵様だな。わざわざ立ち上がって挨拶をされると恐縮してしまうな。
「ようこそ御出で下さった。ワタル殿でよろしいですかな?」
「はい、ワタルと申します。侯爵様、よろしくお願いします」
他の参加者とも挨拶を交わし、席に座る……魔導士様関連だと此処まで気を使われるものなのか。貴族様方の優しい対応が怖い。あと騎士団長の笑顔が引きつっていて大変そうだ。
味は豪華客船と比べると単調だが十分美味しくて、美しく盛り付けられた料理が出される。最初は軽い雑談だったのだが、徐々に探るような話が出て来る。
……探られる方が、服飾、芸術関連の話よりマシだとは思わなかった。チンプンカンプンで相槌を打つのが精一杯で冷汗が出たよ。スーツの事は説明出来たが、他はサッパリだった。
僕の事を勧誘するような話もされた。ルッカに店を持たないか? 侯爵家との取引も許可をするとか……何となく儲かりそうな話だったが、断った。貴族様との商売とか面倒この上ない。
しかも100%魔導士様との繋ぎ役なんだろうな。断ると押し付ける事も無く、気が向いたら訪ねて来るようにと言われる。なんかやり手って雰囲気だよね。
「ワタル殿は魔導士殿とどのような関係なのかな?」
「関係ですか? ……なんと言って良いのか、ひょんな事から仲良くなって、友人付き合いをしてくださっています」
「ほう、魔導士殿は我々にとって恩人なのだが、お会いする機会が得られなかった。どのような方なのかな?」
「そうですね……怒らせなければ、穏やかでお優しい方だと思います。お金にも興味がないようで、のんびりとした暮らしがお好きなようです」
ほぼウソだ。自分で言っていて恥ずかしくなってくる。色々と話を聞かれるが、興味は魔導士様に向いているようだ。
僕の事も合間に聞かれるが、それも胡椒貿易に使っている船に興味が向いているようだ。船の性能、値段、手に入れる事が出来るのか、譲って貰えないか等グイグイ来る。
転売は魔導士様に許されていないと言うと、大人しく引いてくれた。魔導士様なんか知らない、良いから船をよこせとか言う貴族に出会ったら面倒だよね。
ジラソーレも会話に混じってくれて、僕中心の話が終わったのは助かった。食事が終わり、本格的な話し合いが始まる。食事中の会話も結構疲れたんだけど、今からが本番か。
「それで、ワタル殿。魔導士殿の依頼の関係で願いがあるとか?」
「はい。魔導士様がこの国に孤児院を作るそうなので、その手配を任されました。大きな孤児院を作りたいのですが、この街での土地の確保が難しいそうです。
ですが、今ならカリャリの街で土地を確保できると教えて頂けましたので、侯爵様にお願いに上がりました」
「なるほど。孤児院か。何故、魔導士殿が孤児院を作ろうと考えたのか聞いているかね?」
うーん、なんて言おう。あんまり大袈裟にするのも良くないよね。
「戦争で大きな報酬を頂いたそうなのですが、その大金を使うのなら貰った国で役立てるのが良いだろうと仰っていました。お優しい方なので、戦争の犠牲で出る孤児達が気になったのだと思います」
自分で言っていて恥ずかしくなってくるな、何処の聖人だよ。優し過ぎると舐められるかな?
「ふむ、それで孤児院を作られると……魔導士殿が孤児院を作られるとなると、孤児院に余計なちょっかいを掛ける者も現れると思うが、その点は大丈夫なのか?」
余計なちょっかい? 嫌がらせや、孤児を人質になんて事もあり得るのか? ……話が大きくなりそうで面倒だけど、やっぱり王太子様も巻き込んだ方が良いな。
「そうですね。魔導士様を怒らせてどんな得があるのか分かりませんが、危険があるのであれば対処をしておくべきですね。……海軍本部から見える場所に土地の確保は可能ですか? 海軍の見回りと警護もお願いしたいです」
「魔導士殿に借りがあるのは間違い無いが……直轄領で国軍を使うとなると、騒ぐ者が出て来る。難しいだろうな」
駄目か。上手く行けば楽だったんだけど。相手にも利益を出さないと駄目だよね。豪華客船を利用するか。孤児院の近くに豪華客船があれば何かと安全だよね。
「そうですね。魔導士様が国に働き掛ける場合は、王太子様を窓口にするようにと言われているのですが、可能ですか? 魔導士様が仰るには、孤児院が出来たら港の側に一隻の船を停泊させるそうです」
「王太子様も魔導士殿の事を気にしておられた、ワタル殿もお会いする事は可能であろう。しかし孤児院への協力の対価が船を停泊させる事なのか? 船を譲るという訳ではないのだな?」
「はい、停泊させるだけです。船の管理は魔導士様が選ばれた方が管理する事になると思います。国が自由にする事は出来ません」
「何故それが対価になるのだ? 確かにあの巨大な船なら停泊しているのは心強いが、帝国が滅ぶ寸前の今、そこまでの価値は無いぞ?」
ここで、豪華客船の魅力を上手に伝える事が出来れば、何とかなると思うんだけど、いけるか?
「魔導士様はその船で宿をさせるつもりだと仰っていました。私も乗船させて頂いたのですが、とてつもない大きさで、美酒、美食、見た事も無い様々な物で溢れた素晴らしい船でした。その船が停泊しているだけで大きな利益があると思います」
言い過ぎじゃないよね?
「船の宿屋か……興味はあるが、宿にそれ程の効果があるのか?」
「あります。偉い方にとっては夢のような船です。特に美容関係が素晴らしいそうです。噂が広がれば大陸中の裕福な方が集まって来ると思います。それはこの国にとって利益になりませんか?」
「ふむ、利益にもなるが、警備などを考えるとリスクもあるな」
あーそうか。テロとか暗殺とか危険な問題があるんだな。
「船の中では、自分から船内で殺傷行為を働かない限り、絶対に安全です。魔導士様のお力で殺傷行為を働こうとすると、船内からはじき出されます。船に来るまでの警備が十分なら安全なんですが」
「船内は安全なのか? 毒殺等の暗殺も対処されるのか?」
毒殺って、そんなこと考えてなかったよ。どうなんだ? 殺傷行為の禁止なんだから大丈夫だと思うんだけど、確かめてはいない。毒は後で確かめるとして、毒物を乗船拒否しておけば問題無いか。
「ええ、大丈夫です。自分から殺傷行為を行わない限り、船の中で危険に陥る事はありません。毒物自体を船内に持ち込む事も出来ません」
「ふむ、見ない事には判断が出来んな。船を見せて貰う事は可能なのか?」
魔導士様の船って事なんだから、簡単にほいほい持ってくるわけにも行かない気がする。
「孤児院が出来たら船を運んで来て貰うお願いをしますので、その時にご招待は可能だと思います」
「孤児院が出来てからなのか? 王太子様にも諮らねばならぬし、出来た後に船を見ても、警護をするとは限らんぞ?」
「それは問題無いと思います。あの船を見た後に、国に必要が無いと考える王太子様、侯爵様だとはとても思えません」
「それ程の船なのか。そう言えば魔導士殿は船しか使わないのか? 今まで力を使われているのは船しか見ていないのだが」
ここで船だけとか言ったら舐められるんだろうな。今のところ陸上を走れるのはアッド号しかないけど、ホバークラフト、水陸両用車、水陸両用バスなんかも買う事が出来る。大見得切っても問題無いだろう。
「私は、魔導車にも乗せて頂いた事もあるので、船だけという事は無いと思いますが」
「なんと、魔導車まで魔導士殿は所持しているのか……今度、船を見る時に魔導士殿に会えるのだな? よく話してみたい」
魔導車に食い付いて来た。やっぱり希少なんだな。魔導士として会うのは……やめておこう。魔導士は引き籠りで僕は使いパシリの方が分かりやすそうだ。
「魔導士様は来られない可能性が高いので、お会いする事は出来ないと思われます。船の責任者を決めてその方に全て任せると仰っていましたから」
「会う事は出来んか……ワタル殿、何とかならないのか?」
「魔導士様は人と会うのを好まれませんから無理だと思います。特に王侯貴族の方達にお会いする事を嫌がられますから……」
「そうか……普通なら会う事も出来ん者を信頼する事も出来んのだが……」
「私もそうだとは思います。……私見になりますが、会う事を条件に出された場合は、魔導士様は全てを拒否されると思います。別の国、別の場所で孤児院や宿屋をする事も不可能ではないですから」
魔導士様に会えないって事は、僕に注目が集まるって事なんだろうけど、あくまでも使いパシリで危害を加えたら魔導士様が報復に来るって広めておけば、何とかならないかな?
豪華客船に注目が集まれば、交渉事はカミーユさんに移るだろうし、嫌なちょっかいを掛けてきた相手がいたら、一度ぐらい魔導士様の格好をして、ホバークラフトや水上バスで突っ込む事も必要かもしれないな。
「……魔導士殿の功績は無視が出来ん。魔導士殿との関係を悪くする事も望まん。なにより、魔導士殿の知識を他国で広められるのは困る。
……ワタル殿もジラソーレに魔導士殿を紹介してくれたと聞いている。カリャリの土地の紹介は請け負おう。しかし、孤児院の警護を王太子様にお願いするのは船を見てからだ、それで構わないかな?」
「はい、ありがとうございます」
これで大丈夫だよね? 豪華客船を見て、ダセッ、こんな船は要らんとは言われないだろう。
「しかし、それほど凄い船なら、欲しがる者が沢山現れるだろう。魔導士殿の力をその目で見ていない他国の王族等が船を欲しがったらどうするのだ?」
「さあ、どうするんでしょう? 魔導士様が自分で対処されると思いますので、私には分かりません」
王侯貴族が欲しがったら……面倒である事は間違い無いんだけど、一度ぐらいは本気で脅しをかける必要があるかもな。何事も無く平和に進むのが一番なんだけど。
「他人事だな、魔導士殿が心配ではないのか?」
「魔導士様は誰がどうしようと、どうにもならないと思います。それに、船を見た後はブレシア王国の方達に全力で守って貰えると思っています」
「守る? 国が? どうしてそうなる?」
ならないかな? 見た事のない技術、知らない美酒美食、美容関連グッズ、大人気になれば、国としても失いたくないから勝手に頑張ってくれると思うんだけど……簡単に考え過ぎかな? 自意識過剰だったら恥ずかしい。
「いえ、私だったら何かがあって船が別の場所に移動したら嫌なので、船と孤児院を守る事になるだろうと思っているだけです。船を見た後に判断をお願いします」
「それ程の船か……楽しみにしておこう。紹介状は持たせるから少し待っていてくれ」
同席していた方達と挨拶を交わして、最初に通された部屋に案内される。
「ふー、僕が話した内容で、駄目な所はありませんでしたか?」
「ワタルさん、そういう事を此処で話すのは良くないわよ」
……イルマさんが怖い事を言い出した。盗聴みたいな事を警戒しろって事だよね? マジで? 時代劇かスパイ映画みたいだな。
たわいのない雑談にしようとしたが、上手に舌が回らない。変に緊張して来たよ。ポツリポツリと雑談をしながら待っていると。ちょっと偉そうな文官さんが紹介状を持って来てくれた。
これをカリャリの街の商業ギルドで渡せば手続きをしてくれるそうだ。その後は城の外まで案内されて馬車で宿に戻る。色々あって疲れたから今日は早く寝よう。話し合いは明日だな。
誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスを頂ければ大変助かります。
読んで頂いてありがとうございます。