14話 予想外の弱点とパリスの実力
ルト号の結界の力を確かめる実験が始まった。Sランク冒険者のパリスさんがルト号を滅多打ちにしている。しかし、船内に入れるか調べるとか言ってたはずなんだけど……いきなり攻撃から始めるのか。攻撃で結界が破れなかったら他の事も調べるのか?
激しいパリスさんの攻撃にもルト号は傷一つつかない。海は荒れ、ルト号が寄せていた陸地が技の衝撃で崩れていく。
「ふふふ、凄い、凄いな。貫くどころか、衝撃すら浸透していない。面白い、面白いよ」
大声で叫びながら、狂ったように技を繰り出すパリスさん。技の凄まじい威力は周りの破壊された環境を見れば一目瞭然だ。
ルト号から陸地に飛び移れる距離に停泊していたはずが、陸地が抉れルト号から陸地への距離が数メートル離れている。
技の余波だけで地面が抉れるとか意味が解らないよね。それにしてもドンドン攻撃が派手になっていくな。いつまで続けるんだろう?
「おいおい、すげぇなあの結界、パリスの攻撃を全部弾いてんぞ。確かに船の中にいれば、パリスが居ようが逃げられるな」
「ええ、そうだと思います。ですからあの船を持つワタルさんは狙われると思うんです。マスター、力を貸してください」
「いや、まあ、言いたい事は分かるが、アレシア、首元に剣を当てて言うセリフじゃないよな? 痛っ、あれ、切った? いま切ったよな?」
「マスター、お力をお貸しください」
「お、おう」
「ありがとうございます」
なんかアレシアさんが物騒な事をしている気がする。しかし凄いなこれがSランクか。そう言えば見る機会が無かったけど、レーザービームとパリスさんの攻撃、どっちが強いんだろう?
「ドロテアさん、レーザービームとパリスさんの攻撃どっちの方が強そうですか?」
「ユニークスキルの攻撃と、槍での攻撃ですから比べるのは難しいですが、パリスさんは力を槍の穂先に集中していますから、その部分はパリスさんの攻撃の方が強いと思います。
まあ、まだまだパリスさんも本気を出していませんので、これからレーザービームに匹敵するような攻撃が出るかもしれませんね」
「そうなんですか」
あんだけハッチャケてるように見えて全力じゃないんだな。もう既にパリスさんの動きに付いて行けないんだけど。
そこからはただ響く轟音と弾ける海位しか僕には分からなかった。結界に当たった分は音も無く弾き返されているから、この轟音は余波だけの音なんだよね。本気で化け物だ。
しかし、自分の船が攻撃されている所を始めて見たんだけど、これも異常だ。弾ける波で船は揺れるものの攻撃自体ではピクリともしていないように見える。
でもパリスさん、全然遠慮しないよね。人の船なのに壊す気満々で攻撃してるし……
「ギルドマスター」
「「なんじゃ(だ)」」
「すみません、商業ギルドのマスターの方です。いつまで続けるんでしょうか? あの人って止めない限り攻撃を続ける気がするんですが」
「んー、そんな気もするの……分かった。声を掛けて来よう」
良かった無事に終わりそうだ。壊れる心配無いと思うんだけど、万が一があるかもしれないからな。
「パリス、おい、パリス……聞こえておらんな。おい、どうするんじゃ?」
「知るかよ。俺は人質だ、じじいが何とかしろよ」
「ふーむ、カミーユ、どうしたら良いかの? ん? なんでお主がショックを受けておるんじゃ?」
「……いえ、紳士的な方だと思っていたので、今の姿が信じられなくてですね……」
「なんじゃ、惚れておったのか? 止めておけ、あ奴はユニークスキルも無いのに、Sランクになった化け物じゃぞ。外面はまともでも、内面は狂っておるわ」
「いえ、惚れてはいないのですが、憧れていたのでちょっとショックです」
カミーユさんが好みのタイプは紳士的な感じなんだな。外見はどうしようも無いが、紳士的には……礼儀正しくしていれば、何とかなるのか? でも紳士って変態紳士しか思い浮かばないんだよな。
「まあよい、それで、あの状況のパリスをこちらに気付かせる方法は無いかの?」
「んー、そうですね。騎士様に止めて頂くとかですか?」
「無理です」
今までほぼ空気だった騎士様が一言で断った。目立つチャンスだったのに。
「これは、あれかのう? 止まるまで待つしかないんじゃなかろうか?」
あっ、諦めた。見切りが早いな。無駄な足掻きはしないタイプなのか。
「そうなると、冒険者ギルドのマスターはずっと首元に剣を当てられ続けますよ?」
「まあ、構わんじゃろ、それともお主がワシらを安全だとみなして、あ奴を解放するか?」
「いえ、あの光景を見て安全だと思える訳が無いですよね。正直、ギルドマスターにも人質になって欲しいんですが……」
「ワシが人質になったら疲労でポックリ逝ってしまうわい」
そうかな? まだまだ死にそうにないんだけど。
どうしようもないので、また暫く見学を続ける。リムとふうちゃんも飽きたのか、パリスさんの方に近づかないように言い含めて、遊ばせている。
女性陣はパリスさんの動きが参考になるのか、食い入るように見つめている。僕には分からないけどSランクの冒険者の技が見れるんだから凄い幸運な事なんだろう。
延々と続く攻撃に飽きてボーっとしていると、突如轟音が止まった。やっと終わったか。そう思っていると、槍を真上に掲げ、勢いよく海面に叩きつけた。何がしたいんだ?
少し経つと、ゴボン? 何と言って良いのか分からない音と共に、ルト号が下の海水と錨ごと空中に打ち上げられた……えっ? そんな事になるの?
落ちて来るルト号の船底にパリスさんが次々と攻撃を叩き込む。ルト号は攻撃を受けてもバランスすら崩さずそのまま落ちて、衝撃と共に派手に海水を撒き散らす。
「船底も駄目ですか……困りましたね」
困ったのは僕なんですけど。あの状態で船の中に乗ってたらどうなるの? 不安でしかないんだけど。フェリーとかなら大丈夫だろうけど、ルト号だと、怖い事になるな。あの人には逆らわないでおこう。
「この結界は凄いですね。貫こうにも、固いとか粘りがあるとかではなく、ある一定の所で全ての力が進む事を許されなくなっているように感じます。
どんなに速く突いても、どんなに力を込めて突いても、魔力を込めてついても、何をしても、一定の所から少しも進めませんでした。どうやったら破れるのか想像も出来ませんね」
あーそんな感じなんだ。乗船拒否だから一定の所から進ませないんだな。
「ふむ、お主で出来んのならば殆どの者が出来ぬじゃろう」
「そうですね。私より強力な攻撃が出来るユニークスキルなら可能性はあります。ですが私の力がまったく通じなかった事を考えると、最低でも倍位の破壊力は欲しいですね」
「そんな奴、おるのか?」
「さあ、全てのユニークスキルを知っている訳じゃありませんから」
「ふむ、魔導士が敵に回ったとしたらどうなる?」
「そうですね。この結界を張る力しか持っていなかったとしても、防御面ではどうしようも無いですね。人にも掛けられるとしたら、死なない兵士の出来上がりですか? どうなるのかは考えたくもないですね」
結界を張る力なんて持っていません。結界はデフォルトで船を召喚するのが能力です。ハッタリが効くから言わないけど。
「ふむ……騎士様も試してみますかな?」
「いえ、私が何をやろうとも無駄でしょう。南方伯様には見たままを報告します」
「分かりました。後は、ワタル、船の中も見せて欲しいんじゃが」
「うーん、そうですね。結界の中に武力がある人を入れるのが怖いので、商業ギルドのマスターとカミーユさんだけなら大丈夫です」
「私もぜひ頼みたいな。武装が危険だと言うのなら剣を預けよう」
「……畏まりました」
騎士様にそこまで言われて断ったら角が立つよね。パリスさんも入りたそうにしていたけど気付かないふりをした。あの人は無理だ、武器を預かろうが殺傷が出来なかろうが怖すぎる。
「さて……どうやってルト号に乗りましょうか? だいぶ離れた所に行っちゃいました」
陸が抉れたし、上空に打ち上げられた時に着地がズレて更に奥に行ってしまった。
「魔導船で横に付けるから大丈夫じゃ」
「あっ、そうですね。お願いします」
魔導船に乗り、ルト号に向かう……あれ? 今、初めて魔導船に乗ったんだな。内装を見学しておこう……20メートルも離れていなかったので見学する暇もなくルト号の横に船が付けられた。
ちなみにアレシアさんとイネス以外は僕の護衛で付いて来ている。アレシアさんとイネスは僕がルト号に乗るまで冒険者ギルドのマスターに剣を当てているそうだ。パリスさんの攻撃を見た後だと大袈裟とも思えないな。
「おお、これが結界か。船自体には触れんのじゃな。確かに何かに触れると言うよりは先に進むのを拒まれる感覚じゃな」
「はい、不思議な感覚ですね。この結界がパリスさんの攻撃を全部防いじゃうんですから不思議ですね」
「そうじゃな、ではワタル、そろそろ中に入れて貰えるか?」
「分かりました、どうぞ」
騎士様は感想も言わずに結界を確かめてるけど、何か分析してるのかな? まあ良いか。3人に乗船許可を出してルト号に乗り込む。
「ん? 何か特別な事はせんのか?」
「ええ、まあ、大丈夫ですよ」
そう言って船内に入る。船内に入るとカップが転がり紅茶が零れていた……そうだった。紅茶をいれて片付けてなかったな。上空に飛ばされた時の衝撃? は船内にも掛かるんだな。
ルト号のサイズなら船内に居ても絶対に安全とは言えないのか。まあ、早めに自分達が乗っていない時に分かったんだから良かったと考えよう。
しかし、零れた紅茶なんかは文句を言った方が良いのかな? たぶん念じれば綺麗になるんだろうけど。文句を言わないのも変な気がする。
「えーっと、ギルドマスター。実験に協力したら、船内が汚れたんですけど、こういった場合誰に文句を言えば良いのですか?」
「ふむ、攻撃的な実験をすると伝えておいたんじゃから、片付けておくべきじゃったな。ワタルの不注意という事で自分に文句を言っておけ」
うん、説得力が抜群だな。僕もそう思う。片付けぐらいしておくべきだった。
「まあ、そうなりますよね。諦めます。では面白い物があるとは思えませんが、案内しますね」
「うむ」
アレシアさんのアドバイスで、普通の魔導船と変わらないし、狭い船内なので直ぐに終わるだろう。3人を案内しながら船内をぐるっと一周する。
「まあこんな感じです。特に変わった物も無いと思うんですが、これで良いですか」
「うむ。特に変わった物も無かったな。だがあの結界だけではかり知れん価値があるな……ワタル、魔導士殿は船を売ってくれんかな?」
「無理だと思いますよ。アレシアさんに聞いたんですが、王太子様のお願いを断ったそうですから」
「そうか、まあ、ワシが船を欲しがっておったと伝えるだけでも頼む」
「分かりました。伝えるだけですので期待はしないでくださいね」
「うむ」
召喚枠があるから売る事は出来ないんだけど。船召喚って召喚枠が無ければ洒落にならない程凄いチートだよね。売るだけで大金が貰えるし、海軍を組織すれば世界中の海を支配出来そうだ。……妄想は時間がある時にして今は案内を終わらせよう。
「これで実験の方は問題無いですよね?」
「……そうだな。これだけの結果だ、まともな思考の者なら魔導士を敵には回さんだろう。結果は広めておいてやる」
「ありがとうございます」
まともな思考を持っていない者は、駄目なんだろうな。まあ権力者が表立って敵対して来ないのなら、それだけでも随分マシになるだろう。
ギルドマスター達と別れ、アレシアさんとイネスを乗せるために陸地にルト号を寄せる。
「おう、ワタルと言ったな、何かあったら冒険者ギルドにも力を貸してくれや」
「あっ、今日はご迷惑をお掛けしました。冒険者ギルドのマスターに人質になって貰うなど申し訳ありません。ですが、私は商人ですので、お役に立つのは難しいと思います」
「人質の件は気にするな。じーさんに貸しておくから問題ねえ。まあ、頼むとしても人の運搬になるから気が向いたら頼むな」
「……都合が合えばでお願いします」
「おう」
「初めまして、ワタル君、結界越しにしか挨拶出来ないのが残念だよ。私はパリスと言うんだ、よろしく頼む」
「あっ、はい、よろしくお願いします」
「いきなりで悪いんだけど、力をつけてくるから結界に挑戦させてもらえないかな?」
「えっ? いや、それって船を壊せるのか挑戦したいって事ですよね? 嫌です」
「……駄目かい?」
「駄目です」
「まあ、また機会があれば頼みに来るよ。その時はよろしくね」
言うだけ言って魔導船に乗り込んでいった。あの人全然諦めてない。下手に受け入れたら、壊せるまで何度でも挑戦しに来そうだ。
……なんかドンドン絡めとられている気がする。いや気のせいじゃない、確実にしがらみが増えている。
当分、南東の島の時みたいに、外海で生活して必要な時に都市に行く生活をするか、本当にダークエルフ探しの旅に出るのも良いかもな。
それに豪華客船の事も考えないといけない、色々候補があるんだけど、高いのを狙うなら、もう少しお金を貯めないといけないだろう。
これも、南方都市で胡椒を卸して、お金も全額下して考えよう。取り合えず、商業ギルドでお金を手に入れたらゆっくり考える時間を取ろう。
誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスを頂ければ大変助かります。
読んで頂いてありがとうございます。