7話 開発と探索
温泉の効果を確認して、ジラソーレが着替えの為にハイダウェイ号に走って戻る姿を見送る。ジラソーレの外見はキャッスル号の美容関連で磨かれて、かなりレベルアップしているんだけどな。
「お湯が冷めて来ているから入れ替えておこうか」
「はい」
イネス、フェリシアとお湯を捨てて、源泉の元にお風呂船を設置する。……排水はそのまま小川に流したけど、どうなんだろう? ……小川の流れる先も今度確認しないとな。
「ねえ、ご主人様。何度もお湯を入れ替えるのって面倒だから、ハイダウェイ号のジャグジーに温泉を運んだ方が良くない?」
イネス、天才か?
「……良い考えだね。お風呂船に源泉を限界まで溜めよう」
温泉を2回ぐらい運んで加水すればジャグジーでも十分に入れるな。普通だったら温泉の成分がお風呂にダメージを与える可能性もありそうだけど、不壊の効果があるから大丈夫だろう。
ジャグジー温泉……なんか凄い気がする。僕も後で入ろう。おっ、ジラソーレが戻って来たな。
「あれ? ワタルさん、温泉を入れ替えているの?」
「ええ、冷めますし、温泉をハイダウェイ号のジャグジーに入れれば全員で入れますよ」
イネスのアイデアを伝えると、了解して、ワクワクした顔で温泉が溜まるのを待っている。満タンになった温泉を2回ジャグジーに運び、加水をすれば丁度良くなった。
ジラソーレが掛かり湯をしてお風呂に入る姿を、横のソファーに座って観察する。……温泉の効果を確認する大義名分があるから、堂々と見れて嬉しい。
「温泉はどうですか?」
「気持ちが良いわ。お湯に浸かっていると、本当に肌がヌルヌルするのね。不思議だわ」
気持ちよさそうにアレシアさんが言う。
「クラレッタさん、臭いは大丈夫ですか?」
「ええ、嗅覚がマヒしたのか、慣れたのか分かりませんが、気にならなくなりました」
問題は無さそうだな。みんな気持ち良いみたいだし、無駄足にならなくて良かった。お風呂から上がったジラソーレはお互いに肌を確かめ合い、キャイキャイと騒いでいる。……眼福です。
「ワタルさん、温泉って凄いわね」
満面の笑みのアレシアさん。湯着が体にピッチリで僕も笑顔になってしまう。冷たい缶ビールを渡しながら答える。
「気に入って貰えて良かったです」
「ぷはー。ええ、とっても気持ちが良いし。とってもビールが美味しいわ」
ゴクゴクとビールを飲んで、上機嫌だ。朝風呂……朝温泉? にビール。あれだね。休日のお父さん方が喜ぶシチュエーションだね。たぶんだけど……
「ご主人様、気持ち良いと思うんだけど、この温泉を整備するの?」
「うーん、この温泉は湯量も多いし、イネスの言う通り気持ちが良いんだけど、ここまで来るのが大変なんだよね。どうしようか?」
アッド号で此処まで来られるのなら絶対に整備するんだけど、森の中を山登りするのが面倒だ。
「来るのは少し大変かもしれないけど、放っておくのはもったいないわね」
悩んでいるとフェリシアが提案して来た。
「ご主人様、父に話しても大丈夫ですか? それなら村で使う木材を道になるように伐採すれば、少しは楽になると思うんですが」
ダークエルフに温泉までの整備……いっそ温泉村を作って貰うか? ダークエルフの温泉村……想像しづらいけど、娯楽の一つにはなるかな? でも大変だよね。
「もちろん構わないけど、道になる様に木を伐ると、距離が伸びて大変だよね。人数も少ないし大変なんじゃ?」
「確かに労力は増えます。ですがいずれは森にも村を作るので、その分の木材は運ぶ必要は無いので大丈夫だと思います」
「うーん、それなら、一度村長さん達を案内してきて、温泉が気に入ったらここに村を作って貰う?」
森の中の村じゃなくて、山の中の村になるけど、距離が離れすぎかな?
「よろしいのですか?」
「うん、僕達はいつも居る訳じゃないんだし、偶に利用させて貰えれば十分だよ。でも遠すぎないかな?」
「距離の問題は、森に休憩所を作れば問題無いと思います。温泉が利用できるのなら、村の人達の楽しみになりますから、ぜひお願いします」
この島で温泉旅行が定着するのかな?
「それなら村長さんの返事しだいだけど、お任せしちゃおうか。温泉があれば疲れも取れるしね」
「ありがとうございます」
面倒な作業を丸投げ出来て僕にもメリットしか無いな。道が整備されたらアッド号に乗るだけで温泉に来れるから楽だよね。
「ワタルさん、温泉の事は分かったけど、この後はどうするの?」
アレシアさんの言葉に気が付く。まだ昼にもなってないんだよね。
「ああ、そうですね。あと何回かは温泉に入りたいので、ハイダウェイ号に何泊かしたいんですけど良いですか?」
「ええ、大丈夫よ。なら私達は洞窟の探索をしようかしら。ワタルさんも行かない?」
昨日ドロテアさんが見つけたって言う洞窟の探索か。
「……遠慮しておきます」
山登りの後の洞窟探索なんて嫌過ぎる。
「残念ね、ワタルさんが来てくれると色々助かるんだけど」
「そう言ってくれるのは嬉しいんですが、洞窟の中は苦手な虫が出やすいですから。そもそも、無人島の洞窟を探索して意味があるんですか?」
あっても貴重な鉱物、薬草ぐらいかな? あとレアな魔物とか……
「何が見つかるのか分からないのが楽しいのよ。今は無人島でも古代では有人島だったのかもしれないわ。それに貴重な物が見つかる可能性もあるのよ」
貴重な物が見つかる可能性は考えていたけど、古代の遺跡とかがあるのかな? ロマンだね。
「もしかしたら、魔導船や魔導車が見つかるかもしれないんですね」
「ええ、そうよ。他にも財宝とか見つかるかもよ。ワタルさんも行きたくなった?」
「……止めておきます」
魔導船も魔導車も召喚出来る。財宝にしても、お金は十分にある。興味はあるが……止めておこう。好奇心で洞窟に入って、虫の魔物が出て来て必死で悲鳴を堪えている僕が見える。恥をかくだけだな。
「残念ね。気が向いたら一緒に行きましょうね。あっ、前みたいにワタルさんの力が必要になったら手伝ってくれる?」
「ええ、まあ、必要になったら呼んでください」
陸でそんなに都合よく僕の能力が活かせる場面があるとは思えないけどね。お昼の時間には少し早いが洞窟に行くそうなので早めの昼食を取り、出発するジラソーレを見送る。今日は軽い探索らしいので夕方には戻るそうだ。
「ご主人様、私達はどうするの?」
特に何も決めてないな。温泉が目的だし他にやる事なんか無い。土木の道具を買って来てるから、温泉周りを整備するか?
岩風呂にしたいんだけど……三和土なら鉄〇でダッシュな番組で見たから作り方は分かる。上手く行くかどうか分からないけど、挑戦してみるか? 確か材料は、土と石灰とニガリだったよね。
石灰は貝殻を焼いて作っていた。ニガリは塩を作る時に取れるらしい。土はどんな土を使えば良いのか覚えていない。
無理だな。完成が想像出来ない。何度も配合を研究してとか、貝殻を焼いたり塩を作ったり、時間が掛かり過ぎる。ニガリはダークエルフの村で手に入りそうだけど、他が面倒だ。
「うーん、岩のお風呂が作りたかったんだけど、作り方が思いつかないんだよね。何か方法は無いかな?」
「岩でお風呂を作るの? 大雑把に大きな岩をくり抜けば出来ない事も無いけど」
「岩をくり抜けるの? あっ、でもここまで運ぶのが大変か。大きいのが良いからゴムボートには乗らないよね」
「大雑把に岩をくり抜くぐらいなら、私の剣術でも問題無くできるわね。運ぶのは……私達だけなら大変だからジラソーレのメンバーに手伝って貰うしかないわ」
異世界か……この世界では剣術で岩が斬れるんだな。大きな岩が発見できれば岩風呂が出来る……一枚岩の岩風呂、岩を組み合わせて作った物より贅沢な気がするな。
「使える大岩が近くに無かったら無理だから、まずは大岩を探しに行こうか。来る途中で土砂崩れになってた場所があったよね。遠目だけどあそこに岩があった気がする」
「「はい」」
リムを頭の上に乗せて岩を探しに出発する。……結論から言うと割と簡単に発見できた。
「大きいね」
「ええ……」
「ご主人様。こんなに大きいのは、ジラソーレの方達がいても運べるとは思えないです」
フェリシアの言う通りだ。高さ3メートル、横に5メートル、奥行きも3メートルぐらいはありそうだ。
「大きさは高さ70センチ、横と奥行きが2メートルずつあれば問題無いよ。イネス、ヒビがあると使えないから、周りを斬って整えてくれる?」
「分かったわ。まずは外側を切り落として、ヒビが無いか確認するのね」
「うん、お願いするね」
イネスが剣を抜き、岩に近づく。剣を振ると音も無く岩がズレ落ちる……異世界って凄いよね。斬〇剣を持った有名な大泥棒の仲間みたいな事をするんだもん。
斬られて落ちる岩が地響きを立てなければ、柔らかいのかと勘違いしそうだよ。どう考えても剣の長さよりも長く斬れてるのが不思議だ。
「凄いね、リム」
『うん』
岩が斬れることが面白いのか、リムも頭の上でポヨンポヨンしている。
「ご主人様、終わったわよ」
ボーっと見ていたら岩の表面が全部斬り落とされていた。
「イネス、ありがとう。まずはヒビが無いか調べるよ。お願いね」
「「はい」」
岩にヒビが入っていないか丹念に調べる。一ヶ所大きなヒビが入っていたが、幸い端の部分だったので、斬り落としても問題は無かった。
「これなら、大きな岩風呂が2つ作れるね」
「ご主人様、2つも必要なの?」
「うん、一つは温泉を溜めておくんだ。そこが満杯になったら、もう一つに流れ込むようにしておけば、2つ目の岩風呂は温度が下がるよね。まあ調整は必要だけど、上手く行くと思うよ。1つ目も加水をすれば入れるしね。まあ取り合えず1つ目を作ってみようか」
「分かったわ」
大きさを指示すると今度は慎重に、剣を振る。縦に切り込みを入れて斜めに剣を振ると、岩が取り出せる。僕とフェリシアは岩を運び、イネスは黙々と剣をふる。
「ふー、出来たわ」
「お疲れ様。後はこのハンマーで、内側を叩いてデコボコを無くすだけだね」
「だけってご主人様。それってとても大変だと思うわよ」
僕もそう思うけど、さすがにこれだけデコボコがあると、怪我をしそうだ。
「夕食には良いお酒を出すから、頑張ろう」
「……分かったわ」
3人でひたすらでっぱっている部分を叩き、平らに均していく。力を入れ過ぎてヒビを入れたら終わりなので結構大変だ。………………だいたいこんな感じで良いか。
「もう直ぐ日が暮れるから、今日は戻ろうか。明日、ジラソーレの手が空いていたら、運ぶのを頼もう」
「そうね。剣で斬るより、コツコツ叩く方が疲れたわ」
イネスが首と肩を回しながら言う。
「はは、微妙な力加減だからね」
「ですが、ご主人様。これだけ大きな岩を運ぶのなら、運ぶ場所も平らに均して固めておかないといけないのでは?」
「……そう言えばそうだね」
「どうしますか?」
「うーん、岩を運ぶ前に源泉の所を整地しようか。せっかく運んで来たのに置いたら壊れたとか、笑えないよね」
「分かりました」
やる事が増えて行く。何となくの思いつきだったんだけどな。ハイダウェイ号に戻るとジラソーレも戻って来ていた。
「ワタルさん、お帰りなさい。どこに行ってたの?」
「ただいま、アレシアさん。岩風呂を作りに行ってたんです。明日1日手伝って欲しいんですが、お願い出来ますか?」
「岩風呂? よく分からないけど、手伝うのは問題無いわよ」
岩風呂って言っても分からないか。まあ手伝ってくれるのなら、明日現物を見せて説明しよう。
「ありがとうございます。それで、洞窟はどうでしたか?」
「洞窟ね。今日は軽く偵察だけだから、詳しくは分かってないけど、魔物が魔物だから、結構深いかもしれないわ」
「魔物が魔物……ですか?」
「ワタルさん、そんなに嫌そうな顔をしないでよ」
バレた。まあ、しょうがないよね。絶対に虫の魔物が居そうだし。
「虫の魔物は居ましたか?」
「……ええ、いたわね」
だよね。
「ちなみにどんなのが居たんですか?」
「そうね、スライムにゴブリン、ジャイアントセンチピードも居たわ。でも特に多かったのはジャイアントアントね……巣の規模によっては相当深い可能性があるわ」
「蟻ですか……蟻の巣なら探索する必要も無いのでは?」
でっかい蟻がウジャウジャしているのか。嫌だな。どう考えても嫌だ。
「それがそうでもないのよ。お宝の可能性は低いんだけど、大きな巣ならそこら中に枝分かれしているから、鉱物や宝石が見つかる可能性が高いの。だから、明後日からはまた探索するわ」
鉱物が見つかる可能性にフェリシアも嬉しそうだ。鉱物があればダークエルフも助かるんだよな。
まあ、明日は温泉の整備だ。洞窟の事は忘れよう。
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