1話 相談と勧誘
南方都市の近くに到着、シーカー号からルト号に乗り換え、港に入港する。最低でも1年半は来ないつもりだったんだけど、2ヶ月もしないでまた来ちゃったな。パリスが居ませんように。
ジラソーレに囲まれながら、商業ギルドを目指す。久しぶりにカミーユさんに会える。引き抜き工作が上手く行くと良いんだけど。
商業ギルドに入ると、さっそくカミーユさんが見つけてくれた。相変わらず素晴らしいお胸様と美貌です。
「ワタルさん、お久しぶりです。次に来るのはだいぶ先だと仰ってましたよね。何かありましたか?」
「カミーユさん、お久しぶりです。色々とありまして、胡椒の事とカミーユさんに個人的なお話があるんですが、お時間を頂けませんか?」
個人的にですか? っと首をひねりながらも奥の部屋に案内をしてくれた。
「では、まずはいつものごとく胡椒なんですが、前回もかなりの量を卸したんですが買い取って貰えますか? 量は前回よりもかなり多めに運んで来ました」
胡椒がダブついて値下がりしていたら最悪だな。
「胡椒でしたら問題ありません。国内の需要はほぼ満たしていますが。国外ではまだまだ捌けます。大歓迎ですよ」
大歓迎らしい、大陸中の需要を満たすまでは大丈夫そうだな。消耗品なんだから、一生大丈夫か? でも一時的とはいえ一つの国の需要を満たしたって凄い事だよね。
「ありがとうございます。でしたら取引は前回のように、実験をした場所で構いませんか?」
「分かりました。準備しておきます。白金貨の用意は時間がかかりますが、卸して頂けるのは明日の朝で構いませんか?」
「はい、白金貨の受け取りは、そうですね……明日の取引が終わったら直ぐに出発しますので、数か月先に戻って来たら受け取れるようにしてもらえますか?」
「畏まりました」
此処まではスムーズに進んだな。問題はこの先だ。上手く話せるか……考えて来た事で何とかしよう。
「それで、個人的な話なんですが……あれですね、カミーユさんの事を少し聞きたくて時間を頂きました」
「私の事ですか?」
「はい、旦那さん、もしくは恋人がいらっしゃるのか、現在のお仕事をどう思っていらっしゃるのかとかですね」
なんか、とんでもない事を聞いているような気がする。でも、仲間になったらレベルを上げて貰うつもりだから、旦那さんや恋人がいると難しいよね。あと個人的にも知りたい。
「もしかして私を口説くつもりですか?」
引き抜きを考えているんだから、口説く事に間違いは無いんだけど。カミーユさんが聞いている事は違うよね。あと口説けるのなら口説きたい。
「えーっと、恋愛として口説くとかではないのですが、口説きたいと思っています」
「あら、残念です」
本気にしたいんだけど、リップサービスだよね? カミーユさんの顔がまったく残念そうじゃないのが辛い。
「すみません、ぶしつけな質問をして」
「構いませんよ。恋人も旦那様もいません。仕事は……商売が好きなので満足していますね」
恋人がいないのはとても嬉しいのだけど、お仕事には満足しているのか……商業ギルドの職員ってエリートっぽいよね、僕の力で口説き落とせるか?
良い条件を精一杯伝えるしかないな。カミーユさんの肉食獣の目を信じよう。カミーユさんなら大きな商売を前にしたら、食らい付いて来るはずだ。
「カミーユさん、良い条件であれば、僕の所に転職してくれますか?」
「ふふ、ワタルさん、ストレート過ぎます。商人として、それでは駄目ですよ」
「あはは、自覚はあります。ですからカミーユさんのお力をお貸し頂きたいんです」
「頼られるのは嬉しい事ですが、私は商業ギルドの職員です。少しぐらいお給料が増えても、転職するのは割に合いません。商人としての私が欲しいのであれば、商業ギルドの職員としてのメリットを超える物を示して貰えなければ頷けませんね」
ごもっともな話です。でも迂闊に話せない事もあるんだよね。どうしたものか。
「ちなみにですが、商人ではないカミーユさんが欲しい場合はどうなんでしょうか?」
こっちの方が簡単なら、とても嬉しい。
「うふふ、私の理想は高いですよ。ワタルさんも頑張ってみますか? ちなみにワタルさんは財産面では合格です」
おうふ、色っぽいけど、肉食獣の目だ。しかも財産面以外は落第って言われてるよね。僕に他の基準が満たせるのか?
「えーっと、取り敢えず、商人としてのカミーユさんを口説きたいと思います」
「あら、残念です。自分で言うのもなんですが、見た目は良い方だと思うんです。でも、なかなか口説いてもらえないんですよね」
……腰が引ける気持ちはとても良く分かる。そして何と答えたら良いのか分からない。
「あはは、それで、商業ギルドの職員である以上のメリットを示す事が出来れば、来て頂けるんですよね?」
「ええ、ですが、商業ギルドの職員は様々な面で優遇されています。今までに築いた関係もあります。越えるのは難しいですよ」
うーん、諦めろって言われているのかな。でも豪華客船の管理を任せるのなら優秀な人の方が良いんだよね。奴隷を買って任せるのは……お客さんは裕福な人達だろうから、トップは難しそうだ。
「お給料を倍って条件では駄目ですか?」
「3倍でも駄目です。お金はもちろん大事ですが、それだけでは移れませんね」
「やっぱり駄目ですか」
どこまで話すか……もう、あれだな、僕に秘密を隠しながらカミーユさんを口説き落とすスキルは無い。契約をしてもらって全部を話そう。興味を持って貰えれば来てくれるだろう。駄目でも契約で秘密は守られる。
「あの、では、僕の事と仕事の内容を話しますから、秘密を守る契約を結んでもらえますか?」
「契約時に犯罪に関係ない事を宣言して頂けるのであれば構いませんよ。ワタルさんの秘密は気になりますからね」
商業ギルドで契約をしてカミーユさんとルト号に戻る。内装を見せた方が話が通じやすいよね。さっそく船内に招き入れる。
「なにこれ、凄いわ……見た事が無い物が沢山。ワタルさん、前に乗せて貰った時と内装が違いますが。別の船なんですか?」
「いえ、同じ船ですよ。その事を含めて全部説明しますね」
驚かせるために炭酸の缶ジュースを出す。色々な物をイッキに見せて、僕の異常な話をして、混乱している間に頷かせる作戦だ。
甘いシュワシュワな黒い水で驚かせ、船偽装を見せて驚かせ、僕が魔導士だとカミングアウトしたら苦笑いされた。僕が魔導士だという事は、ほぼ確信していたらしい。ちょっと恥ずかしい。
「まあ、見て頂いた通り、僕の船には色々と変わった物があるんです。それで、次は巨大な船を使って商売をする事になりました。そこで問題なのが、僕に商売の才能が無い事なんです」
「その為に私を引き抜きたいって事ですか?」
「そういうことです」
「……前から一つ気になっていた事があります。聞いても良いですか?」
「構いません。なんでも聞いてください」
「ワタルさん、ジラソーレの皆さんがワタルさんとパレルモに旅に出た後、見違えるように髪も肌も綺麗になりました。それだけならまだしも、今は更に髪の艶が増して、肌の潤いまで増しています。なかなか機会がなく聞く事が出来なかったのですが、ずっと気になっていました」
カミーユさんの目が怖い。でも、さすがだね。ジラソーレの変化をちゃんと見抜いていたんだ。ただ、僕がジラソーレの美貌に言及するのはハードルが高い。
「僕は関係があると思います。アレシアさん、どうですか?」
アレシアさんに話を振れば、安全だよね。
「間違いなく効果があるわね。髪も肌も良くなる事は間違いないわ。メンバー全員の実体験だから確実よ」
シャンプーもリンスも洗顔もボディソープも、この世界からすると高性能だ。よく分からない美容液関係まで加わると、変わると言って間違いないと思う。
「目の前に実例があると説得力が違いますね。羨ましいです」
「転職してもらえれば、カミーユさんも自由に使えますよ。髪もお肌も艶々でピチピチになりますよ。まあ、カミーユさんに必要かどうかは分かりませんが。元々、艶々でピチピチですからね」
僕の精一杯だ。もっと良い事が言える男になりたい。あと女性陣の白けた目が辛い。
「ワタルさん、ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです。そうですか、艶々でピチピチですか。大いに興味がありますね」
僕の精一杯は女性陣に白けた目で見られただけで終わった。カミーユさんは美容関連に物凄くグラついているように見える。もうひと押しすれば行けそうだ。何かないか?
簡単にレベルが上げられる事を伝えると、かなり食い付いて来た。僕は戦えないのにレベルが300以上だと話したら驚いている。Aランクの冒険者でもトップクラスらしい。……ジラソーレってSランクの冒険者クラスになってるのかも? かなりレベルが上がったって言ってたからな。
「ワタルさん。レベルが上がるって女性の夢なのよ。若い時間が確実に増えるんだから。お金持ちは強い護衛を雇ってわざわざレベル上げをしているんだから。それでも50レベルを超えるのも大変なのに、300って普通の人間のトップクラスじゃない」
普通じゃない人間もいるって事だな。パリスみたいなのがそうなんだろうな。僕みたいにチートじゃなくて自力で300とか、化け物だよね。
「ちなみにリムもレベル300オーバーですよ」
「えっ? リムちゃんも300オーバーなの?」
愕然としているカミーユさんを見て、ほくそ笑む僕。なんか上手く行きそうだよね。生きる事に疲れていなければ寿命が延びる、若い期間の延長はかなりのメリットだ。しかも商業ギルドには出来ない事だ。
レベル上げの協力を約束すれば、美容関係と合わせて簡単に仲間になってくれそうだ。ガンガン押して行こう。
カミーユさんが食い付いて来た事で勧誘の可能性が高まる。なんか行けそうだよね。
「先ほども言った通り、リムも300オーバーです。なんと今、雇われて頂けたなら、レベルアップのお手伝いも付いて来ます」
調子に乗ってテレビの買い物番組風に甲高い声で言ってみた。
「本当に? 私も300オーバーになれるんですか?」
普通にスルーされる。まあしょうがないか。テレビ自体を知らないのに理解しろと言うのに無理がある。自己満足だから大丈夫だ。傷付いてなんかいない。
レベル300オーバーはどうなんだろう? なれるとは思うけど、魔物を沢山倒さないといけないから。お仕事しながらだったら時間が掛かるかな?
「300オーバーは1年以上掛かったと思います。お仕事をして貰いながらだと、時間が掛かるかもしれません。レベル100~200はそう時間が掛からないと思いますよ」
「……凄いメリットですね」
「じゃあ、働いてもらえますか?」
少し悩んでいる。何が足りないんだろう?
「お仕事の内容を教えて貰えないと判断できないです。寿命が延びても、辛い仕事だったら苦しみが伸びるだけですから」
なるほど、ごもっともです。
「そうですね、先ほど言った、今度商売する巨大な船の支配人をしてほしいと思っています。部屋や商品の値段決めや従業員のまとめ役ですね」
「それって大陸中が注目している、ルッカで使われた巨大な船ですよね?」
大陸中で注目されているのか。理解はしていても、人から聞かされると萎えるな。
「いえ、それよりも大きくて豪華で、凄い船になります。自分で言うのもなんですが、世界一の船と言っても過言ではありません」
大袈裟かな? でも実際に世界一だと思う。まあ、技術の進んだ世界から来た異世界人が作った船が、古代遺跡とかから発見されたら覆る可能性もあるけど。
「そんな凄い船の支配人を私にという事ですか?」
「そういう事になりますね。やりがいの有る仕事だと思いますがどうでしょうか?」
僕が知っている人の中で、そんなポストを熟せそうな人はカミーユさんしかいない。スタッフ任命で知識を得ても、商売だと難しそうだ。しかも異世界の知識だ、混乱するだろう。
「やりがいがある仕事である事は間違いないですが、危険度が跳ね上がりますよね。寿命が延びても殺されたり攫われたら意味が無いです」
「あー、船の中なら絶対に安全なんですが、船の外は危険になりますね。僕達が一緒の時なら問題は無いと思うんですが、中途半端な護衛が無意味では、普段が困る事になるんですね」
そうだった。豪華客船のトップとか狙われる可能性が特大だよね。そうなると従業員を雇うのも難しい……奴隷の大量購入を考えるべきだな。カミーユさんの勧誘も難しくなってしまった……どうしよう。取り敢えず諦めずに口説くしかないか。
誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスを頂ければ大変助かります。
読んで頂いてありがとうございます。