3話 商業ギルドと使者
宿に入りそれぞれの部屋に分かれる。今後の予定を決める為に荷物を解いたら僕の部屋に集まる事になった。ちょっとダラけていたら次々とジラソーレのメンバーがやって来る。行動が早いよね。
「ワタルさん、ごめんなさい。もう収まっていると思ったんだけど、まだ騒ぎになるみたいなの。動きにくいわよね」
あれから半年以上経っているからな。人気の持続力が凄い。アレシアさんも此処までとは思っていなかったんだろう。
「気にしないでください。孤児院が作れれば良いんですから、皆さんに人気があった方が話が通りやすいですよね。ルッカの散策はまた別の機会にお願いします」
少しぐらいの注目なら無視出来るけど、今日みたいな注目は出歩くのも面倒になるよね。
「ワタルさんにルッカを見て貰いたかったから、残念ね」
「はは、落ち着いたらゆっくり案内をお願いします」
「ええ、任せて。それで、この後はどうするの?」
「うーん、僕はのんびりしていますから、ジラソーレの皆さんは家族に会って来ると良いですよ。前回は戦争中でゆっくり出来ませんでしたよね」
「嬉しいんだけど、やめておくわ。良い宿だけど護衛は居た方が安全だもの」
「大丈夫ですよ。ゴムボートを召喚しておきますから。ゴムボートの中からイネスとフェリシアが攻撃すればどんな相手でも何とかなりますよ。せっかく戻って来たんですから、ご家族に顔を見せてあげてください」
僕は気が使える男だ。それに、ジラソーレのハーレム加入を諦めていないから、ご家族にも印象を良くしておかないとな。……ドーナツとカップケーキをお土産に渡しておこう。一応契約を控えている事を伝えておけば大丈夫だろう。
お土産にお酒も渡したかったんだけど、ラベルを剥がしても騒ぎになりそうだからな。美味さは神様の保証付きだ。印象は良くなるだろうけど、お酒を出すのはきちんと契約が終わってからだな。
「ワタルさん、ありがとう。お言葉に甘えさせてもらうわね。冒険者ギルドにも寄って来るけど、何かしておく事はあるかしら?」
「あー、そうですね。帝国での戦争の情報を聞いて来て貰いたいです。孤児院などの建物は商業ギルドに聞く方が良さそうですので、明日みんなでいきましょう」
簡単な話し合いを終えて、実家に戻るジラソーレを見送る。
「ご主人様、今日はどうするの?」
「んー、特にやる事も無いから、部屋でのんびりかな? イネスとフェリシアは何かやりたい事がある?」
「私は、宿のご飯が気になるわね」
フェリシアも同意見で気になるのはご飯ぐらいだそうで、部屋でのんびりする事にした。今更気が付いたんだけどリムをそのまま連れて来てた。まあ、ふうちゃん、べにちゃんがいるのに、リムだけ隠すのは可哀想だから問題無いか。
部屋でのんびりして、リムと遊び、食事も部屋に運んでもらう……魚介はとても美味しかった。ただ、色々な調味料に慣れた僕達の舌には、他の料理が味気なく感じてしまった。あれだな、グルメになっちゃったね。
夜になって、ジラソーレが戻って来た。明るい表情なので家族に会えて良かったんだろう。
「皆さん、お帰りなさい。どうでしたか?」
「ええ、皆喜んでくれたわ。最初は私に会えたことを喜んでくれてたんだけど。ワタルさんのお土産で、話題を全部奪われちゃったわね」
「私もです。母と妹に作り方を聞かれて、契約前だから駄目だと断るのが大変でした」
アレシアさんとクラレッタさんの言葉に、他のメンバーも頷いている。ドーナツとカップケーキの威力は凄かったようだ。僕の評判も上がっただろう。
「あはは、気に入って貰えたのなら良かったです。僕の評判はあがりましたか?」
「うーん、どうなのかしら? ワタルさんからだと伝えたんだけど、ドーナツとカップケーキの印象しか残ってないかも?」
……予定と違うな。威力が強すぎたようだ。どっちか一つにしておくべきだった。それなら僕の印象も残ってたかもしれない。
「それは残念です。冒険者ギルドはどうでしたか?」
「ああ戦争の事ね。ほぼ勝ちは決まっているみたい。ただ違法奴隷が大量に居て、困っているみたいね。無理やり攫われた人達も沢山いるから、少しずつ解放していくしか無くて手間取っているらしいわ」
違法奴隷が大量にか……帝国は碌な事をしていないな。商売の神様が言ってた慈善事業で、違法奴隷から解放された人達の援助を……なんか関わるとブルーになる事が多そうだな。どうしよう。あんまり見たくないな。
「手間取っていても、勝ちが決まったのなら良かったです。面倒な国ですから、徹底的に潰して欲しいですね」
「私もそう思うわ。帝国再興とか考える事も出来なくして欲しいわね」
アレシアさんも同意見か。これが切っ掛けになって、人族至上主義の国家が大人しくなれば良いのにな。
「取り敢えず僕が出来るのは、孤児院作りですね、頑張りましょう」
帝国での戦争が終わりかけているのなら、関わる事も無いだろう。再び戦争に関わるとか冗談じゃないから良かったよ。
………………
翌朝、宿の朝食を済ませて、ジラソーレの先導で商業ギルドに向かう。やっぱり注目されるんだけど。目線はジラソーレに大部分が集まり、偶にイネスとフェリシア、最後にリムで終わる。
気配を消さなくても僕に目線が来ない事に気が付いた、喜ぶべきか、悲しむべきか、非常に悩むな。
商業ギルドに入り、ギルドカードを出しながら受付嬢に声を掛ける。僕のFランクのギルドカードとジラソーレを見比べて、困惑している。……なんか面白いな。
面倒事が増えるならランクアップも考えるけど、こういう場面をみるとこのままでも良いかと思うな。
「えーっと、大きな家を買いたいのですが、こちらで良いですか?」
「えっ? はい、お店ではなく家ですか?」
あっ、そうか商人だからな。普通はお店って思うんだろうな。
「ええ、家です。大きな家を買って孤児院を作ろうかと思っています」
美人のお姉さんが、悩んでいる姿も良い物だ。おそらく、意味の分からないFランク商人の相手をしたくないんだろうけど、後ろにジラソーレがいるから無下にも出来ないとか思ってそうだ。ジラソーレがいなかったら追い出されてたかもしれない。
「その、ギルドカードを見ると、本拠地はラティーナ王国の南方都市ですよね。ルッカにあなたの保証人になって下さる方はいらっしゃいますか? 家やお店を買う場合は、保証人が必要なんですが」
……そんなのいないよね。考えた事も無かったよ。
「いないと駄目なんですか? 何か方法があったりしませんか?」
「いえ、ありません」
きっぱりだな。どうしよう。
「アレシアさん、予定外です。保証人とか考えていませんでした」
「私も知らなかったわ。この街にいた時は実家だったし旅に出てからは宿暮らしだったもの……私が保証人になれるか聞いてみるわね」
「すみませんが、お願いします」
アレシアさんが聞いた所、あっさりと許可が出た。冒険者でも良いのか。ジラソーレだからか? 奥の部屋で物件を紹介してくれるそうだ。
「ご予算はいか程でしょうか?」
家って幾ら位なんだろう? 日本だと何億円で豪邸だよね。戦争で孤児が沢山っていってたから、沢山の子供が集まるだろう。職員も沢山必要だ。予算を消費する為にも学校みたいなかなり大きな方が良いよね。
教会に商売の神様から手紙とお金が置かれていたから大抵は大丈夫なんだよな。
それを見つけたクラレッタさんの興奮は凄かった。手紙には取り合えず100白金貨を渡すが、目標は1000白金貨だそうで、予算は潤沢だ。
「えーっと、10白金貨ぐらいですか?」
「10白金貨ですか? かなり大きな物件になりますが、大丈夫ですか? それと先ほど孤児院と言われてましたが、場所が貴族街になりますので、不向きだと思われます」
あぁ、貴族街の大きなお屋敷になっちゃうのか。面倒だな。貴族街を走り回る子供達……揉め事沢山だな。もう、新しく作って貰った方が良い気がする。
「では、貴族街ではない場所に、大きくて新しい家を作って貰う事は可能ですか? 大きければ大きいほど嬉しいです」
「……それは難しいですね。城壁で囲まれたこの街に、貴族街のお屋敷規模の土地はありません」
……あれ? 孤児院計画があっさり頓挫した。小さいのを沢山作る方法もあるけど、目が届かなくなって酷い事になりそうだ。……どうしよう。
「あのー、ルッカでは無理ですが。王国海軍本部があるカリャリの街なら可能だと思います。現在復興中ですが、海軍本部が最優先されて、街の土地は余っているはずですから。ただしブレシア王国全体で、大工、石工、資材が足りないので、直ぐに建設に取り掛かる事も難しいと思われます」
海軍本部がある街なら安全か? この前は酷い事になってたけど、帝国も無くなりそうだから安全と言っても良いとは思うんだけど。……先に土地だけでも確保するべきか。
「あのー、カリャリの街で土地を買う場合も保証人が必要ですか?」
「必要になりますね。この街でならジラソーレの皆さんの保証で十分ですが、カリャリの街はブレシア王家の直轄領です。大きな土地を買う場合は貴族の紹介が必要になりますね。それと土地を買うと言っていますが、正しくは土地の使用権利を買う事になります」
面倒だ。とても面倒だ。日本なら色々と手続きがあって面倒そうなのは想像出来るけど、異世界でもこんな面倒があるなんて。
お金があるから簡単だと思ってたよ。これください、分かりました、ぐらいの感覚だったよ。他の事に変えたいけど、孤児院を作る事をクラレッタさんも喜んでたから止めづらい。
契約があるんだから紹介状とかいらないと思うんだけどね。どういう理屈なんだ? 王侯貴族が自分の権力を維持するために定められた制度とか、そんな感じがするな。
「そうですか……カリャリの街の土地を買う場合は、ここで買えますか?」
「出来ない事もありませんが、カリャリの街まで足を運んで頂く事が一番だと思います」
「分かりました、考えてみます。ありがとうございました」
受付のお姉さんにお礼を言って宿に戻り、相談の為に僕の部屋に集まる。どうしようかな、慈善事業って事で孤児院を作る事しか思いつかない僕に、難しいミッションだったのかもしれない。
「うーん、アレシアさん達になら、ルッカの侯爵様が紹介状を書いてくれるかもしれませんが、僕には書いてくれませんよね。どうしましょう?」
「私が紹介状を書いてもらって、私の名前で孤児院を作る? もしくは、魔導士様の知り合いという事で侯爵様に会って紹介状を貰う?
魔導士様の紹介なら侯爵様も蔑ろに出来ないわ。侯爵様もワタルさんの事は調べているはずだから、取り込もうとしてくる可能性もあるけど紹介状は問題ないと思うわ」
「なるほど、アレシアさん名義で孤児院を作るのも、僕達に知識が無いのでとんでもない迷惑を掛けてしまいそうで怖いですね。偉い人に会うのは面倒ですが、相手が僕を知っているのなら今更ですね。魔導士様の威を借りて侯爵様にお願いしてみましょう」
「それで良いの? ワザワザ侯爵様に会わなくても、私の名前を使っても良いわよ。多少の迷惑なら私達で何とかなるし、大変な事になったら助けてくれるでしょ?」
魅力的な提案だよね。アレシアさんの名前で全部を済ませてしまえば確かに楽だ。……でも、こんど、豪華客船を開放する時には王太子様と会う可能性がある。
魔導士の威光が一番通用しそうな侯爵様相手に、偉い人に会う練習をしておくべきかもしれないな。ここで丸投げすれば、信頼は低下しそうだけど、頑張れば少しはジラソーレの好感度もあがるだろう。頑張りどころな気がする。
「魅力的な提案ですが、ちょっと頑張ってみます。王太子様と会う可能性もあります。魔導士様の威光が効く侯爵様に会って練習しておこうと思います」
「ふふ、侯爵様で練習って聞いた事が無いわね。でも頑張ってね」
「言われてみたらそうですね。でも、魔導士の力を直接確認している侯爵様なら、酷い事にはならないですよね。第2王子様の件があるので、王太子様と会う事になったら不安でいっぱいです」
部屋の扉がノックされた。出てみるとダンディーなおじさんがいて、この宿のオーナーだそうだ。話を聞くと侯爵様の使者が、訪ねて来ているそうだ。
なんだコレ? 侯爵様に会おうと決意したら、使者が来るとか、ご都合主義か? 神様が何か手をまわしたと言われても納得できる。商売の神様あたりが、さっさとお金を使えって言っているのかもな。
侯爵様の使者に会うと、ジラソーレを食事に招待したいそうだ。……僕の部屋に来たのに、僕は関係なかった。ちょっと赤面しちゃったのはしょうがない事だと思う。
悲しくなって後方に引っ込んだ。意気揚々と前に出たら場違いだったこの恥ずかしさを僕は忘れない。あと、使者の何こいつって目も忘れない。魔導士に変身して乗り込みたい気分だ。
頭の中でくだらない事を妄想しながら恥ずかしさを紛らわす。その間にアレシアさんが話を通してくれて、魔導士の関係者が侯爵に会いたいと言っている事を伝える。
僕が魔導士の関係者だと分かるとビビってた。ちょっとスッとした僕は悪い子なのでしょうか? 使者は慌てて確認を取って来ますと引き返して行った。
暫くして戻って来た使者が、僕の訪問を侯爵様も歓迎している。明日の夕食はぜひご一緒くださいと伝えて来た。ジラソーレに注目が集まり目立っていなかった事を喜ぶべきなんだろうが、納得がいかない。とにかく明日だな。あっ、着て行く服が無い……。
誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスを頂ければ大変助かります。
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